「初雪なんだと」もう十分に金も稼いだ。
ログが貯まるのに、あと1日ある。ゾロとサンジはのんびりとあてもなく、
ブラブラと、とある島の賑やかな通りを歩いていた。

サンジがどんよりと曇った空から降ってくる雪を掌で受け、やんわりと微笑んでゾロに言った言葉に対して、ゾロは「どこで聞いて来たんだよ」と無愛想な口調で
答えるが、表情はサンジ同様、柔らかい。

「さっき擦れ違った小さなレディがはしゃいでた」とサンジは答える。
「すぐやむだろ」とゾロは冷たく、顔に吹きつける風に少し顔をしかめた。

「そう言えば、」とゾロは同じ速度で歩いていた足を止める。
「今俺はお前より年上だ」「はっ」ゾロの言葉を間髪入れずにサンジが鼻で笑った。
「だからなんだってんだ」

他愛のない会話が絶え間なく交わされる。
何事も起こらない事が退屈だと思った日は、ずっと遠い過去のような気がした。

ゾロもサンジも同じ事を感じている。お互いの柔らかな眼差しやいつもよりも
ゆったりと歩く速度、微笑みが絶えない表情で、ただ、隣で並んで歩いていると
言うだけの距離以上にもっと近い感覚を感じ合う。

手を繋いでいるよりも、腕を組んでいるよりも、体を寄せ合っているよりも、
体の中の形のないなにかがしっかりと繋がっているのを温もりとして感じる。

頬に当たる風は冷たく、吐く息は白く、大粒の羽根のような雪がハラハラと降ってくる
寒い街中を歩いているのに、寒いとは少しも思わない。

「不思議だな」とサンジは独り言の様に呟いた。

お互いの強い想いを確認するには、常に命懸けの試練を乗越えなければならなかった。
そうして乗越えた時にいつも、世界中の誰よりもゾロを近くに感じ、愛しいと
素直に思えたけれど、こんなに何もない、ただ、その年最初の雪を見たと言う日に
一緒にいるだけでその感覚を感じるのがサンジには不思議で、その気持ちが
唇から零れた。

「同感だ」サンジの呟きにゾロも小さく答える。
(同じ事を考えてる)と手に取るように判る、そんな些細な事が嬉しくて、
その感情が心に染み込んでいく。

「たまには時間を持て余すってのも悪くねえな」「ああ」

昨夜、船の上でルフィがゾロの誕生日だからご馳走を作って宴会しよう、と
言い出して、誕生日の当日でもないのに盛大な酒盛りになった。
もう、皆、子供ではないのだから、いちいち誕生日だからと祝いあう習慣もなかったが、
贈り物など誰からもないし、ゾロも期待していなかったが、久しぶりの大騒ぎで
それなりに楽しかった。

「お前は忙しそうだった」「ああ言う時に忙しくないコックがいるかよ」
「俺は、ああやって皆が美味そうに食って、飲んでくれたらそれが楽しいんだ」

そう言ったサンジの顔は寒さでほんのりと赤くなっていた。
それがとても子供臭くて、ゾロはつい、肩が少しだけ揺れるくらいに笑ってしまう。

「なんだよ」とサンジはムっとするが、
ゾロは構わずに、「鼻の先が赤エ。マヌケな面だぜ」と言って笑う。

ベッドの中にいる時も、サンジを愛しいと思う。
命懸けで自分を想ってくれると判った瞬間も愛しいと思う。
そして、何事もなく、鼻の先を赤くしている顔も愛しいとゾロは思う。

多分、お互いが常に命懸けの人生を生きていなかったら、こんな想いは育たなかっただろう。
やがて、空を覆っていた曇が風に吹き千切れていき、儚い初雪は石畳を僅かに
濡らしたが、それも、金色の太陽の光に照らされてじんわりと溶けて消えていく。

「こっち行って見るか」「どこ行くか、判ってるのか」
ゾロは大通りからいきなり路地に曲がった。サンジの訝しげな質問に
悪戯を思いついた少年の様な顔付きで黙って笑っただけで先に立って歩き出す。

「判る訳ねえだろ。はじめて来るところなんだからお前、道覚えとけ」
暫く歩いてからゾロはそう答えると、「偉そうに」とサンジは口をへの字に曲げた。

「煙草、邪魔だ」と言ってゾロはサンジの腕を掴む。
隣の大通りへと抜ける為の路地でも、優しげな冬の日差しは降注いできて、
二人を照らしている。人、一人通らない場所でなくても構わなかったが、
ゾロは愛しいと言葉に出来なくて、それに替わるモノで自分の中に
溢れてくる温かな気持ちをサンジに伝えたかった。伝えずにはいられなかった。
「アホか、こんなトコで」とサンジは僅かに迷惑そうな顔をした。
それでも、壁に凭れて煙草をポトリと足元に落す。
何故か、その仕草を見た途端、ゾロの心の中に息苦しさが走った。

サンジの唇の端にそっと自分の唇で触れる。
ひんやりとしていて、柔らかく煙草の匂いが鼻をくすぐる。

いつまでも一緒にいたい。

幸せで満ち足りた時間は、そんな気持ちが言葉になってゾロの心の中に浮かんでくる。
けれど、それを口に出す事は出来ない。
お互い、別々の夢を追いかけていて、その途中の今を共有するだけだ。

夢を諦める事は出来ない。
どちらもそれは同じだから、人が生まれた時に死ぬ事が決っている様に、
自分達の未来には必ず別離が待っている。

こんな和やかで甘いだけの時間に溺れてしまいたくても、その時間が幸せであれば
あるだけ、その確約された別離の日を想ってしまう。
それが、ゾロを息苦しくさせた切なさの理由だ。

これから、何回、雪を一緒に見る事が出来るだろうか。
とりあえず、明日は一緒にいる。そんな約束をこれから何度、叶えていけるだろう。

夢を掴む事だけを考えて、遠い未来を思い悩む暇など今までなかった。
「隣を歩くってだけが一緒にいる事じゃねえと思うぜ」
唇を離したら、サンジはそう言った。
ほんの1秒にも足りない口付けでゾロの中に浮かんだ気持ちを読み取り、
的確な答えを、ゾロが今、一番欲しいと思った無駄のない言葉をいとも容易く
サンジは見つけてくれる。

「その時が来たら、ちゃんとやり方を見つけてやるよ」
「そうだな」とゾロは短く答えるしか出来なかった。

今のこの瞬間も想い出話に変わる日は来る。
穏やか過ぎて、全身を包む幸せがやさし過ぎてふいに切ない胸の痛みを感じた
この日の事も、きっと、どんなに離れても"一緒にいる"と感じ合えるその方法を見つけたサンジと、冬が来る度に思い出せればいいとゾロは願う。

柔らかな日差しを投げる冬の太陽は真っ青に晴れた高い空から二人を温かく
包んでいた。

終り