「花冠」

「この紫の小さな花、なんて言う花か、あなた、知ってるかしら?」

なんとなく船に同乗するしていたニコ・ロビンと
サンジは、春が来たばかり、と言う風情の小さな港町で
二人、はたから見れば 「デート」を、

が、実際は、やはり 海賊狩りと略奪目的で この島を徘徊していた。

「これ?この畑の端っこにたくさん 咲いてるこれのことかい、ロビンちゃん。」

サンジは、かがんで一つの茎に小さな、房状の花をたくさんつけて
鼻を近づければ 僅かに 甘い匂いのする花を
体をかがめて 一つ摘んだ。

「名前は知らないけど、ミツバチに蜜をとらせるとか、穀物の肥料にするとかで
雑草に見えるけど、わざわざ 植えてあるのよ。」
「悪いけど、長めのやつを たくさん 摘んでくれない?」

ロビンの頼みをサンジが断わる筈がない。
「お安いご用だよ、ロビンちゃん♪」


今回は、なぜ、ゾロと同行しなかったか、と言うと 
ただ 単に起こしても起きなかったからだ。

「たまには、一人で行くか。」と出掛けようとしたサンジを
ロビンが 呼びとめた。

「ねえ、コックさん。たまには、私とデートしない?」

そんな風に言われて、二人、腕を組んで 本当にデートしている気分で
船を降り、足の向くままに 歩いていた。

だが、しっかりここにくるまでに ロビンは ナミの様に人の懐から
財布を抜き取り、サンジは人相のよくない男から 金を脅して巻き上げて、
今、ロビンのバッグには およそ100万ベリーほどの所持金が入っていた。


サンジは、ロビンに言われたとおり、紫の花を丁寧に摘む。
「そういや、これ、薄い衣をつけて 揚げて おやつにしたっけ。」

ごくたまに 紫の花に混じって真っ白な花もある。
小さな豆をつける 雑草も同じように生えているし、小さな麦にも見える雑草も
その花に従うように 生えていて、
小さいながら 春の到来を 花に生命の確かさを 華やかに、ささやかに
主張している。

「はい、どうぞ♪。」

土手に腰掛け、頬杖をついていたロビンにサンジは 跪いて
紫の花の花束を渡す。

ロビンは しっとりとした笑みを浮かべて それを受け取った。
そして、目で サンジに隣へ座るようにと促す。

「煙草、吸ってもいいかな?」
「風向きによるわね。」

ロビンの肩から つややかで妖艶な掌がにょっきりと現われ、
彼女は その掌の人差し指を 少し舐めた。

風は弱く、僅かにサンジの立っている方へ流れている。
「いいわ。そっちに座って。私に煙りを吹き掛けないでね。」
「承知しました。」

サンジは ロビンに言われたとおり、拳一つ離した場所に腰を降ろした。

そして、ロビンの手元に目を注ぐ。
「何をするの?」

「この花とかタンポポを見ると どうしても作りたくなるのよ。」

ロビンは 紫の花のしっかりと固い茎に 細かく サクラ色の爪を立てる。
切れないように、微妙な力加減だ。

1本長いものを芯にして、茎を柔らかくした花をくるり、くるり、と巻いていき、
可憐な花飾りを作り上げた。

「ねえ。これ、見たことない?」
ロビンは その花飾りをサンジの頭に被せた。
ナミとは違う、余裕のある大人の女性の 柔らかで妖艶で ほのかな
微笑が 彼女の目許に浮かんでいる。

「あるよ。小さな頃に。」
サンジは その微笑にドキリとした。
ロビンは あまり表情がはっきりしないから、その微妙な笑みも
本心から 寛いで現われたものなのか、どうか きっと
これほど 近くにいないと判りかねただろう。

けれど、息がかかるほど 側にいたから、ロビンの表情には
きちんと感情が伴っていると 判った。


あの時も、こうやって 頭に花飾りを乗せてもらった。



「やっぱりなあ。俺があなたみたいな美人を忘れるわけないと
思ったんだ。」
「その割に、初対面でいきなり 銃を突き付けて来たわ。」

二人は静かに 微笑を交わす。


「ねえ、坊や。海上レストランって、どこにあるの?」

ニコ・ロビンは 一人で旅をしていた。
ここ何ヶ月は どんな組織とも 繋がりを持っていない。
ようやく、一人でも 生きていける歳になったけれど、
自分の夢を探す為の 手がかりが掴めず、それを探しながらの旅だった。

この付近に、海軍や海賊が やたらと集まる海上レストランがある、と聞いた。
そこには 著名な考古学者も顔を見せるとか 噂で聞き,
どんな些細な情報でも欲しかったから、ロビンは 遠路はるばる,
バラティエを目指して 旅をして来た。

釣竿と 小さなバスケット、それと 小さなバケツを持って歩いている
タンポポを思わせる少年に ニコ・ロビンは 声をかけた。

「海上レストラン?」

少年は鸚鵡返しに聞き返してきた。
まっすぐな 蒼い目が陽光を反射して とても綺麗だ。

「そう。バラティエって言うの。」

少年は 困ったような顔をした。

「この道を真っ直ぐ行った所に桟橋があるんです。
「そこから 船に乗って、30分くらい行った沖にあるんだけど、」
「今はオーナーが入院中で営業してないんです。」


「まあ、そうなの。」

別に料理が目当てで来た訳ではないが、ここを目的にしてきたのが
無駄足だったとわかって ロビンは露骨に落胆した。

「あの・・・。お姉さん、バラティエの料理を楽しみにしてきたの?」

この少年に自分の目的について語っても それこそ 無駄だろう。
道と 事情を教えてくれたから、ロビンは愛想よく 少年に微笑み,
「そうよ。でも、仕方ないわね。」と答えた。


「俺、バラティエのコックなんだ。」


偶然とは恐ろしい。


たまたま 声をかけたのが バラティエのコックだったとは。
が、それでも ロビンの目的が果たせるわけではない。

「まあ、そうなの。」
こんなに小さいから 一人前のコックではなく、きっと、皿洗いか何かだろうと思った。

多分、聡そうなその少年は ロビンの考えを察して
「一人前のコックだよ。メインはまだ 作らせて貰えないけど。」と
僅かに 不満げに言った。



どういう成り行きだったかは もう 忘れたが,
その後、ロビンは すぐ側の入り江で 彼の作ったサンドイッチを
食べていた。

「君、歳はいくつ?」
「12歳になったらしいよ。」

少年は 自分の事なのに、まるで他人事のように言う。

「この入り江は 結構深くて 海底に一杯 海藻が生えてるから
大物が釣れるんだよ。もしも、釣れたら今日の晩飯にしようと思ってるんだ。」
「大きいのが釣れたら ご馳走するね。」

最初は丁寧な言葉を使っていたのに、いつのまにか 子供らしい無邪気で
無防備な 言葉が 彼の口から 流れ出ていた。

身のこなしが野生の猫、山猫の様に敏捷だ。

(赫足のゼフが 技を教えこんでるのね。)
(この子、将来は きっと海賊になるに違いないわ。)

気の強そうな雰囲気や、どことなく 刃物のような煌きが 瞳に
映る様子に ロビンは 堅気でない匂いを彼から嗅ぎ取った。




魚釣りに行く途中だった。
ゼフの手術がうまく行って、なんとなく 安心していた。
ゼフが戻ってきたら また 忙しい日々だ。
束の間、のんびりと過ごそうなどと 考えたのかもしれない。

黒く、絹糸のように艶めいた髪が綺麗な女性と 釣りをしながら
サンドイッチを食べた。

苦しそうに暴れまわる棘だらけの魚に 絡みついた釣り糸を
ゼフから 貰った大切なナイフで切ろうとした時だった。


「アッ。」

その棘が 手にささり、一瞬激痛が走ったのでナイフを取り落とした。

「ポチャン。」




「あの時のナイフ、まだ持ってるの?」
サンジの頭の上の花飾りを見ながらロビンは 何気ない口調で尋ねる。

サンジはポケットから いつも携帯している、そのナイフを取り出し,
ロビンの目の前に翳した。
「あの時は どうやって拾ったのか 判らなかったけど、
「今も、大事に持ってるよ。」と答えて 笑う。



水のそこにゆっくりと沈むナイフ。
ゼフから 貰った、何よりも大事なナイフ。
それをこんな海藻の多く、水深の深い場所で無くせば 見つからない。
サンジは慌てて 飛びこもうとした。

「はい、どうぞ。」

差し出された黒い髪の少女の掌に 水に濡れたナイフが乗っていたのだ。


結局 あまり釣果がなく、もと来た道を二人は歩いた。

「サンドイッチ、とても美味しかったわ。」
「君がメインを作るようになったらまた 来るわね。」
「うん、待ってる。綺麗なお姉さんは 大歓迎だよ。」


そして、花を摘んで。


「こうやって、あなたの頭に乗せてあげたわね。」
「今は、俺より、ロビンちゃんの方がずっと似合うよ。」

サンジは頭の上の花飾りを ロビンの頭にそっと乗せる。
「似合わないわよ。」
ロビンはそれを ゆっくりと外し、膝の上に乗せた。

花の冠を戴くには 私は汚れすぎたもの、と言ってロビンは 寂しげに
笑った。

「それは誰だって同じだよ。」

サンジも 同じ表情を浮かべた。

「これは、そうね。船医の頭になら まだ、似合うかもしれないわね。」
ロビンの言葉に サンジは無言のまま 頷いた。


「さ、行きましょう。」
「うん、行こう。」

二人は立ちあがって、歩き出す。

また、生きる為に、己の夢を追い掛けるために 血を流し合う日々、
生きている、それだけで罪を重ねつづける日々を。


生きましょう。

うん、生こう。


二度と、花冠を戴けなくても、それを美しいと思う心だけは穢れないように。

(終り)

公開は 2002.03.21 ちょうど、ロビンちゃんが仲間になった頃でした。