「坊や」


人相の悪い、大男が3人、立っていた。

「なんだ、おっさん達」
ゾロは、ぶっきらぼうにその男達に反応した。

「自分の事を猫って言う子供、見せてくれないかな?」

男の一人が気味の悪い 薄笑いを浮かべ、猫なで声を出しながら
ゾロに近づいて来た。

(こいつらに猫を渡したらダメだ)
ゾロは 本能でそう思った。

近寄ってきた男の脛を思いきり 蹴飛ばして ゾロは逃げた。

男達はゾロの後を 執拗に追って来た。
逃げても、逃げても、追って来た。

だが、1時間もすれば ようやく 振り切れた。

ゾロは、追っ手が来ないことを確かめつつ、猫を
安全なところへ連れて行くために 秘密基地へ急いだ。


「おーい」ゾロは、秘密基地に駆け込んだ。
猫は、床に丸くなって寝転んでいたが、血相を変えて
飛びこんできた ゾロのただならぬ様子に体を起こした。

「お前を探して、変な奴が来た。」
ゾロが早口でそう言った時、襟首を掴まれて後ろにほおり投げられた。

「見つけたぞ!!」
ゾロがさっき 脛を蹴飛ばした男が暴れる猫を押さえつけている。

ゾロは、傍らに落ちていた棒で 男を思い切り殴りつけた。

だが、ゾロはまだ 幼い少年だった。

男は 片手を挙げた掌で その棒を受けとめ、いとも容易く ゾロから
それを取り上げた。

だが、それくらいでは ひるまない。

猫を押さえつけている方のてに、どうにか引き剥がそうと
夢中で武者ぶりついた。

「おい、この鬱陶しいガキを しめちまえ。」

男は 腕を勢い良く 振り解くと、もう一人の男にそう言い放った。
仰向けに転がされていたゾロの首に男の太い指がかかる。

「やめろ!!」猫が叫んだ。

「暴れねえ、大人しくするから、その子を放してやってくれ!」
猫の目からは、吹き出るように涙がこぼれている。

「最初から そうすりゃいいんだよ。」
猫を押さえていた男の態度は豹変した。

妙に優しい声音になり、扱い方もいやらしいほど 丁寧になる。

「坊主、命拾いしたな。」ゾロを押さえていた男の手が弛む。

「これをやるから、お前は帰れ。」
ゾロは、掌に何枚かの紙幣を押し付けられた。

全く敵わない 力量に悔しくて 涙が溢れる。

(俺がもっと、強かったら あいつを守ってやれるのに・・・)


「こいつは、金持ちの変態ジジイに可愛がってもらわなきゃならねえんだよ、
なあ?」

猫を押さえつけていた方の男が 子供のゾロでも分かるような 下卑た笑い方をした。
その腕には、宝物を抱くように、猫を抱いている。

「こいつはな、ノーマルな俺達でさえ、つい、チョッカイ出したくなるくらいの
上等な猫なのさ。」と猫の頬をぬるり、と舐めた。





「・・・・そうだ、眉毛・・・・。」




サンジが眠ってしまって、ぼんやりと その思い出を退屈凌ぎに
辿っていたゾロは、猫の眉毛の形を急に思い出した。


男に抱き上げられ、暴れて揺れていた前髪から見えた 猫の眉毛は
酷く特徴的だったのを 鮮明に思い出したのだ。

そう、眉毛が渦巻いていた。


(いや・・・・。有り得ねえ、そんなこと・・・・)

無意識に自分とサンジを結び付けようとしているだけだ、と思った。

でなければ、サンジの幼児期の体験は惨すぎる。

自分のありふれた子供時代に サンジと共通した思い出があるなら
それは それで嬉しい事だ。

けれど、それが 忘れている事、忘れねばならない事、忘れていた方がいい事なら、
思い出さない方がいい。

10歳より前の記憶がない、サンジ。

そこから 人生がはじまったんだ、と本人は記憶のない事を
むしろ、ゼフと出会ってから 始った人生を誇らしく思っているようだった。


「猫」の事は、決して、口にすまい、と思う。

彼がサンジであろうと、なかろうと、今の自分にとっては本当にどうでもいい事だ。

サンジの背中の傷には、二度と触れない。
その背中ごと抱きしめ、消えた記憶のことなど もう、勝手に想像する事など
絶対にしない。

自分達には、これからの時間の積み重ねさえ あれば それでいいのだ。

腕の中で穏やかに眠る サンジが 愛しい。

苦い思い出を噛み潰し、今は このぬくもりで 包みこむ。
漆黒の闇がやがて 朝の光に薄れるまでは。

(終)