第三章 「目的」


第一話 「争奪戦」


(…ちょっと時間掛けすぎだな。明日には、ちょっと強引にでも…あのカバンの中を見てやろう)
コビーに乱暴されかかって、サンジはそんな事を思いながら、ベッドに横たわった。
びしょ濡れになった体を一応は拭ったけれど、少し寒気がする。
寒いのと、男に乱暴されて抵抗出来なかった所為かで神経が逆立ち、、酷く疲れているのに目も頭も冴えて、なかなか寝付けない。
(…今夜あたり、来たらいいのに…)サンジは目を閉じて、冷たい指先を温めるついでに、小さくため息をつく。

今夜はいつもと違う部屋にいる。それをゾロは知らない。もしも、いつもどおり、忍んで来たら、コビーと鉢合わせになる。(…厄介な事になるかも知れねえ)
サンジは寝返りを打ち、ふと、天井を寝転んだまま見上げた。

コツン…、コツン…、と天井から何か、細い棒の先で突付いている様な音が聞こえてくる。

「…お前か?」サンジは体を起こして、小声で天井の向うの気配にそう囁いた。
一旦、気配が消え、天井の板の一部が音もなく開く。

気配も音も殺して、ゾロは部屋の中に降り立つ。ただ、刀だけが僅かに音を立てた。
ゾロはサンジに「なんでこっちの部屋にいるんだ?…隣の部屋のヤツは誰だ」と尋ねる。
「色々諸事情があるんだよ。ま、取るに足らねえ事だ」そう言いながら、サンジはじっとゾロの顔を見詰める。

今夜は寒くて、眠れない。取り立てて用はねえけど、とりあえず、俺を暖めて帰れ。

声ではなく、眼差しにそんな言葉を込めて、サンジはゾロを見詰める。

ゾロは黙ってサンジの側に近付き、ベッドに腰掛け、そっと肩に手を回し、背中からサンジを抱き寄せる。二人の唇がかすめるように重なった、その時。

「誰だ!カールさんの部屋で何をしている!」
そう怒鳴りざま、コビーの蹴りがゾロに襲い掛かった。
鋭い蹴りがサンジの目の前で、ビュ!と空を切る。

「…何しやがる!」と思わず、サンジは声を上げた。もう少し、狙いから足がズレていたら、サンジの頭に直撃していた。と、言うよりサンジとゾロが咄嗟に体を捩って、その蹴りを避けたからなんとか当たらなかっただけだ。

「…カールさん、無事ですか?」「…え、あ…あ、ああ、はい」
血相を変えて、そう尋ねられ、サンジは我に返った。だが、言葉を上手く返せない。

(そうだ、ここでゾロが…俺の仲間が、ここに忍んで来たんだってこいつにバレたら、俺が嘘を吐いてる事がバレちまう…!)

私は今、このお屋敷のメイドなの。…余計な事言われて、クビになったら困るの。

と、言ったら、コビーもヘルメッポもルフィ達とカールは悲しい別れをし、今は海賊稼業から足を洗ったと勝手に思いこんでいる。
サンジはただ、二人の思い込みを肯定もせず、否定もせず、ただ俯いて黙ってその言葉を聞いていただけだ。騙す為の言葉は一切使わなかったのだから、勝手に都合のいい様に思い込んで、勘違いする方が悪い。

それでも、嘘は嘘だ。麦わらの一味の主力の一人、ロロノア・ゾロと繋がっている、と知られるのはまずい。
サンジは薄暗がりの中で素早く「逃げろ、」と、ゾロへ視線を送る。

「待て!」と追いすがるコビーを振り切り、ゾロは窓から外へと飛び出していった。

(…ち…まだ起きてたのかよ…)
大丈夫ですか、怪我はないですか、と盛んに気遣ってくれるコビーが、実際のところ、
サンジは忌々しくてならない。

性別が逆転してしまって、元に戻る見通しが全く立たず、その上に、男が絶対に身につけないような格好をして、表立っては一切、男の言葉も飲み込んで、自分に無理ばかり強いている生活の中で、ゾロとの穏やかな時間は今のサンジにとってかけがえのない大切な時間だ。ゾロと過ごす、その僅かな時間だけが、ありのままの自分を取り戻せる。
心が解れ、自分は何も変わっていないと安心出来る。
その大切な時間を、仕方がないとは言え、コビーに邪魔された。
それがサンジにはどうしても許せなかった。

* **

「…じゃあ、旦那様の事、よろしくお願いします」
朝になり、コビーは政務中のミーノ氏の警護に赴く。逆に、今夜からは、ヘルメッポは昼間に就寝し、夜通し起きて、ミーノ氏を警護する事になっている。

カールに乱暴しようとした事で、すっかりグーラはコビーを敵視しているらしく、
主人の警護をする海兵に対する態度とはとても思えない、不遜な、ぶっきらぼうな態度で
コビーにそう声を掛けた。

「はい」と答えるコビーの目は、グーラを見ずに、隣に立っているサンジを見ている。
昨日、侵入者から守ってあげたのだから、少しは優しい顔をして欲しい。
コビーの目はそんな目だった。けれど、サンジはその目を見もしない。
「お気をつけて」と淡々と送り出すだけだ。
当然、頭も下げない。グーラから、「お前は旦那さまのメイドで、海兵殿のメイドではない」
「頭を下げる事もないし、言いなりになる事は決してないのだからね」と窘められたから、と言うのもあるが、やはり、夜が明けても、どうしてもコビーへの腹立ちは治まらなかった。

「…カール、私は今日中にやっておかなければならないことがある」
「執事室に篭っているから、昼食もそこに運んでおくれ」
「…はい、わかりました」と、答えてから、サンジはふと、気に掛かっていた事を
グーラに尋ねた。
「あの、ムッシュグーラ。私がこのお屋敷にお世話になった頃は、番犬が、二頭いましたよね?でも、何日か前から、一頭しか姿が見えなくなっている気がするんですけど」
「…ああ、どうやら、逃げたらしい」「…逃げた?あんなにムッシュにも私にも懐いていたのに?」

どうして、こんなに番犬の事が気に掛かるのか、サンジは自分でもその理由が分からない。
ただ、確実に、ゾロが忍び込んできた最初の夜、その昼間では確かにいた。
あまり定かな記憶ではないけれど、(…どうも、あの夜…あの気味の悪い人影を見た夜から
いなくなった気がするんだがな…)
手ずからエサをやったり、犬小屋を掃除したりして世話をしていたし、その所為で、二頭ともサンジに良く懐いていたから、余計に気になる。
が、それに対してグーラは、「…カール。早くヘルメッポさんをお部屋まで案内してあげなさい。今夜から彼は寝ずに旦那様を警護してくれるのだから」と、不自然に急かし、話を中断した。

* **

「コビーと一体、何があったんだい?朝、何か、気まずい感じだったな」
「…何もありませんよ」

昨夜、ヘルメッポは招待客の間に立ち混じって、一緒に酒を飲み交わしていたのか、
夕べの騒ぎを知らないらしい。そっけなく振舞っても、何か馴れ馴れしくて、そんな、どこか浅ましいヘルメッポの態度に、ますますサンジはイライラした。

コビーとヘルメッポは、二人、交代でミーノ氏の警護にあたる。
だから、宛がう部屋も一つでいい、とグーラは言うので、昨夜の湯でびしょ濡れになった部屋にヘルメッポを案内した。

「…ここかよ…どうやって寝るんだ。水浸しじゃないか」と、当然、ヘルメッポは文句を言い、「乾くまで、物置小屋でもいいよ」と言い出した。

「…物置部屋?裏庭の?」「…ああ、あるんだろ?案内してくれないかな」

(面倒だな…)と思ったが、とにかく、さっさとヘルメッポを寝かさないと、「赤の小箱」を探す時間がどんどん減っていく。
カバン、と目星はつけていても、今、グーラが執事部屋に篭りきりなのだ。
この機会に、徹底的にミーノ氏の私室を探せば、「赤の小箱」は出てこなくても、中身の地図だけでも、もしかしたら出てくるかも知れない。

サンジは、何の警戒もせず、ヘルメッポを裏庭にポツンと立っている物置小屋に案内した。
「ね、…カールちゃん…?」

ここです、とドアを開けた途端、ヘルメッポは馴れ馴れしくサンジの肩を両手で掴んで、
ゆっくりと中に誘い込みながら、耳元で名前を囁く。

「な、なに…?」耳元に熱い息を吹きかけられ、サンジは思わず顔を顰める。
手を振り払おうとしても、有能な海兵として鍛えられているヘルメッポの腕の力を、今のサンジにはどうする事もできない。
「…俺は、ドラムで君と会った時から、君が好きだった」
「…誰にも、君を渡したくない…。君の為なら、どんな事でもするよ」
「俺は、…君を助けたいんだ」
「助けるって、なんだ。どういう意味だ」
そう言って、背中越しに唇を寄せてくるヘルメッポの体を肘で押し戻し、サンジはそのヘルメッポの、「助ける」と言う言葉を聞き咎めた。

「…君が、この屋敷に雇われた訳だよ」
「身元の不確かな君が、この国の大物政治家のメイドとして何故、雇って貰えたのか」
「…なに…?」

サンジは思わず、その言葉に全ての注意を向けてしまう。すかさず、サンジの体は強引に反転させられ、ヘルメッポに抱きすくめられた。

「…これから、俺が君を抱くのは…君を守る為、君の為なんだ」「…あぁ?」

訳が分からず、甘えるような媚びるような気色の悪い声で囁くヘルメッポにサンジは血管がブチ切れそうになる。

昨日のレイプ未遂のコビーに続いて、今度はヘルメッポだ。
(一体、こいつら海兵は、女性をなんだと思ってんだ!)と腹が立った。

「…カールちゃん、君は処女なんだろ?処女は、食べられてしまうんだよ」
「ミーノ氏と…その信者に。食べられたくないだろ?だったら、処女じゃなくなればいい」
「その為に、俺が…君を女にしてあげる」

(…何、訳のわからねえ事言ってんだ、こいつ!)

カっと頭に血が昇った。だが、暴れようとした瞬間、口を、湿った、大きな布で覆われる。
「…う…ムム…」息を詰めて、抗ったけれど、どうにもならない。
苦しくて、息を吸い込んだ途端、目の前の景色がぐるりと回り、体から恐ろしい勢いで力が
抜けていく。

ヘルメッポは血走った目をしてそんなサンジを見、「…大丈夫、ちょっとぼんやりするけど、体が動かなくなるだけだから。最初なんだから、寝てる間に終わりじゃイヤだろう?」と言い、熱い息を吐いた。

冷たい物置の床に横たえられ、黒いカーディガンのボタンが一つ、一つ、はずされていくのが
わかる。が、体が丸太にでもなったようにヘルメッポのなすがままで、指一本動かせない。

(…あ、ヤべえ、マジでヤべえ…!)と朦朧としながら思うのに、抵抗すら出来ない。

「…ホントに君が好きで、どうにかなりそうだったから…」だの、
ヘルメッポは絶え間なく言い訳と口説き文句を吐きながら、サンジの体をまさぐる。

とうとう、下着も全て脱がされ、乳房も、その先端の桃色の突起も、
何もかもがヘルメッポの目に顕わになった。



「…殺してやるからな、てめえ…っ」と呻いても、首筋や耳たぶを甘噛みするヘルメッポには聞こえない。

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