夜、寝る前に海軍の駐屯部隊の警備兵からどれだけ
「危険だから止めてくれ」と言われても、サンジは

海岸を一人、散歩する。
あまり、人前では自分の体を鍛える姿を見せないけれど、
サンジは 散歩に行く、と行って出掛けて 誰も見ていない所で
幼い頃からゼフに叩きこまれた 秘伝のトレーニングを欠かさない。

それで 厨房での激務に疲れた体は さらに疲労する。

クタクタになって、倒れこむように横たわらなければ、
横たわった途端に眠りに浚われるようになるまで疲労しなければ、

一人きりのベッドは広すぎる。


一人きりになる唯一の時間、ごく短い時間でさえ、
ゾロの事を少しでも思い出したくない。
それなのに、

その短い、まどろみ、夢にさ迷う時間までの合間に必ず、思い出してしまう。

今日はどんな飯を食ったんだろう。
誰と、どんな会話を交わしたんだろう。

俺の事を少しは思い出したのかな。


誰にも答えられない、馬鹿馬鹿しい妄想をぐるぐる思うだけで
情けなくなる。

側にいないから寂しいなど、そんな女々しい事を感じてしまう自分に
腹が立つ。

だから、早く、眠りたい。
何も考えない、魂が休まるには、真っ暗な闇夜の海を
ただ、眺めているような夢がいい。

枕を抱くように、手をシーツと枕の間に差し入れ、
そこへ耳を押しつけるように横になり、瞼を閉じた。


カサ。

開けっぱなしの窓から風が吹き込み、なにか、小さな紙切れが
床に舞い落ちる音がした。

その小さな音にサンジは思い瞼を開く。
一人きりの部屋には、すぐ側の海から聞こえる波の音さえ
耳障りなほど 静寂で、

気にも止めない筈のささやかな音にサンジは何故か、反応した。

ゆっくりと緩慢に体を起こし、さっきの小さな音がした場所へと
目を向ける。

見なれない、一片の紙切れだった。

(どこから)飛んできたのだろう。

サンジはそれを拾い上げる。
目を凝らすと何か字が書いてあるようだ。

目は悪くないのだが、良すぎて細かい字を読むと疲れるので、
ベッドサイドの眼鏡に手を伸ばし、ランプをつける。


ボウ・・・と油の焼けるほのかな音がして、
サンジの、模様替えをしてしばらくたった部屋が薄明るくなる。

(なんだ、こりゃ)

サンジは 筆圧の強い、あまり達筆でない字を見て首を捻った。

良く読んで見よう、とベッドに腰掛け、煙草を咥える。

読み進めていくと、ゾロがサンジに残した、置手紙だとわかった。

(バカが)とサンジは深い溜息をつく。

書かれてあるのは、
サンジの欲しい、たくさんの言葉だった。


こんなもん、残して行って、俺が喜ぶとでも思ったのかよ。
グっとその紙切れを拳に握りこむ。

大切な事、大切な思いはいつも言葉ではなく、眼差しで、
ぬくもりで、伝え合ってきた。

それで充分だと思ってきた。
なのに。

こんな手紙を残されたら、押し殺した寂しさが浮き彫りになる。
寂しい、と感じている自分を否定できなくなる。



寂しさが、
恋しさが募る。

必ず、帰るだって?
そりゃ、いつだよ。

離れて寂しいかだって?
お前こそ、どうなんだよ。


書かれているゾロの言葉にサンジはいちいち心の中で突っかかった。


寂しいと思ってなきゃ、
待ってるわけねえだろ。


サンジはその紙切れを
(破ってやろうか)と思った。

けれど、数ヶ月前、ゾロが旅立つ前に きっと
昼間 自分がいない間に 必死で書いたのだと思うと
やはり、

破り捨てられなかった。


大事に持っていたいとも思わない、
こんなものいらねえ、と思うけれど、捨てられない、
その紙切れは不思議な存在感でサンジの手に握られたままだ。

なんで、手紙なんかにするんだ。
自分の口で言ってくれたらその方が 声を鮮明に思い出せるのに。

一度も言われたことのない言葉を 紙の上に並べられても、
ゾロの声には変換できない。

ゾロがいた時も、サンジは夜の海を歩いた。
一人ではなく、ゾロと二人で。

自分を鍛え、歯を食いしばって 汗を流す
サンジの姿を ゾロだけが知っている。

その後に見上げた、漆黒の空に浮かぶ月が今夜もサンジを照らしていたけれど、
この前、その月を見上げた時に隣にいた影がいないと
その月の光はただ、冷え冷えとした 光に思えた。

ゾロとなら、同じ光の中に太陽の匂いを感じられたのに。
そんな風に感じる自分に苛立つから、
夢を見ることさえ 拒否しながら日々、過ごしているというのに。


こんなもの。
こんな、置手紙のせいで、サンジはそれを自覚させられる。

どれだけ、自分がゾロを求めているか、を思い知らされる。

声を聞いて、触れて。

側にいれば、他愛もない事が今は遠くて、
どれだけ 想い合っているかを 知っていても、だからといって、
心寂しさが薄れる訳もない。


今度、帰ってきたら、これを声を出して読ませやる。

どう足掻いても薄れない ゾロの温もりを
ゾロの声を 切望する想いに サンジは 自分を追いたてることを諦める。

今夜だけだ。
そう想って、もう一度読み返す。

今夜だけ、寂しさに身を委ねて、あいつの事だけ考えながら
眠ろう。

丸暗記出来るほど、何度も読み返す。

今度、帰ってきたら、
そして今度旅立つ時には、釘を差しとかなきゃな、と滲む文字を見て思った。
残して行くのは、言葉だけでいい、と。

今夜は夢を見るかもしれない。
せめて、夢の中では素直に寂しさをぶつけて 困らせてやろう。

置手紙を握り締めたまま、サンジは煙草をもみ消して、
ベッドに横たわり、瞼を閉じた。


「置き手紙  ゾロ編へ」