「・・・どうして、私は・・・助けてくれなんて頼んじゃいないわ」
「まだそんな事言ってるのかね!とにかく、君がどう思うと、とにかく、一度は・・・」
なんとか世界政府の役人を誤魔化した後、尚もウソップはロビンの説得を
仮面をつけたまま続けた。
けれども、ロビンは頑ななままだ。
(そろそろ時間の筈だ・・・)
ウソップは持ち歩いている荷物の中から、時計を取り出して、時間を確認する。
思ったとおり、「15分」は経っていた。
わずか、20分前、サンジは言った。
「15分後に、第一車両と第二車両を切り離す」
「あんたは、」
雨が降りつける列車の屋根の上で、ロビンを助け出す為の作戦を練っていた時の事だ。
サンジは、フランキーに顔を向け、
「あんたは、屋根づたいに、第一車両を目指してくれ」
「俺は、車両の中の奴らの注意を出来る限り引き付ける」と言うと、
フランキーは、サンジの言葉に頷き、自分の異様に太い腕をヌっとサンジに突き出し、
「俺のアームが伸びる長さ、強度、それから列車の速度、車両の重さを考えると、
15秒しか引き摺ってられねえぞ」と言う。
「わかった。じゃあ、遅れはプラス15秒までだな」そう言って、サンジは立ち上がった。
「お前、・・・いや、サンジ君。君、そんなに正確な時間判るのかね」
ウソップは自分の持っている時計の秒針をサンジに見せる。
「君もだ、フランキー。君達、時計をぴったり合わせないと」と言ったけれど、
フランキーは「俺には、体の中にタイマーがある」とそう言うし、
サンジは、「太いパスタが湯がきあがるくらいの時間だ。それくらい、正確に測れるさ、
時計なんかなくても」と自信たっぷりで言う。
心細いウソップの事など気にもせず、フランキーとサンジの間に淡々と会話が
交わされている。
「・・・でも、もしプラス15秒経ったらどうするよ、まゆげの兄ちゃん」と尋ねた。
「遠慮なく、切り離せ」
サンジのその言葉を聞いて、ウソップは眼をむいた。
そげキングの言葉遣いなど頭からすっ飛ぶ。
「・・・そ、そんな事したら、サンジ!お前、殺されるぞ!」
「心配すんな、車両を切り離された後で、俺を殺してもなんの得にもならねえだろ」
「だから、お前は俺の心配なんかしなくていいんだよ、そげップ」
サンジはそう言って、いつもと何一つ変らない、二人で色々と悪戯を考えたり、
ふざけていた時と同じ顔で、本当に嬉しそうに笑った。
ウソップと一緒にいる事、同じ目的で動いている事がとても嬉しい。
サンジのその素直な笑顔は、そう言っていた。
ウソップは急に胸が痛くなり、あまりにそれが痛くて、泣きたくなる。
バカな事をやってしまった、と初めて身に染みた。
(メリーだけが俺の仲間だった訳じゃねえのに・・・なんで、俺はそれに気付かなかった)
「とにかく、そげップ。おめえは、ロビンちゃんに俺達の行動、全てを伝えてくれ」
「時間通りに必ず、そっちへ行く」
サンジが言った、その約束の時間だ。
そして、「何だ貴様!」と、役人の声がしたかと思ったら、すぐに殴られたのか、蹴られたのかよくわからないがとにかく、そんな騒音がした。
「無事に着いてるか、長ッ鼻の兄ちゃん!」
ドヤドヤとフランキーが、続いて、少し息を乱したサンジが入ってきた。
入ってきた瞬間に、むっと汗と、潮の匂いが車両の中に充満する。
「おお、フランキー君!サンジ君、無事だったかね!」
二人の無事な姿を見て、ウソップはやっと、胸の中に栓をされたような息苦しさから開放される。
「・・・コックさん、どうして・・・っ」
立ち尽くしたロビンがサンジを見つめて、声を詰らせた。
雨と、荒れる海の波しぶきをかぶって、ずぶ濡れのサンジはロビンを見つめ返す。
「迎えに来たよ・・・?」
柔かく微笑んでそう言ったサンジの声は、酷く掠れていた。
「どうして・・・?あなたには、最初にちゃんと直接会って伝えた筈よ!」
「・・・うん。直接、会ったから・・・・良かったんだ」
「だから、何も聞かなくても、ロビンちゃんを信じられた・・・・」
それだけ言うと、サンジはまるで朽木が力尽きて倒れる様に、床にドウッ・・・と
音を立てて前のめりに崩れ落ちた。
床に倒れこんだ衝撃で、赤い雫が弾ける。
ロビンの表情が一瞬で凍て付いた。
※ ※※
「コックさん?!」
「お、おい、眉毛の兄ちゃん!」
フランキーとロビンが同時にサンジの体に手を伸ばす。
「背中をやられてたのかッ・・・一体、何時の間にっ・・・・?」
ロビンの眼がサンジの傷を捉えるより先に、フランキーが呻いた。
うつ伏せにしたまま、ロビンもサンジの傷を診る。
分厚いベストがスッパリと切れ、当然、下のオレンジ色のシャツも切り裂かれていた。
皮膚も、その下の筋肉も、血管も、とんでもなく鋭利な刃物で斬られた様にしか
見えない。
「コックさん、しっかりして!眼を開けなさい!」
ロビンは思わずサンジを掻き抱いた。
閉じられていたサンジの瞼が重たそうに開く。
「・・・寒いね、ここは・・・」そう言って、体を起こしながら、サンジは
ロビンの体を押し戻した。
「給仕出来る車両切り離さなきゃ良かったね。そしたら、美味いコーヒーを入れて上げられたのに・・・」
サンジは、自分の背中に重傷を負っている事に気がついていないのか、意識が朦朧としているのか、ロビンにはその言葉がよく聞き取れない。
自分がロビンのマントに包まれている事すら、分かっていないようだった。
「動いてはダメよ。すぐに手当てを・・・」
そう言ってから、ロビンは我に返った。
(・・・ここには、・・・船医さんはいないわ・・・血を止めて上げられる道具なんて何一つない・・・)
自分の体を包む大仰なマントしか、血を失い、体温を奪われていくサンジを暖める術がない。
今日ほど、今ほど、ロビンは自分がいかに無力かを思い知った時はなかった。
その布を傷に押し当てて、ロビンはサンジの濡れた体を抱き締める。
こんな風に、男を自分の胸に抱いた事は今まで一度もない。
こんなにも、誰かを守りたいと思った事も、誰かを失いたくないと思った事も、
彼らに出会うまで一度としてなかった。
それなのに、掌に触れるサンジの雨に濡れた髪も頬もこんなに冷たい。
掌からどんどん温もりがこぼれて行く。
「・・・私はあなた達を守りたかったのよ・・・例え、どんなに憎まれても・・・」
「どうして、それを分かってくれなかったの・・・?」
マントがサンジの血を吸って重たくなっていくのを感じるのに、何も出来ないのが、
もどかしくて辛くて、ロビンの眼から涙が溢れた。
「・・・おい、この出血の量はヤバイんじゃないか?」
フランキーが、仮面を被ったままのウソップにそう囁いた。
「大丈夫だ・・・今、ここで死んだらロビンがどんなに辛い想いをするか、
後から来る仲間がどんなに悔やむか、それくらい、サンジは・・・
いや、サンジ君は知っている筈だ」
ウソップは落ち着いた風を装ってフランキーにそう答える。
だが、内心はきっと、心配で居ても立ってもいられないに違いない。
けれど、その気持ちを顕わにしないのは、仲間を信じる、と言う事が
どんな事なのかをロビンに伝えようとしている。
そんな風にロビンの目に映った。
ウソップは、サンジを、サンジの生命力を、サンジの根性を信じている。
悲しみに涙を流すよりも、仲間を信じて、励ます事こそ大事なんだ、と
ウソップはロビンに伝えようとしている。
「・・・・もう一度、あなたの煎れてくれたコーヒーが飲みたいわ・・・」
サンジは、目を閉じたまま、とても満足そうに静かに頷いた。
「・・・大丈夫、ちょっと一気に動きすぎたから疲れただけ・・・」
「ロビンちゃんにあっためて貰って、少し眠れば・・・みんなと合流する頃には
ちゃんと動けるようになるから・・・」
そう言った後、ロビンの腕に掛かるサンジの体重がぐん、と増した。
そして、乱れていた呼吸が唐突に細くなる。
(ああ・・・)
ロビンは思わず、今まで漏らした事のない嘆息を思わず漏らしてしまう。
途端に目の前が痛くなり、白い雫で曇って何も見えなくなる。
頬にその雫がこぼれたら、サンジの血の気の失せた顔が見えて、その顔にぽたりと
雫が落ちた。
(・・・私の所為で・・・何もかも最初から話しておけば、こんな事にはならなかったのに・・・・)
どんなに後悔してもしきれない。
自分の体が痛むよりも痛い感覚がある事を、ロビンは生まれて初めて痛感し、
体が戦慄いた。
誰か助けて。
そう思った時、ロビンの脳裏にルフィの顔が浮かぶ。
(・・・早く来て。助けて・・・)
狂おしいほどのこの痛み、体が震えるほどのこの悲しさ、血の味がする涙と、壮絶な後悔に、ロビンの心が埋め尽くされていく。
今はただ、祈るしかない。サンジの命の雫がこぼれ切ってしまう前に、ルフィが、
命に代えても守りたいと願ったかけがえのない仲間の全てが、ここに来て、
自分と、サンジを救ってくれる事を。
ま、妄想ですから(^^;)
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