第6話
「ジュニアを手放せ。」
ジュニアが眠ってしまった後、サンジの足の怪我に手当てをしながらゾロは
話しを切り出した。
「なんだと・・・?」
予想していた反応だ。眉を寄せて、ゾロの言葉と真意を短く尋ねてきた。
サンジの顔が険しく、剣のあるものになる。
だが、ゾロは一向に構うことなく、話しを続ける。
「こんな事が何回もあるようじゃ、危険過ぎる。俺達も、ジュニアもだ。」
「・・・・。」
サンジの口が引き結ばれた。言い返してこない。
その表情は、否定なのか、肯定なのかは ゾロには測りかねた。
だから、言葉は止まらない。
「お前は、死んでもいいのか?ジュニアのために死んだって、感謝なんかされねえぞ。
ジュニアの人生が重くなるだけだ。お前の命の分までな。」
「・・・・。」
尚も、サンジは沈黙したままだ。
だが、その蒼い瞳に、ゾロの言葉には 到底同意しそうにない表情を滲ませ始めている。
「人の人生を背負う重さってやつをお前は知ってるだろ?」
ゾロはなるべくその僅かな表情の変化がこれ以上 起きないように
穏やかな口調で尋ねた。
「・・・・。」
サンジの目が僅かに揺れる。だが、固く閉じられた口からはなんの
言葉も吐かれる事はなさそうだった。
「なんとかいえ。」
ゾロは、伏せられたまま、自分を見ようとさえしないサンジを見据えて
答えを促した。
暫し、重い空気が二人の間に澱む。
だが、
静かで、強く、穏やかなゾロの視線がサンジの口をようやく 開かせた。
「・・・・。今は何もいいたくねえ。」
それだけいうと、再び貝の様に口を閉ざしてしまった。
もちろん、ゾロはそんな言葉では納得しない。
「分ったのか、、そうでないかくらい言え。」
「・・・・それもいいたくねえ。」
サンジは完全に意地になってしまった。
「・・・・。そうか。」
「俺は、お前が納得しようが、しまいがジュニアをバラティエまで送ってくれる
人間を探してくるからな。」
「・・・・好きにしろよ。」
ふて腐れた態度でサンジは素っ気無くいい放った。
ゾロが一旦、心に決めて自分にその決断を伝えてきた以上、
言い争っても 無駄だとでも思ったのだろうか。
「そうさせてもらうぜ。」
ゾロは、サンジのその言葉を肯定と捉えた。
「俺は、お前の方が大切なんだからな。」
ゾロが思わず、呟いた言葉に
サンジは矢の様に鋭い視線をゾロに向けた。
無言で、傍らの椅子を蹴り飛ばす。
椅子は、一瞬でただの木片と化した。
「クソ野郎・・・・。」口の中でサンジは呟いた。
「ジュニアは、もっともっと大きくなるまで船には戻さねえ。」
「10歳なんて、海賊をやる歳じゃねえだろ。」
「自分の身を、自分で守れるまでは 陸で鍛えた方がいいんだ。」
ゾロは、肯定しながらも、納得できない様子のサンジに 自分のした決断を
一気に捲くし立てて、部屋を出ていった。
明日の昼には、ローグタウンに着く。
ゾロは、きっと 本当に信頼できる人間を探し出して、ジュニアを預けてしまうだろう。
「あいつ、俺の一番大事なものがなんなのか、なんにもわかってねえ・・・。」
サンジは、口に咥えた煙草を噛み潰していた。
翌日。
うとうとと、まどろんでいたゾロは、いきなり 海中に蹴りこまれた。
ゾロは慌てて、波間に空気を求めて浮かび上がった。
「おい、クソ腹巻!!」
サンジが船上から救命用の樽を投げ込んできた。
目の前で小さな水飛沫を上げ、ゾロの目の前にその樽は流れ着いてくる。
「てめえ、なんのつもりだ!!」ゾロは、船の上のサンジに怒声を上げた。
サンジも、その怒声と同じレベルの怒りを吹くんだ声で答えてきた。
「ローグタウンまで、あと30キロだ!!造作もねえだろ、それくらい!!」
続いて、なんと、小さな空き瓶に結び付けられたログホースまで、投げ込んできたのだ。
「おい、こらア、バカコック!!」
ゾロが大声で叫んでも、サンジはもう姿を見せなかった。
船は、波間にゾロを残して遠ざかっていく。
ゾロは、船の後を追った。
幸い、海は凪いでいた。
ローグタウンまで行けば 居場所を見つけることなど容易い事だ。
サンジの太股の傷は深く、歩くのに困難な状態で、更に両手の平は皮が全部焼け爛れているのだ。
肩の刺し傷も、決して 浅くはない。
出血も少なくなかったせいで、貧血を起しかけている事も知っている。
そんな状態で 船を操舵出来るのか。
無理をすれば、傷も開くし、昨夜手当てをしていた時点で既に発熱もしているのだ。
ウイスキーピークほどではないにしても、賞金稼ぎも海軍も全くいないという
海域ではない。
そんな状態で、無事にバラティエまで辿り着く事が出来るのか。
自分が30キロも樽に掴まって泳がなければならない事よりも
ゾロはその方が心配だった。
だが、一体 何を考えて、どうするつもりでこんな事をしたのか
ゾロにはさっぱり分らない。
ジュニアの事で腹を立てている事くらいは理解できるが、
あまりにも 短絡的なサンジの行動に心底 怒りが湧いて来た。
(くっそおおおおおっ。バカに拍車がかかってやがる!!)
ゾロは、とにかく、ログを辿ってローグタウンまで泳ぎ出した。
「サンジ、いいの?ゾロを船に乗せなくても?」
ジュニアがサンジへ 心配そうな顔を向けた。
サンジは、海図とコンパスで航路を読んでいた。
「んあ?お前が心配する事じゃねえ、しっかり風の向きを読んでろ。」
サンジは、ジュニアの方には顔も向けずに素っ気無く答える。
「これから、ちょっと、寄り道するぞ。」
サンジのその言葉にジュニアは首を傾げた。
「なんで?」
「・・・なんでも。」サンジは、短くそう言って煙草を海に吐き捨てた。
第7話
ゾロは、頭の中の血が沸騰するのではないかと思うほど、苛つきながら
30キロの遠泳を難無くこなした。
ローグタウンについてすぐに、サンジの船を捜したが着いていない。
(ここに寄らないで、いきなりココヤシ村に行ったのか・・・?)
それも考えられるが、今のサンジの体でそれをするのは余りにも
無謀だと思った。
とにかく、行き先は知れている。
どうしたって、バラティエには必ず行くはずだ。
そこで足止めさえしてくれれば、必ず 逢える。
ゾロはまず、バラティエに行く事にした。
イーストブルーへ向かう船に乗る金を工面しなければならない。
もしも、サンジがこんなバカな事をしなければ、それ相当の金を何時か自分に
「三代鬼徹」を売ってくれた刀屋へ渡して、ジュニアをバラティエに送ってもらうつもりだったのだが、財布など、船においてきてしまった。
しかも、サンジが自分に投げてきたのはここへの ログホースだけだ。
剣士たる自分が刀さえ、持っていない。
一文無しの着たきりスズメで、その上丸腰なのだ。
それでも、木刀さえあればこのあたりにいる賞金首を捕まえるなどは造作もないことだ。
(・・・とにかく、金をつくらねえと。)
ゾロは、賞金首を襲うよりももっと手っ取り早い方法で金を工面する事にした。
とりあえず、・・・・恐喝である。
賞金稼ぎ達なら、自分の顔も名前も知っている。
刀がなくても、素手で叩き伏せればすむ事だ。
酒場で物色したいところだが、とにかく金がないのでは、話にならない。
人相の悪い男を片っ端から 路地に引きずりこむ。
丸腰のゾロを見て、挑んでくるバカもいるが、ゾロは拳一つで
あっという間に100万ベリーを手にいれた。
「王下七武海」を3人倒した剣士が恐喝・・・・。
(情けねえ・・・。)ゾロは心底、そう思った。
なにもかも、あの我侭な男のせいだ。
(追いついたら、酷い目に合わせてやる。)
そう思いつつ、眠る前は その安否が気にかかる。
もう、バラティエには着いたのだろうか。
風の強い時期だ、船を操舵するにはいい季節ではない。
二人とも、無事だろうか。
傷は悪化していないか。
心の中では、サンジへいくらでも悪態がつけるのに、
瞼を閉じて浮かんでくるのは、最後に喧嘩した時の険しい顔ではなくて、
たまに見せてくれる、そう、例えば自分が彼の料理を素直に誉めた時などに
見せてくれる笑顔ばかりだ。
イーストブルーへ向かう船は、2週間後の出航だった。
ゾロは、その間に300万ベリー近く稼いだ。
何かしていないと、自分でも呆れるほどサンジのことばかり考えてしまうので、
開き直って、ローグタウンの賞金首という賞金首を殴り飛ばしては
憂さを晴らしていた。
そのころ、サンジは。
ゾロを降ろしてから、直接 イーストブルーに向かったのだ。
寄り道と言うのは、ローグタウンからバラティエに向かう途中の小島だった。
サンジとジュニアはその島に上陸した。
その島は、どうやら別荘地らしく、季節はずれのこの時期には、
ここを管理するべく雇われた老夫婦以外、誰もいなかった。
ゾロを海に放りこんでから すでに3日経っている。
サンジは、疲れ切っていた。
足の傷は痛むし、手の皮も水ぶくれが潰れて、ズル剥けだ。
肩の傷も、深い部分で化膿し始めているのか、熱を持っている。
いや、自分の体自体熱を持っているのだ。
気だるげなサンジをジュニアは心配そうに見ていた。
(こいつにこんな顔させるなんて、俺は・・・。)
その眼差しに気がついて、サンジはますます気が滅入った。
ズボンのベルトに何時もつけている鍵の一つが、この島にある今は
サンジ名義の別荘の鍵なのだ。
以前は、ゼフの持ち物だった。
ここのことは、バラティエの会計を預かっている者しか知らないはずだし、
ゾロがここをすぐに見つけられるとは思えなかった。
(あのバカが、バラティエで俺の行きそうなところがどこか、なんて聞くはずねえからな。)サンジは、ジュニアの食事の世話などを 老夫婦に頼み、自分は
とにかく 体を治すためにひたすら眠った。
その数日後、バラティエから パティがやって来た。
数年ぶりに別荘のオーナーが来た、と老夫婦が電伝虫でバラティエに連絡したのだ。
「よお、まだ生きてたか。」ベッドの中から、サンジは陽気にパティに声をかけた。
「てめえこそ、一体、何しに帰ってきたんだ。」
そう口では言いながら、その口調には懐かしさと親しみが篭っている。
二人は、軽く ハグをしあった。
「実は、頼みがあるんだ。」
サンジは、隣の部屋にいるジュニアを呼んだ。
サンジは、ジュニアをパティの前に立たせる。
ジュニアは、緊張の面持ちだった。
「・・・俺の息子だよ。」とサンジはそう言った。
パティの目が大きく見開かれる。
「お前の息子だあ?」と無遠慮にいうと、ジュニアをまじまじと見つめた。
黒い縮れ毛。
浅黒い肌。
黒い瞳。
「まるっきり、似てねえな。」
「ま、正確に言うと、俺達の息子だな。生物学的には父親は俺じゃねえ。」
「こいつを、10歳までバラティエで預かってくれ。」
サンジがグランドラインから戻ってきたことで、パティは一瞬、やっと
バラティエに腰を据えて、ゼフの跡を継いでくれるのか、と仄かに期待した。
だが、サンジの口から出たのは、思いも寄らないもので、パティは正直面食らった。
「俺がジジイに足技を教えてもらい始めたのが10歳の時だった。」
サンジは、パティに話しを続けた。
「こいつは、形は小さくても、船も操れるし、そこらのガキよりずっと使えるように
育ててきたつもりだ。」
パティは頷いた。
サンジが自分の仲間を待たせてまでジュニアを連れて来たのは、相当の決意と、
バラティエにいる自分達コックを信用してのことだ、とパティは思った。
その信用に応えてこそ、海の男と言うものだ。
「判った。10歳までには、てめえよりも腕のいいコックに仕立てといてやるよ。」
パティは、サンジを煽るつもりでそう言った。
だが、サンジは急に顔を背けた。
「・・・ああ、頼む。おまえがそう言ってくれるなら安心だ。」
パティは、サンジの思い掛けない言葉と態度で どれだけ このジュニアを
サンジが愛しているかを知った。
そう、ゼフが誰よりもサンジを愛していたのと同じように。
「パティ、ちょっと席を外してくれ。」
パティは、目だけで頷いて、部屋を出ていった。
「ジュニア。」
「サンジ。」
お互いの名前を同時に呼びあった。
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