「OUT OF TIME」



タイムリミットは、15分。遅れはプラス15秒まで

綿密な打ち合わせをしている時間などなかった筈だ。
それでも、彼らは全く迷いも戸惑いもなく、真っ直ぐに目的の場所へと確実に向っている。

作戦決行 10分経過

「・・・なにか、美味そうな匂いがする」
カクは、長い鼻をクンクンと蠢かす。
「何の匂いかしら・・・」カリファも、その香りが漂ってきた後部車両、3両目の連結部へと目を向けた。

ガチャリ、と連結部の扉が開く。
まだ湯気の立つ出来立ての料理を乗せたワゴンを押して、「金髪のスーツ男」が
目の前に姿を現した。

「麦わらの一味だな・・・?」ルッチが、静かにその男にそう尋ねた。
声は静かだが、はっきりと殺意を怯えている。
「スーツ男」は俯き加減だったが、ルッチの声に見えている片目だけを上げて、
じっと自分達を見つめ返している。
(・・・CP7のワンゼを倒して来た様じゃの・・・なかなかやりおるわい)
カクは、ゆっくりと座席から立ち上がった。

これまで報告されて来た結果からして、確かにこの「スーツ男」はバカではない。
だが、それなら何故、今更真正面から挑んで来るような真似をするのか、
カクは興味をそそられた。

「・・・一体、なんの真似だ」
ルッチは腕を組み、男に重ねて尋ねる。
そこで初めて、「スーツ男」の表情が動いた。

挑む様な、相手の手の内を見透かそうとする様な、そんな目で見て、口元は僅かに
ふてぶてしい笑みを浮かべている。
「・・・さっきの車両を守ってたヤツが大量のパスタを作った」
「捨てるのも惜しいから、あんたらにご馳走してやろうと思って、持ってきたんだ」
「ッチ・・・ふざけた野郎だ」
今度はブルーノが立ち上がり、ゆっくりとワゴンに近づく。
ルッチが手を出さずとも、ブルーノだけでこの男一人を簡単に排除出来るだろう。
カク以外の者もそう思った様で、動いたのはブルーノだけだった。

「まあ、待てよ」スーツ男は、ワゴンから手を離し、皿を一つ、ブルーノ鼻先に突き出した。
とても香ばしいガーリックと刺激的な鷹の爪が混ざった魅惑的な香りがその皿から漂っている。
「俺がどう足掻いたところで、あんたらには勝てっこない」
「俺は、自分の力量ってものがどの程度なのか知ってる。勝てもしねえ相手に
無闇に突っ込むほど、バカじゃねえ」
皿を手渡したその仕草が、余りにも手馴れていた。
その所為で、ブルーノは無意識に給仕されている様な気になってしまったのかもしれない。
「スーツ男」の、まるで一流のウエイターの様な動きに毒気を抜かれ、
カリファも、カクも、ワゴンの上の料理を手渡されてしまう。

「・・・俺は、交渉したいんだ」
「スーツ男」はルッチに皿を差し出した後、真っ直ぐにルッチの顔を見てそう言った。
「交渉だと?」
(・・・当然じゃな、)
カクは皿のパスタを口に運びながら、ルッチの険しい顔を見てそう思った。
「ま、俺の作ったそのパスタでも食いながら、話を聞いてくれ」
敵意と警戒心と威嚇をむき出しにしたルッチを前にしても、「スーツ男」は飄々としていて、
全く動じない。
(・・・ほお。こりゃ美味いモンじゃの)
麺のもっちりした感触といい、鼻に抜けていくガーリックと唐辛子の香りといい、
舌に残る油のほのかな甘味のといい、材料も手間も全く掛かっていないのに、とんでもなくそのパスタは美味い。

カクは、たった三口でその皿のパスタを食べ切ってしまった。

「虫のいい話かも知れねえが、あんたらの用が済んだら、ロビンちゃんを自由にして
やってくれねえか」
「・・・なんだと?」
「スーツ男」の言葉を聞いて、ルッチが耳を疑っている。
(そんな言い分が通用すると、あやつ、本気で思っておるのか?)とカクも自分の
耳を疑った。

「・・・話にならん。そんな事を言いに、危険を承知でここまで来たのだとしたら、
お前はとんでもないバカか、とんでもない世間知らずだ」
ルッチがそう言うと、「スーツ男」の目にギラリと牙をむいた猛獣のような光が宿り、
それでも、まだ自分を抑えるように、ぐっと感情を噛み殺した声で
「・・・遣り合っても勝てねえ、と踏んだからこそ、頼んでるんだ」
「ダメなら、やっぱり腕づくでロビンちゃんを返して貰う」と呻いた。
ルッチはその言葉を聞いて、ニタリと残虐な笑いを浮かべた。
「・・・腕づくか。いいだろう。貴様が30秒後、まだ立っていれば、少しは貴様の言い分も考えてみてやろう」

(・・・こりゃいかん)カクは、「スーツ男」とルッチの間に割って入る。
「待て、ルッチ。おぬし、少し大人気なくはないかのう」その背中に隠れるように、そっとその「スーツ男」が一両目の連結部の方へと音もなく移動したのには気がつかない振りをした。
(まだ、何か仕掛けてくる気か・・・?面白い男じゃ)
カクは腹の中らかふつふつと笑いが込み上げてきた。
どうせなら、この男がどう足掻くのか、その全てを見てみたい。
ふと、カクはそんな気になった。
虫かごから逃げようとしている虫を、逃がす気などさらさらないのに、
ただの虫が無様に足掻くのを見て楽しむ為に、じっとその虫かごを上から覗き込んだ、
少年の頃の、そんな気持ちに良く似ている。

「この男の料理の腕は確かじゃ」
「この短時間に、どうやって作ったかは知らんが、こんな上等なメシを作れる腕があって、
たった一人でこの列車に乗り込んで、ここまで来た度胸も手際も大したモンじゃ」
「殺すのは惜しい」
それだけ言って、カクは「スーツ男」に向き直って尋ねた。
「おぬし、まだ、手配書にも乗ってない綺麗な体なのじゃろう?」
「どうじゃ?海賊など辞めて、・・・さっきおぬしが倒したワンゼの替わりにならんか」
そう言いながら、カクはサンジの目の前に回り込んだ。

(第一車両と第二車両の連結部へ行くのが狙いじゃろうが・・・進路は塞いだぞ)
(さて、どう出る?)
カクは、目でそう「スーツ男」を脅す。
だが、口では、「もし、この話を断ったら、おぬしを殺さねばならん」
「わしゃ、おぬしの料理を他にも食ってみたいんじゃが」と、何食わぬ顔で言ってのけた。

きっと、この「スーツ男」は自分で言ったとおり、自分の力量を知っている。
そして、相手の力量を見抜くこともきっと出来る。
カクとの力の差をきっと悟っている。

それが、スーツ男の表情に僅かに見えている気がする。

(・・・さて、どう出るんじゃ?)
カクは「スーツ男」をじわじわと嬲っているこのゲームめいたこの状況が楽しくなって来た。

作戦決行 13分経過

「・・・海軍のコックか・・・。悪イ話じゃねえとは思うが・・・」
「替わりに、ロビンちゃんを無罪放免って言うのとは、また違う次元の話だろ?」
スーツ男は、困った様に笑ってそうカクに聞き返してくる。
「当然じゃ。おぬしとあの女では、存在の価値が違う」
カクがそう答えると、「スーツ男」の目が微笑むように細くめられた。
「ふーん」と鼻を鳴らした後、また、そこにいた誰もが耳を疑うような言葉を淡々と言ってのける。

「俺が、ロビンちゃんしか読めないって言う、ポーネグリフってのを読めたとしても?」
「何?!」

その動揺を、「スーツ男」は見逃さなかった。

一瞬の隙を突き、カクの横を疾風の様に駆け抜ける。
そのまま、一両目へと続く、ドアに全身でぶつかった。

「「「ああ!!!」」」」
思わず、カクも、そこにいた誰もが声を上げる。
バンっ!と音を立ててドアが開いた途端、列車が線路の上を走る騒音と、
時化で海が猛って荒れ狂う音、びゅうびゅうと吹き付ける嵐の風、そして、空から叩き付ける様に
降ってくる雨の音が、車両の中に雪崩れ込んできた。

けれども、カク達が驚いたのは、その凄まじい音の洪水ではない。

ドアを開いた時、真っ先に目に飛び込んできたのは、フランキーの姿だった。
既に、腕は鎖一杯まで伸び、フランキーが手を離せば、必然的に一両目と二両目は切り離されて
しまう。スーツ男は、振り向きもせず、その鎖の上を身軽に駆けて行く。
煙幕のつもりなのか、フランキーがもうもうと煙を吐いた所為で、カク達の視界は塞がれてしまう。
出来る事は、腹いせにめくらめっぽう、その方向へと嵐脚を放つぐらいだ。

「くそっ、連結部を切り離す為の時間稼ぎと・・・フランキーから目を逸らせるための芝居だったのかっ・・・ふざけやがってっ・・・・」ブルーノが地団太を踏んで悔しがる。
カクも、腹の底から怒りが込み上げてくる。
自分達を欺いたあの「スーツ男」に対してでもあり、その男を見くびってしくじった自分に
対してでもあった。

「だが、・・・その列車は行き着く先は決まっているんだ」
「・・・返り討ちにあうがいい」
ルッチがそう忌々しげに呟く。
やがて、汽車の音は遠ざかり、聞こえるのは海鳴りと、雨の音だけとなった。


作戦終了 15分15秒




こうなったらいいな〜と思って妄想した話でした。

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