「音のない森」

グランドラインのその海域はいわゆる「冬島」の海域だった。
ゴーイングメリー号はその海域をログに従って航行中である。

冬島の海域にはあまり産業が発達していないので、貧しい村が多い。
みな生きていくのに必死で、当然治安も悪い。
海賊、盗賊、スリ、美人局、なんでもありの島だ。

その島に上陸するまでに、海軍の小隊15隻と遭遇したが、なんなく蹴散らした。
しかし、後数時間でその島につくというところでまた海軍に発見されてしまった。
「敵襲―!!」ウソップの声で、ナミ以外が戦闘体制を整える。
ぐんぐん、近づいている海軍の船を降りきろうともしないで迎え撃つ。
「先手必勝か?」ゾロがルフィにそう言い、にやり、と笑う。
サンジは黙って煙草に火をつける。
「ちょうど、寒かったところだ。いい運動になる。」
サンジもやはり、薄く笑っている。

「よーし、行くか!!」三人は海軍の船に向けて、挑発するようにその姿を晒している。
「え、え、援護は任せろ!!」その後ろでチョッパーとウソップが叫ぶ。

その小競り合いは、30分と持たず、海軍は8割以上の兵を冷たい海に叩き込まれて戦意を喪失し、
敗走した。
「なんだ、手応えねえなあ」
向かってきた時よりも速い船足で敗走する海軍の船を見送りながら、ルフィはそう言って笑っている。
その時、すさまじい轟音と共に船がゆれた。
卑怯な事に、例の船は逃げながら大砲を撃ってきたのだ。

近づいてくる時にも撃ってきたのだが、それはルフィの風船で弾き飛ばされたり、
サンジの足技で蹴り返されたり、ゾロの刀で真っ二つに切られて、海に落ちていた。
敗走しながら撃ってきた砲弾は、ゴーイングメリー号のマストを直撃した。

そのマストの真下には、未だに戦闘になれないチョッパーが身をすくませていた。
「よけろ、チョッパー!!」ゾロが叫んだが、チョッパーは金縛りにあったように動けない。
折れたメインマストがゆっくりとチョッパーの頭上に落ちてくる。
チョッパーは動けず、目をぎゅっとつむった。

その時、ゾロの側から黒い影が躊躇することなくチョッパーのところへ駆け込んだ。
チョッパーは持ち上げられた、と思った瞬間、轟音を立てて甲板にマストが倒れてきた。
抱き込まれたまま、何度か転がり、目が回ったが、
どうにかマストの下敷きになることは免れたようだった。

「ボーっとしてちゃ、あぶねーだろうが。」チョッパーが目をあけると、青い瞳が目に飛び込んできた。
「「サンジ!!」」

ゾロが声をあげるのと、チョッパーが声をあげたのとほとんど同じだった。
「大丈夫か?!!サンジ!!」チョッパーが助け起こそうとすると、サンジは少し顔をゆがめた。
腰のほうへ手を回している。
サンジは以前背骨に大怪我をしている。そこをまた痛めてしまったのかもしれない。
「サンジ!!この馬鹿!!」ゾロが折れたメインマストをまたいでサンジの側にやってきた。
「立てるか?」ゾロがゆっくりとサンジを助け起こした。

「ちょっとやべーな。腰、強打しちまった。」
「チョッパー、こいつの事頼む。」チョッパーは頷くと「とりあえず、部屋に運んで。」
と指示した。
さっきの弱弱しいトナカイでなく、しっかりと医者の顔になっている。

サンジは腰を打った上に、動きにくい、
といって薄着だったために折れたメインマストの破片が肩に突き刺さっていた。
「こんなもんが突き刺さるなんて、よっぽど日ごろの行いが悪いんだな。」
その傷口を見て、ゾロが意地悪くそう言った。

「てめえほどじゃねえ。」サンジも負けずに言い返す。
「よく言うぜ。現にそうやって怪我してるじゃねえか。」
「こんなもん、怪我のうちにはいらねえよ。怪我と日ごろの行いなんて関係あるか。」
「負け犬の遠吠えッつうんだ、そう言うの。」
「ああ!!誰が負け犬だ、このクソ腹巻!!」

チョッパーが治療している間、ずっとこの調子だった。
チョッパーから見ると、サンジとゾロは余ほど馬が合わないように見えた。
「ゾロ!!サンジは俺を助けてくれたから、怪我したんだ、そんな風に言うな!!」
チョッパーはそういってゾロをにらんだ。

「サンジに意地悪言うだけなら、ここから出ていって。」
「へ、怒られてやがる、ざまー見ろ!!」
さも嬉しそうな顔をして、サンジはゾロの顔へ歯をむき出して嫌な笑い顔を向けた。
「お前、本当にむかつくぞ、その顔!!」
「ゾロもサンジもうるさい!!」

「なんで、ゾロはサンジにばっかりあんないじわる言うのかな?」
ゾロを追い出した部屋でサンジの治療に当りながら、チョッパーはサンジにそう尋ねた。
「さあな。」サンジは全く気にならないようだった。
痛み止めが効いているのか、サンジは起き上がった。

「よく効いてるな。いつもながらチョッパーの薬はよく効くよな。」
「でも、サンジはよく怪我をするね。」
確かにゾロや、ルフィに比べてサンジがチョッパーの治療を受ける回数は多い。
「ま、戦闘能力って意味ならあの2人にはかなわねえからなあ。」
サンジは悪魔の実の能力者でもなく、ゾロのように戦闘の専門家ではない。
問題なのはそこではなく、サンジは防御の術を知らないような戦い方をするのだ。
逃げる事も引くこともしない、相手がどんな武器を持っていてもそれを恐れる事はない。
丸腰で、向かっていく。

「あんな、無茶してたらいつか取り返しがつかないことになるよ。」
チョッパーが沈痛な面持ちでサンジにそういっても、煙草をくわえながら、聞く耳もたねえよ、と笑う。

「俺は、ジジイにこういう戦い方しか教えてもらってねえから、これしか出来ねえ。」
「それでサンジが死んじゃったら、その人悲しむよ、きっと。」
「・・・・・そうかもな。そうだといいけど。」
ふと浮かんだその表情は、どことなく寂しそうだった。

それから、2人は時間を忘れてお互いの育ての親の話をした。
サンジは10年、チョッパーは僅か1年と少しだったが、時間の長さではない。
ゼフとヒルルクの二人になんの接点もないけれど、
どことなくこの2人は似ているようにサンジもチョッパーも思った。

「お前のドクターは、本当に優しい人だったんだな。」
「サンジのジジイだって、あったかい人だと思う。」
最後に風邪引くなよ、と言って送り出してくれたのは、風邪をこじらせて肺炎になって死にかけたサンジの事を心配して言ってくれた言葉だったのだ。
(あれは、バラティエがオープンする前の話だったな。)

久しぶりにたくさんゼフの話をして、サンジは嬉しかった。その話を他の者の前では親離れできていない、と思われそうで言えなかったのだ。
チョッパーも、話すと忘れていた悲しみが溢れ出しそうで、あまり話した事がなかったけれど、サンジとこうやって思い出話が出来た事が自分でも驚くほど楽しかった。


その日から、チョッパーは時間の許す限りサンジの側にいた。
サンジは忙しいので、あまり構ってくれない事が多いので、少しでも話が出来る時間が欲しくて頑張って手伝った。

ある夜のこと。明日にはナミの言う「ドラムに似た感じの島」に着くらしい。
サンジは夜遅くまで買出し用のメモを書いていた。
その正面にゾロが黙って、酒を飲んでいる。チョッパーは、2人がなにも喋らないでいる空気の居心地の悪さにもじもじしながら、サンジがいれてくれたココアを飲んでいた。
ふと、視線を感じてゾロの方へむくと、目が合った。

「・・・・チョッパー、もう寝ろ。」いきなり、命令形だ。
「まだ眠くない。」俺がいなかったら、ゾロはサンジをいじめるに決まってる、とチョッパーは思っていた。

ゾロの機嫌はものすごく悪そうだ。目つきが異様に怖い。仲間に対してする目つきじゃない。
「寝ろ。」チョッパーは本気で怖くなった。
「チョッパー」サンジが微笑みながらチョッパーを抱き上げた。
「このクソ腹巻は今日が機嫌が悪いそうだ。とばっちり食う前に寝たほうがいいぜ。」と
悪戯っぽい声でささやいた。
「喧嘩するのか?」不安そうに聞くチョッパーにサンジは肩をすくめながら笑って答える。
「さあね。」サンジはそのままキッチンを出た。

「あったかいな、お前。」冷たい海風が吹く甲板にチョッパーを抱いたまま、倉庫の方へ歩いていく。
「サンジも、もう寝るのか?」「俺はまだ仕事があるからな。」
食料倉庫までくると、チョッパーをおろした。
「お休み。」
そういうと、倉庫の中に入っていった。

チョッパーは、男部屋のハンモックに潜りこんだが、あれからゾロとサンジが喧嘩してるんじゃないかと思うと眠れなかった。
起きあがって、キッチンに向かった。
あれから時間が経っている。キッチンの明かりはもう消えていた。
「2人とも、どこへいったんだろう?」

雲間から、月が顔を出した。
青白い光がゴーイングメリー号の甲板を照らし出した。

チョッパーの嗅覚はゾロとサンジのにおいを嗅ぎ取った。
船首の方から、海風に乗ってチョッパーの鼻に二人の匂いを運んだ。

チョッパーは足音を忍ばせてその方向へ足をむけた。
そして、二人を見つけた。

船の手すりのうえに海へ体をむけて、座っているサンジ。
海に落ちないようにサンジの細いその腰に手を回してサンジの肩に顔を乗せているゾロ



二人は何も話しているわけじゃないのに、
そこは誰も入っては行けない空間のようにチョッパーには思えた。

ゾロは腰に回している両手を解いて、片手で強めにサンジの腰を自分に引き寄せて、
もう一方の手でサンジの髪を一束つまむとそこに口付けた。
サンジは後ろから抱きしめられているのになんの抵抗も見せない。
むしろ、安心しきってそこにすべてを預けているようだ。

(・・・・・・知らなかった。)チョッパーは、頭が混乱した。
いつもいつも、喧嘩している2人。
でも、目の前にいるのもその二人なのだ。
今の2人は仲がよい、というものではない。なんだかわからなけれど、泣きたくなった。

翌朝は雪が降っていた。

「ここは、物騒なところだから買出しはゾロとサンジ君とチョッパーで行って来て。」
サンジはまだ怪我が治っていないところへ傷のせいで少し熱があった。
でも、買出しにサンジぬきで行かせるわけにもいかないし、ゾロは用心棒として、
チョッパーは荷物もちだった。

「俺行きたくない。」ナミの言葉にチョッパーはそう答えた。
ゾロとサンジと2人でいいじゃないか、と言葉を続けた。
「どうして?」ナミは何か怒っているようなチョッパーに尋ねた。
「ここはドラムに似てるから、行きたくない。」もっともらしい理由だ、とチョッパーはそう思った。本当はそんな事を思って嫌なのではない。
そう言えば、人の心の痛みに優しいサンジが無理に自分を連れ出すような事はしないとチョッパーはそう考えたのだ。
本当は、ゾロとサンジの姿を見てから、二人と一緒にいるのが嫌だったのだ。

「そうか、じゃ、行こうか。」ゾロとサンジはチョッパーを置いて買出しに出かけてしまった。
出かけ際にサンジはチョッパーの顔をちらり、と見たようだったがなにも言わずに出かけてしまった。

サンジのその顔色を見たとき、チョッパーは(あ)と思ったが、声をかけられなかった。
高熱が出ている症状なのか、サンジの目はぼうっと潤んでいたのだ。

二人が出かけてから、やっぱりあの顔はかなり熱が高いはずだ、なんで止めなかったのか
とだんだん後悔してきた。

「ルフィ、やっぱり俺行って来るよ。!」と獣型になり、雪の降る町へ飛び出していった。

どうやら、入れ違いになったらしく、サンジとゾロは吹雪いて来たので買出しをあきらめてかえってきたのにチョッパーは帰ってこなかった。
その晩、チョッパーは帰ってこなかった。

もともとトナカイだから、夜だろうと吹雪いていようと平気なのだが、やっぱりチョッパーは心細かった。
(もしかして、誰も探してくれなかったら、俺は置いて行かれるのかな。)

(置いて行かれたら、またひとりぼっちになるよ。)自虐的で、ネガティブな考えが浮かんで仕方がない。
そんな状態でとぼとぼ歩いていると完全に迷子になっていた。

翌朝、うすぐらい雲が太陽をさえぎり、目を空けるのが辛いほど吹雪いていた。
激しく森を吹きぬけていくその風の中ににチョッパーはサンジの匂いをかぎっとった。
(サンジのにおいだ!!)夢中でその匂いをかぎながら走る。

サンジは夕べ一晩帰ってこないチョッパーの事が気になって、
夜が明けると誰が起きるより早く起き出して、チョッパーを探しにでたのだ。
吹雪の中で、自分の呼ぶ声が聞こえたような気がして、目を細め、そちらに目を凝らしてみる。
雪を蹴散らかし、帽子を被った青い鼻が特徴的なトナカイが走ってくるのが見えた。

「サンジー!!サンジー!!!」
「チョッパー、無事か?」

余ほど慌てているのか、サンジは雪に足をとられながらチョッパーに駆け寄る。
普通のトナカイに変身しているチョッパーの鼻先を抱きしめた。
「よかった、無事で!!もう会えなかったらどうしようかと思ったらいてもたってもいられなくてさ!!」
「俺も誰も探しに来てくれなくて、寂しかった!!」

サンジはチョッパーの鼻先を抱きこんだまま、へたへたと座り込んだ。
そして、そのまま雪の上に倒れこんだ。チョッパーも、
抱き込まれているので、そのまま横に倒れてしまった。
「腹、減ったろ?」雪に寝転んだまま、サンジはもぞもぞとポケットを探って、チョッパーの鼻先に差し出した。
「とりあえず、食え。」
チョッパーは、人型になり、その差し出されたものを見て涙が出た。
「虫歯になる!!」といってあまり食べさせてもらえない、チョッパーの好きなチョコレートだった。
「サンジ、ごめん」それを食べながら、チョッパーはぽろぽろと涙を流した。
「馬鹿だなー、泣くか、食うか、どっちかにしろよ。」
そう言いながら、サンジは本当に嬉しそうに目を細めた。

「俺、サンジが好きだ。」
「俺もチョッパーは大切な友達だと思ってる。」
チョッパーは、その言葉に素直に頷いた。
「ドクターの次にサンジが好きだ。」
「はは、そうか。」
サンジはまだ雪の上に寝転がったままだった。
「なあ、チョッパー、俺すごい心配したんだぜ。」
「うん、」
「俺だけじゃない、皆お前の事大事な仲間だって思ってるんだ。」
「うん。」
「だから、皆が好きなら、心配掛けちゃ駄目だ。わかるよな?」


「それはお前の言う事じゃねえだろうが。」

雪の中から不意に声がした。、

緑の頭が見えなくなるほど雪まみれのゾロが
何時の間にか二人の側にたたずんでいたのだった。

「お前、一体なに考えてるんだ!!」ゾロは寝転んでいるサンジに馬乗りになるように
かぶさってから、反動を付けて起きあがらせた。
「こんな高い熱出して、この吹雪の中うろつき回るなんて!!」
「俺のにおいをかいだらチョッパーはすぐ見つかると思ったんだ。」
「いい訳は後で聞く。」

「ゾロ。」チョッパーが申し訳なさげに声をかけた。
「サンジを乗せて」獣型に変身する。
「その方が、きっと楽なはずだから。」
「わかった。」「大丈夫か、チョッパー?」サンジがその背中に乗りながら、チョッパーを気遣う。

「大丈夫!!俺のことより、自分こそ大丈夫。?」
「ああ、大丈夫。」
「お前は寝てろ。」ゾロがサンジの背中を押して、チョッパーの背中に押し付けた。

何時の間にか雪がやんで、弱い光ながら太陽の姿が見えてきた。
冬の青空は限りなく高く、そして澄んでいる。
サンジは荒い息をはいてはいるが、眠っている。
「ゾロ。」
「なんだ。」サンジを支えながら、隣を歩いているゾロにチョッパーが話し掛けている。
「ごめん」
「・・・・。お前が謝る事じゃねえよ。」

「俺、自分だけがサンジの事好きだと思ってたんだ。」
「俺もそう思ってた。」ゾロの頬にふわり、と笑顔が浮かんだ。
「でもな、チョッパー、こいつは後先考えない馬鹿だから、惚れても疲れるだけだ。止めとけ。」

そして、一気にまくし立てた。
「本当、自分の事棚に上げて、お前に説教たれてたけど、こいつはすぐ無茶するんだ。
こいつが怪我するたびに俺がどんな気持ちでいるかなんて、考えもしねえ。
こんな自分勝手な奴と付き合ってたら、あっという間に人生終わっちまうぞ。」

「じゃ、ゾロはやっぱりサンジの事が嫌いなのか?」

ゾロはそのチョッパーの問いにこう答えた。
「俺も馬鹿だからな。お互い様だ。」

(・・・・・・なに言ってやがる。)
チョッパーの背にもたれて、
眠った振りをしながらサンジはそんなゾロらしいのろけを聞いて笑い出しそうになるのをこらえていた。


(終り)