真冬の、
誰もいないオールブルー。


サンジとゾロは、吹きつける地吹雪からお互いを守るように、
肩を寄せて、時折、深い雪に足を取られながら 

サンジの家に向かって歩いていた。

「雪が積もってなきゃ、なんてことねえ道なのに。」とゾロは
その歩きにくさに眉を顰めた。

サンジは声を立てずに笑う。

「これでも、今朝、必死で自分が歩けるように雪を退けたんだぜ。」
「一日でこれだけ積もったんだ。」
「今夜は、もっと積もるかもな。」

こんなに寒いところで、まるで 取り残されたように
たった一人で過ごそうとしていたサンジ、

その姿を想像するだけで、ゾロの心の方が寒くなる。

「寒イな。」と呟き、また、足を進めて行く。

凍てついた窓を眺め、何を思っていたのだろう。
指先も、息さえも凍るこの場所で、仮に

想いを募らせていてくれたとしても、ますます孤独は深まっていたに違いない。

誰を温める事も、温められる事もない。
音も、色もない、世界に 閉じ込められたような孤独を
サンジは感じなかったのだろうか。

ゾロの腕を振り払う事無く、体を寄せ合って歩くサンジにゾロは問い掛けたかった。
決して、素直に本音を口にする事はないと 知っていても。

「寒イ。クソ寒い。」と家に入ってもゾロは しきりに寒がって見せた。

「今、暖炉に火を入れるから待ってろ。」とサンジは上着についた雪を払いもせずに、
暖炉に火を入れ始める。

いつもなら、緑に囲まれた庭、冴え冴えと蒼い海、
荒くれた男達ばかりのコック、気の良い家政婦親子、サンジの何より
大切なジュニアの賑やかな声がして、

景色も、人の生命力も鮮やかに、サンジの側に在った。
けれど、今は、
窓から見える風景は色がなく、音さえも、あまりにも静かで、

サンジが動く、その事で起こる音だけしかゾロの耳には拾えなかった。

「腹も減ってるだろ。」とサンジは暖炉の火が燃え始めるのを見て、
別の用事をし始めた。

「待てよ。」とゾロは呼びとめる。

「寒いっつってんだろ、さっきから。」と口をへの字に曲げた。


寒いのは、自分でなく、もっと冷たい体をしている筈のサンジを
温めたいと思っている事。
それを早く、察して欲しかった。

「なんだよ。」

サンジは、立ち止まり、振り返る。
蒼い目が、灰色の世界でやけに 鮮明な色に見えた。

その蒼い瞳には、柔らかな光りが零れていた。

「暖めてやろうか。」と冗談めいた口調で サンジはゾロに尋ねる。
「頼む。」

ゾロは真顔でそう言った。

思い掛けない言葉にサンジが唖然とする。
熱でもあるんじゃないか、と本気で心配して、ゾロの前に立った。

緑の髪が凍りついていた。
どんな気持ちで 入り江の入り口からここまで歩いてきたのだろう。

見たところ、手ぶらだ。
食料も何も持たずに氷の上を歩いてきたのだ。

「寒かっただろ。」

今まで、一度でも、思いやりのある言葉を口にした事などない。
説明の出来ない、複雑な意地や、プライドがいつも、邪魔をしていた。

けれど、目の前の本当に冷え切った体のゾロを見て、サンジは
ごく自然に まずは、言葉でゾロを暖めた。

手袋を取り、素手で濡れたゾロの頬を拭った。

なんで、来たんだよ。
いつもなら、そう言えた。

孤独を自覚すると堪らなくなる。だから、この静かな空気を楽しむ振りをし、
孤独を感じない心を偽装していた。

そんな状態のままなら、いつもどおりの皮肉めいた言葉しか
口に出さなかった。
けれど、

孤独を感じ、ゾロを思い始めて、一人の寂しさを感じ始めても、
どうしようもない状況の中で、唐突に ゾロが現れて、

サンジの心は剥き出しになったまま、ゾロの前にいる。
その心を映した瞳が、また、ゾロの心を暖めた。


そっと、上着ごしにゾロの体を抱き締める。
分厚過ぎる上着で、きっとそんな事をしても、本当に寒いのなら、
少しも温まらないだろうと、判っていても、

「寒イ。」と言うゾロを暖めたかった。

「部屋が暖まるまで、こうしててくれ。」と言うゾロの腕も、
サンジの背中に回る。

胸が苦しいほど波打つ。
自分の鼓動か、ゾロの鼓動か、判らない程だ。

何故、こんなに緊張するのだろう。
サンジは顔が紅潮しているのを自覚出来るほど頬が火照った。

「なんでだ。」

ヤリたい、と言う肉体的欲求ではあきらかに違った。
ゾロに触れて、ドキドキする。
ずっと昔に ゾロとゆっくりと近づきながら刻んできた道の、
とある通過点に戻ったような気がした。

「なにがだ。」とゾロはサンジに尋ねる。

「心臓の音がでかい。」とサンジは即座に答えた。

「二人きりだからじゃねえか。」と背中に回ったゾロの手に力が入る。

「いつも、誰かが側いるだろ。」
「でも、今、ここには、お前と俺しかいない。」

「周りを見回しても、誰かを待っていても、誰もいないし、」
「誰も来ねえ。」

「そんな事、」確かに稀有なことだ。
けれど、ただ、それだけが理由だとはサンジは思えない。

「実は、俺も心臓の音がでかいんだ。」とゾロは背中から
サンジの髪へと片手を移動させる。
冷たい指が、伸びた髪を弄んだ。

「ここにお前しかいねえ。」
「余所見をしねえで、俺だけを見てる。」
「そんな事、はじめてのような気がするからな。」

ゾロにそう言われて、サンジは思わず、苦笑した。
確かに、ゾロの言うとおりだ。

ゾロだけを見て、ゾロの事だけを考える、なんてことは
今まで 一度もなかったように思う。

が。
「そりゃ、お互い様だろ。」とサンジは言い返す。

部屋の温度が上がってきた。
二人は、デカイ心臓の音に抗うように、静かに、口付けを交わす。

「とにかく、腹ごしらえして。」とサンジは照れ隠しに
唐突に、ゾロをまるで突き飛ばすように体を離した。

「後で、ゆっくり 体の芯まで温めてやるよ。」と笑いながら、ゾロの腕を解く。

ただ、もう一度、触れたゾロの唇に温もりを感じて、
サンジはとてもそれが嬉しかった。

そして、ゾロも 
いつもどおりの温かさになっているサンジの唇にとても安心したのだった。

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