骨折り損
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ゾロにしてみれば、「なんで俺が」と言う、そんな用事だった。

「どうしても、それじゃないとダメなのかよ。」と聞いたら、
「それじゃないとダメだ。」と言う。

(面倒臭エ)と正直、思った。

せっかく、ログが貯まるのに数日掛る島に着いた。
皆と別行動し、十分、金も集まった。
二人だけで、海上で堪能しきれない事を"やり溜め"するつもり、

ただ、船の上では独占出来ないサンジの時間を一人占めするつもりだったのに、
サンジは、そんなゾロの気持ちなどまるきり気にもしないで、

目的地へとどんどん進んで行く。
その後から、ゾロが渋々、ついて行く。

(あの店の親父が余計な事を言うからだ)と名前も知らない酒場の主人を
恨んでももう、引き返せない。

「この島の野生の牛から取れるミルクがあって、」
「その乳から作る乳製品がこの世で一番美味い。」

その酒場の主人は、酒場の主人の癖に料理にやたらこだわる男で、
カウンターごしにサンジと食材についてのウンチクでやたら盛り上がった。

「兄さんはいいコックらしいね。海賊なんかやってないで、うちで働きなよ。」
海賊相手の酒場を切り盛りしているその豪胆そうな主人はサンジをすっかり
気に入って、

「この島の野生の牛から取れるミルクがあって、」
「その乳から作る乳製品がこの世で一番美味い。」
「だが、中々手に入れるのが難しいんだ。」

そう前置きしてから、
「けど、味の判る男と見込んだ、いい物を食わせてやる。」
と、サンジの前に小さな皿を置いた。

「その牛の乳で作ったヨーグルトだ。」

一口食べた途端、サンジの顔に陽光が差しこんだ様にパっと華やいだ。
「美味エ!こんな美味エヨーグルト、食った事がねえよ!」

それがキッカケで、今、ゾロとサンジは道らしき道もない険しい山を昇っている。

「乳なんか手に入れてどうするんだよ。」とゾロはまだ恨めしそうに
サンジの背中に声を掛けた。
「うるせえな、嫌なら帰れ。」とサンジは半分だけ顔をゾロの方へ向けて、
迷惑そうにそう答える。

「乳から、生クリームを作るんだ。」
「なまくりーむ?」

サンジの言葉をゾロはそのままなぞって聞き返した。
「何に使うんだ、それ。」

ゾロの言葉を聞いて、サンジは大仰に溜息をつく。
足を止めてやっと振りかえり、急な斜面に立ちにくそうに立ってゾロの方へ向き直った。

「生クリームの使い道を聞いておまえになんか得があるのか。」
「なけりゃ、聞いたら悪いのか。」

付いて来い、とは言わなかったが、付いてくるなとも言わなかった。
だから、ゾロは別に文句をサンジに付ける気はないのだが、なぜ、
その牛の乳でなければならないのか、くらいは雑談まじりでも教えてくれても
良い筈だ。

「ケーキに使う。」とサンジは面倒くさそうに答えた。
「へっ。」その答えにゾロは鼻で笑う。
「また、女連中のご機嫌取りかよ。」

「アホか。」とサンジはまた大きな溜息をつき、目を細めて、ゾロをバカにし切った
表情を浮かべた。
「明日、船長の誕生日だからだ。」

それなら、とゾロはすぐに反論が浮かんだ。
「ルフィの誕生日なら、そんな大層な乳じゃなくてもいいんじゃねえか。」
「どうせ、味なんか判らねえだろうし。」

サンジの、口に咥えていた煙草の先がキュっと急に空を向いた。
口をヘの字に曲げたからだ。

「だから、だ。」とサンジは言ってまた歩き出す。
「海賊王になった時、モンキー・D・ルフィは、超味音痴だった、なんて俺の恥だ。」

(ああ、そう言うことか、)とゾロは納得し、サンジの後に続く。
「一年に1回だけ、特別、気合の入ったケーキを食わせてやる」
「俺の自己満足だけどな。」

納得はするけれども、ゾロはどこか嬉しそうな声でそんな事を言うサンジの言葉で、
ゾロの胸の中にモヤモヤした空気がどこからか吹きこまれた。

「随分、ルフィには優しいじゃねえか。」と皮肉が口を突いて出た。

自分の誕生日にはなんの贈り物がある訳ではなく、
自分の誕生日の為になにかを躍起になって手に入れようとするでもないのに、

ルフィの誕生日には、こんな草深い山に踏み入って、野生の牛の乳を入手しようとする。
なんだか、とても不公平だと思って、少々、ゾロは拗ねてみたくなった。

「お前にも優しかった筈だ。」とゾロの皮肉にもサンジは動じない。
「記憶にねえな。」とゾロは憮然と言い返す。

「そうかよ。」とサンジは素っ気無い。
「ま、いちいち覚えてて、有り難がられるのもこっ恥かしいからな。」

(なんだよ、畜生)
ルフィの為に乳を取りに行くのがそんなに楽しいのか。
だから、喧嘩を吹っかけているのに全然、ノってこねえのか。
とゾロはむしゃくしゃしてきた。

特別な日に、自分だけが特別なんだ、とサンジは態度や行動で示してくれる。
けれど、ルフィにも同じ事をするのなら、自分が特別である、という事の価値が
薄れてしまう。

それがゾロの"むしゃくしゃする"要因だった。
だが、それを上手く説明出来るほど、ゾロは饒舌な男ではない。

ところが、サンジはゾロのそんな気持ちを急に振りかえって簡単に吹き飛ばす。
「俺は、ルフィにコックとして、仲間に誘われたんだ。」
「だから、コックとして精一杯の事をやりてえんだ。」
「他の奴らにも、だ。」

誕生日に宴を張って、それを彩るケーキやご馳走を作る事。
そうする事で、仲間の生まれた日と、
これからの人生にたくさんの幸福が訪れる事を祝う事。

「その時、手に入る最高の材料で、最高の料理を作っておめでとう、って言う。」
「俺が仲間の為に出来る事、するべき事はそう言う事だ。」
「皆がそう望んでいると思うから、俺はそうする。」

俺が、コックだから。
サンジはそう言った。

「お前には、コックとしての立場じゃ出来ない事を」
「判った、」

多分、これ以上言わせるとこの場で抱きたくなる、その気持ちを押えられなくなると
思ってゾロはサンジの言葉を遮った。

「珍しく、拗ねてたな。」とサンジは意地悪そうな笑みを浮かべてゾロを見ている。
その目はやっぱり、優しく、ゾロに自分だけが特別な存在である確かな安心を与えるのに十分に温かだった。

「思い上がり過ぎだ、バカ」とゾロは足先で軽くサンジの尻を突付く様に蹴った。

「おい。」

サンジは自分の進もうとしている藪の先で、ガサガサと何かが動いているの見て、
ゾロが尻を蹴っ飛ばした事を我慢しなければならなかった。

「なにかいる。」

牛にしては小さい。
それに酒場のオヤジの話しからすると、その野生の牛達は群れていて、
この急勾配を昇った先にある大きな窪地に住んでいるらしいので、
目の前にいる事自体、子牛でさえなさそうだ。

そのガサガサと動く生き物は真っ直ぐにゾロとサンジの方へ向かってくる。

獣だろうが、得体の知れない者に身構えるのは当たり前だ。
だが、ボウボウに繁った草の隙間から、ピンクの帽子が見えて、

「「チョッパー?!」」と二人は同時に声をあげた。

「やっぱり、」と茂みの向こうからチョッパーの声が聞こえ、ピョン、と
獣の形に変形したチョッパーが跳ねた。

「何ヤッてんだ。」とお互いが近付きつつ、ゾロがそうチョッパーに尋ねた。

「牛の乳を取りに来たんだ。」
「この先にいる野生の牛の乳が最高に美味いって聞いて。」

「俺達もだ。」とサンジは驚いて、自分達も同じ目的でここに来た事を
チョッパーに伝えた。

「良かった、俺一人で困ってたんだ。」

チョッパーは、サンジ達よりも一足先に牛達のところへ行った。
そこで、雌牛達に頼まれごとをしたのだ、という。
「その約束を果たさないと、一滴だって乳はやらないって言われたんだ。」

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