サンジは、森に向かった。
これだけの草深い島なら、きっとトナカイがいるはずだ。
彼らが食べている物を持って帰ればいい。
トナカイに出会わなくても、彼らの食事の跡さえ見つければ
なにか 手がかりが見つかるかもしれない。
森の中にどんどん入っていく。
道に迷わないように、サンジは、木の幹に傷をつけつつ進んでいく。
途中で人が済んでいる村を見つけた。
体も冷えたし、トナカイの事も聞きたくてその村に立ち寄る。
寒空の下、子供たちは元気に走りまわっているが、
見なれない人間であるサンジの姿を見て、怪訝な表情を向けてくる。
だが、サンジはその向けられた目線をやんわりと受け止め、微笑で返す。
人馴れした子もいれば、引っ込み思案の子供もいる。
とにかく、なにか食べさせてくれる店とトナカイの事も聞きたくて
サンジの方をじっと見ている男の子に目をつけて近づいた。
「よお、坊主。元気だなあ。」と気楽に声をかける。
素足に素手。
驚くほど薄着だった。
偶然だったのだが、その子は猟師の子供だったのでトナカイの餌場に案内してくれた。
「こんなもの、食ってるのか?」
数時間前にトナカイがここで食事をしたのだ、と教えてくれた場所は、
雪が踏み散らかされてはいるものの、凍てついた地面が僅かに
覗いているだけで 草らしいものはなにもない。
「うん、雪の下のコケを食べるんだよ。」
屈託なくその男の子は頷いた。
仕方ねえな・・・こんな場所を探して少しづつ摂って行くしかない、と
サンジは考えた。
「寒い中 教えてくれて有難うな。なんか、礼をしなきゃなア。」
サンジは、そのこの手がしもやけとアカギレで酷く荒れているのに気が付いた。
「これ、やるよ。」サンジは、手袋を脱いでその子の手に握らせる。
「気を付けて帰れよ。」
その子と別れてサンジは もっと森の奥へと進んで行った。
地面の雪を素手で掘り起こす。
すぐに手がかじかみ、痛くなった。だが、まだ 一掴みほどしか
摂れていないのでは 諦められない。
なんども 手に息を吐きかけて 雪を掘った。
ようやく地面が見えたら、こびり付くように生えている 苔を引っぺがす。
爪の間に凍った土が入りこんで 嫌な痛みを感じた。
それでも サンジは そこにある 苔を4割ほど摂っただけで場所を移動する。
ここに住んでいるトナカイ達の分を少し別けてもらうだけのつもりなので、
テリトリーの中にある餌場を転々と少しだけづつ 摂っていく。
そうこうするうち、天候が゙目に見えて崩れて来た。
(やべえな。吹雪くかも知れねえ。)そう思ったけれど 森の中なら
そう 困らないだろう、もしも どうしようもなくなったらさっきの村まで戻ればいい、と安直に考えて サンジは更に森の奥へと足を進める。
木々の間を縫って、冷たい空気の塊がサンジの体にぶつかるように吹きつけられる。
凍りついた自分の髪が固くなり、額を打つ。
その痛みもさる事ながら、眼を開けていられなくなるほどの冷気と風に
進む足が阻まれてしまう。
夢中で進んでいる内に、すっかり空が暗くなっていた。
これ以上 奥へ進むと本当に遭難してしまうかもしれない。
サンジは 仕方なく その場でこの吹雪をやり過ごす事にした。
振り積んだ雪を力任せに掘り進み、室を作ってその中に潜りこんだものの、
地面からの冷気にはなす術がない。
徐々に体は冷え始め、逆に凄まじい眠気に襲われ始めた。
(ここで寝たら 凍死するってか。)サンジは、頭を振ったり
煙草を吸ったりしたが、余り 芳しい効果はえられない。
眠たがる体を引き摺り、寒いのは承知で 吹雪の中に体を晒す。
大きく息を吸って、
「ウオオオオオオオオオッツ」と意味もなく怒鳴った見た。
だが、それだけでは 眠気が飛ばない。
どうせなら、誰も聞いていないし、見てもいない。
いつも 心に秘めて 決して口には出せない事を怒鳴ってやろう、と思い付いた。
「クソ野郎オオオオオオオオオオッツ」
「テメエは俺の体がそんなにいいのかよオオオオオオオオオっ。」
「エロ剣士イイイイイイイイ。」
言葉は風に千切られる様に消えていく。
「いつも、人をバカ呼ばわりしやがってエエエエエっ!」
「てめえはそんなに賢いのかよオオオオオ。」
「てめえだって、相当バカなんだからなああああ。」
その後は、罵詈雑言言いたい放題の悪口をサンジはひたすら怒鳴り続けた。
方向音痴・筋肉バカ・無神経・寝こけ虫・・・・。枚挙に暇がない。
だが、さすがにサンジは息が切れてきた。
まだ、まだ 言いたい事は山ほどあるが、それでも、襲ってくる眠気に
勝てなくなって声がどんどん小さくなっているのが自分でもわかった。
それでも、あえて 力を振り絞って怒鳴った。
「筋肉ゴリラでエエエエエ。
「オヤジでエエエエエエ。」
「エロくて、したり顔の嫌な野郎だアアアアアア。」
それでもなあ。
俺はお前にずっとメシを食わせてやるんだからな。
ずっと、ずっと、ず〜〜〜〜〜〜っとだからな。
死ぬまで ずっと、ずっと、ず〜〜〜〜〜〜っとだ。
そう一気に叫んだら、息が切れた。
「・・・本当だろうな。」
サンジの胸の前にぬっと見覚えのある毛の飾りのある上着の腕が交差した。
そのまま 後ろに引き寄せられ、温かい肌が耳もとに押しつけられる。
「・・・・黙ってりゃ随分 言いたい放題言ってくれたじゃねえか。」
「てめえっ・・・・いつから・・・・・。」
あまりの驚きにサンジは 顔に体中の血が集中するのを感じて、うまく口が回らなかった。
羽交い締めされているような格好から 振りかえって蹴り飛ばすつもりで
すぐに暴れようと体に力をこめる。
「・・・待てって。体が暖まるから暴れるのは構わねえ。でも、」
思い掛けないほど、静かなゾロの声が吹雪の吹きすさぶ音に混じって
サンジの耳に流れこんできた。
「30秒だけ、待ってくれ。」
「・・・30秒・・・?」
サンジは ゾロの言葉を鸚鵡返しに聞き返した。
「・・・そうだ。30秒だけ、俺にくれ。」
ゾロは、サンジのつけたナイフの跡をずっと辿って来たのだ。
だが、この吹雪でサンジを探すどころではなくなり、森に入って風を避けていた。
船の上でサンジが出かける、と言った時 どうしても一緒に行きたい衝動に駆られたのは、
以前、ここと似たような気候の島に寄った時、自分の関知しないところで
死に至る寸前までの大怪我を負ったことがあったからだ。
雪の中を一人で行かせたら 帰ってこなくなるような気がしてゾロは慌てて追い掛けた。
吹雪が激しくなるにつれ、視界も利かなくなり 前へ進む事も
戻る事も出来なくなって 途方にくれていた。
そこへ、サンジの大音響の罵詈雑言がすぐ側で聞こえた。
「クソ野郎」から始り、体が目当てだの、ヘタクソだの
言いたい放題の喚き声が聞こえて 最初は
(あの野郎、ふざけやがって)とむかついた。
けれども。
徐々に声が小さくなっていくのに、サンジが凍えているんじゃないか、と
そろそろと後ろから気配を殺して 近づいた。
その時に。
心臓を鷲掴みにされたような言葉を聞いた。
俺はお前にずっと 飯を食わせてやるんだからな。
死ぬまで、ずっと、ずっとだ。
耳を疑った。
こんな感情が自分の中から生まれてくるなんて 予想もしなかった。
心臓がなにかに押さえつけられているのに抗おうと やたらとバクバクする。
どんな顔をしていいのかわからない。ただ。
「嬉しい」と思った。
サンジの気持ちをこんな形ではっきり聞けるとは思いもしなかった。
どんなに側にいても、サンジはどこか 二人の未来に対して予想する事も、
望みを持つ事もしなかった。
「・・・もう、30秒経ったぞ。」
そういいながら、サンジは動かなかった。
黙って 自分を抱きしめているゾロに抗う事もなかった。
(聞かれたら 聞かれたでもう 構わねえよ。・・・)
サンジは開き直る事にする。
なんだか、ゾロを物凄く喜ばせたらしい、とサンジは
なんとなく気がついて、開き直れたのだ。
「もう、30秒やろうか?」とゾロの顔を見ないまま 尋ねる。
「ああ、くれ。」
「そのかわり、なんか喋れよ。間がもたねえ。」
「煙草でも吸ってろ。」
言われたままの事をするのに 抵抗はあったがサンジは煙草を咥えて火を付けて見た。
サンジがゾロに やった時間は1分間。
その間、ゾロは後ろからずっとサンジを抱きしめていた。
煙草が吸い終わり、サンジはゆっくりとゾロの手を解く。
ようやく、二人は向きあった。
自然な仕草でゾロはもう一度 サンジを引き寄せ 唇を重ねる。
吹雪の中なのに、二人は体を火照らせながら抱きあった。
「おい、まだ 足りねえよ。」
ツルハシを奮い、凍てついた地面を掘っているゾロの後ろから
バケツをぶら下げたサンジがぶっきらぼうに声をかける。
「いったい、どれだけ摂るんだよ。」
ゾロは息を弾ませながら、サンジを振り返る。その額には 汗が光っていた。
「バケツ一杯だ。まだ、3分の2くらいしかねえからな。おら、さっさとやれ。」
ゾロは溜息をついて再び 地面にツルハシを打ちこんだ。
サンジの手には、温かそうな ドラム王国の警備兵御用達の手袋がはまっている。
二人が船に帰りついたのは、翌朝の早朝だった。
サンジはすぐにチョッパーに 取ってきた地衣類を食べさせた。
チョッパーの口元に地衣類を差し出すサンジの手は酷い霜焼けになっている。
「サンジ・・・・。その手、どうしたのさ。ちょっと、凍傷になりかけてる」
「治ったら見てくれよ。それまで 我慢するからよ。」
少し冷たいその手で チョッパーの鼻先をつつけば そこには
ほんの僅か 湿り気が感じられた。
チョッパーは、その地衣類を噛み締めた。
ああ、この味だった、と確かに思い出した。
ヒルルクが摂ってきてくれた、バケツ一杯の地衣類。
サンジとゾロが摂って来た バケツ一杯の地衣類。
どれも、涙が出るほど美味しくて。
チョッパーは 心が一杯になった。
「美味しいよ。サンジの作った料理じゃないけど」
「俺が摂って来たんだから、俺の料理みたいなもんさ。」
サンジはそう言って 本当に嬉しそうに笑った。
チョッパーが回復したので 船は碇を上げる。
ゴーイングメリー号はログが示す次の島へと進路を取った。
その舳先にナミがいつも取っている 新聞を携えたカモメが留まる。
「・・・今日は、11月12日か・・・・。」ナミは小さく呟いた。
(終り)