第二話 「正体」

カールは、ぐったりして動かない。でも、絶対に意識はある筈だ。
普通の女性よりも体が小さく、華奢で小柄な分、薬が効き過ぎて相当頭はぼんやりしているかも知れないが、それでも、この薬で失神してしまう様な事は絶対にない。
それは、他の女性で何度も証明済みだ。

ヘルメッポは、今までこの薬を使って、何人もの女と強引に関係を持った。
が、「海軍の将校候補生」だと言い、その後、金も時間も惜しまずにとことん優しく、相手の望みどおりに振舞ってさえいれば、大抵の女は許してくれる。 
カールに対しても、ヘルメッポはそう思っていた。

(…それにしても…コビーには悪イけど、この娘の体って…)
大人のグラマラスな女性とも性交渉を持った事のあるヘルメッポは、手にカールの下着を
握り込んだまま、しばらく、瞬きも忘れて、その体を眺めた。

乳房も、腰周りの肉付きも、まだ女性としてはあまりにも頼りない。
けれど、まだ触れてもいないのに、ただ空気の冷たさだけにピンと尖って反応する桃色の突起を見て、ヘルメッポはゴクン…と生唾を飲み込んだ。
(…なんとも、…感度の良さそうな体してるな…)
指で突付けば、カールはどんな風に反応するのだろう、実は、処女を抱くのはヘルメッポも初めてだ。繊細に出来た美しい人形に触れる様な気がして、乱暴に乳房を揉みしだく様な愛撫はとても出来そうにない。

苦しそうに、悔しげに僅かに噛み締めている可憐な唇を見て、ズボンがいきなり窮屈になった気がした。
この可愛らしい、柔かそうな唇が、かつて自分をくわえ込んだ娼婦の様に、猛ったオスの性器を咥える様子をヘルメッポは思い浮かべる。途端に、一気にそこが膨らみ、「…いてて…」と思わず声が出るほどの痛みが走った。

ヘルメッポは、昨夜、来客達の間に、さも自分も招待客の様な顔をして潜り込んでいた。
半分は、任務を遂行するのに必要な情報を集める為、もう半分は、ただの暇つぶしだった。

そこで、ヘルメッポは思いがけない話を耳にする。
それは、ミーノ氏が招いたその友人達の間では、知らない者はいないほど有名な話らしかった。

「ミーノ氏があんなにいつまでも若々しく、精力的なのは秘密がある」
「気力が萎え始めたら、新月の夜を選んで、若い女性の、…しかも処女の、心臓を食べている」と言う。

(…まさか。ただの噂話だろ、)と流石にヘルメッポも思った。
だが、今夜招待客された客は、皆、ミーノ氏のその宗教じみた食癖に心酔していて、あやかりたいと思っている連中だと言う事も、徐々に分かって来た。

今夜、その前夜祭として、この家にいる処女の犬をまず、生贄として食べる事になっている。そう聞いた時、ヘルメッポはぞっと寒気がした。
けれども、その次に、(…まてよ。じゃあ、…あの子は、この為に雇われたのか…?)と
気付いた。
以前のヘルメッポなら、それだけで焦って取り乱していただろう。
だが、今は違う。いくら、元海兵とは言え、妙な宗教にハマった初老の男など銃を構えられようが、怖くもなんともない。
焦る事無く、冷静に時を見て、カールを逃がすくらい、雑作もないことだ。

任務の事より、先にこの怪しい企みを利用して、コビーより先にカールを自分の物にする事をまず、考えた。
(処女だから、…って言うなら、それを言い訳にして、あの子に言い寄る事が出来るな)

そうして、まんまとカールを物置小屋に連れ込んで、今、行為に及ぼうとしている。

首筋に唇を這わせると、なんとも言えない甘い匂いがし、その肌の感触も得も言えない柔かさだ。透けるような白さなのに、花びらの様にほのかに桃色に染まった細い首に、遠慮なくヘルメッポは唇を押し付けて、うっ血するほど強く肌を吸う。

そうしながら、掌の中に乳房を収めて、ゆっくりと捏ねる。
嫌だ、と言う言葉すらカールは漏らさない。喘ぎながら、それを言えば、ますますヘルメッポを刺激すると知っているのか、それとも本当に怖くて竦んでいるのか、吐息も声も一切漏すことなく、唇を引き絞っている。

「…大丈夫、痛くない様に、優しくするから、もう少し力を抜いて…」と囁きながら、
舌先で、可憐に尖った小さな突起を突付いた。
その乳房にも、ヘルメッポは赤い痕をつける。
乳房、太腿、…と、男が愛撫した痕跡を残しつつ、ヘルメッポはカールの体を
撫で回した。
いよいよ、まばらに生えている下半身の茂みに触れようと、そっと手を伸ばした時。

ギイイ…ンンと、鉄が反響した様な不気味な音が鳴った。
それは、カールの腕に嵌められた腕輪から聞えている、とすぐに気付く。

「…なんだ…?」警告音の様なその音に、思わずヘルメッポは耳を塞ぎかけた。
「動くな!貴様、ここで何をしている!」

凄い勢いでドアが開き、銃を構えたグーラが怒鳴り込んで来る。
(…なんで…?!このオッサン、執事部屋に篭ってたんじゃねえのか?!)と驚いたが、
ヘルメッポはすぐに身構える。

元海兵だろうが、もう現役を退いてかなり経つ筈だ。
今の俺の敵じゃない。そう思った。

だが。グーラの動きは素早かった。
ヘルメッポは、その蹴りをマトモに顎に食らい、そのまま吹っ飛び、無様にも気を失ってしまった。

* **

吸い込む空気が生臭くて、蒸し暑い。
けれど、絶え間なく水音がして、肌はずっと清廉な水に晒されている。

腕が痛い。水が冷たい。
そんな感覚でサンジは眼が覚めた。

(…ここは…どこだ…?)
ぼんやりと意識が戻り始め、サンジはゆっくりと目を開ける。

しっかりと意識を取り戻してから、サンジは辺りを見回す。
両手は、頭上に一括りに鎖で縛られていて、身動き取れない。
さっき、かがされた薬の所為か、まだ体は自由に動かない。
そこは見たことのない部屋だった。
ミーノ氏の別荘の中には、こんな部屋はなかった。
雰囲気は教会にそっくりなのに、ぞっとするほど禍々しい空気で満ちている。

「…カールや。気がついたかね?」

どこからともなく聞こえてきたグーラの声に、はっとサンジは闇の中に眼を凝らす。

「…お前は、本当に悪い娘だ。少し、気を緩めるとすぐに男を惹き付ける」
「…幸い、まだ、…穢れのない体のままだったから良かったものの…、これ以上お前を野放しには出来ない。あの海兵も、今すぐ始末してやりたいが、屋敷の中が穢れるから、始末も出来ないし…全く、厄介な事だ」
「明日が新月の夜だが、それまでの間、ここで穢れを落さなくては」
「…なに…?」

一体、なにがなんだ、さっぱりわからない。
なぜ、ヘルメッポに乱暴されて、その後、こんな水に晒されて、鎖で括られなければ
ならないのか、サンジには全く何一つ、理解できない。思わず、グーラに聞き返す声が詰まった。

「…お前は、選ばれた乙女なのだよ」
「このまま、何も知らない方がいい。ただ、静かにおやすみ。それがお前のためだ」
「選ばれた乙女…?」サンジの言葉に、グーラは黙って後ろの壁を振り返った。

真っ暗闇に見えたその壁をサンジは体を起こし、その闇を透かし見る。
そして、はっと息を飲んだ。
「…あれは…」「…選ばれた、乙女達だ」グーラは静かに、けれど、全く悪びれる事無く、答える。

壁には、たわわな胸を誇るように、胸をハトの様に張った、上半身だけの女性の人形が数体、飾られていた。
いや。それは人形ではない。まるで、金持ちが、暖炉の上などに角を生やした大きな鹿や、熊の首だけの剥製を飾っているのと全く同じ様に、若い女性が瞬きせず、一点を凝視した無表情な剥製となって、その壁に飾られている。

それが、全部で四体。四人の処女が、ここで動物の様に捌かれたと言うのか。
水の冷気に晒されていたサンジの体に戦慄が走った。



それは、自分もそうなるかも知れない、と言う恐怖ではない。
人間が、人間を人間として扱わず、平然としている事に戦慄いたのだ。

「…なんだ、あれは…」「…どうだね?生きていた頃の姿、そのままの美しさだろう?」
水の波紋が作る光が、怪しくグーラの顔を照らす。
「…せっかくの顔が恐怖で竦んでしまう。何も知らないままでお前は眠っていれば
それで何もかもが終わるのだ」
「さ…眠りなさい」

その言葉に、何か言い返そうとしても、体がだるくて動かない。
「…その水には、ぐっすり眠れるように薬が溶かしてある」
「…ぐっすりと…永遠におやすみ」

グーラの手がサンジの眼を覆う。
目を閉じてはいけない、と思っているのに闇が目の前に迫ってくる。

体から、力も、気力もどんどん水に洗われ、浚われていく。
薄れていく意識の中で、(…血を洗い流すのに…都合がいいからか…)と、そんな事が頭を過ぎった。


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