(・・・何?)とナミは身を屈めてサンジに仔細を尋ねた。
(外に人がいる・・・。どうも、様子が変だ)
そう言われて、ナミはドアの外の気配を探ろうと耳をそばだてる。
(・・・10人くらいいる?)と目でサンジに尋ねると、
サンジの唇は、(・・・たぶん、)と答えた。
「・・・山の中で夜を過ごすつもりなら、ここに潜り込む以外にはねえ筈だ」
「・・・声をかけて、脅してみるか」
そんな男の声が聞こえてくる。
明らかに、暢気に山歩きに来たような雰囲気とは違う空気がドアの向うから
こちら側へと流れ込んでくる。
それは、獲物を追い込んで隙をうかがう野犬が醸し出す、卑しく、卑劣な空気の様だ。
サンジの戦闘力からすれば、内側から撃って出る事も出来る。
だが、相手がどの程度の武装をしているのかわからないのに、不用意に攻撃を仕掛けるのは、あまり利口な手段とは言えない。
相手の正体、目的、戦力が分かった上で行動した方が、効率がいい。
それに、無駄な諍いに体力を使うのは、正直、労力が惜しい。
サンジが動かないのは、そのナミの考えを察しての事だろう。
二人はじっと息を潜めて、正体の分からない相手の出方を待つ。
「おい!中にいるヤツ、出て来い!!出てこないと、こっちから踏み込むぞ!」
この小屋の中にいる人間を威嚇するつもりなのか、男の野太い声には凄みがある。
それでも、サンジとナミは声一つ立てない。
だが、きっと、外からも、少し注意をすれば、中に人がいるかいないか分かる筈だ。
やり過ごす事は多分、難しい。
そうナミが思った時、サンジが突然、「ゲホッ・・・・ッゲホっ・・・!」と
激しく咳き込んだ。
ずっと口に咥えていた煙草の所為だ。
いつもの様に無意識に肺まで思い切り吸い込み、
傷ついた肺を刺激してしまい、それが酷い咳になったに違いない。
(・・・ご、ごめん、ナミさん!)
サンジは自分の油断をナミに目で謝っている、
けれど、口を押さえても、激しい咳はそう急には止まらない。
「やっぱり中に人がいるぞ!」外は急に騒がしくなった。
途端、乱暴にドアが蹴り開かれ、小屋の中に急に光が射し込む。
ずっと薄暗いところにいた所為で、ナミはその朝日のまぶしさに目が眩んだ。
「動くな!動くと撃つ!」と男の中の誰かが怒鳴った。
それを合図に、一斉に彼らが手に手に持っている武器、銃器を構える、
ジャキっ・・・と言う音が鳴る。
「・・・朝っぱらから、随分、物騒だな」
ようやく咳が収まったサンジは、対して慌てもせず、ゆったりとした動きで
ナミを背中に庇った。
その時、サンジの腕の色の白さが急にナミの目に留まる。
なんだか、とても久しぶりにサンジのむき出しの腕を見た様な気がしたのだ。
昨日は、サンジの腕の皮膚など見なかった。それなのに、何故、今それを見ているのか。
(・・・サンジ君、上着はどうしたのかしら・・・)と思い至って、
やっと、ナミは自分がサンジの上着を羽織っていることに気付く。
(・・・それで、咳が酷くなってるのね)
目の前の武装した男達のことなど、ナミは少しも怖くはない。
自分が無遠慮に、無神経にサンジの上着を拝借し、その所為でサンジの風邪が悪化している。その事に対しての罪悪感の方が、ナミにとっては重大だった。
「・・・なんだ、お前ら」
ナミとサンジは床に座り込んだまま、男達を見上げている。
銃を突きつけられているのに、少しも動じないサンジと向き合って、
男達はますます警戒心を強め、じりじりと武器を構えながら二人に近寄ってくる。
いざとなったら、殺すぞ、と言わんばかりだ。
ドア越しに聞いた、あの偉そうな野太い声の男がサンジの喉元に銃身の長い銃の、
銃口を突きつけながら、低い声で「有り金を全部、俺達に寄越せ」と脅す。
だが、そんな事で怯むサンジではない。
「有り金?・・・ははあ、お前ら、山賊か」
「・・・こうやって、山道歩いているやつから、金を巻き上げてるワケだ」
そう言って、山賊を睨み返した。
男達は、皆、顔に大きな眼鏡をかけ、真っ黒な布を頭に巻き、皆、同じ様な出で立ちを
している。
恐らく、髪の色、瞳の色などの個性を見覚えられない為に、髪を隠し、目を隠し、
全員似通った格好をする必要があると考えての事だ。
「名前と素性を言え。身代金を要求する」
「・・・このレディの事なんて、俺は知らないね。昨夜、知り合ったばかりだから」
サンジはしゃあしゃあと嘘を言ってのける。
(・・・なるほど、あたしだけ拉致られたら困るもんね・・・)と
咄嗟のサンジの機転にナミは正直、驚いた。
身代金を要求する、と言うのなら、ナミだけを捕まえておき、サンジに金策をさせようとする、とサンジは考え、先手を打ったのだ。
サンジとナミが全く身も知らない他人同士なら、身代金の要求する先も違うから、
二人共、身柄を確保しておかねばならない。
「・・・あんた達、こんな事しょっちゅうしてるわけ・・・?」とナミは探りを入れる。
「どういうわけか、金を持ってる連中がこの山道をウロウロしてる事が多くてな」
「金を奪って、身代金頂いて、荒稼ぎさせてもらってる」
野太い声の男は自慢げにそう答えた。
その声に、ナミは「金の匂い」を確かに感じ取る。
「話は終わった、もう用はねえな・・・」とサンジは口の中で呟く。
これくらいの装備、これくらいの人数、ナミを庇いながらでも、簡単にツブせる、と
思ったのか、立ち上がろうとする。
ナミは、山賊達に気付かれないように、(・・・待って!)と声に出さず、
サンジの服の裾を引っ張って止めた。
「・・・お金は全部、差し上げます・・・どうか、命だけは助けてくださイ」
ナミは、目をわざと潤ませ、大きく開いた胸元に男たちの目を集中させるために
その前で祈るように手を合わせ、野太い声の山賊を見上げる。
サンジとナミは、全く無抵抗で、山賊に捕えられた。
ナミの行動のわけをサンジは一切、聞かず、ナミの言動に調子を合わせてくれた。
目隠しをされ、サンジと一つ縄で括られ、二人は山賊達の「アジト」まで
連れて行かれてしまう。
当然、二人は有り金を全部、山賊に奪われてしまった。
ナミは150万べりー。
サンジは、わずか15万べりー。
背中合わせに括られ、薄暗い倉庫の中に放り込まれて、やっと二人は誰にも監視されずに
言葉を交わせる。
「・・・ありがと、サンジ君。調子合わせてくれて」と背中越しにナミがそう言うと、
「どういたしまして」と、サンジは楽しそうに笑って答えてくれる。
ナミの目論見を、なんの打ち合わせもしないでその片棒をこんなに上手く
担いでくれる仲間は、サンジしかいない、とナミは思う。
「山賊の稼ぎを横からかっさらうつもりなんだろ?」とサンジに聞かれ、
「・・・風邪引いてるのに、ゴメンね。でも、簡単そうでしょ?」ナミは自分の胸算用のために、体調の万全でないサンジを引き込んだことを素直に謝った。
「まあね・・・銃の扱いも禄に出来てないみたいだし・・・」
「でも、そんな山賊が、そうたくさん稼いでるとは思わないけど・・・」と言って、
苦笑した。
「・・・とりあえず、懐の中に入った事だし、そろそろ、この縄、解きましょ」
「そうだね」
海賊は何時、いかなる時でも、生き延びる為に最大限の努力と工夫をしている。
ロープが切れるナイフくらい体のどこかに必ず隠しもっているのが普通だ。
器用に指と手首、腕を動かし、後ろ手にサンジはナミのロープを切る。
「もう少し、このままでも良かったのにな」
「そうね、風邪引いてなくて、胸に傷がなかったら、一晩くらいあのままでも
良かったわ」
床にパラリと切れたロープが落ちると同時にため息をついたサンジの愚痴を
ナミはサバサバした口調で軽く受け答えし、埃を払って立ち上がった。
天井が高く、窓も高く、外には、出られないように柵が設えてある。
その高く、小さな窓から射し込む光の中に、二人が動き、呼吸する事で空気が揺らぎ、
たくさんの塵もゆらゆらはらはらと動く。
サンジの咳は、咳き込むたび酷くなる。
胸を押さえて、暫く呼吸が整うを待たないと、息がし辛い様だ。
(なるべく、手っ取り早く行くわよ)とナミは頭の中で計算する。
「・・・子分を一人捕まえて、親玉のところへ案内させましょ」
「それで、親分を締め上げて、有り金全部、出させるの」
ナミの提案にサンジはしっかりと頷く。
「なるほど。まずは、親玉の居場所を知ってる子分を捕まえるんだね」
「でも、危ないから、俺の側から離れちゃダメだよ」
「ありがと。さっさと片付けて、たくさんブランデーを買って帰ろうね」
「これ以上、風邪が酷くならない内に・・・」
ナミがそう言うと、サンジは本当に嬉しげに、にやあ・・・とだらしなく笑った。
「ナミさんを俺一人で守れるなんて、夢みたいだよ!」そう言って、サンジは
勢い良く、さっと立ち上がる。
そして、閉ざされているドアに向って、大きく足を振り上げた。
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