道に迷っていた。
見上げるほど、それこそ、樹齢何百年とそびえたっている樹木と変わらないくらいに
巨大な草が生えている中を歩いていた。
(どこへ行こうとしてたんだ、俺は?)とゾロは足を止めないままで顔を上げて見る。
天に届くかと思うくらいの植物が鬱蒼と生えていて、光を遮り、空さえ見えない。
どこか、絶対に辿り着かねばならない場所があるのに、さっぱり道が判らない。
せめて、方角、そうでなければ、自分がどんなところにいるのか正確な位置が
判ればどうにかなるのに、とゾロは思った。
(草に登ってみたら判るかもしれねえ)
高い所へ昇って地平を見渡せば、今、自分がどんな世界にいるのか
ひょっとしたら判るかも知れない、とゾロは草に登って見る事にした。
だが。
草の茎はとても脆い。
ゾロがしがみ付いた途端、ヘタヘタと折れてしまう。
そして、木の様に枝がある訳でもないし、葉っぱに掴まっても、根元から葉は
引っこ抜けてしまう。
それに天突くかと思う程の高さを昇るには相当の持久力がいるだろうが、
途中で一息つける様な場所もない。
(クソ・・・前に進めねえじゃねえか)
突き進んでも、突き進んでもどこまでも草の中だ。
これでは、一生光を見る事なく、地面を這い続ける虫と変わりない。
どうしても辿り着きたい場所を目指すには、(どうすればいい)
そう自問自答した。そして、思いつく。
(空でも飛べる奴を探すか)
空を飛べる者など、そう簡単に見つかる訳はない。現実の世界なら
いくら迷子になろうと、ゾロもそんな事は思いつかないだろう。
だが、あくまでゾロは夢の中にいて、その夢の中では、
「高い所に上りたいなら、飛べる奴を探す」というその思いつきはごく、
当たり前の思考で、現実世界で言うなら、
「水上都市ではブルを借りる」事と同じ様なモノだった。
辿り着くべき場所に行く為に、飛べる相棒がどうしても必要。
それさえ手にはいれば、どんなに大きな川でも水溜りでも、乗越えて
先へ進める。
そう思って、ゾロは歩いた。
やがて、目の前に奇怪なモノが現れる。
(・・・なんだ、こりゃ)
それは花の蕾の形をしているが、緑と緑色の闇、乾いた土の色しかなかった
その場所には余りに唐突に、草の茎に引っ付いている。
花の蕾にしても、(こんな場所に蕾がつくワケねえし、・・・)と
ゾロはその奇怪なモノにそっと近付いた。
地面から、ゾロの背の高さくらいの位置にあって、ゾロはマジマジと
それを眺めてみる。こんなモノは初めて見た。
見れば見るほど、蕾の様だが。
(それなら、他にもある筈なのに・・・)
錦糸の様なか細い糸を織って作られた布のような風合いだが、もっと近付けば
その蕾の中が透けて見えそうなくらいにどことなく頼りない。
(不思議な色だな)とゾロは思った。
夏の夕焼けの様な金色をしているのに、少しも卑しい派手さは感じさせない。
「これだ」と思わず呟いていた。
自分が歩もうとする道を突き進む為に探していたのは、この金色の塊だ、と
ゾロは直感する。
この中に、自分が探して歩いてきた「空を高く飛べるヤツ」が入っている。
そう思って、ゾロはその奇怪なモノを刀で真っ二つにしてやろう、と腰の刀に
手を掛けた。
その時。
「斬ったらぶっ殺すぞ、この野蛮人!」
(・・・あ?)言葉を話せる者は自分以外に誰もいない、と思っていた世界に、
いきなり声が聞えて、ゾロは辺りを見回す。
「糸を解すんだよ、糸の端が草にくっついているだろ!」
「それをグルグルてめえの手で巻き取れば繭が開くんだ」
「パックリ刀なんかで斬ったら、俺の体に傷が付くだろうが!」と金色の塊の
中で何かが怒鳴っている。
相当に、横柄で高飛車だ。
「繭なのかよ、これ」とゾロは中の声に向かって尋ねる。
「繭には見えねえが。中から出たいのか、お前」
「俺がいなきゃ、出れねえんじゃねえか?」と少し、意地の悪い声でそう言うと、
「そっちこそ、俺がいなきゃ、行きたい場所へ行けねえんじゃねえか?」と
負けずに言い返してくる。
「出してやるから、俺の言うことなんでも聞くか?」と言えば、相手は
「そんな事、てめえの面見てから決めてやるよ」と鼻で笑って、あくまで強気だ。
その横柄で、強気で、高飛車な態度にゾロは全く腹が立たなかった。
むしろ、媚びる事無く、駆け引きを仕掛けて来ている癖に、本音も自我も
隠そうとしていないところが気に入った。
ゾロは糸をクルクルと解しながら手に巻きつける。
根気良く、糸が切れないように、大事に大事に。
その糸が切れたら、もう繭は解れる事がないのではないか、そんな気がした。
この中の生意気なヤツの本当の姿を見る事が出来るなら、多少時間が掛ろうが、
手間どろうが、少しも面倒だとは思わない。
糸を巻き取る間、その生意気なヤツと話しをした。
内容なんかはよく覚えてない。だが、なんだかやたら楽しかった感触ははっきりしている。
殆ど軽い口喧嘩なのに、言葉を重ねれば重ねるほど、
言葉は反発しあっているのに、(こんなに気の合うヤツ、他にいねえな)と思う。
糸はいつしか、ゾロの左手を包み込む珠の様になった。
そして、ゾロが探していた「空を飛べる奴」は姿を現す。
想像したとおりの姿に満足する。
ゾロが望めばそいつはいくらでも飛んだ。
しっかりと手を繋ぎ合っているだけで、ゾロも風の様に飛べた。
「羽根が千切れそうになってる」とゾロが心配しても、そいつは飛んだ。
ゾロが目指す場所と、そいつの目指す場所はきっと違うのに、
ゾロをそこへ運ぶその先に、自分の望む場所もあるから自分は飛ぶのだと言って、
ゾロが止めても、飛び続けた。
「俺、もうこれ以上、お前を連れて飛べねえ」
「ホントに羽根が千切れちまう」
青い大きな花の上でそいつはそう言って、哀しそうに笑ってゾロを見た。
その青い瞳の中には、自分とここで決別しようと言う気持ちが揺らいでいるのが
ゾロには見えた。
ところどころ破けてボロボロになった羽根が痛々しい。
自分といた所為で、こんなにボロボロになるのなら、自由にしてやった方が
そいつの為だと心からゾロは思う。なのに、
「ここまで連れて来てくれただけで十分だ」、ゾロはその言葉が言い出せない。
その言葉を口にしてしまえば、傷付いた羽根の、最後の力を振り絞って、そいつはゾロの元から去っていく。
その後ろ姿など見たくない。ここに取り残されたら、一歩も歩けないどころか、
生きてさえいけない気がする。生きて行く為の道具としてではなく、生きていく糧として、そいつが必要になっていた。だから、言った。
「羽根が千切れて飛べなくなったら、歩けばいい」
「お前、飛べる奴を探してたんだろ?」そいつは驚いた顔をしてゾロを見る。
「飛べなくなったら歩けばいいんだ。どっちに歩けばいいか、お前は覚えてるだろ?」
「だったら、一緒に歩こうぜ」
羽根が無くなって、飛べなくなったからと言って、そいつと離れる事など、
ゾロには到底出来ない。だから、自然にそう言えた。
「飛べないんだぜ。それでもいいのか」とまだそいつはゾロの気持ちを確認したがる。
「飛ぶ、飛べないに今更こだわらねえよ。俺は」
「飛べる奴を探してたんじゃなくて、一緒に先へ進む相棒を探してたんだ」
それでも、そいつはまだ、表情を曇らせている。
ゾロがそれをもどかしく思って、口を開き掛けた時。
急に突風が吹いた。
「うわ!」二人を乗せた花が大きくゆさゆさと揺れる。
風は、まるで、竜巻の様にどんどん強くなる。
二人は必死に花にしがみ付く。ゾロは花の中心のメシベを片手でしっかりと掴んだ。
「おい、手を伸ばせ!花の中なら少しはっ・・・」と花びらにしがみついている
そいつに怒鳴る。
ゾロの目に、千切れかけていた片方の羽根が竜巻の渦に引き千切られるのが見えた。
それでも、そいつは痛みに耐えて、必死にゾロに向かって手を伸ばす。
ジリ・・ジリ・・・を花びらの上を這う様に、そいつは風に飛ばされないように
体を低くして近寄ってくる。
(・・・もう少し、もうちょっと手を伸ばせっ・・・!)
息も出来ない風の中、一際大きく花が揺れた。
もう少しで届きそうだった手が大きく引き離される。
そいつは、ゾロの名前を叫んだ。
だが、暴風の音に掻き消され、それは急速に遠のく。
「サンジ!」
どんなに大声で叫んでも、何度叫んでも、風は吹き止まず、サンジの答えもない。
それでも、ゾロは呼び続ける。
(終り)
最後まで読んでくださってありがとうございました。
このSは、トップ絵のS-1のイラスト ★ を描いた後、サンジならどんな絵になるかな、と
考えて、ちょっと描いてみました。(挿絵に使ったのとは別の絵です。その絵は、名前をつけずに
消去してしまったので、もう私も見れません)
そして、「どうにかして、このモチーフで、無理なく、パラレルじゃない話しで、ssに出来ないか」を
考えて、夢なら使えるだろう、と思い、こんなssにしました。
夢占いではありませんが、ゾロが根気良くサンジの繭を解したことや、
ゾロの為に羽根が千切れるまで飛んだサンジなどに、現実の二人の行き様を
重ねながら読んでくださると嬉しいです。
戻る ★
やかましいっ、静かにしやがれ!」
ゾロはそう怒鳴られ、なんだか柔らかな布の塊で強かに頭をバスンバスンと何度も
強打される衝撃に叩き起こされた。
「ああ・・・起こしてくれて正解だ」そう言うと、サンジは優しく、
「・・・なんだよ、怖い夢でも見てたとか?」とあやす様にゾロを抱く。
「・・・夢見が悪くてな・・・」
柔らかく、抱き締めあいながら、甘やかに重なった二人の心は、
夜と朝の重なる静かで穏やかな時間に漂う。
「へえ。虫の夢でも見たか?」
「ああ、虫の夢だった」
このまま、もう少し、こうしてサンジに抱かれて、まどろんでいたい。
そうすれば、翡翠色の夢の中で、千切れた羽根のサンジとまた会える。
そんな気がして、ゾロはまた目を閉じた。