(こういう場合、ホントは放っておくのが自然なんだろうが)とサンジは
今度はオスを家まで連れ帰ってきてから思った。

(そもそも、このオスの鷹が、あのメスが待ってた相手かどうか・・・)とも思ったが、
サンジがそのオスを連れて帰ってから、メスは屋根ではなく、サンジの部屋の中が見える
木に留まるようになった。やはり、待ち続けていた相手らしい。

「私は人間の医者なんですがね」と二度もサンジに呼びつけられて、専門外の治療をやらされるハメになった若い軍医は、文句を言いながらも、丁寧にオスを手当てしてくれた。
「怪我の所為で餌が捕れなかったんですかねえ。随分、羽根の艶も悪い」
「それにしても、鉛の矢じりが体に食い込んでるのに、よく、海を越えてきたものです」
「で、治るか?」治療が終わりかけた時、サンジはその軍医にそう尋ねた。
「・・・難しいですね」サンジに尋ねられて、軍医の顔が曇った。
例え鳥でも、自分が診た以上、出来る事なら、自分の手で守りたい、治してやりたい、と思っていたのかも知れない。
「矢じりに毒が塗ってあったみたいで、刺さっていた場所が酷く腐ってます」
「きっと、内臓にもこの毒が回ってます。体の中で部分的に内臓が腐ってるかも知れない」
「どこから飛んできたのか分からないけど、ここまで生きて飛んでこれたのは・・・」
「いや、今、生きてる事自体、奇跡です」
「・・・そうか」そう答えたものの、サンジは胸が塞がる思いがする。

(せっかく会えたのに・・・死に別れか)

ただ、哀れだと思う以上に、気持ちが沈む。
なんとか、この二羽の鷹をどうにかしてやりたい。
何故、そう思うのか、サンジはその理由を既に自覚していた。

自分の元へ帰ってくる、と信じて待っていたメス、どんなに傷ついて、ボロボロになっても、そのメスの元へ辿り着いたオス。
それは、自分とゾロの生き方にあまりに似ている。

自分達がどんな終わり方をするのか、二羽の鷹にその予告をされている様に思えてならないからだ。

実際、どんな終わり方を望んでいるのか、今まで考えた事はない。
だが、出来るなら、自分達の生き方を写した様な二羽の鷹には、最高の終わり方を
見せて欲しい。

サンジは窓を開け放って、メスの鷹を部屋に呼び込んでやった。
「・・・愛の力で治してやってくれよ」そうメスに語りかける。

サンジが用意した箱の中にうずくまって動かないオスの元へ、雌は甲斐甲斐しく餌を運んでくる。だが、それすら喉を通らない、と言う事が分かると、雛に食べさせる様に飲み下し、自分の内臓で消化しやすく分解し、それを口ばしと口ばしを合わせて、オスに与えていた。
夜になると、二羽はぴったりと寄り添い、物音がするとメスが警戒して目を開ける。

意地も、余計な羞恥もそこにはなかった。
純粋に唯一無二の相手を失いたくないと必死に守ろうとする、なんの混ざり気もない
真っ直ぐな愛情が、ワインの空き箱の中に小枝を敷き詰めた小さな巣箱の中にある。

「健気だな」と思わずサンジが呟くほど、メスの鷹は懸命だった。
餌を捕り、オスに与え、羽根が抜けて寒そうなオスの側に寄り添い、命を分け与えるように羽根を広げて温める。だが、オスの鷹はどんどんやせ細っていく。だが、何故か、目の光だけは日毎に増していった。生きる目的を失った、生気のない目ではない。何かを見据え、覚悟を決めた者の目だった。

数日すると、オスが巣箱の中で羽根を羽ばたかせた。空を飛ぶ為の準備をしている様に
サンジには見え、自分の生活には全くなんの関わりもない事だし、自分が看病した訳でもないのに、オスの鷹の回復が、何故か嬉しくなる。
「・・・へえ、元気になってきてるんじゃねえか?」
そう言って、メスの羽根を優しくついばんでいるオスの鷹の頭をサンジは指で突付いた。
「軍医のヤツ、オスを見限ったけど、こりゃ、治るかもな」

けれど、肉が腐って体に開いた穴が塞がる訳ではなく、羽根の艶は相変わらず失せている。
近くで見ると、気力だけで生きている、そんな風にしか見えない。
「頑張れよ。お前のコイビトは、お前と一緒に生きたいって一生懸命なんだから」
サンジはそう言って、オスの鷹に話しかけた。

翌朝の事だった。
ガン!ガン!ガン!とガラスに何かがぶつかる音がして、サンジは目を覚ます。
「・・・なんだぁ?」寝惚け眼で窓を見ると、メスの鷹が窓に体当たりをしていた。
「開けて欲しいのかよ」
サンジはそうぼやいて、窓を開け放ってやる。
早朝の夜の冷気に冷やされた空気が、部屋の中に流れ込んでくる。

キーーーっ・・・・とメスが一声、甲高く鳴いた。
そして、大きくツバサを広げる。
すると、巣箱の中から、オスが這い出てきて、キキキ・・・・と短く鳴いた。

メスがまず、部屋から飛び出していく。
そして、オスもそれを追って飛び出した。
もう、飛ぶことはない、と思っていたオスが、上空高く舞い上がっていくメスを追いかけて、風に乗る。

サンジは、窓から身を乗り出して、その二羽が飛ぶ空を見上げた。
「凄エ、飛べたじゃねえか!」と思わず、歓声を上げる。

だが。
仲睦まじく、空舞っていたのは、ほんの数10秒にも満たなかった。

メスよりも僅かに高く舞い上がったオスは、まるで、獲物を狙って捕える様に、
メスに向って急降下し、襲い掛かった。
「・・・あっ・・・・?!」その思いがけないオスの行動にサンジは思わず息を飲む。
鋭い爪がメスのツバサを捉える。
それが獲物であったなら、鷹は再び翼に風を捉えて、自分の飛びたい方向へと飛ぶ。
けれど、二羽はもつれあったまま、はるか見上げるほど高い空から一直線に、
オールブルーの海の上に真ッ逆さまにに落ちていく。

そして、二羽は海面に叩きつけられ、大きな水飛沫を上げた。

「・・・なんだよ、一体・・・っ」サンジは窓から、飛び出し、二羽が飛び込んでいった
海へと走った。
せっかく、メスが身を削る様にして助けてくれた命を、メスを道連れにして、
オスは自ら断ち切った。あの行動は、そうとしか見えない。

サンジが海岸に着く頃、二羽の鷹の亡骸は既に海岸近くの水面に漂っていた。

腰まで水に浸かり、波を掻き分け、掻き分け、サンジは二羽の亡骸に近づく。
もしかしたら、まだ生きているかもしれない、そう思ったのか、とても気が急いた。
波間に漂っていた二羽の体は、羽根がぐっしょりと濡れ、もうピクリとも動かず、
冷たいだけで、拾い上げた掌にとても重い。
その重さが、サンジの心に直接に響く。
「・・・なんなんだよ、こいつら・・・」思わず、サンジはそう呟いた。
オスの鷹の爪は、渾身の力を振り絞って、メスを離すまいとするようにがっしりと
その胸の辺りに食い込んでいる。メスの鷹の爪にも、口ばしにも、何の汚れもついていない。
それは、一切抵抗しなかった事を物語っていた。

「・・・せっかく、生きてたんじゃねえか。ちょっとの間でも、会えたのに、
なんで、むざむざ一緒に死ぬんだよ・・・」

「これが、・・・・」
お前達の終わり方なのか。
なんの救いも望みもない。あまりに壮絶過ぎる。あまりに似過ぎている。
心の奥で望んでいる、ゾロと自分の命が終わる瞬間の光景に。

想像していた以上に、その光景は崇高すぎて、そして身勝手で、壮絶だった。

飛べるだけの力を、ただ、その力だけをメスはオスに与えた。
そのオスに殺される、と分かっていながら、それを赦して、受け入れた。

オスは、自分の伴侶が自分以外の者と生きて行くことを許さなかった。
死期が近いと悟って、共に逝く事を選び、自分がその命を絶つ、その為だけに生きようとした。

たかが、二羽の鳥が死んだだけなのに、サンジの目からは涙が溢れてくる。

(・・・なんで、こんな生き方、しなきゃならないんだ)
(なんで、こんな死に方しなきゃならないんだ)
(何の為なんだよ。どうして、何の為に、こんな生き方選んでるんだ、鳥の癖に・・・)

サンジは波が来ない場所に二羽の鷹を一緒に埋めてやった。
土に戻るのも、天に還って行くのも、きっとどこまでも一緒だろう。
出来るなら、生まれ変わっても、生まれ変わる度巡り合って、求め合い、愛し合えばいい。
そう祈ってやる。そして、そう祈って、サンジは気付いた。

生きている間、ほんの僅かしか会えない。
それが自分達の選んだ運命なら、どんなに恋しく思っても、離れている事が寂しくても、
一人でその想いと向き合わなければならない。

そして募っていく狂おしいほどの愛に、運命は応えてくれるのかも知れない。

別れを何度も繰り返して重ねてきた寂しさと引き換えに、
先立つ悲しさもない、残される嘆きを感じる事もない、共に逝く終わりが来る。

生まれ変わるたびに出会い、求めて、またさすらって、恋しさを募らせて、
寂しさと戦って、そして、また同じ終わりを迎えて。

それは、幻想かも知れない。
けれど、少なくても、この二羽の鷹がそうであるように、と自分は祈った。
その輪廻の願いをどこか気まぐれな神が拾ってくれるかもしれない、とサンジは思う。

「・・・そうか。それなら、・・・こんな終わりもいいかもな」
そう呟いて、静かな笑みが浮かぶのは、羨望なのか、涙がこぼれない様に無理に笑った所為なのか、自分の事なのに、サンジには良く分からなかった。

大きな時の流れの中、何度別れを繰り返しても、何度でも出会えるなら、それでも
構わない。

もしも、今度ゾロがこの海へ帰ってきたら、二羽の鷹が眠るこの場所へ来て、
今感じた事を話したい。

胸を焦がす寂しさも恋しさも、苦しさも全ては、
永遠の時の中を生き、そして、再会を約束する為の代価なのだと。



最後まで読んで下さって、有難うございました。
BGMは、「夢の途中」って曲だったかな〜〜

「さよならを繰り返して僕らは さがしてたものを見失う〜〜」っていう
フレーズを聞いて、思いついたネタでした。


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