測定器

グランドラインで生きてきて、この船の上では最もこの海の
事情に通じていたつもりだったのだが、

ニコ・ロビンは生まれて初めて、その現象を目の当たりにして、
愕然とした。

「ロビンちゃん、大丈夫?」と覗き込んでいるコックが巨大化している。
リトルガーデンの巨人ほどではないけれど、それよりも二まわりほど
小さいだけで、大差ない。

ただ、狙撃手が面白そうな化学実験をし始めたので、興味本位に
近くで眺めていただけなのだが。

爆発音と共に格納庫が煙で充満し、何があったかサッパリ判らなくて、
気が付いたら、床に仰向けに転がっていた。
隣には、白目をむき、失神しているウソップがいる。

そして、自分を覗き込んでいるのは、巨大なコックだ。

「大丈夫だけど。」とロビンは語尾を少しボカシた返事をして、
起き上がった。

(そんなに大きくなってたら、船が沈むわ)と一瞬思ったのだが。
それ以前に、格納庫の天井がぶち抜かれている筈だ。

いや。
(ここ、こんなに広くないわ。)

ロビンほどの知性の勝った女性でも自分の状況を的確に把握するのに、
時間が掛った。

キョロキョロとあたりを見回すと、弾薬も、火薬も、格納庫にある何もかもが
巨大だった。

「おい、ウソップ!」とコックの、丸太のように見える指先が
グリグリと失神しているウソップの腹を押す。
その様子を見て、ロビンは、自分が縮んでいる事にやっと気が付いた。


すぐにチョッパーが診察するけれど、どこにも異常がない。
ウソップはパニックに陥るし、ロビンは冷静そうに見えているが、
やはり、相当困惑している様子だった。

「とにかく、薬を分析して、もとに戻る方法を考えなきゃ」とチョッパーは早速、
薬の分析にとりかかる。

「お人形遊びするにはいい大きさだけどねえ。」とナミはウソップを見て
溜息を付く。
「あんたじゃ、その気にならないわ。」
「ロビンで遊ぶのも後が怖いし。サンジ君か、チョッパーが縮めば良かったのに。」

「そうか?俺は面白エぞ。」とルフィは、拾ったガラクタで作ったロボットと
ウソップとを戦わせて早速玩具にしている。
ヤケクソになったのか、ウソップもルフィが操るロボットと
「と〜〜う!ウソップのスペシャル必殺スーパーキック!」とかなんとか言って、
遊び始めている。
ルフィにとってはいい玩具にはなるが、
確かにお人形遊びをしたくなるような可愛らしさはない。


その騒動の数日前、その薬を買って来たのはウソップだったが、
その買い物に付き合ったのは、ゾロだった。

その時に、実に下らない話しになった。
最初は、ウソップの理知的な理論を展開していたのだが、
途中から話しが脱線したのだ。

「知ってるか?ゾロ。」
「この世の中で数字に表せないモノなんてなんにもねえんだぜ。」

「例えば、サンジの料理も、温度、味覚、とかを全部、数字に置きかえられるんだ。」
「温度は温度計、塩味、甘味もちゃんとそれを測る機械がある。」
「天気もそうだ。気圧計、ってのもあるし、湿気を測る計測器もあるだろ。」
「人間の体温も体温計で計れるし、どれくらい太ってるかとかも」

などベラベラと捲くし立てていたら、ゾロは黙って、フンフンと適当に
頷きながら聞いていた。

「じゃあ、よ。」とゾロは
「人間の感情も、調べれば全部、数字になる」というところまで適当な知識を
ウソップが披露して暫くしてから、やっと聞き返してきた。

「お前、作れるのか、そんなの。」
「作れるさ、この天才ウソップ様にかかれば、なんだって」といつもどおりに
調子よく答えると、ゾロはウソップの首を腕でいきなり、締める様にして、
「なんだ、おい!」と大騒ぎするのに構わず、路地裏に引き摺りこんだ。

「まあ、落ちついて聞けよ。」とゾロは誰もいないのを確認して
日当たりの悪い路地にウソップを無理矢理しゃがませた。

「例えば、その、気持ちイイとかそうでないとか、そう言うのも測れるか?」

人が下手(したて)に出ると高飛車になるのが、ウソップである。
ゾロがなんだか、真剣そうで、照れ臭そうで、どうにも歯切れの悪い言葉で
言うのを理解するのにウソップも手間取った。

「だから、何を測って貰いてえんだよ。」
「だから、気持ちがイイか、そうでないか、だっつってるだろ」

鼻先を突きあわせる様に密談していたので、ウソップは、気がついた、
必死で答えるゾロの顔が火照っている。

「あ〜、つまりあれだ。」
「自信がねえワケだ。」とウソップはニヤリと見下すような目でゾロを見た。

「男だから、判るだろ、気持ちイイか、そうでないか、なんて」と
目を細めてバカにするようにそう言うと、ゾロはますます真剣になり、
「あいつ、滅多に声もあげねえし、最近、どうもノってこねえし。」
「こっちが盛り上がってるってのに、なんだかんだいって逃げやがる。」
「で、ちょっと煮詰ってる。」

「俺に相談するな。」とウソップはプイと顔を横に向ける。
根が正直で、人がいいだけに、ゾロにこんな事を相談されると、余計なお節介を
焼きたくなる。
だが、こんな事を相談されているとサンジに知られたら、アバラの骨を
1本残らずバキバキに折られるに決っている。

「お前以外に相談出来る奴がいるかよ。」と
ゾロはそんな事くらい、わかっている筈なのに、食い下がってくる。
「ロビンでもナミにでも言えばいいだろ。俺は経験がねえんだから。」
ウソップが突っぱねると、

「そんな事したのがバレたら、怒り狂うだろ」
「第一、 俺にもプライドがある。あいつらに相談するくらいなら、」
「本人に直談判する。」

「すりゃ、いいじゃねえか。」とウソップはまだ横を向いたまま、
目だけをゾロに向け、そう言った。
「それが出来りゃとっくにしてんだ。」
「あいつに"俺はヘタクソかも知れねえから、やり方教えろ"って言えるか。」

第3者から見れば、甚だ馬鹿馬鹿しい相談なのだが、本人にとっては、
死活問題なのかも知れない。
恋愛の相談事など、殆どがそう言ったものだ。

「判ったよ。」とウソップはその時、「気持ちイイかどうか、側定器」を作る、
と言う口約束をつい、してしまった。

だが、ゾロにとっては「約束」はどれだけ下らない事だろうが、「約束」だ。
例え、それが無期限で、決して「急かさない」と言う条件付でも。


そして、小さくなった者同士、ロビンと雑談していると、話しの流れで、
つい、その話しをしてしまった。別に口止めなどされていなかったのだから、
ウソップにはなんの非もない。

「あはははは。」とロビンは、本気でそんなもの、作る気なの?と腹を抱えて笑った。
ロビンは、本当にこの船に乗ってから良く笑う。

「作れるワケねえから、困ってるんだ。」とウソップが答えると、
「簡単よ。手伝って上げるわ。」

せっかく、小さくなったんだもの。
楽しまなきゃね、とロビンはクスクス笑う。
「いつ、もとの体に戻るか判らないんだし、考えこんでると暗くなるばかりだしね。」
「ちょっとくらい、悪戯しましょう。」

「格納庫に例のものが置いてある。」
「説明書はこの裏に書いてある。健闘を祈る」と書いた小さな、小さなメモが
ゾロの刀の柄に結んであった。箒(ほうき)を扱う様に鉛筆で描いたのだろう、
ウソップの字だった。

(随分、早エな。)とゾロは片頬にほんの少し、卑猥な笑みを浮かべた。
が、すぐに口を一文字に引き絞る。

(ソクテイキが出来ても、あいつがソノ気にならなきゃ、話しにならねえ)
男は何故か、新しく手に入れた機械や、玩具など出来るだけ早く使いたがる。
ゾロも例に漏れず、さっそく、船の中のどこかにいるサンジを探す。

格納庫に連れて来たのは良かったが、サンジは今日もノリ気ではなさそうだ。
何度も肌を合わせていれば、相手がノリ気か、そうでないかは、
気配で判る。

感情で歯止めが利かなくなればなるほど、後でその時の自分の姿態を思いだして、
いくら惚れた相手だとは言え、
(野郎に体触られて、ああも乱れちゃ、イカンだろ。)と
ゾロとの行為にうっかりのめり込みそうな自分を戒めているだけ、と言うのが、
サンジの事情だった。
それをゾロに言わないのは、
(お前エは上手い)と誉めるようなものだと思い、なんだか、癪に障るからだ。

「間、開き過ぎだろ。」とゾロは壁際にサンジを追い詰めている。
「色々と都合があるんだ、俺は。」とサンジは中々頑なだ。

(もう、じれったいのねえ。)
(全くだ。)

ウソップとロビンはひそひそと小声で二人を小さな小箱の中から覗き見している。
ブリキに二人は掃除道具入れに押し込まれたような格好で入り込んでいて、
その箱にはなにやら、小さな電球らしきものが5つ、ついている。

(あ、静かになったわ)
(よし、準備はいいぜ)

ロビンとウソップは小さな覗き穴、人間の目から見ると針の穴くらいしかない大きさの穴からゾロとサンジの様子を観察している。

その二人と、ゾロの目が合った。

そして、小さくなっている二人は(ギョッ)とする。
ただ、ゾロはこの「気持ちイイかどうか測定器」を見ただけなのだが、
気配を察知されたと思った。

(なんだか、ドキドキしてきちゃうわ)とロビンはクスクス笑うが、
ウソップはばれたら、ゾロからもサンジからも袋叩きだと思うと気が気ではない。

ゾロがサンジにのしかかっていて、たまにこちらを見る。
サンジの息が乱れてきたのも、聞こえてくる。

(ちょっとスイッチを入れるわ)とロビンは、一番下の電球を点灯させた。


なんとか、押し倒して、口付けをしながら、ゾロは右手でサンジの
耳を掌で包み込む様にゆっくりと撫で、顎をかすめて、首筋を滑って、
シャツの薄い生地の上から親指の先で胸の先端を捏ねた。

目でちらりとソクテイキを見ると、一番下の電灯に光りが灯っている。

(5段階か)と今のサンジの状態は、そのうちの一番低い状態、と
ゾロは判断した。

それから、いつもどおりの順序で今夜は冷静に分析するつもりだったのだが。
ニ週間振りのサンジの体に夢中になった。

五つの電球が点灯したのはゾロの掌がサンジの乳白色の体液を受けとめた時で、
それを確認した途端、もうどうでも良くなった。

一方、ソクテイキの内部も、機能を果たすのはどうでも良くなり、
針の穴に眼球がくっ付くのかと思うほどの熱意で外の情事の様子を
観察していた。

ロビンは、自分の能力を使う事などまるきり、頭にない。
ウソップと頬をくっつけ、息を潜めて、

(なんだか、こういうのってドキドキするわ)
(あんまりイイ趣味じゃねえけど、同感だ)とヒソヒソと会話を交わしている。

(でも、どうして、服を着たままなのかしら)
(全部脱いだら急に誰かが入って来た時、言い訳できねエからだろ。)

ゾロとサンジがお互い満足しきって眠るまで待ち、
二人はそのソクテイキの中から出る事にしていたのだが。

(なんだか、熱くない?)とロビンは急に体が火照ってきた事に気がついた。
(俺もだ。)

(当てられたとか)とロビンは自分の掌で自分の顔に風を当てて
笑ったが、ウソップは
(まさか)と苦笑いで答える。

(やだ、心臓がドキドキしてきたわ。)

ロビンがそう呟いた、
その数秒後、ウソップの「気持ちイイか、どうか測定器」は破裂した。

その後の顛末は、そこにいた全員がそれぞれバツが悪いと言う事で、

全員の記憶から抹消される事になる。


終り