「お前、それでもコックかよ。不器用な奴だな。」
「うるせえ、こんな指、普段使わねえから思うように動かねえだけだっ」


夜、不寝番でゾロが見張り台に上がる。
その前に、キッチンで夜食を食べている最中、後片付けの済んだ
サンジがゾロがいつも使う、細い二本の棒を指差した。

「それの使い方、教えろ」
「それ?」

サンジの指の先に示されているのは、
「箸か。」とゾロは聞き直す。

人に何かを教えてもらおうと言うのに、サンジの高圧的な態度に
ゾロは鼻をフン、と鳴らす。

「それが人にモノを教えてもらおうとする態度かよ。」と 近づいてきた
サンジの細い顎を箸の頭で突付く。

「俺も、ライスとか、その大豆ペーストのスープとか飲むけどよ。」
ゾロの態度も言葉も黙殺して、
サンジはゾロの隣りに 違う箸を右手に握りこんで座った。

「フォークだの、スプーンだので食うより」
「これで食ったほうが美味そうに見える」
「お前が食ってるのと同じように食ってみてえ。」

それに、

とサンジは 握りこんだままの箸をゾロが持っている様に
持ち直しながら、

「これで食いやすいもの、食いにくいもの、」
「食いやすい切り方、そうじゃない盛り付け方ってのも」
「実際、これを使ってみねえとわからねえし。」と言う。


この船の中で、箸を使うのはゾロだけだ。
つまり、食いやすく切る、盛り付ける為の工夫を

ゾロのためだけにする、と 本人は全く 無自覚のままで
言っているのだ。

それでゾロは嬉しくなるも、折角なら、
「お前の為に練習するから」と
高飛車な言葉でいい、一言でいいから そんな風に言ってくれれば、
もっと 浮きたてるのに、と 思う。


「こう、」ゾロはサンジの右手を持ち、箸を持たせる。
「こうか。」

奇怪な持ち方、何故、これで摘めるんだ、と不思議な挟み方で
サンジは箸を使い始める。

「違う、こうだ!」
「こ・・・。」

サンジがだんだん、イライラしてくるのがゾロには手に取る様に判る。
が、サンジは珍しく、キレずに ゾロの指導に従っていた。

「お前、それでもコックかよ。不器用な奴だな。」
「うるせえ、こんな指、普段使わねえから思うように動かねえだけだっ」

普段なら、その言葉でとっくにサンジはキレている。
が、今夜はキレなかった。


とても、些細な事だ。
とるに足らない、どうでも良い事だ。

サンジの作る食事に道具など 別にこだわらなくても味は変わらない。

自分と同じ味を味わう為に、サンジは、箸を使う、と言って懸命になっている。
そんな些細な、とるに足らない事、

誰のためでもなく、ただ、自分一人の為だけに
人一倍気の短いサンジが、意地になりながらも、辛抱強く、罵詈雑言に耐えて、
箸を弄くっている事が 


(どうかしてるぜ)と自分でもあきれるほど嬉しい。

「何を使って食おうがお前の料理の味は」

いつもなら、「変わらない」と素っ気無く言い切ってしまえるのに、
ゾロの口からは サンジに伝えたい言葉がそのまま 流れ出す。

「いつも、美味いから別に箸を無理に覚えなくてもいいんじゃねえか。」

嬉しいけれど、ゾロには、サンジのその行動に対する、
報酬が思いつかない。

眉間に皺を寄せ、我を押さえて らしくない努力をするサンジに
何をして、どんな事をして この嬉しさに値する返礼をすればいいか、
ゾロにはわからないのだ。

「うるせえな。比べてもないのに、判るか、そんな事。」と
サンジは 不機嫌な面持ちでゾロの顔を見る。

「この大豆のスープをスプーンで飲むのはな、」
「アイスクリームを素手で食ってるようなもんで、」
「パーティにパジャマで行くみたいなもんだろ。」
つまり、そぐわない、と。
サンジはそう言いたいらしい。

「道具で味が左右されるとは思ってねえけど。」
「食いやすいように、より美味く、食えるように考えるのが」
「楽しいんだから、ほっとけ。」


それを聞いて、ゾロは目からウロコが落ちた。


(そうか。)

サンジはゾロからなにか 報酬が欲しくて箸を覚えようとしたのではない。
自分がそうしたかったから、
ただ、それだけなのだ。


ゾロが喜ぶから、何かをするような、
そんな媚びた考えで行動を起こす男ではない。

それでも、結果、ゾロの為に努力をしている事を
それも、無意識に、無自覚にしている事に改めて気がつき、

何故か、ゾロは顔が火照った。


顔を顰めて、箸と格闘している。
そんな男に、無性に  口付けたくなる。

「そんなの、急に使えるようにはならねえよ。」とゾロは
サンジの手から箸を取り上げた。

「毎日、ちゃんと使えるようになるまで教えてやるから。」
「授業料、先払いだ。」


そう言いながら、唖然とした顔の恋人の体を引寄せた。


(終り)