相手は、百戦錬磨の海賊どもだ。
こちらが、いくら陥れようと策を練って、どんなに巧妙にそれを仕掛けても、
必ず見破られる。

ならば、われらが策に使う駒どもに、彼らに対して、敵意を持たせてはならない。
我らの企みは、最後に彼らの首を取る者だけが知っておけばいい。

敵を欺くには、まず、味方から、と言うだろう。

***

(遅エな…日が暮れるまでに帰って来いっつったのに…)
「長患いの従兄弟のところに行くって言うから、俺達は帰って来た」と、ウソップと
ルフィとウソップは早々に戻って来たが、
もうすぐ日が暮れると言うのに、まだ、ゾロとチョッパーが帰って来ない。

サンジは、腹の底ではジリジリしているけれど、何を企んでいるのかまだわからない相手に、そんな焦りを晒したくはない。
何食わぬ顔をして、タワシの兄「バル」の家を訪れた。

もうすっかり歓待の準備は整っていて、ルフィはもうなんの警戒もなく、
その料理に手を伸ばした。

「毒は入ってないようよ?」と、ロビンがルフィの食べっぷりに苦笑してサンジに
そう囁く。
「そうみたいだね」

「命の恩人に毒を盛るような真似はしませんよ」と言って、サンジに取り分けた料理を
差し出したバルも苦笑している。
「この島は、どうやって収入を得てるんだ?随分、贅沢な食材を使ってるみてえだが」

漁業が主にこの島の産業なのだとしたら、今、サンジの目の前に出された料理は、
少し豪華すぎる気がした。
(干し肉にしても、調味料にしても、スパイスにしても、この島のこの環境じゃ、
そう簡単には手に入らない筈だ)
サンジは一口だけ食べてそう思った。

肉を炒める時に使ったらしい酢も、かなり高級でそれに付け合せてあるキノコも、
「珍味」と言われている貴重な高級食材だ。
貧しい漁村で、いくら客人を歓待する為とは言え、こんな料理が発達するはずがない。

(こんなに海が近くにあるんだから、素朴でも、新鮮な魚を使った料理を出す方が
ずっといい)
(なのに、これは…)
目の前に並んでいる料理と言うと、
保存の利く高級な食材を贅沢な調味料を使って作った料理が殆どだ。

しかも、「玄人」の料理を、わざとそうは見えないように雑にざっくりと
盛り付けてあるようにサンジには見える。
本当は、腕のいい料理人が作ったのに、それを素人の女性が作った素朴な料理に見せようとしている意図を感じる。
(…やっぱり変だ。これじゃまるで豪華客船の料理…)

料理の中に潜んだそんな微かな敵意など、誰も、きっとロビンですら気がつかないだろう。
サンジだから、その敵意を、違和感として気がついた。

(美味エのは美味エけど、…なんか食う気が失せたな、)
敵意が混ざった食事など、それは毒を食べているのと同じだ。
サンジは、少し胸焼けがして、「…ちょっと、一服してくる」席を立った。

* **

家の外に出て、集落の外へと続く道の方へとサンジは気を配っていた。
もうすっかり日も暮れて、枝に吊るされたランプの灯りと、空から降り注ぐか細い
星明りの光だけでは、密林の中にいる様な気になるくらいに真っ暗だ。
けれど、まだゾロが帰ってくる気配はない。
(タワシの姿もねえし…なんだか嫌な胸騒ぎがする)

胸焼けがするほど脂っこいモノを食べてもいないし、むしろ胃の中にはさっき
一口だけ食べた料理が入っているだけなのに、
(なんか、胃の辺りがムカムカするな…。調味料が古いんじゃねえか?)
気分の悪さを誤魔化すように、サンジは新しい煙草を咥え直して火を着ける。

「お料理、お口に合わなかった?」
しばらくして酒が注がれたグラスを持ったロビンがそっと近寄ってきた。

「いや、美味かったよ。でも、こんな島の、こんな場所で食べるにはちょっと贅沢すぎる料理だと思ってね」「そうね」
サンジの言葉にロビンは頷く。
「…ロビンちゃん、」
「皆、とても親切ね。とても何か企んでるとは思えないわ」

サンジの言葉を遮り、ロビンはコク…と、透明な金色のその酒を口に含んだ。
「彼らに敵意はないわ。この集落の中には、私達に敵意を向ける人間は誰もいない」
「でも、あなたの言うとおり、…この島には私達に敵意を向けて、ここへおびき寄せた者がいることは確かよ」

サンジが料理から敵意を感じ取ったのと似て、ロビンは仲間になる以前に
様々な窮地を潜り抜けてきた経験と、鋭い勘でじっと息を殺して自分達を物陰から
見張っているような敵意を敏感に感じ取っている。

「うん、俺もそう思う」
「誰にも気が着かれない様に、チョッパー達を探して来るよ」
サンジがそう言うと、ロビンがそっと背後の家の中の様子に耳をそばだてた。
誰も、サンジとロビンが外へ出た事にまだ気が付いていないらしい。
それを確認してから、ロビンは、
「わかったわ」と目だけで頷いた。
「あなたの行動が相手に悟られない様に、なんとか取り繕っておくわね」

「よろしく。俺の気の回しすぎだったらいいんだけど…」と言ってサンジはロビンに
背中を向けた。
その背中に、ロビンの囁くような声が追い駆けて来る。
「…くれぐれも気をつけて」

***

バルの従兄弟の家をサンジはすぐに見つける事が出来た。
だが、その家の扉を叩いても誰も出てこない。

もう夜も更けているし、その家は、他の家と少し離れた場所に立っている。
その家に今日、誰が訪れていたかなど、今更、近隣の住民に聞いたところで、
わかりそうにない。

「おい!誰かいないのか!」
最初は丁寧に、しかし誰の応答もないことに焦れて、サンジは大声を出し、乱暴に
扉を叩いた。

それでも、物音一つしない。
胃がむかついて気分が悪いのと、焦っているのとでサンジの頭に血が昇った。

木の扉を力任せに蹴破る。
静寂な森の夜に、耳障りの悪い破壊音がビリビリと響き渡った。

破片を踏みしめてサンジは中に入る。
そして、灯りがない部屋の中を照らす為、ライターを着けた。
カチ…と言う音すら妙に大きく聞こえる。それほど、中は静まり返っていた。

「チョッパー、…タワシ…」と念のため読んでみる。
当然、返事などある筈がない。

(長患いの従兄弟がいるって言うのは、嘘だったのか?)と頭にそんな事が掠めた。
けれど、尚もサンジは家の中に注意深く目を凝らす。

使い古された家具、いくつか取り残された食器が入ったままの食器棚、
飲み干した後らしい空の瓶には、中身は薬だったのか、全てラベルが貼ってある。
壁に掛かった子供が描いたような絵も、そう古ぼけてはいない。

(長患いの子供がいたのはホントか…。なんだか、慌てて引っ越したって感じだ)

そう思いながら、サンジは狭い部屋の周りに注意を払った。
そして、床の上に何か光る金属を見つける。
(…あれは…?)
埃まみれの部屋の中に、その鋭利な金属の光は異質だった。

床に屈んで、その金属を拾い上げる。
(これは…チョッパーのピンセットだ)とすぐに分かった。

ここに忘れて行った、などと言う事は絶対にない。

床の上に光を這わせてみれば、床には、びっしりと踏み荒らした人の足跡が残っていた。

(ゾロと、チョッパー、それとこの小さいのはタワシだ)
(それ以外に、複数の男か…)

タワシは、本当に病気の従兄弟をチョッパーに診てほしくて、この家に連れてきた。
そうするように仕向けたバルも、ここにその従兄弟がいない事を知らなかったに違いない。

タワシには、悪意も敵意なかった。
だから、ゾロを、麦わらの一味にとって大きな戦力を、おびき寄せるのに利用されたのだ。

(タワシを人質に取られて、きっと言いなりにならざるを得なかったんだな…)

争った形跡は殆どない。
タワシが麦わらの一味の、チョッパーをここへ連れてくる、と言う計算の元、
あらかじめ、武装した男が数人、この家に隠れて、待ち構えていた。

やがて、目論見どおりタワシはやって来た。
即座にタワシを人質に取り、彼らはゾロとチョッパーを脅し、武器を取り上げ、
多分、縄か何かで縛り上げて、どこかへ連れ去ったのだろう。

(血の跡はどこにもねえ。きっと、まだ二人とも…いや、三人とも無傷だ)

けれども、そんな事が分かってもなんの気休めにもならない。
これで、ずっと疑っていた敵の存在がはっきりした。

(そして、ここは敵地の真っ只中…。無事に全員がこの島を出るまでは絶対に
気が抜けねえ)

サンジは、その場に立ち尽くし、チョッパーの残した証拠を握り締め、
これからどう動くべきかを考える。
(まだ、この事を俺達は知らねえ、と思っている筈だ)
(真っ向から喧嘩吹っかけても、先に人質取られてる俺達のほうが絶対に不利だ)
(なんとかして、あいつらを取り返さねえと…)

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