「恋の本質」


「…コックさん、大丈夫?」

グランドラインのとある島の、名前も知らない町の、名前も知らない街角のうらぶれた湿った路地の奥。石畳の上に痛む足首に手を添えて、無様にもへたり込んだサンジをロビンが気遣うように覗き込む。

大丈夫、平気だよ…そう答えたいのに、悔しさで喉が詰まって言葉が出ない。

「足を挫いた様ね…、立てる?」そう言って、ロビンはサンジに手を伸ばす。
「それに、手首はどう?こんな細い手なのに、あんなに強く握るなんて酷い事をするわ」
ロビンはサンジを立たせた後、そう言って力任せに握られた手首に残る痕を労わる様に摩ってくれた。

「ごめんなさいね。私が街に誘った所為で賞金稼ぎに絡まれて怪我を…」
「そんな、ロビンちゃんの所為じゃないよ、これは…」

思わずそう答えて、サンジはすぐにまた口を噤む。自分の口から出る言葉は、自分の声ではない音で、それを聞くのにまだ慣れていない。

ロビンと一緒に買い物に着て、その帰り、二人は賞金稼ぎに襲われた。
そのうちの一人にサンジはひっつかまえられ、逃れようと足掻いたけれども敵わず、羽交い絞めにされ、それでも暴れ続けたので、力づくで押さえつけられ、その時に手首を傷めた。
届く筈の蹴りが届かない。一撃で倒せる重たい蹴りが出せない。その分、手数が多くなるのに、持久力がなくて、すぐに息が切れる。
結局、ロビンの足手まといにならないように、路地の奥に逃げるしかなかった。

「…まだ、二週間しか経ってないんだもの。慣れてなくて当たり前よ」
「すぐにその体にも慣れるわ」
「…うん。そうだね」と言ってサンジはどうにか笑おうとした。
ロビンは心からサンジのやるせない気持ちを思いやって、慰めてくれている。
それは分かっているけれど、少しも気は晴れていないのに、無理にでも気を取り直した振りをしなければと思ってしまう。そして、それすらも悟られたくなくて、無理を重ねるごとに、余計に気は滅入る一方だ。

サンジの体に異変が起きたのは、ロビンの言うとおり、ちょうど二週間前になる。
サンジは、海上ででくわした海賊との戦闘でチョッパーを庇い、大怪我をした。
運悪く、嵐にも遭い、指針から外れた島に船は流れ着いた。
チョッパーはその島で、止血剤を手に入れ、サンジに処方した。
特に珍しい薬でもない。敢えて言うならば、その薬はその島の人間の血で作られた、と言うだけで特に危険な薬ではなかった。

だが、その薬を処方してすぐにサンジは高熱を出し、痛みにのた打ち回って一時は呼吸も心臓も止まり、仮死の状態に陥った。それでも、どうにか一命を取り留めた。
だが、すぐには意識が戻らない。昏睡して、意識がない間にサンジの体は回復していく。
だが恐ろしい体の変化も同時に進行した。
異様なその体の変化を見ていても、チョッパーにはどうする事も出来ない。

ただ、若返っていくだけならいい。だが、サンジの体は内臓からすっかりかわってしまっている。

見た目の年齢は、15歳から17歳くらい。ただ、第二次性徴が著しく遅れているため、
内臓の発育は、10歳から12歳くらいと言う、アンバランスな体になってしまった。

***

そんな状態で目が覚めて、二週間経った。
最初は、頑として黒のスーツに青のシャツを着ていたが、裾は引き摺るし、袖も長い。
第一、 金髪の少女がそんな男装をしていると却って街中で目立つ。
ナミやロビンが着ている服は、胸が開きすぎていて、サンジには似合わない。

「元に戻るかどうかわからないんだから、慣れる事も考えないと」
ナミだけが、そんな風にきっぱりと言い切った。きっと、ナミも言いにくかっただろう。だが、誰かが言わなければならない事だ。

男に戻れる可能性を諦める気はない。
オールブルーを探す、と言う夢も性別に関係ないし、料理も作れる。
こうなった以上、いつまでも落ち込んでいても仕方がない。そう頭を切り替えて、サンジはロビンと二人で色々と必要なものを買いに来た。

だが、その買い物の途中で襲われてこのザマだ。
(…慣れるのかよ、この…発育不良の体に…)といくらため息をついてもつきたりない気になる。

* **

体が変化してからも、サンジは男部屋で休んでいる。
だが、毎晩、皆が寝静まった頃を見計らって、そっと部屋を出て行く。

ロビンと出掛けて、帰って来た日も、痛む足を引き摺りながらネコのようにそっと梯子を上って、
男部屋を出て行った。

自分の正直な気持ちの整理をつけたいから、一人になりたい。
ゾロはサンジの行動をそう解釈していて、後を追おうとは今まで思わなかった。
けれども、今夜はサンジを一人にさせておきたくない。そう思って起き上がった。

もう駄目かも知れない、とチョッパーまでが絶望しかけたところからサンジは命を吹き返した。今、生きて側にいるだけで十分満足している。サンジの姿かたちが変っている位、ゾロにとっては大した問題ではない。

だから、一体、毎晩何を悩んでいるのかサッパリわからなかった。
わからないのだから、慰めようがない。また、サンジの方でも、慰めて欲しいとも思っていないだろう。
その癖、もともとの原因がチョッパーを庇っての怪我で、薬をよく調べもせずに処方したのもチョッパーなのだから、自分が沈んでいたり、誰かに当ればチョッパーが落ち込むと思っている。だから、普段は以前と変りなく、平気な顔をしている。

けれど、今日はロビンに庇われて、挙句に完全に今までは片目を閉じていても倒せるくらいの雑魚相手に怪我までしたのだ。当然、滅入っているだろう。

月明かりが差し込む格納庫で一人、しょんぼりしている様を思い浮かべると、居ても立ってもいられない。
理不尽な八つ当たりでも、弱音でも愚痴でも構わない。一人で抱えているモノの重さが息苦しいのなら、それを受け止めてやる。

そう思ってゾロは格納庫のドアを開けた。


もどる    続く