(一体、こいつのなにがどういいんだか)とゾロは時々、考える。
口は悪いし、とてつもない意地っ張りで本当に大切な事は言葉の裏に
隠して強がってばかりで可愛げがない。
ただ、気の食わないところを沢山並べ立てても、結局、自分でははっきり
した答えが出せない。だが、一緒にいると心が浮き立つ。
機嫌が悪いなら、悪いなりに、いいなら良いなりに。

「野郎連中のおやつだ!」と言って、その日、キッチンから「野郎連中」に向かって
リンゴが飛んで来た。

「なんだよ、これ!皮むいて持って来いよ!」と下の甲板にいたウソップが
サンジを見上げて文句を怒鳴った。
「どこの海賊がご丁寧に皮むいて食べるんだよ、お前エらにはそれで十分だ!」
「ナミやロビンには綺麗に剥いて、しかもなにかつけて持っていただろう、知ってるぞ!」とルフィも文句を言う。
「文句のあるやつは食うな」と言われると皆、大人しくリンゴをシャリシャリ食べ始める。

進路に関してはナミがこの船の女王なら、食に関してならサンジが王様だ。
我侭で傲慢。そんな風に見えるのに、本当は皆の健康にこまやかに気を配っている。
その裏腹さにゾロは心も体も「そそられる」のだ。

「いつもながら、見事なエコヒイキだな」

自分もリンゴを齧って休憩のつもりなのか少しぼんやりした顔で海を
眺めていたサンジにゾロはそう声をかけた。
波は穏やかで風もない。今朝まではひどい時化で、皆三日ほど不眠不休だったから
穏やかな風に吹かれて甲板のそこここで気侭に体を休めていて、船の上はとても
静かだった。

「あいつらにウサギだの、バラだの作っても一時喜ぶだけで一口で食っちまうだろ」
「それならまるごとで十分」

サンジはそう言って、リンゴを一口齧った。
シャリ、シャリと新鮮な果肉を咀嚼する音がゾロの耳になんだか心地よい。

ゾロもリンゴを一口齧った。
出航してから2週間以上経っているのに、まだ瑞々しく、甘い。
「美味エな」と正直に思った。思ったままを言った。

「よせよ、気色の悪イ」とサンジは顔を顰める。
「なんだよ、俺は美味エもんは美味エって言っただけだぜ」とゾロは全く
思いもしなかったサンジの迷惑顔に少し、気が悪く、憮然とそう言った。

「普段のメシでもそんな事言わねえくせに」
「それとも、俺の料理よりリンゴ1個の方が口に合うとか?」

サンジは皮肉たっぷりにそう言い、不機嫌そうに顔を背けた。
なにか、拗ねている様な仕草にゾロは思わず、「ブッ」とリンゴを吹き出しそうになる。

「汚エな」サンジは顔を顰めるが、
「美味エと思ったらいつでもそう言ってイイのか?」ゾロは小バカにした様な
薄笑いを浮べてサンジにそう尋ねる。
「言えばいいじゃねえか」サンジは口を尖らせてそう言うので、
「ナミやロビンの前で思った事を言っていいのか?」
「お前の料理が一番口に合うって」とゾロはサンジを茶化した。

ゾロがそう言うとサンジはまた黙って顔をプイと背ける。

「なにをそんなに浮かれてンだか」とサンジは溜息まじりにそう言った。
「皆寝てるからな」ゾロは独り言の様に呟く。

「だからなんだ」サンジはゾロがじゃれているのにようやく気づいた様で、
少し表情を緩めた。
「お前のリンゴ、美味そうだな」ゾロはサンジの手に握られたリンゴを顎で指す。

「一緒だぜ。1本買いしたんだから」
農家で1個いくら、とか一箱いくら、と言う買い方をせず、「1本分買う」と
交渉して安く買ったリンゴだ。1本の樹に成っていたのだから味に大差はない、と
サンジは言うが、ゾロにとっては本当はそんな事どうでもいい事だった。

「いいから、一口齧らせろよ」
「面倒臭エなあ、もう」そう言いながら、サンジはやっぱり微笑んでいる。
サンジは億劫そうな仕草でゾロにリンゴを持ったままの手を差し出した。
その手首を掴み、ゆっくり引寄せても、サンジは抵抗せず、風に波が揺れるのと
同じくらいの自然さでゾロの体と触れ合うくらいの場所に近付く。

唇からは煙草の匂いではなく、微かにリンゴの匂いがする。
薄い唇に舌を差し込むとリンゴの小さな欠片が残っていた。

「よせって」とサンジはゾロの胸を手で押して体を離した。
いつも、満腹な状態にしないでゾロをイイ具合にサンジは飢えさせる。
一口だけ美味なものを与えてそして取り上げる。
その繰り返した。

「油断も隙もねえな」とサンジはリンゴをボリボリと齧る。
「リンゴの礼をしたつもりなんだが」とゾロは鼻で笑ってまたリンゴを齧った。

(終り)