「…真珠丸の事、…もう詳しく話してやる」

そう言ったまま、ゾロは目を伏せ、黙り込んだ。
それから、かなり待ったが、まだゾロは口を開かない。

今、この瞬間にもナミは高熱で苦しんでいる。一刻でも早く、真珠丸が欲しい。
そう思っているのに、何故かサンジは黙り込んだゾロを急かせなかった。

ゾロと知り合って、まだ数日しか経っていない。
当然、ゾロがそして一体、何が悲しいのか、何が辛いのか、
真珠丸の事を話してやる、と言った癖に何を言い澱んでいるのか、サンジには
何も分からない。
だが、その辛そうな顔を見ていると、不思議と胸が痛んだ。

そのまま、黙って向かい合って座っていたが、やがて、荒れた庭に一陣の風が吹き、雑草がざわざわと波音に似た音を立てた。
その音に背中を押されたのか、ゾロがゆっくりと顔を上げた。

翡翠に似た色のその瞳が、まっすぐに熱い熱を孕んで、じっと自分を見つめている。
その視線を受け止めた途端、サンジの心臓に流れる血潮の温度が一瞬で変わった。

ドクン、と喉を詰め付けられ、一瞬体が戦慄くほどの激しい鼓動、そして熱い血がサンジの体の中に一気に流れ出す。

(…なんだよ、…なんでこいつ、こんな顔をして俺を見るんだ?)
(…なんで俺は…この面を見て…こんなに胸が苦しくなるんだ…?)
涙を流して泣きたくなる程、目の奥が痛くて熱い。けれど、訳もなく泣けない。
それに、何故、自分の中にそんな感情と衝動が生まれたのか、その理由も分からない。

得体の知れない感情の波に飲み込まれない様に、サンジは目を逸らさずに、じっとゾロを見つめ返した。

「お前、…もし、」ゾロの重い口がようやく動き始める。

「たった一人の人間が、ただ自由と幸せを得ようとした。だが、その為に、…数多の人間の犠牲が必要だったとしたら、そいつは…どうするべきだと思う?」
「…何?」
思いがけないゾロの言葉に、サンジは質問の意味も意図も分からず、思わず聞き返した。

「自由も、幸せも諦めて黙って死んでいくか…」
「それとも、例え、大勢の人間を犠牲にしても生きる事を選ぶべきか?」
「お前なら、…どっちを選ぶ?」

そう真剣に問い掛けられて、サンジは言葉に詰まる。
(そんな例え話と、真珠丸とどう関係あるんだ…?)と怪訝に思うものの、それを口には出せない。

ゾロの言うようなそんな切羽詰った立場に立った事もないし、おそらくこれからも立つ事もないだろう。
現実に在り得ない事を問い掛けられて、それを真面目に考えて答えなければならない義理はない。

そう突っぱねて良い筈なのに、ゾロの真剣なまなざしに気圧されでもしたかの様に、
サンジは気強く言い返す事が出来ない。

だが、ゾロはサンジの答えを待っている。
その答えを聞いてから、真珠丸の話を続けるつもりらしい。

「…俺ぁ…人を犠牲にしてまで生き延びる程の人間じゃねえよ」

深く考えず、サンジは思ったままを言った。その答えにゾロの口元が僅かに綻ぶ。
サンジは、ゾロが微笑んだ、と思った。

「…やっぱり、…そう思うか…」
そう呟いたゾロの悲しげな微笑みに、サンジは胸を抉られる。

「…幼馴染が人魚だった…ってさっき、言っただろ」そう尋ねられて、
「…ああ」とただ、意気地なく頷く。
「真珠丸がどうやって作られるかも、さっき少し話したな?」穏やかな声音で尋ねられて、「ああ。人魚の体から、万病に効く真珠丸が出来るって」と、また頷く。

ゾロはサンジから目を逸らし、サンジに触らせまいとした絵草子をそっと床から拾い上げて、それに目を落とす。
「…俺は、その幼馴染を助けようと思った」
「なんとしても、…何を犠牲にしても助けようと思った…」

そう言って、ゾロはまた言葉を慎重に選ぶ様に口を閉ざす。

 
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