その花は、逞しく、地面に深く根ざすと言う。
冬の厳しさをじっと耐えて、いつのまにかひっそりと道端に群生し、
目にあざやかな緑の葉と茎に支えられ、太陽に向かって子供が手を伸ばす様に
花を咲かせる。

潮風が吹き上がってくる、この高い断崖の上の荒地にも、どう言うワケか、
その花は足で踏み荒らすのが躊躇われるほど咲き乱れていた。

「買い出しの邪魔だから、あそこで待ってろ」

街でサンジはそう言って、灯台の立つ、この断崖の上を指差した。
あそこなら、昼寝をしようが、体の鍛練をしていようが、人目には立たない。
それに、この街から見上げるような高台にあるその灯台は、どこからでも見える。
辿り着くのに、迷子になる事はない。

ゾロはその断崖の上にいた。
街からまるで空中に浮かんでいるかのような視界からは、春の優しい太陽の輝きを
照り返す光と白い波、紺色の海の色が鮮やかに見える。
腰を降ろした地面には、たくさん黄色い花が咲いていて、潮風に揺れていた。
中には、気が早くほころんでしまったのか、既に綿毛になってしまった花も混じっている。

この断崖の上に、その髪の毛よりももっと細く、鳥の羽根よりも軽くて小さな種が
一粒、芽吹いてそしていつしか花畑と言ってもいいほどに咲き広がって行ったのだろう。

(早く来やがれ)待たされる事にはいつしか慣れていた。
いつ、と時間など約束しなくても、サンジは必ずやってくる。
そうと判っているから、ゾロはその黄色い花を眺めながらサンジを待つ。
どれだけ長く待たされようと退屈だと腹を立てた事はなかった。
何故なら、その間にどうやってでも心身を鍛える時間として費やすか、あるいは、
逆に体を休める為に使うかのいずれかだからだ。

だが、今日は違った。
(早く来やがれ)とじっと黄色い小さな花を見ながらゾロは思った。

サンジだって、知っているどこにでも咲く、ありふれた花だ。
それなのに、乾いて痩せたこんな土地を黄色く染めるほどに生命力旺盛でいながら、
可憐に咲いて、優しく人の心を撫でるような花を一緒に眺めたいと思い、
何度も街の方へと視線を向ける。

美しいと思うモノをいっしょに見たいと思える相手と出逢えて、今、
その相手を待っていると言うのに、
ゾロの心の中が甘い温もりだけで満たされる事はない。
いつしか、ゾロの視線は黄色い花から、真っ白な綿毛が風に飛び去って行く様を
捉えていた。
小さなその綿毛が飛び立つのを、緑色の茎も葉も止める事は出来ない。
ただ、見送るだけだ。海風に浚われて、どこに飛んで行くかも判らない。

どんなに今、幸福で満ちたりてもそれは本当に今、だけの事。
自分たちには、目に見え、手に触れる程の距離で共に生きて行く道はない。
それを知っているから、貪欲に幸せをかき集めて、噛み締めなければならないのに、
(そんな器用な事が出来るワケねえだろ)とゾロは胸の中の切なさを溜息にして
吐き出した。

サンジはこの綿毛の様にゾロの心の中に入って来て、
ゾロの世界の中に、目の前に広がる黄色い花が群生する様に心の中を
サンジの色抜きにしては有り得ないほどの存在感で、しっかりと根を生やした。
けれど、その花はいつか、綿毛に変わってゾロの腕の中から、
全てが蒼い海に向かって飛んで行くのだろう。

幸せだと思えば思うほど、その未来をゾロは想い、息が詰まる。
息が苦しいから、溜息をつく。
(どっちが良かったか)と無意識に摘んだ黄色の花を弄びながら考える。

ただ、仲間でいて、それだけでいたら
いつか来る、身を切られるような孤独を経験しなくて済んだだろう。
ただの黄色い雑草を見て、こんな物思いをしなくても済んだだろう。

でも、果たしてそれで良かったと言えるのか。

赤と黒、それ以外の色のなかった世界を鮮やかに見せてくれたのは、サンジだ。
言葉で教えられたのではなく、側にいる事でゾロが生きている世界がいかに
美しいかをサンジは気付かせてくれる。
サンジに見せたい、サンジと見つめたいと思う物をゾロはまるで
本能の様に探している、その視線の所為でゾロの世界は色を持った。

きっと、自分の夢が叶った時、サンジは真っ直ぐに迷いなく、自分の道を
歩き出す。きっと、自分と積み重ねた過去にも振り向かないだろう。
その背中を平然と見送る日が来る事を、ゾロも信じなければならない。
「世界一の大剣豪」になる、という自分の夢をサンジが信じている強さと負けないくらいに強く。

頭では判っているのに、気持ちはまだその綺麗事に到底追い付いていない。
確実にその日が来ると思うからこその苦しさだと自分に言い訳しながら、
ゾロはとうとう、その花に抱かれる様に寝転んだ。

春の太陽が眩しくて、ゾロは眼を閉じる。
黄色い花が揺れる陽だまりの温もりはサンジの体温に似ていた。

「ホントにどこでも寝れるんだな」と言う声でゾロは目を醒ます。
あまりの心地良さについ、まどろんでしまったらしい。
サンジはゾロの真横に腰を降ろしていて、ゆったりと足を伸ばし、
顔だけをゾロの方へ向けて、横たわったゾロを見下ろしていた。

少し暮れ掛けて、さっきよりも淡い色になった太陽がサンジの頭の向こうに
見える。

ゾロは翳になっていても、蒼さだけははっきりと判るサンジの目を
自分だけを微かに微笑んで、からかうような笑みを浮かべたその表情を
じっとただ、見つめた。

自分だけしか知らないサンジの顔をたくさん、目に焼きつけておく、
そんな癖が何時の間にか身についていた。

いつか別々の道を歩きはじめても、サンジのいない孤独に耐えられるように、
今からその備えをしているかの様に。

「なんだよ」
ゾロがサンジの表情を黙って見つめるほんの数秒後のサンジはいつも
柔和に笑っている。なにもかも知っている、と言う気持ちの滲んだ、
ゾロの心の中にあるものを全て見透かして、
それを宥めて包むような優しい眼差しは残酷なほど温かい。

「買い物、済んだのか」抱き締めたいと言う衝動をゾロは無愛想な言葉で隠した。
今、手を伸ばしてもサンジはきっと、その手を振り払うだろう。

甘えも温もりも、十分に与えてくれず、いつもサンジは上手にゾロを飢えさせる。
もう少しだけでいい、満たされたい、判って欲しいと言うゾロの欲求を判っている癖に
決して満たしてくれない。
それを知っているから、ゾロはむくりと置き上がった。

「こんな場所でも咲くんだな」サンジもこの黄色い花のたくましさに驚いた様で、
ゾロから目を逸らして辺りを見回した。

「もとはこんな小さな種なのに、」そう言いながら、サンジは綿毛になった花を
1本、手折って口を尖らせ、吐息でそれを優しく潮風に委ねた。

音もなく、ハラハラと舞う雪の様にその種は風の中を舞い飛ぶ。
ゾロはサンジの吐息に乗って飛んだその種を目で追った。

「来年はもっと咲くぜ」サンジの視線もゾロの視線と重なって
種と共に風に乗った。

「全部が全部、とんでもねえ方向に飛ぶ訳じゃねえな」ゾロは静かに呟いた。
クルクルと踊子の様に回転しながら、ゆっくりと緑色の葉で覆われた地面に
降り落ちてくる種もある。それが来年、また花を咲かせるだろう、と
サンジは言った。

「こんな花見て、何考えてた」

ゾロの考えている事など知っている癖にわざわざ意地悪く尋ねるサンジが
小憎らしい。そして、口惜しいくらいに愛しい。
「別に。寝てただけだ」
憮然と答えながらも、ゾロは自分も白い綿毛の花を摘んで、軽く息を吹き掛けた。
遠くに飛ぶ種もあれば、地面に落ちていつまでもこの場所で花を咲かせようと
する種もある。自分の手の届かない場所をサンジが選ぶ日が来ても、
それでなにもかもが色褪せて消えてしまう事はない、とその小さな綿毛は
ゾロに教えてくれている様な気がした。

土と太陽と、水があれば花は咲く。
どんなに遠く離れても、愛しいと言う気持ちを失わなければ、
心の中、一杯に咲いた花が枯れる事はない。

いつか、サンジを想わなければ知らなくて済んだ孤独に
胸を押えて苦しむ日が来ても、春に咲くこの花を見たらその孤独こそ、
自分以上に大切だと想える相手と出会えた幸せを手にいれた代償だと、
思えるかも知れない。

「帰るか、」と言いながらサンジは立ち上がる。
ごく、自然に自分に差し出された手を握り、ゾロも立ち上がった。

そして、いつもと同じ他愛ない言葉のじゃれ合いを楽しみながら歩き出す。
そんな二人を岸壁の上で咲く、黄色い花達は夕暮れにゆっくりと花びらを
閉じながら優しく見送っていた。

(終わり)

松任谷●美の「ダンデライオン」を聞いてて浮かんだss。
気晴らしに・・・って今日は (2004年2月12日)朝、6:30から仕事だったので
眠くて〜〜原稿がすすみません、その気晴らしに・・・