「良く、そんなことを俺達に教えてくれたな」とゾロはウソップの話しを聞いて
溜息をついた。ふと、外を見るともう夜もとっぷりと暮れている。

「毒ガスなんかに俺達の中の誰も興味がねえって判ってるからじゃねえか」とウソップは眠そうに欠伸をしながらそう言った。

今日1日はとても長かった。
夜明け前に、本島である向こうの島から強風と大波を突っ切ってこの島に来て、
ベスとサンジを助けだし、雪原でルフィが事の元凶であるヒュダインを叩きのめす
所を見て、サンジが隠した首飾りを探して、流産しかけていたベスの手当てと凍死しかけていたサンジの手当ての手伝いをし、取って返す船の準備を手伝いをし、
サンジの看病の手順をゾロに説明し、部屋を暖め、風呂を沸かし、
サンジが目を醒ましたらすぐに温かい飲み物が飲める様にその準備をし・・・と
ウソップは休む暇もなく、働きっぱなしだ。

結局、サンジが眠ったままなので風呂には入れず、どこからか持ってきた
布に包り、床に横たわるとそのまま、寝入ってしまった。

船から持ってきたランプが一つと、その部屋にあった暖炉に火を入れている、
冷たい石が剥き出しの壁と床の濃い灰色一色の部屋に、その温かい色の光りが
ユラユラと揺れて、瞼を閉じているサンジの顔を見つめるゾロの頬に
柔らかい熱を投げている。

そっと、温もりが体に戻って来ているかを感じる為に、その首筋に手を
挿し込んで見た。首飾りが小さな音を立てる。少しだけ触れた指先には、確かに
優しく心地良い、馴染んだ温もりを感じ取り、ゾロは「ふう・・・」と小さな溜息をつく。

ケイの事があってから、禄にぐっすりと眠っていなかったから、
こんなに深くサンジが眠っているのをゾロは久しぶりに見たような気がした。

穏やかな寝顔を見ていると、しみじみと思う。
(無事で良かった)
天候がもっと悪くなっていたら、助け出すのがもう少し遅かったら。
この温もりを取り戻す事はもう出来なかったかも知れない。

サンジに触れた指先から経験した事もない熱さが掌に伝わってくる。
その熱さがそのまま、ゾロの心臓を高鳴らせる。
高鳴った心臓は血潮の温度を上げて行く。

さんざん、息を吹き込んで唇を重ね、素肌を密着させていたのに、さっきまでは
性欲など少しも感じなかった。
なのに、今、サンジの温もりが確実にここにあって、それに安心し、
仄かに色味が戻ってきた滑らかな頬しか見つめていないのに、自分の心臓の音が
鼓膜に響く程、性欲が体の中から込み上げてくる。

サンジを愛しく想う強さとその衝動はピッタリと重なっていた。
(・・・ダメだ)ゾロは無意識にサンジの頬に伸ばしていた手をギュっと握り込む。

自分だけの気持ちで突っ走るワケにはいかない。
サンジから望んで来るのを待たなければ、かつてサンジを傷つけた者と
なんら変わらない。

(俺は違うんだ)口でそう言っても、行動で示さなければ、
サンジに、自分だけは唯一で特別だと確かに伝える為には今、穏やかに
目覚めるのを見守るべきだとゾロは自分を戒める。

サンジの瞼が微かに動いた。
「・・・おい」とゾロは静かに声をかける。

うっすらと開きかけた瞼はまた、閉じて、それから、またピクリ、と動く。
(目が覚める)とゾロはまた、「・・おい」と囁いた。

暖炉の炎の揺らめく翳と薄い朱色の光が薄く開いた隙間から覗く瞳に
映った。そして、その瞳にゾロは自分の顔も映し出されるのをじっと息を飲んで
待つ。

「わかるか?」ぼんやりして、意識だけはまだ眠ったままかと思う様なサンジの
表情を伺いながら、ゾロは声を潜めてそう尋ねた。

数秒の沈黙の後、サンジは小さく頭を動かして頷く。
「・・・ベスお嬢さんはどうなった?」そう尋ねたサンジの声は、ゾロが聞いた事も無い程、小さく、掠れている。耳を近づけていなければ、外を吹き荒れる地吹雪の
音にかき消されてしまいそうだ。

「チョッパーが向こうの島につれて帰った」
「もう、全部カタはついた」そうゾロが答えると、サンジは僅かに口元を
綻ばせた。
「お前が俺をここに運んだのか?」掠れた声の癖にサンジは不服げな表情を
浮べ、また、口調もそんな風を装ってそうゾロを見上げる。
それでも、目許ははまるでじゃれるような、甘えるような、柔らかな表情が滲んでいた。

「どうでもいいだろうが。死ななくて済んだんだからな」と答えながら、
ゾロは自分もサンジと同じ様な表情をしている、と自覚していた。

二人が交わした会話はそれだけだった。
言葉など邪魔なだけだ。

為す術もなく案ずるしか出来なかったもどかしさも、凍りついた体を
温めながら、このまま冷たくなるばかりで温もりが戻ってこないのではないかと
不安だった事も、目が覚めた時、誰よりも側にいたくて眠らずにいた事も、
全て、深い口付けの中に託して、ゾロはサンジに伝える。

言葉を奏で、味覚を感じるだけの機能しか持たないと思っていた舌先を
絡めると、言葉にはならないたくさんのサンジの感情が一気にゾロの心の中に
流れ込んで来る。
体のどの部分も損なう事無く、生きている事、そうしていられるのは、
他の誰でもなく、ゾロが温もりを分け与えてくれていた事に、
サンジの心の中は何一つ翳もなく、ただ、歓喜に満ちていた。
素肌のままの腕の温度を首に、背中に感じて、ゾロはサンジの体に引寄せられ、
ゾロは毛布ごとサンジの体を抱き締める。

お互いの気持ちと温もりを感じ合う為だけに集中し、目を閉じた。
自分の心臓の音さえも、サンジの心臓の音に溶けてしまいそうだ。

「夢を見てたんだ」
目が覚めたばかりで、側にウソップが眠っている事にサンジはまだ
気づいていないのだろう。ゾロと抱き締めあったまま、サンジはそう呟いた。
「見渡す限り、一面雪なのに少しも寒くない場所にいた」
「その雪は氷を溶かすくらいに温いんだ。そんな夢だった」
掠れていた声に生気が戻ってくる。そんな声を聞くだけでゾロの心は
胸の中になにか暖かいものを抱えている様な温もりで満たされて行く。
体が欲しいと思う渇望など、今は感じなくなった。
静かで温もりの篭ったサンジの声をもっと聞きたい。その欲望が勝る。
こんなに穏やかな気持ちでいる事も、ただ、サンジを見つめ、抱き締めているだけで
満ち足りている事も、ゾロは我ながら、不思議でならない。

「雪が氷を溶かす?妙な夢だな」
サンジも自分と同じ様に、心から安心し、満たされている。
言葉など交わさなくても、その心が自分の心臓の一番近くにあるかのように、
何もかもを感じられる。誰とも感じたことの無い一体感で体中の隅々までが
満たされているような気がしていた。

サンジはゾロの腕の中で再び、目を閉じる。
もう一度、氷を溶かす程、暖かい雪に抱かれた夢を見るかの為に。

(終わり)


最後まで読んで下さってありがとうございました。
最後、エッチまでもって生きたかったんですけど、時間軸的には
二人ともまだプラトニックな関係だった事に気づいたので
この話しの中では まだ進展なしのままでいてもらう事にしました。

でも、二人で温泉に行く話しは近々書こうと思っていますので、
どうぞ、お楽しみに!