「乳ってのはね、赤ん坊が飲むもんなんだよ。」

チョッパーがその牛達に「乳を少し、わけて欲しいんだ」と言ったら、
牛にそう言い返された。

「人間だったら、人間の乳を飲めば良いんだよ。」
「そうだよ、そうだよ。」

周りの牛達は、チョッパーの周りに群がって口々に人間の悪口を言い出した。
「命懸けで産んだ子供を育てる為に搾り出してる乳だよ。」
「それをなんだって、人間ごときにやらなきゃならないのさ。」

「でも、余ってるだろ。」と人獣型のままのチョッパーは、野生の牛に囲まれて、
たじたじとなり、冷や汗を浮かべながらも愛想笑いだけは浮かべる。

「余ってるからって、人間にやるのはゴメンだね。」と年嵩の牛が
モーモーと文句を言う。

(困ったなあ、)とチョッパーは思った。
第1、 この牛達、普通の牛の5倍ほどの大きさの上、メスのくせにやたら
大きな角が生えている。野生の牛、は、つまり「野牛」で、
良く知られているバッファローと良く似ていた。
気性も「闘牛」に使われる牛のように、かなり気が荒そうだ。

「アタシ達の言葉が判るところを見ると、あんた、人間じゃないね。」と
別の、少し気性の穏やかそうな、
どこか知性の漂う眼差しの牛がチョッパーにそう言った。

「人間じゃない、事はないけど、」とチョッパーは言葉を濁した。
「獣じゃない、事もない。」
「どっちなんだい、はっきりしな!」と最初のリーダー格らしい牛が
チョッパーにそう怒鳴った。

「まあ、姐さん、話しだけは聞いてやりましょうよ。」とさっきの牛が
リーダー牛を嗜めた。
「聞いてやって何か得があるのかい、」とリーダーの牛はギロリとその牛を睨む。
「あるかもしれないし、ないかもしれない。」
「でも、赤ん坊にこんな得体の知れない奴を突付き殺すところを見せるわけには
いかないでしょう、」そう言って、ひときわ、角の立派なその雌牛は
チョッパーに鼻が付きそうなほど近付いた。

「今、アタシ達は皆、子供を産んだばかりなんだ。」
「だから、乳が出る。」
「でも、たくさん乳を出そうと思うと、なるべくたくさん食べて、」
「たくさん寝た方がいいんだけど、ちょいと困った事があって、」
「そうのんびりも出来ないんだよ。」


「なんでだ。」
そこまでチョッパーの話をきいて、ゾロが尋ねた。

「狼の群れが同じ山に住みついたんだって。」とチョッパーは答える。
「狼?」とサンジは歩きながら振りかえった。

「乳が美味い牛だって聞いたから、」
「てっきりへんこつなオヤジが放牧してるんだと思ってたが、」
「マジで野牛だったとは思わなかった。」とサンジは苦笑いしている。

「そんなに猛々しい牛なら、狼なんて別に怖くねえんじゃねえか。」とサンジは
チョッパーに尋ねたが、チョッパーは、首を振った。
「俺も、聞いただけだから良く判らないんだけど、ものすご〜〜く大きいんだって。」
「それが何頭もいて、牛の群れもたくさん食い殺されたって言ってた。」

「でも、チョッパーに会えて良かったんじゃねえか。」とゾロはなんだか、
面白そうな話になってきたので、少しウキウキし始めたらしく、
口調が明るい。
「牛を狩るだけなら簡単だけどよ、」
「そんな暴れ牛から乳を絞るなんてできっこねえからな。」

「そうだな。」とサンジは珍しく素直にゾロの意見を認める。
「で、その狼を」「狩れば、いいんだろ。」とサンジとゾロはチョッパーの話しを
予測して二人、口々に聞いた。

「20頭近くいるのか。」とサンジは狼達の通り道まで来て、その足跡などから、
狼の群れの規模をおおよそ予測してみる。

「7頭ずつ、仕留めるか、それか、勝負するか。」
「勝負するに決ってる。」

ゾロとサンジの会話にチョッパーが慌てて割って入った。
「俺の分は遠慮しないで狩ってくれてイイぞ!二人で、10頭づつでいいから!」
「なんだ、お前エは参加しねえのかよ。」とサンジとゾロは顔を顰めて
チョッパーを見る。
そんな、脅すような表情で見られても、チョッパーは頭をブルブルと勢い良く振った。

「じゃ、囮になるくらいはいいだろ。」とサンジはニヤリと笑う。

釣りでも、疑似餌より生餌の方が良く釣れるしな。

足跡からして、相当に大きいのは判った。
「けど、まあ、所詮獣だしな。」とサンジは気楽に考えている。

「狼がアタシ達を襲いに来るのは大方、夜だ。」と牛は言った。

「狼ってのは、群れで行動する。だから、頭をツブせばいい。」
「頭をツブした方が勝ちってことでどうだ。」

サンジのルールにゾロが反論する。
「どれかアタマか、なんてどうやって見極めるんだよ。」
「さあな。」とサンジはゾロをバカにしたような顔で笑みを浮かべた。

「頭筋肉の奴にそういう高等な狩りは無理か。」
「なんだと。」そんないい方をされて、ゾロが黙って引き下がる筈がない。

数ではなく、アタマを先につぶした方が、勝ち。
それが「狼狩り」のルールとなった。

(あいつが生身で行くなら、俺だって)
たかだか狼相手に三振りも必要はない。

「本当に俺を囮にするつもりか!」とチョッパーはサンジに恐々尋ねる。
「大丈夫だよ、逃げまわるだけでイイから。」とサンジは半笑いを浮かべながら答えるが、チョッパーの力を借りるつもりは全くない。

牛達がいる草原に狼達がやってくる。
狩りを指示するのがその群れのリーダーの筈だ。

(獲物に一番最初に口をつけるのがリーダーだって聞いた事がある。)

目的は、とにかく牛の乳をもらう事なのだが、ゾロと遊びで競い合う事が
ただ、純粋にサンジは楽しかった。

勝てば、尚のこと楽しいだろう。
二人は、別々の藪の中で、そんな浮き立つ気持ちを抱いて、じっと夜を待った。
(そう言えば、何を賭けたんだっけか。)とふと、ゾロは思い出す。

そして、夜が来た。

牛達は、「今夜は俺がみんなを守ってやるから!」と言うチョッパーの言葉を信じて、
子牛も親牛もぐっすりと眠っている。

ゾロもサンジもどこに潜んでいるのかわからない。
山頂の、少しなだらかな斜面が牛達の縄張りだった。
草が生い茂るその場所には今夜は星の灯りだけが降り注いでいる。

風が樹木を撫でる度に、ザワザワと音が鳴る。
チョッパーは耳をそばだてて、周りの気配を探る。

(風向きは。)とチョッパーは顔を上げて、鼻を蠢かす。
狼が来るなら、きっと、風下から来る。
自分達の匂いを悟られないように、気配を殺して近付いてくるに違いない。

(頭をつぶすってどうやるんだろう?)とチョッパーは気掛かりでならない。
それ以外の奴が牛を襲ってきたらどうしたいいんだろう、と
チョッパーは緊張して来た。

「ちょいと、トナカイのニイさん」と、リーダーと議論していた、
あの知的な牛がチョッパーに声を掛ける。

「そう、緊張してそこに座ってると、子供達がピリピリして寝やしないよ。」と言うも、
口調はどこか優しげだった。

「ニイさんの名前は?」
「俺、トニー・トニー・チョッパーだ。」

牛は、トナカイの姿になったチョッパーの隣にうずくまった。
「えっと。」とチョッパーはおずおずとその牛の名前を聞いた。

「牛に名前なんかないよ。」とその牛は笑った。
「でも、仲間内で呼び合う名前があるだろ。」とチョッパーが言うと、
牛は、「聞いてもトナカイじゃ、発音出来ないよ。」と答えた。

「じゃあ、トナカイ語で俺が呼びやすい名前で呼んでもイイかな。」と
チョッパーが会話しやすいように、と思ってそう言うと、
「好きにしなよ。」と無愛想な言葉ながら、牛は楽しげにそう言った。

「じゃあ、」とチョッパーは暫く考えて、

「クリームさん。」とその牛を呼んだ。
「なんですか、トニーさん。」とチョッパーの口調を真似して、その牛
「クリーム」は返事をする。

「クリームさんの子供は?」
「4頭産んだよ。でも、今年生んだ子は狼に食われちまった。」
「だから、乳は余ってるのさ。」

チョッパーの質問に、「クリーム」は淡々と答える。
「雄牛は?」この群れは皆、メスばかりらしく、雄は子牛の中に数頭いるだけだ。
「別の山にいるよ。」
「発情期になったら、向こうからこっちにやってくる。」
クリームがそう答えた時、風向きが変わった。

山頂から、谷へと吹いていた風が逆になる。
途端、獣の匂いがチョッパーの鼻に流れ込んで来た。

「来たよ、ニイさん。」「クリーム」の声が強張った。