(まだ、この事を俺達は知らねえ、と思っている筈だ)
(真っ向から喧嘩吹っかけても、先に人質取られてる俺達のほうが絶対に不利だ)
(なんとかして、あいつらを取り返さねえと…)

***

敵にこちらの動きを知られる事なく、その内情を探ろうとするなら、
警戒される前に、懐の中に潜り込むのが1番てっとり早い。
その為には、大勢で行動するよりも、単独で行動した方が良い。

そうして、決断した行動の結果は、全部自分一人に跳ね返ってくる。
そして、敵地に乗り込む事で考えられる様々な危険も、
仲間の命を助けなければならないと言う責任も、全部自分一人で背負う事になる。

だが、そんな気負いなどサンジには全くない。

危険、と言う事よりも如何に自分の目的を果たす為に、相手を出し抜くか、
それだけを考える。

(…とにかく、どこに連れて行かれたか、まずそれを探らなきゃ話にならねえな)

サンジはそう考えて、もう一度、部屋の中を見回した。

この狭い場所で武器を携えて身を潜め、迅速に躊躇いなく人質をとり、武器を取り上げ、
縄で標的を縛り上げる。

(そんな芸当、素人が出来るワケがねえ)
(山賊か、賞金稼ぎか…。海賊…)

港、と言われた場所には数隻の船が停泊していた。
長い航海をする上で、海賊から身を守る為に、武装しているのが当たり前だが、
(あれが、全部、海賊船だったとしたら…)

考えながら、家の外に出てみる。
踏みしめた地面は、土ではなく、苔むした樹皮、今立っているのは、太い枝の上だ。
(家の中の調度品もそうみすぼらしいモノじゃなかった…)
(さっきの集落も、魚を捕って糧を得てるようには到底見えねえ)

そこまで考えた時、サンジはある可能性に気付く。
そして、思わず声に出して呟いた。
「ここにいる連中、全部が海賊…」
「この海の上に生え出た樹、この樹の隅から隅まで全部が海賊の根城なのか…?」

(あるいは、賞金稼ぎの一味か、)そのどちらかだ。
殺さずに、無傷のまま捕えたのだとしたら、必ずこの島のどこかにゾロとチョッパーは
幽閉されている筈だ。

(そこを探し出さなきゃ…)

そこまで考えた時、急に胃がキリキリと痛んだ。
今まで、経験した事のない違和感のある痛みに、思わずサンジの思考が止まる。

さっきの料理の所為だけではない事は、分かっていた。
ニ、三日前から時々、吐き気がしたり、胃がチクチクと痛んだりして、
だんだんそれが酷くなってきている。

だが、我慢出来ない程ではない。
(病み上がりで禄に養生せずに動き回ったからな…)と、軽く、浅いため息を吐いて、
痛みを逃そうと試みる。
(体がくたびれてくると、こんな風に内臓が軋むんだろ…)と勝手に思っている。
チョッパーにも言わずに、勝手にそう思っていた。

サンジはタワシの従兄弟が住んでいた家の壁に瀬を預けるようにして凭れる。
そうしてじっとしていれば、そのうち、痛みが薄れていく。
そんな誤魔化しを、サンジはここ数日の経験で覚えてしまっていた。

***

サンジは、武装してある、どこか猛々しい雰囲気を醸し出す場所を探す。
敵襲に備えて、防備を調え、すぐに攻撃出来る様に外へ向けて大砲などが設営されている場所。
夜でも眠る事無く、あちこちに明々と明かりを焚いて何かを警戒している様に
見える場所。
足元の海には、根を避けながら進む事が出来る小型の、武装した船が停泊している場所。
ものの一時間と経たず、サンジはすぐにそんな場所を広大な樹海の中に見つけた。
それが、つまり、海賊の本拠地だ。

巨大な樹海の奥深く、一際太く、頑丈そうな天を突くかと思うほど高くそびえ立つ樹が、真っ黒な影を海面に落としている。
それは、月明かりの下では、到底樹の枝には見えなかった。

少し離れた樹の影に隠れ、サンジはその樹を見、(ちょっとした岩山だな…)と思った。

きっと、内部も、太い幹の中をくり貫いて、複雑な構造になっているだろう。
(闇雲に探し回っても、時間が掛かるだけだ)

確実に、的確に、ゾロ達がいる場所に辿り着く方法をサンジは物陰に隠れて、
その根城の気配を窺いながら考える。

***

「おい、…バカ剣士!」

太い鉄格子の向うから、聞き覚えのある声がして、ゾロは振り向いた。
無理な体勢で体を捻った所為で、手首の骨がギシ…となる。

「サンジ!」

隣で鎖にぐるぐる巻きにされているチョッパーが弾んだ声を上げた。

「お前、どうやってここに…?」
「それより、何ドジやらかんしてんだ。タワシにはあれほど…」

ゾロの質問に答えかけたサンジが胸を押さえて、顔を顰め、言葉を詰まらせる。
だが、そんな仕草を見せたのは、一瞬だった。
その所為で、チョッパーはサンジのその少し苦しげな表情に気がつかない。

「サンジ、どうやってここに?ここは海賊の根城だったんだ!」
「ああ、分かってる。海軍の上級仕官だってハッタリかましたんだ」
「ロロノア・ゾロを捕えたって聞いた。その確認をさせてもらうってな」

「どう言う事だ?」
サンジの言葉、行動がゾロの頭の中では何一つ繋がらない。

海軍と海賊は敵同士で、海賊が海賊を捕えて海軍に突き出しても海軍から
賞金を得る事は出来ない。

「俺達を倒すのに、随分、用意周到な真似するなって思ったんだ」
「なんで、面と向って堂々と喧嘩吹っかけてこねえんだろうって」
そう言いながら、サンジは手に持っている鍵束の中から一つ、鍵を選んで、
牢屋の扉を開けた。

ギイ…とさびた鉄の軋む音が静まり返った幹の中に響く。

「それで?」思わずゾロは後ろ手に鎖で縛られているのも忘れて身を乗り出した。

油断で捕まってしまったけれど、必ずどうにかなる、と腹を括っていたから
サンジが目の前にきたところで、そう驚きはしない。

ゾロが驚いたのは、その早さだ。
何故、こんなに早く、それもたった一人で、この場所を探し当て、
自分達が捕えられている牢屋まで確実に来る事が出来たのか。それを聞きたい。

「負けるとか、勝つとかそんな事が目的じゃなく、俺達を全員、生きたまま
捕まえる事が目的なんじゃねえか」

サンジはそう言いながら、ポケットから何か金具を取り出し、チョッパーを
縛っている鎖の錠をカチリ、と外した。

「ナミさん仕込みだ。器用なモンだろ」と得意げにサンジはチョッパーに
笑って見せている。

そして、すぐゾロの鎖を解くつもりなのだろう、
狭い牢屋の中、身をかがめ、近付いてきた。
だが。
「お前ら、二人で逃げろ」
「あ?」

ゾロの言葉に、手枷を外しかけたサンジの手が止まる。

「俺は約束がある。もう暫くここにいる」
「何イ?」

ゾロの言葉に、サンジが顔を迷惑そうに歪めた。
何も訳を話さず、突飛な事を言ったのだから、サンジがそんな顔をされるのも、当然だ。

「お前の事だから、俺がなんでこんな無様な事になったのか、もうわかってんだろ」
そうゾロが尋ねると、「だから、タワシを人質に取られたからだろ?」とサンジは
憮然と答える。

どこか、酷く気が立ってイライラしている様な声に聞こえた。

「その時、刀もチョッパーの道具も取り上げられちまったんだ」
「…あ…そういや、…」

サンジはゾロの言葉を聞いて初めて刀と、チョッパーの道具がない事に気が付いたらしい。
咄嗟に言い返せず、口ごもった。

構わずに、ゾロはサンジに「約束」の事を説明する。

「奴等に取り上げられた刀と、チョッパーの袋、自分の所為でそれを取り上げられたから、
なんとか取り返して来る、だから、ここで待っててくれ」
「そうタワシと約束したんだ」

「…この…石頭…!」
サンジは悔しそうにそう言い捨てた。
ゾロが「約束」と言う言葉をどれだけ律儀に守るかを知っているだけに、
もう何が何でもゾロはここを動かない、と瞬時に悟り、そんな憎まれ口を叩いた。

それから、すぐにチョッパーと一緒に牢屋をにじり出る。
「チョッパー、お前、とにかくナミさん達のところへ戻って、このこと、全部伝えろ」
「俺は、この石頭をどうにか早く連れて帰れるようにタワシの手助けをする」
「…分かった。すぐにルフィ達を連れて戻ってくるから、サンジ、くれぐれも
無茶するなよ!」

そんな会話を交わして、二人はすぐにゾロの視界から消えた。


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