「魔法の道具」



(今年はこれがいい)そう思って、ゾロは一本のホウキを買った。

一緒に旅をする仲間になって、それから、特別な間柄になって、
一体、何度(あいつの誕生日を迎えたのだろう)とゾロはふと肩に担いだホウキを
振り返って考える。

このホウキを買ったのは、誕生日だから、と言う理由からではない。
このホウキを見れば、きっとサンジは笑う。
その笑顔が見たいからだった。

それはほんの数週間前の事。

(・・・誰にも言うなよ?)
船は静かな海の上に碇を下ろして停泊していた。
誰もが寝静まった、静かな夜、サンジは肩の上にただ、シャツを羽織った格好で、
ゾロに悪戯をそそのかす悪ガキの様な顔で声を潜めて囁きながら、一度離した体を
また摺り寄せてきた。
(そんな声で言わなくても誰もいないのに)とゾロは可笑しくなる。
だが、さっきまで甘い温もりを分け合っていた直後で、なんとなく甘えたり、甘えさせたりしたい。そんな気分は自分も同じだった。
ゾロは、そっとサンジの体を引き寄せながら、その口元にそっと耳を寄せ、
睦言の囁きを聞く。

「この前、農家から直接野菜を買ってきた事あっただろ?」
サンジのその言葉に
「収穫を手伝う代わりに欲しいだけ野菜をくれるって言うから、皆でやった時か」
そうゾロが相槌を打ち、「この前の島だったな。それで?」と話の先を、
サンジだけが知っている穏やかな声で促す。そしてサンジがゾロの耳にしか拾えない声で
こう言った。
「その野菜に、くっついてたんだよ。小人が」
「・・・何?」ゾロは思わず聞き返す。
サンジは、クス、と小さく笑って、艶っぽい目つきでゾロを見た。
そして、息が掛かり程顔を寄せ、その不思議な出来事を離し始める。

出航前に保存出来るように調理しとこうと思って、夜中に野菜を荷解きしたんだ。
昼間にやると、生の野菜でもなんでもつまみ食いするヤツがいるからな。
そしたら、その野菜の茎に・・・・これくらいの。

そう言って、サンジは親指と人差し指でその小人の背丈を示して見せた。
それは、ちょうどニワトリの卵一つ分くらいだ。

「それで?」とゾロは思わず身を乗り出す。
ウソップと違ってサンジがこの手のホラを言うとは思えない。
きっと、奇想天外な話が聞ける。そう思って興味をそそられた。

「小さなジイさんの姿の、そいつは言うんだ」
「人間に姿を見られたら、見られた分だけ、寿命が縮むって」
「だから、誰にも言わないで、元の畑に戻してくれって」
「その願いを聞き入れてくれたら、小人族の宝物をくれるって」

それで、サンジは夜中にこっそり、その野菜を収穫した畑まで小人を戻しに行った。
そして、船に帰ってくると、キッチンのテーブルに一冊の、見覚えの無い本が乗っていたと言う。

「これがそうだ」と言って、サンジは脱ぎ捨てていたジャケットから一冊の
小さな本を取り出して、ゾロに見せた。
手帳くらいの大きさで、濃い紫色の古びた装丁を施された、手帳くらいの小さな本だ。
ちょうど、ロビンが良く読んでいる古くて分厚い本に雰囲気がよく似ている。
「見た事もねえ文字だし・・・何が書いてあるのかはわからねえ」
「ロビンちゃんの知ってる、ポーネグリフでもなさそうだ」
「でも、なんとなく、呪文がたくさん載ってるみたいなんだ」
そう言って、パラパラと適当にめくって、その中身を自分で眺めている。
「なんで、今まで黙ってた?それに、なんでその事、誰にも言わなかった?」と
ゾロは体を起こし、サンジを抱き寄せて尋ねる。
「・・・誰にも言わない約束だったからな」
本を閉じ、サンジはふふ・・・とその本で含み笑いを浮かべた口元を隠そうとする。
「悪イヤツだな。その約束を破った訳だ」とゾロが言うと、
「だって、面白エからさ・・・誰かに言いたくて仕方なかったんだが、約束を破るのも
気が咎めるし・・・・」そうサンジが言い訳するのに、「だから?」とゾロは畳み掛ける。
まるで、欲しい言葉を強請っているかの様に、サンジの体に回した腕の力を強めた。
「それで?なんで俺には話した?」
「・・・ん?」サンジは少し小首をかしげ、意味ありげに目を細めた。
「・・・さあ、なんでだろうな」そして、焦らすように答える。
ゾロは黙ってサンジを見つめた。
そうすれば、欲しい言葉がサンジの口から降って来る。
ゾロがそう期待したとおり、サンジは笑って、
「・・・俺が面白エと思う事、独り占めするの勿体ねえと思ったから・・・かもな」と
言った後、サンジの唇がゾロの唇を塞いだ。
お前だけは特別だから。そんな言葉を素直に口にはしないけれど、優しく触れた唇からはそんなサンジの言葉がゾロの心にしみこんできた。

そして、その次の日。
サンジは、朝食が済んだキッチンでその本を開いてみた。
(ん?)昨日まで真面目に読む気がなかったので、真剣に目を通していなかったのだが、
誰もいないところで少しだけ興味を持って、字を目で追うと、なんとなく意味がわかる。
(・・・道具をしもべにする方法・・・?)それが分かって、サンジは本をまじまじと
眺めてみる。(て、事は・・・これは魔法の本なのか・・・?)
ブツブツ・・・と口の中でその本に載っているとおりの音の様な意味のない言葉を呟いてみる。

(・・・魔法使いといやあ、とりあえずホウキだろ)そう思って、呪文を唱えた口から
出る最初の息をふ・・・と人差し指に吹きかけ、それで使い古したホウキを指差してみた。
指先から、光が出るわけでもなく、傍から見たらただ単にサンジがホウキを指差しているに過ぎない。数秒経っても何も起きないので、(・・・アホか、俺は)とサンジが自分の
行動をバカバカしく思った。が、その時。
壁に立てかけていたホウキが急にビビン!と揺れた。
(・・・あっ・・・?!)と思ったら、柄がブルルッと振るえ、ザワザワと先端の方で床を掃きながらサンジに近づいてくる。そして、サンジの前まで来ると、木で出来ている筈の真っ直ぐな柄がクニャリと曲がった。
まるで、(よろしくお願いします)と礼をしているかの様だった。

「このホウキは、夜、空から降ってきた。で、俺が一番最初にそのホウキに触ったから、
そいつは、俺の言う事しか聞かない」
サンジは仲間にホウキの事をそう説明した。
野菜にくっついてきた小人から魔法の本を貰った事は、まだゾロ以外誰も知らない。

命を吹き込んだサンジに、かなり影響を受けた性質のホウキは、
ナミやロビンに擦り寄っていき、ホウキ以上の仕事をする。
「部屋の隅々まで綺麗にしてくれて、無くしたイヤリングまで見つけてくれたわ」
「ベッドメイクもしてくれるし、まるで、腕のいいメイドさんみたいね」と女性二人に
すこぶる評判がいい。

だが、他の男連中相手には、とにかく評判が悪い。
「俺達は海賊なんだぞ!部屋をちらかすぐらい、普通だ!」と怒鳴っても、
少しでも自分が掃除した部屋が散らかれば、散らかした本人をどこまでもとことん
追い駆け回し、叩きのめす。
その割りに、ウソップなどが自分の作業をした後、「おい、ここ片付けといてくれ」と言おうものなら、(誰がお前の言う事なんか聞くか)とばかり、わざとそこをバサバサと掃き散らかす。
ウソップの作業場はキッチンにある。だから、その散らかしたキッチンにサンジが入って来たら、当然、「てめえ、ウソップ!よくもこんなに散らかしやがったな!」と叱り飛ばされ、尻を蹴り上げられるのはウソップだ。
「これはお前のホウキがっ・・・」と言っても、もうホウキはその場から忽然と消えているから、サンジは聞く耳を持ってくれない。

そして、魔法使いのホウキは空も飛べる。
だが、乗せるのはサンジと女性二人だけで、男連中がどんなにホウキを丁重に扱っても
機嫌をとっても、絶対に乗せてはくれない。
そんな底意地の悪いホウキだが、サンジには絶対服従だ。
「なあ、サンジい〜、俺も乗りてえよ〜」
どうしてもホウキに乗りたいルフィが諦めきれずにサンジに必死に頼み込んで、
とうとう「乗せてやれ」と一言サンジに言わせたら、たったそれだけで、
サンジに向って柄をへにゃりと曲げて「・・・わかりました」と言う様に頷き、
素直にルフィを乗せたほどだ。

「なんか、良く躾された犬のみたい。触るとなんかあったかいし」
「掃除の道具の癖に、サンジ君と同じ匂いがするし」
ナミはホウキの事をそう言って誉めた。
本当にその通りで、ホウキはサンジに従順で、サンジを慕い、サンジの行く所、どこにでもいそいそと付いて来る。

「あのホウキ・・・邪魔だな」
ある夜、ゾロはいつもの様に格納庫でサンジを裸に剥いてからそうため息をついた。
ホウキはと言うと、壁に寄りかかって、今は眠っているかの様に動かない。
だから、一見するとただの普通のホウキなのだが、どうも「大事な主人をいたぶる様な事をしたら、許さない」と見張られている気配を感じてしまって、ゾロは落ち着かない。
「・・・?ああ?ただのホウキだぜ」とサンジはちらりとホウキを一瞥したが、全く気に止めない。だが、ゾロはどうしてもホウキの視線・・・いや、気配が気になり、それ以上の行為にどうにも没頭出来ない。
「どっかに行けって言えよ。なんだか見られてる気がして落ち着かねえ」
「・・・ただのホウキだって言ってるのに・・・分かったよ」
サンジは仰向けにゾロに組み伏せられた格好のまま、ホウキに向って「キッチンへ行ってろ」と声を掛けた。
すると、その時まで微動だにしなかったホウキの柄が、「分かりました」とでも言うように
クニャリと曲がり、す・・・と真っ直ぐに戻ったと思ったら、床を掃くような格好で
ザワザワと歩いていき、ゾロが開け放ったドアから出て行った。

事が済んだ途端、ドアを何かがコツン・・・コツン・・・とノックする。
「おい、ホウキが開けてくれって言ってるぞ」
性行為の後の、甘い気だるさと眠気でぼんやりしているサンジにゾロがそう言うと、
サンジは迷惑そうに「・・・外にいろ」とドアに向って声を掛けた。
するとノックが止まる。
その様子がなんとなく寂しげだったので、ゾロは気になった。
サンジが寝入った後、そっと格納庫のドアを開けてホウキの様子を覗う。
ホウキは、ドアの外の壁に置き去りにされた子犬の様にしょんぼりと凭れていた。
(・・・なんだか、可哀想だな)とゾロはホウキに同情し、
「・・・入れよ」と声を掛けると、なんとなく萎れていたかの様に見えた柄がビン!と
伸び、踊る様な動き方でサンジの側に擦り寄って行った。

その日から、ホウキはゾロの言う事もある程度は聞く様になった。
サンジの側に行きたい、と言う気持ちを汲んでくれた、その恩に報いたつもりなのか。
そうなると、ゾロの方も、態度が変わったホウキと、なんとなく分かり合えたような気になる。まして、ホウキもゾロも「サンジが大事」と言う想いが一致しているから、
言葉など一切無くても、一度距離が縮まったら、仲良くなるのは早かった。

それからは、ホウキはゾロの稽古相手まで努める様になり、ますますゾロとホウキの中は
親密になって行った。
その頃になると、「サンジが大事に想っている者達」だと認識したのか、
ウソップやルフィにもそう意地悪もしなくなり、それなりに仲も良くなった。
そして、いつしか、サンジのホウキは麦わらの一味にとって、ただの掃除道具以上の存在になっていった。
そんなある日の事。
ゾロはサンジにこう切り出した。

「・・・お前のホウキ、ひょっとしたら結構使えるかも知れねえぞ」
ホウキの柄相手に打ち合ってみると、身も軽く、打撃も結構強い事が分かった。
すると、実に下らない事が知りたくなる。
(こいつがやれって言えば、ホウキのやつ、一体どの位エのことが出来るのか)
「使えるって・・・戦闘にか?」ゾロの興味本位の言葉にサンジは怪訝な顔をして
「あいつ、ホウキだぜ?」と言うが、ゾロは引き下がらない。
「ただのホウキじゃねえだろ。こいつは、世界一使えるホウキだぜ」と煽った。
そのゾロの言葉に、ホウキの柄が自信ありげに反り返っている。
「ふーん」サンジはさして興味も無さそうな生返事をしたが、それでも、
いつもの様にサンジの側にくっついているホウキに顔を向けて
「じゃ、一回、やってみろ」とホウキに声を掛ける。
すると、ホウキの柄がプルプルと小さく震えた。
サンジに信頼された、と言う事が余程嬉しいらしい。

ちょうど、目の前には見覚えの無い海賊旗を掲げた船が近づいてきている。

「へえ、ホウキもやるのか!」とルフィも嬉しそうだ。
「どっちがたくさんぶっ飛ばすか、競争しようぜ、ホウキ!」
そのルフィの言葉にホウキがフン!と胸を張る様にまた柄が反り返る。
「怪我しないでね、ホウキ君!」とナミからも声援を受け、ホウキにますます気合が入る。
相手が砲撃してきた。
それを合図に応戦する。
船を横付けし、相手の船に乗り込んで白兵戦になれば、一気に勝負がつく。
ホウキも、初めての戦闘だと言うのに、さすがにサンジに命を吹き込まれた生命、
ただの棒切れなのに、攻撃する時の動き方はサンジにそっくりだ。

(ホウキの癖に、人間の急所知ってやがる)とゾロは正直、唖然とする。
刃の下をかいくぐり、腹を柄の先端で突き、あるいは足元を払い、相手が体勢を崩したところを脳天から一撃を振り下ろす。その一連の動きに全くよどみが無い。
そうかと思えば、サンジやゾロの方へと敵方の海賊達を追い込んで来る。
まさに、良く訓練された猟犬の様な動きさえ見せた。

「やるなあ、ホウキ」とサンジも思わず、目を見張る。
「だろ?俺が見込んだだけのことはあるだろうが」
ゾロはまるで自分の弟弟子が誉められた様で鼻が高い。
「何言ってやがる。あのホウキの生み親は俺だ」そう言ってサンジも、
「俺の素質がいいから、デキのいいホウキになったんだよ」と鼻の穴を膨らます。

「さて、お宝も頂いたし・・・そろそろ引き上げるか」
敵船の乗組員全員を縛り上げて、そろそろ引き上げる頃合だ、と判断したサンジが静まり返った船内を見回す。
「ルフィは?」と側にいたゾロに尋ねた。
「さあ、まだ船の中に面白そうなオモチャがねえか、うろつき回ってるんじゃねえか?」
ゾロがそう答えると、「・・・全く・・手間のかかる船長だな」と面倒くさそうに舌打ちをした。
「ちょっと探してくる」そう言ってサンジは駆け出す。
その後ろを、ホウキがす・・・・と低い位置で飛び、追い駆けて行った。

武器を持ち、応戦してくる輩しか、その時は気にも留めていなかった。
敵が乗り込んできているのに、身を潜めて隠れている様な臆病者なら、
もしもそれを見つけたところでどうせ大した事は出来ない。
だから、見張り台の上や、樽の中など人が隠れていそうな場所をわざわざ調べる必要は無い。そうタカを括っていた。

太いマストの向うから、ルフィとサンジの声が聞こえてくる。
「ルフィ!おい、ルフィ、帰るぞ!」
「なんだ、もう帰るのか〜」どうやらまだ何も面白そうなモノが見つけられなかったらしくルフィは、口を尖らせてサンジに駄々を捏ねている様だ。

ゾロはその二人の声がする方向へ何気なく目を向けた。
自然にゾロの注意がその方向へと向けられる。僅かな敵意をゾロは瞬時に感じ取った。
瞬間、ゾロの感覚が研ぎ澄まされる。
(・・・どこだ?!)その敵意はマストの上から、マストの下を歩く、ルフィとサンジに
向けられている。
ゾロは刀を抜き、逆手に持ち変えた。
ルフィ達に危険を知らせようと声を上げれば、その狙撃手の存在に、自分が気付いた事を
知られる事になる。
そうなる前に、その狙撃手を倒す。ゾロはそのつもりだった。
だが、ゾロのその行動に、縛り上げている海賊の一人が目ざとく気付く。
「ロロノアが気付いた!」と大声を上げた。
ルフィとサンジを狙うタイミングを計っていた狙撃手がその声に反応する。

ゾロがマストの上、見張り台から身を乗り出して甲板を狙っていた狙撃手へ向けて、
刀を投げつける。
真っ直ぐに、その狙撃手へ向って銀色の刃が風を切って飛ぶ。
だが、その刃が狙撃手に届くより先、バアーン!と何かが爆ぜる音が甲板に鳴り響いた。
ゾロの心臓、血管が強張る。
だが、その音は人間が撃たれた音ではない。

ゾロが投げた刀は見事に狙撃手の喉を貫いた。
だが、それを確認もせず、ゾロはマストの向うにいる、サンジとルフィの元へと駆け出す。
「おい、無事か!」

ルフィとサンジは無事だった。

「・・・こいつに当たった・・・」
サンジが呆然とした顔で、甲板に膝を付き、柄にたくさんの銃弾がめり込んだホウキを
両手で拾い上げていた。
甲板には、無数の穴が開いている。

「・・・俺と、サンジを急に柄で突いたんだ」
「俺達、それで吹っ飛んで・・・」ルフィもサンジと同じ様な、呆然とした顔で
ホウキを見つめている。

「散弾銃だったんだ・・・ホウキが突き飛ばしてくれなかったら、俺達、蜂の巣だった」
ホウキはサンジに拾われて、ブスブスと一つ一つの銃弾の痕から薄い煙を上げている。
そして、寒そうにフルフルと震えた。
まるで、銃で撃たれた人間にそっくりな様子にゾロも思わずその場に立ち尽くす。
「おい・・・ホウキ、穴が開いただけだろ・・・?」
「まさか、死なないだろ?」ルフィもサンジと同じ様に膝をついてホウキを励ます。

サンジにそっと大事に捧げる様に拾い上げられたその掌の中で、弱々しく、
ホウキの柄がくにゃりと曲がる。

それは、いつもの、サンジに対して時に服従を、時に信頼を、時に甘えを、時に誉められて嬉しいと言う意思を現してきた、見慣れた仕草だった。
主人を守れて嬉しい。
ホウキはそう言っている。
そんな風にゾロには思えた。

「・・・痛くねえか?ホウキ・・・」そう言ってルフィはホウキの柄を撫でる。
「ダメだ、・・・どんどん冷たくなっていく・・・ただの木になっちまう」
ルフィが泣きそうな声を出した。
ゾロもそっとサンジとルフィの側に膝を折って座り、ホウキを見つめる。
ただ、ホウキに銃が当たって、壊れただけだ。だが、それだけの事だと割り切れない。
(・・・可哀想に)とゾロは思った。
そして、言葉も声も無い、この無機質な友達との別れの時が近づいている事に胸が痛んだ。

サンジの生み出した命が消えていく。
命の輝きを宿していた柄からは艶が消え、灰をまぶしたかの様に色が褪せた。
綺麗に床を掃き、時にナミやロビンに櫛までかけて貰っていた先端も毛羽立ち、バラバラと抜け落ちて行く。ゆっくりゆっくりと見えない炎に燻されているかの様に
ホウキは主人であるサンジの手の中で朽ちていく。

「・・・ホウキの癖に・・・・」サンジは悔しそうにそう呟いた。
蒼い瞳がいつもよりもずっと透き通って、少し揺らいで見えた。
今にも、海色の雫が目じりから零れそうだった。

ホウキは、サンジが何度呪文を唱えても、もう、元には戻らず、やがて煤けて
灰になり、原型を留める事すら出来なくなって、ルフィはその灰を風に飛ばした。

その夜、格納庫でいつもの様に二人きりになった時、サンジはゾロに例の魔法の本を
差し出して、言った。
「これ、俺以外のヤツが触ったら、消えちまうんだと」
「道具に命を吹き込むなんて、金輪際もうゴメンだ」
「それに、うっかり変身の呪文なんか覚えて、元に戻れなくなっても厄介だしな」
サンジはそう言って、悲しそうに笑う。
まるで、本当に家族同様に暮らしてきた犬か何かを失くした少年の様な、寂しげな目に
ゾロは何も言えず、ただ、「そうか」と言って、その魔法の本を受け取る。
(こんな悲しい顔させるくらいなら・・・)ゾロは思った事を隠さずに口にした。
サンジを少しでも慰められるなら、少しくらい、照れ臭い思いをするくらいなんでもない。
「こんな初歩の初歩の魔法で悲しい想いをするんだから、もっと難しい、もっと複雑な魔法を覚えて、その使い方を間違えてちまったら、もっと辛エ事があるかもな」
「それなら、魔法なんか覚えねえ方がいい」
ゾロがその言葉を言い終わらないうちに、魔法の本は空気に解けるように消えていった。

だから、(今年はこれがいい)そう思って、ゾロは一本のホウキを買った。

一緒に旅をする仲間になって、それから、特別な間柄になって、
一体、何度(あいつの誕生日を迎えたのだろう)とゾロはふと肩に担いだホウキを
振り返って考える。

このホウキを買ったのは、誕生日だから、と言う理由からではない。

(楽しい思い出も、悲しい想いも、俺は一緒に感じたいと思ってる)
そんなゾロの想いが少しでも伝わるなら、それで充分だ。
言葉で慰められないゾロの不器用さを笑うなら、それでも構わない。

命が吹き込まれた道具は使えなくても、ゾロの想いの篭った道具なら、
きっとサンジは大事に使ってくれるだろう。

そして、そのホウキを使う限り、いつまでも従順で甘えん坊のホウキの事を
忘れる事はないだろう。

(終わり)




最後まで読んで下さって、有難うございました。
「魔法使い」を題材にして、パラレルじゃなくて、あくまでゾロサンベースで
書いてみたくて、こんなネタを思いつきました。

2005.03.13

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