「で、ジジイは治ったんだ。」とサンジはあっさりと事の顛末を話し、
話しを無理矢理終らせた。

「この首飾りは、ドラムで気を失ってたら知らない間に
首にぶら下がってた。ジジイを治してくれたのは、ドクトリ―ヌだったんだ。」

ゾロは、「やっぱりな。」と相槌を打った。

「嬉しかったな。ジジイが助かった時はさ。」
サンジのまなじりが艶やかに光るのを ゾロは気がついた。
けれど、何もいわず、サンジの言葉を待っていた。




不幸があったから、苦しみや、哀しみがあったから、
その先に辿りついた幸せは、ただ、「生きている」と言うことだけで
何よりも輝いた思い出となった。

反面、その輝きが鮮やかだから、二度と 得られない永遠の別離の後、
いつまでも 哀しみの色を心から 消し去れないでいる。


至上の幸福と不幸は、お互い重なり合ってこそ、
心に深く強く、刻みこまれ、一度しかない人生を彩るのかもしれない。



「風呂に入って来る。」サンジはまた、ベッドから起きあがった。
さっきと違って、体は冷えていないのに。

「別にもう、寒くねえだろ。」とゾロは その行動を訝しむ。

「いいだろ、別に。」サンジは背を向けたまま、立ちあがった。


俺はダメだな、何時まで経っても。
心の中でサンジは呟く。その足は、まっすぐにバスルームに向かった。


バスルームの蛇口を勢い良くひねる。

少し仰いだ顔に適温の湯がやさしく降り注いで、瞳から溢れる温かい
雫を一緒に洗い流した。

泣き顔なんか、絶対に見せたくない、と顔をごしごしと乱暴に擦る。


こんな話しをするんじゃなかった、とサンジは 後悔した。



あの日のことは 今でもはっきりと思い出せる。

ゼフが意識を取り戻した、と看護婦に教えられ、一目散に
その病室に駆け込んだ。

体を起こして自分を待っていたゼフの、その胸には 手術痕があるのに、
サンジは 衝動のままにそこへ顔を埋めた。

自分をしっかりと抱きしめてくれた、ゼフの手の感触さえ、はっきりと覚えている。

あの時の、体ごと弾けるような嬉しさ。

そして、今、胸の中に広がる、懐かしさと。

哀しみと。

もう、会えない。
二度と、会えない。そう思うと 水音に消されるほどの小さな慟哭さえ漏れた。


俺はなんで、こんな話しをあいつにしちまったんだろう、

話し始めた時は、こんな気持ちになるなんて、思いもしなかったのに。




「意地っ張りめ。」ゾロは天井を仰いだ。

泣き顔を見たからって、サンジを蔑んだり、馬鹿にしたりする訳がない。

どれだけ、サンジにとってゼフが特別で、大切だったからくらい
もう、充分に知っている。
哀しいなら、切ないなら、その気持ちも一緒に分け合いたいのに、
サンジは それを拒絶する。

それとも、ゼフの事だけは、決して誰にも 触れられたくないのだろうか。

自分がどんなにサンジを想っていたとしても、
哀しみだけは、分かち合うことが出来ないのだろうか。

思い出にするには、まだ 深すぎるその傷を癒すには、自分はまだ
無力だ、と思い知らされてゾロはぶつけようのない やるせなさを感じる。

あの首飾りの話など聞かなければ良かった、とゾロも後悔した。
自分が泣かせた、と言うわけではないのに、心がチリチリと痛んだ。

しばらくして、バスローブを羽織ったサンジが何気ない風を
装って体から湯気を立ち昇らせてバスルームから出てきた。



「なんで、ドクトリーヌがこれを返してくれたか、判るか?」と
いつもどおりの口調でゾロに聞いてくる。

ひとしきり泣いて、すっきりしたのか、いつもは青みがかった
白目が充血しているが、それもゾロは気がつかない振りをした。

「あのババアの考えてることなんか、チョッパーでもわからねえだろうよ。」と
ゾロもいつもどおりの口調で答える。

「ああ、ドラムを出る時、あんな調子だったから聞けなかったんだ。」
「また、行く事があれば 聞いて見たいもんだ。」とサンジはそれを首から外した。

「これがあるって事は、本当にあるんだよな、オールブルーは。」と
掌に乗せた「海の雫」をジッと見つめる。



「オールブルーの雫」は、その輝きと同じ色の瞳をした主人の胸元で、
生まれた海に帰る日を待ちわびるように、


蒼く、蒼く、煌いた。




(終り)