一年が365日、それを四分割して季節が来る。
そんな常識はこの世界では通用しない。

このオールブルーでも同じ事。
季節がその年によって短かったり長かったり。

春の花が、まるで散り急ぐように咲き、何ヶ月も真夏が奇跡の海域を支配し、
やがて秋が来たと思えば、せかされた春が再び目覚めて、
緩慢で、華やかな風と、秋の物枯れを誘う風が混ざり合い、

やがて、全てを凍てつかせる冬が来る。

まだ、オールブルーの季節の特徴をサンジが捉えきれなかった頃だった。
そして、二人が別々の生き方を、別々の道を選びながらも、
胸の中にある大事な物を二人で一緒に抱えて歩く事を選んで、

そう、時間が経っていない頃だった。

どんなに自分自身に強がっても、寂しさやもの足りなさは消しきれない。
開店して間もないレストラン、腕の未熟なコックの教育、
海軍との細かい取り決め、サンジは、毎日、忙し過ぎて、ただ、疲れを解すのに
必要最小限の睡眠だけでは、夢さえ見ない。

ベッドに入って、1分と経たない間に熟睡し、目が覚めたら朝なのだ。

自分で自分を追いこんで、決して、寂しいなどと思わないようにしていた。

そんな時間を重ねていたら、いつか、自分の中の火が消えてしまうかも知れない。
お互いが必要な理由が見えなくなってしまうかも知れない。

そして、やがて終わりが来るかもしれない。

最初にゾロの背中を見送った時、サンジは自分にそう問いかけた。
すると、一緒にいる時は感じなかった力が自分の中に芽生えている事に気がついた。
その所為なのか、思っていた以上に自問自答の答えは力強く、簡単に弾き出せた。

自分を信じる力で、ゾロを信じていればいい。
どこに居ても、何をしていても、自分がここにいる限り、ゾロが「帰る」場所は、
ここだけだと揺るぎ無い自信を持って言える自分でありさえすれば、
今までと何一つ変わらない筈だと。

寂しさを感じるか、感じないかは、想いの有無や軽重には関係ないのだ。

寂しいと思う時は
その寂しさを自分の中にある想いの存在を噛み締める為に必要な事で、
決して目を背けてはいけないのだ、とサンジは学習する。

夢にまで見たオールブルーだけれど、料理人としてだけではなく、
辿りつくまでは知らなかった、考えもしなかった苦労をサンジは日々、経験している。

自分の価値観や、技術だけではどうにもならない壁にも何度もぶちあたる。
足技を奮えば解決できた、海賊時代の問題とは質が違うことだらけだ。

つくづく、ゼフの偉大さを痛感し、自分の未熟さに腹が立つ。

思いどおりにならない事があっても、自分の描いた夢を築く為には
唇を噛んで耐えなければならない。

疲れ過ぎて、眠れない日に寂しくなる。
堪らなく、会いたくなる。

強がりを吐いて、それを看破されて、嘲笑されて、
言葉尻を捉えては、罵詈雑言を吐きあって、ただ、それだけでどれだけ、
今まで、自分は力を与えられた事か。

恋しいと言う感情を持て余したら、今度は体がゾロを欲しがる。
誰かを変わりにするなんて考えた事もない。

一人で慰めたあとに もっと寂しくなるのもサンジは知っている。

だから、一人で夜の海に、風の静かな海岸のサンジしか知らない小さな入り江へ
足を向ける。

秋でも、春でも、夏でも、心と体の両方がゾロを恋しいと寂しがったら、
サンジはここに来る。

不思議と、いつも月の出ている夜が多かった。
今夜は、右舷の月が濃紺の闇に銀色の光を放って浮かんでいる。

サンジはシャツだけを脱いで、ゆっくりと波打ち際から濡れた砂を踏みしめて、
海に誘われるように泳ぎ出す。

サンジの気持ちをなだめるように、癒すように、浮きにくいサンジの体を
その海だけは優しく、抱くように波に泳がせてくれる。

サンジの為だけに、その海はあった。


「俺の秘密の場所、教えてやるよ。」

ある時、冬を待ちきれずに、秋風がゾロを運んできた。

サンジは、鏡のような月が空に掛っているのを見て、ゾロをその海へ
連れ出した。
いつも、ゾロがオールブルーにやってくるのは、真冬だから、
サンジの家からこの入り江までは積雪の所為で歩いて来れない。
だから、ゾロは初めて、その海を見る事になった。

「秘密の場所か」とゾロはサンジの言葉を聞いて、まるで、
「秘密基地の場所を教えるガキみたいな面だ。」とサンジの顔を真っ直ぐに見、
口の端を歪めて笑った。

その柔らかな微笑が自分だけに向けられているものだとは、
今は自覚しないでサンジは 同じ様に片頬だけで笑いながら、その緑の瞳を見つめ返す。

「いつも風が静かで、殆ど風がない、不思議な場所なんだ。」

入り江だからかも知れないが、干満の差もさほどでもなく、サンジだけの海は
砂浜に自生する花の匂いをほのかに潮風に混ぜる程度で、
二人をいつもように、静かに、穏やかに、優しく迎えてくれる。

「お前の家からしっかり道がついてるじゃねえか。」
「ジュニアとか、他の連中も知ってるんじゃねえか、昼間、こんなに
静かなところなら、昼寝するのにちょうどいいし。」とゾロは
朧気に見える風景を眺めながら、そう言った。

「ああ、昼間ならな。別に秘密でもなんでもねえだろう」とサンジは素直に相槌を打つ。

「どこが秘密の場所なんだよ。」とゾロはからかう様に尋ねる。

サンジは薄く笑って答えない。ただ、そっとゾロに近づき、自分から口付けた。

誰にも言えない気持ち、ゾロにさえ自分のプライドが邪魔をして言いたくない気持ちを
この海は知っている。
その気持ちと向き合う辛さも、ゾロをほしがるはしたない体の熱も受けとめてくれる、だから、サンジにとっては この風のない海は「秘密の場所」なのだ。

「それを言ったら秘密じゃなくなるんだよ、」とサンジは笑って、ゾロから離れる。
そして、シャツをいつものように脱いだ。

空気が少し寒くても、今は、ゾロがいて、いつも自分を受け止めてくれる海がある。
だから、サンジはいつもどおりに海に身を預ける。

ゾロはそれを追うつもりで波うち際まで足を進めていたが、
すぐ、側でまるで人魚が海面で戯れるような姿のサンジに目を奪われて、
思わず、足が止まった。

サンジの周りの海面が蒼く、薄い蒼の光を放って、サンジを照らしていた。

海の中に星が落ち、その上をサンジは泳いでいる。
そんな風にゾロには見えた。

綺麗だ。

そんな簡単で、ごく単純な言葉しか思い浮かばず、口の中でつぶやいた。

寂しいから一緒に行こう、などと口が裂けても言えない。
自分達は、心も体も共にあるべきだと力説する事の無意味さも、
その言い分が、決して 自分とサンジの為にはならない事も、ゾロは知っている。

サンジが信じているように、サンジの感じている以上の寂しさをゾロは感じている。
だからこそ、一緒にいれる今が愛しくて、そんな時にいかに寂しいかを
競い合うように吐露する時間は勿体無い。

いつか、必ず、共に生きる日が来る事をお互いが信じている事を
言葉でなくとも、伝え合い、確認できればそれで良かった。

けれど、サンジを包む光はゾロに二つの秘密を教えた。

一つは、サンジがこの海を必要としている理由。
もう一つは、確かに、
空の青さも、海の蒼さもこの世に二つとないこの海がサンジの居場所なのだ、という事。

ここから、サンジを連れ出す事は出来ないのだと、ゾロは不思議な海色の光に
照らされたサンジを見て、何故か、そう思った。

(一緒に泳ぐよりも、)この場所にいて、冷えた体を温めてやろう。

また感じさせるだろう寂しさを埋める為の記憶に留まるように、
しっかりと抱き締めよう、とサンジが泳ぎ疲れて海から
自分の腕の中へ戻ってくるのをじっと 

風のない海の砂浜に佇んで、だた、待っていた。

(終り)