「10年後」第4話




普通の港町ならば、身の危険がある場合、高級で大規模な宿に泊まる方がいいのだが、
この島では 善人を装っている賞金稼ぎがごまんといる。

愛想のいいベルボーイやメイドに騙されて海軍に突き出される海賊も多いのだ。

街はずれの路地の奥にある、小さな宿に3人はまだ 日の高いうちから部屋を取った。

この宿なら安心、という根拠はないが どこに宿を取ったところで同じなのだ。

だが、二人が細心の注意を払ったので 何事ともなく2日が過ぎた。

疲れて眠りこけているジュニアをゾロに任せて、サンジは買出しに出かけた。

背中に大きな荷物を背負い、両手で箱を抱えている。
「さて・・・。こいつを船に積んだら、明日の朝には出航できるな。」
小さく呟いて、市場から港へと足を向けた。

その頃、まる2日の休息で 体力を回復し、退屈しているジュニアを連れて,
暇つぶしにゾロは港に向かっていた。

3人は,申し合わせたように 港で鉢合わせした。

「サンジー!!」

前から歩いてきたサンジを見つけ、ジュニアは無邪気に大声で 名前を呼んでしまった。

ゾロは慌てて,ジュニアの口を塞いだが、遅い。

ゾロとサンジは すばやくあたりを見回し、足早に距離を縮めた。

「・・・バックレちまうか。」
ゾロはサンジが今、何を考えているかが手に取るように判っている。

どこに賞金稼ぎ共の目が光っているのかわからないこの場所で、うっかり
ジュニアははっきりと「サンジ」と叫んでしまった。

「サンジ。」という名前は、賞金首のリストの中には「麦わらの一味のコック・サンジ」
しか存在しない。

この港にいた、何人かの人間は 殆ど全員賞金稼ぎだといっていい。
彼らの前で,「サンジ」と叫んだことは,彼らから追われる理由を作ってしまったようなものだ。

「・・宿に荷物がある。」ゾロが自分の考えを何も言わなくても,
ちゃんと理解している事に,サンジは今更驚きなどは感じない。

それよりも、サンジは優先すべきことが残っていた。

宿に置きっぱなしの自分たちの荷物になど、そんなに執着はない。
だが、ジュニアのリュックの中には,ウソップのパチンコ、離れる時まで
身につけていたゴーグルが入っている。

それを置きっぱなしでここを離れる事は出来ない。

「俺は出航準備をしておく。お前は荷物をとってきてくれ。」
サンジは 口早にゾロにそういった。

二人だけなら、この島に何人の賞金稼ぎがいようと,怖れる事はないが,
今は,ジュニアと言う弱点を抱えているのだ。

ゾロもサンジもなるべく、厄介事は避けたかった。

やや緊迫した面持ちの二人を前にして、ジュニアは心細そうな表情を浮かべ,
サンジの顔を見上げている。

その視線に気がついて、サンジはジュニアの頭をいつものとおり、あらく愛撫してやった。

「なんでもねえよ。心配するな。それより,早いとこ,船に乗れ。」

いつもどおりの乱暴な口ぶりでサンジはジュニアを安心させようとした。

「すぐに戻る。」
ゾロは、ジュニアの前だったが、サンジの頬に軽く唇を触れ、
すぐに踵を返して駆け出した。

「・・・クソ野郎。」予想もしなかったゾロの行動にサンジは顔を赤らめた。

ジュニアが不思議そうな顔をしている。

「・・・早く,船に乗れ。」サンジは軽くジュニアを叱責して急かした。


(あいつ、一体何を考えてやがんだ・・・?戻ってきたらぶっ殺してやる。)
サンジは、半ば呆れ、なかば動悸を沈めるために、心の中で
ゾロに毒づいた。

二人で手早く出航準備を整える。

安全な海域に出るまで、船内の何処かへジュニアを隠してしまおうか、とふと考えたが,
もしも、その場所を賞金稼ぎ共に嗅ぎ付けられた時、自分もゾロも
離れた場所にいるのなら、却って危険だ。

サンジは,ジュニアを側に呼び寄せ、父親そっくりの丸くて黒い瞳を見据えた。

「いいか。これから俺がいいっていうまで,俺の側から離れるなよ。」
「俺が動けなくなったりしたら、躊躇せずにゾロの側へ行け。」

サンジの言っている意味がわからないらしく、ジュニアは首を傾げた。

「・・・」
判るように説明する言葉をサンジはしばらく考えた。

「これは,命令だ。破ったら、一生迎えに行ってやらねえ。」
サンジは単純明快に 理屈ではなく、命令でジュニアに理解させる。

「そんなのいやだ!!俺は海賊になるんだから!!」と必死の形相で食って掛かってきた。
「じゃあ、俺の言った事、ちゃんと聞けよ。いいな。」
サンジは,厳しい口調でジュニアにそう言い渡した。


船の周りに早くも、不遜な空気が立ち込め始めた。

ジュニアがサンジの名を叫んでから 10分もかかっていない。
「ったく、飢えた野良犬の集団だな。」サンジは、ジュニアを小脇に抱えた。
背中に庇うと言う方法は、サンジの攻撃スタイルでは とれない。

動いて、攻めて、攪乱し、扇動し、陽動し、叩き伏せる。
防御などは 二の次だ。
そのスタイルで、今まで戦ってきた。

攻撃こそ、最大の防御。そう信じて、そうして来た。
ジュニアがいても、そのスタイルを変えられない。
変えるつもりもない。


「怖いか?」
サンジは、ジュニアの顔も見ず、周りの空気を無表情に読みながら
尋ねた。

ジュニアは首を振る。

サンジは、ふとジュニアの顔に目をやった。

(・・・ふふ。)サンジは、その顔を見て思わず笑みをこぼした。

ジュニアは、怯えもせずにサンジに向かってニコニコと無邪気に笑っているのだ。
なんの、不安も怯えも見せずに。

サンジが自分を守ってくれる事を信じて、微塵も疑っていないのだ。

「10年後」第5話


ゾロは、走った。
とにかく、あの状況ならば自分も賞金稼ぎ達から標的にされたといってもいい。

そんなものは、何人かかってこようと怖れる事はないが、ジュニアとサンジへの
捕縛を成功させる為に、足止めされる事をゾロは恐れた。


宿に走りこむと、適当に札を部屋に投げ捨て、ジュニアのリュックを手に持って
部屋から飛び出した。

その瞬間。

滞在していた部屋から轟音が響き、焔の真っ赤な舌ががゾロの背中を追うように
噴出してきた。

「クソッ」ゾロは舌打した。

自分を狙って、僅かな時間でこの仕掛けをしてきた刺客達は、すでに
サンジ達へ牙を剥いているに違いない。


サンジは、ジュニアを抱えたまま、賞金稼ぎ達と対峙していた。

すでに、サンジの足元には、5〜6人の男達が血を垂れ流して倒れこんでいる。

船に乗りこんでいる者、順番待ちをしているように船に乗りこまず、
船上での攻防を港で傍観している者。

あわせて、40人近くいる。

どこからか射られたボウガンの矢がサンジの体に向かって飛んでくる。

それを片足で跳ね除け、その足を地面につかせないまま、
一旦、ジュニアを床に押しつけ、得意の一気に敵をなぎ倒す旋回技を
炸裂させる。

立ち木がつむじ風になぎ倒されるような動きを見せ、何人かの賞金稼ぎが
吹き飛んだ。

骨の砕ける鈍い音が連続に上がる。
彼らは、首の骨を叩き折られ、何が起こったのかわからないまま絶命した。


今のサンジの蹴りは一撃必殺だ。
攻撃するのは、人間の急所のみ。

サンジは、その技を出した後、再びジュニアを脇に抱えこみ、次の技を出すために
僅かに体重を軸足に移動させた。

次の瞬間、燃え盛る小さな油玉が飛んできた。

これを足で割った瞬間、中の油に引火する。
サンジは、咄嗟に柔らかく片足でそれを受け止めたが、それと同じものが
次々と飛んできた。

足元で割れるようにわざとサンジの手前に照準を合わしているのだろう、
あっという間に炎に囲まれてしまった。

「わあああ!!」
ジュニアの悲鳴が上がる。

何時の間にか、ジュニアの服にも引火し、肩口から背中にかけて背負っているように
炎が燃えている。

サンジは、咥えていた煙草を吐き出して、すぐに手でジュニアの背中の炎を叩き消した。
そして、大きく足を振りかぶって、一気に炎を風力で消し飛ばす。

本来、
相手に大きなダメージを与える事が出来るその大技は、逆に隙が大きい。

今だ 立ち昇る煙をついてジュニアを狙った銀色の刃物が
咄嗟に体を捻って庇ったサンジの肩口に突き刺さる。

「ぐっ」サンジは、小さく呻いた。

引きぬこうにも、もう一方の手はジュニアを抱えこんでいる。

「子供を狙え!!」賞金稼ぎの誰かが叫んだ。

「クソ野郎共が!!」サンジがぐっと眼力を込めて、周りを一瞥する。

賞金稼ぎ達は、サンジの気概に飲まれて 後ずさった。

船上では、しばらく にらみ合いが続いた。


だが、「ロロノア・ゾロが戻ってくるぞ!!早く片付けろ!!」と
港で傍観している者達の誰かが叫んだ声に、再び 戦闘体制に入って来た。

「ロロノア・ゾロ」が目の前に現われたら、子供がいようと、
「赫足のサンジ」が手負いであろうと、自分たちは恐らく皆殺しにされるだろう。


しかし、船の上の賞金稼ぎ達がサンジの視線に拘束されて動けないことを
察した港の一群から、「赫足」が庇う「狙撃手の息子」を再び狙った銃弾が
打ちこまれた。

「赫足」は必ず、「息子」を庇う。

それを計算した上の卑怯なやり口だ。

そして、その通りその銃弾は、サンジの大題部の肉を抉りながら、貫いた。

サンジの膝が崩れ、甲板に手をついてしまう。
だが、今尚、その瞳からは周りの刺客の動きを止めるに充分な力を放っている。

その時、港の賞金稼ぎ達から どよめきが起こった。

蜘蛛の子を散らすように、バラバラと散り始めた。

「ゾロだ!!ロロノア・ゾロが来た!!」口々に叫んで、逃走し始めたのだ。


船の上の賞金稼ぎ達の動きは、サンジが止めている。

眼下のロロノア・ゾロ。
目前の手負いの「赫足」。

二つの強敵に挟まれて、賞金稼ぎ達は皆、明らかに戸惑っていた。

どちらを選択しても命はない。

いや、既に選択の余地などなかった。

サンジは、ジュニアを床に降ろすと、傷を負っているとはとても思えない動きで、
高く跳躍した。
空中で体を伸ばし、回転し、遠心力と落下速度を一度に加える。


「肩口ロース(バース・コート!!)」
その一撃を受けた男は、顎の骨を蹴り砕かれる。

ゾロも、船に飛び乗り、刀を一度に二振り、一気に引きぬき一閃させた。
賞金稼ぎ達に悲鳴も上げさせず、数人を一度に絶命させる。


「・・・クソ遅え。」

怯え、竦み上がった残り数人の賞金稼ぎ達の前でサンジはゾロを叱責した。

これでも、出来る限り速く走ってきたのだが、結果的には サンジの言うとおりだ。
もう少し早く着いていれば、サンジを負傷させずに済んだのだ。

「・・・すまねえ。」ゾロは、素直に謝罪した。

「助けてくれ・・助けてくれ!!」最後に残った賞金稼ぎの1人が、逃げる事も
闘う事も出来ない絶体絶命の状況の中から 命乞いをした。

「失せろ。俺達に構うな。」ゾロは短くそういうと、刀を鞘に収めた。

サンジの足からは、その足元に血だまりが出きるほど出血している。
ゾロは早く、その手当てがしたかった。
これ以上、下らない相手に時間を割くのは惜しい。


そうでなければ、絶対に生かしてはおけない。

ジュニアを。
サンジを命を脅かした相手をゾロが許すはずがない。

「こいつらを片付けていけ。」ゾロは命を助ける替わりに屍の片づけを命じた。



その夜。


ゾロは、ジュニアの背中についた火傷を眺めて、心を決めた。

もう少し戻るのが遅れていたら、一体どうなっていただろう。
ジュニアも、サンジも、命がなかったかもしれない。

考えただけでも心が凍る。

どちらも失いたくなかった。
身勝手なのは、サンジの方だと思った。

この危険を招いたのは、ジュニアを手放したがらないサンジの我侭のせいだと思った。


ゾロは手当てのついでのように、サンジに自分の考えを伝えようと考えた。
大喧嘩になるのを承知で。


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