第二話「招待状」

サンジこと「メイドのカール」は、ミーノ氏の本宅ではなく、別荘で働く事になった。
それから、サンジは怪しまれない様に、あくまでさりげなく、執事のグーラから様々な情報を聞き出し始めた。

そうして、働き始めて、四日目になり、やっとサンジはミーノ氏と顔を合わせた。

「別荘とは言え、実際、私は一週間の内、四日はここで寝泊りするんだよ」
「色々と世話を掛けるが、よろしく頼むよ」と気さくな様子でサンジに話しかけたミーノは、「元海軍将校の軍事参謀」と言う厳しい肩書きを持つ男とはとても思えなかった。

男の粋な遊び方を知っている少しくだけた紳士、と言った風貌だ。

「執事のグーラとは、実は海軍時代からの付き合いだったんだよ。今は、僕は軍事参謀、グーラは大人しく執事なんて言う仕事をしているが、二人とも、昔はそりゃあ、強い海兵だった」
と、にこやかに話す言葉どおり、執事のグーラとは同年輩らしくやはり白髪交じりで、初老と言ってもいい年齢だ。
今でも、船の上で生活しているのかと思うくらいに日に焼けていて、一見してとても健康そうに見える。
(…こりゃ、生命力溢れた男だな…)ミーノのがっしりした手で握手されながら、サンジはそんな風に思った。

それから、ミーノ氏が別荘で寝泊りする度に、サンジはミーノのコートや、背広などを手入れする振りをし、身の回りの品を探った。が、何度探しても、「赤の小箱」は出て来ない。

(…だとすると、カバンか…)と思ったけれど、持ち歩いているカバンの中身をメイドが覗き見する事は出来ない。見たがる素振りをしただけでも、恐らく怪しまれる。

そうやって探っても、昼間、ミーノは仕事に出掛けてしまうし、別荘にやって来るのも毎日ではないから、なかなか思う様に作業がはかどらない。
それに、外出しようにも、何故だか、「メイドを一人で外出させられないから」と言われ、
数日に一度、グーラと一緒に外出するのを許されるだけだ。

そうやって、あっという間に一週間が過ぎた。
サンジは、昼間、誰もいない応接間のテーブルに座り、その一週間で得た情報をまとめ、
ナミに宛てて手紙に書く。

* **

愛しのナミさんへ。色々と身の回りのモノを揃えてくれて有難う。
もっと色々とナミさんとロビンちゃんへの想いを書き綴りたいけど、仕事の合間を縫って、
急いでこの手紙を書いてるから、俺の愛の言葉は、帰ってからゆっくり聞いて欲しいと思って、今は辛抱します。

まず、一つ。俺は今、ミーノ氏の本宅じゃなく、別荘にいます。
そこで、ミーノ氏に私室を探したけど、例のものは出て来なかった。
どうやら、いつも持ち歩いているカバンの中にあるらしい。
俺は今のところ、そのカバンに触るぐらいは出来るけど、中身を見る事は出来ない。

でも、近々執事からの信用を得て、必ずカバンの中身を見れる様にするから、もう少し、待っていて欲しい。

それから、もう一つ。今、執事に言われて、何かのパーティに出す招待状を封筒に入れる仕事をしてるんだけど、その内の一枚を同封する。
これがあれば、多分、その夜だけは中に入れると思う。それと、なんて書いてあるのか分からないけど、もう一枚の紙も入れておくね。この文字、ポーネグリフでもなさそうだけど、ロビンちゃんなら読めるかも知れない。

俺が寝泊りしている部屋は、別荘の裏手に回った、三階の、一番奥の部屋だ。
二階までは大きな立派な窓だけど、三階は小さな窓でバルコニーもついてない。
だから、却って分かりやすいと思う。
外からも分かりやすいように、派手な桃色のカーテンを掛けておいたし、きっとすぐに
分かる。
メイドなんだけど、何故か夜のパーティには絶対に顔を出すな、と言われてるから、その日も夜は必ず部屋にいる。その時までに、もっと色々と情報を集めておくから。

それじゃ…

* **

そこまで書いて、サンジは人の気配を感じ、慌てて手紙を畳んで、エプロンのポケットにねじ込んだ。

「…カールや、封筒の準備は出来たかね?」
ドアが開き、グーラがにこやかににこやかにそう声を掛けてきた。
「…いえ、ムッシュ。すみません、あと、もう少し…」と、サンジもあくまで「メイドのカール」を装って答える。

「もうすぐ、郵便屋が来るから、それまでには頼むよ」
「はい。あと、二通ばかりですからすぐに」そう言って、サンジは手早く残りの封筒の封をした。ざっと、20通ほど。
(…金持ちか、政治家か…。でも、個人名ばっかだったな。会社宛てとかじゃないって事は、ホントに個人的な、…プライベートな招待状なんだろうな…)
そう思いながら、サンジは自分の書いた手紙にそっとナミの頬に口付けるつもりで、「…チュ、」と口付け、招待状の束の中に紛れ込ませた。

宛先は、港町近くの洋品店になっている。
そこは、ナミがサンジの為に身の回りの品を買い揃えてくれた店だ。
毎日、ロビンかナミがその店を訪れる事になっていて、その店宛てに手紙を出せば、
ロビンかナミか、そのどちらかに手渡して貰える様になっているからだ。

***

サンジが手紙を出してから、また数日が過ぎた。
(確か、今夜だ。あの日、出した招待状のパーティが開かれるのは…)

ちゃんと、ナミさんの元に届いてるかな…、と朝からサンジは気もそぞろだ。
招待客を迎える準備に、朝から忙しくなる筈で、気を抜いている場合ではない。

「…カール、今夜は誰もお泊りにはならないから、寝室の用意は要らないよ」
「今夜のお客様は、皆、旦那様の個人的なお友達の皆さんだ。例え、メイドでもお話の邪魔になるから、おもてなしの必要はない。決して、メイド部屋から出ない様に」
「…わかりました。その様に致します」
グーラのその言葉を聞いて、
(オッサン連中が女でも連れ込んで、如何わしい会合でもやんのかな、)とサンジはなんとなく思った。

それにしても、この屋敷のメイドの待遇は、気ままに外出出来ない事以外、本当に待遇がいい。本来なら、これだけ頻繁に来客があれば、寝る暇もないぐらい、相当忙しい筈だ。
サンジの仕事と言えば、出迎える為に家の中を綺麗に整え、それから出迎えて、コートなどをきちんと保管するだけ、後は何もやる事がない。

(…早く寝て、早く起きればいいんだから、普通のメイドよりもずっと楽だろう)と思う。

そんな事を考えながら、応接間に飾る花を摘みに裏の畑にやって来た。
「よお、…」
サンジを見つけ、嬉しげに尻尾を振りながら、真っ黒な大きな犬が遠くから駆け寄ってくる。サンジの体に自分の体をこすり付けて喜ぶ犬に、サンジは気安く声を掛けて頭を撫でた。この犬は、二匹いる別荘の番犬のうちの一頭だ。侵入者に備えて、普段、別荘の中で放し飼いされている。サンジは、この数日の内にちゃんと懐かせて、その二頭の犬の警戒心をすっかり解いていて、二頭とも、もうサンジを見ても吼えては来ない。

「…そろいのお守りをしてるからって、俺も仲間だと思ってんじゃねえだろうな?」と言ってその犬に頬を舐められながら、サンジはモシャモシャとその犬の喉元あたりを掻いてやる。
「…お守りって言うより、お前らの首輪も俺の腕輪も、…これを嵌めてるヤツは、お前は俺のものだ、って主張してる目印にも見えるな…、これ」サンジは、自分の腕にはめられた腕輪と同じ紋様の首輪を見て触れ、ふとそう呟く。

「…お前に言ってもわかんねえだろうけど、今夜、俺の部屋の下に来る人は、俺の仲間だ」
「吼えたり、噛み付いたりしたら、…ぶっ飛ばされるからな。大人しく、小屋にいろよ」
サンジがそう言うと、またその犬はペロペロとサンジの顔を舐めた。

そして、その夜。

サンジはいつもの様に来客を出迎えた。
だが、(オッサン連中が女でも連れ込んで、如何わしい会合でもやんのかな、)
と勝手に思ったのだが、その顔ぶれはサンジが予想していたのと少し違う。

若い男性もいるし、いかにも上流階級、と言った立ち居振る舞いの中年の女性もいる。
ただ、パーティに招待されたにしては、やけに服装が地味だった。

彼らが、チラリと向けるサンジへの視線も、どこかいつもの来客達とは違う。
まるで、高級な食材を前にして、料理人がどう料理してくれるのかと期待する客の様な目つきだ。
訝しく思ったけれど、「もう、大よそのお客様は出迎えた。さ、カールはもう休みなさい」と、早々に自分の部屋に追い上げられた。

(…一体、何の集まりなんだろう…?お宝とは関係なさそうだが…)
秘密めいた、何か背徳の匂いがする雰囲気にサンジは興味がそそられる。
けれど、いつ、仲間の誰かが自分の部屋にやってくるかわからないのだ。
朝まではじっと、自分の部屋で待っていなくてはならない。

(…誰が来るかな…。招待状を持って、堂々と門をくぐれるのは一人だけの筈だが…)
(ま、別に招待状なんか無くても入って来るくらいは簡単だろう)

手紙を出すだけの外出すらサンジはままならない。
だから、招待状に紛れて手紙を出した。ただ闇雲に浸入したとしても、サンジと連絡が取れなければ意味がない。自分の居場所を知らせる為の手紙でもあったのだから、招待状のある、なしは、この際、あまり問題ではない。

(…ルフィはねえな。あいつが一人で来たところで、事情なんかわかりっこねえし)
(ウソップもチョッパーも、こんなドロボウみたいな真似、進んでやるほど度胸ねえだろ)
(…となると、ナミさんか、ロビンちゃんか…)

ここ数日、朝晩めっきり寒くなってきた。
冷えて、疲れた体を休めようとサンジはバスタブに湯を張り、そこに体を沈めながら、誰が来るかを考えてみる。

(…ナミさんか、ロビンちゃんだろうな…)夜目が利いて、単独行動も出来て、機転も利いて、サンジがもたらす情報を間違いなく理解出来て、この部屋を探し出せて、無事に船に帰りつける者、となると、ナミかロビンしか考え付かない。

そんな自分の考えに、サンジは期待はずれのような落胆を感じた。
本当は、来て欲しいと思っている男の顔が消しても消しても、頭に浮かぶ。
それを真っ向からサンジは否定しなければならない。絶対にゾロが一人でここに来るなど有り得ないと、サンジが一番、分かっているからだ。
(…あいつはねえな。一人でここに来れる筈ねえし、…来たところで帰れねえだろうし)
そう思いながら、湯から上がって、ナミが買ってくれた寝間着を身につける。

(ああ、なんで普通のパジャマを買ってくれねえんだろ。こんな格好で寝れるわけねえのに…!)
ナミが来るなら、ナミがサンジの為に選んで、買ってくれた白い寝間着を一応、身につけた。いつもは持ってきた男用のシャツを羽織って寝ているが、今日くらいはナミが買ってくれた寝間着を着ていないと、「こんなチャラチャラした寝間着は着たくないよ」と宣言している気がして申し訳ない。

ベッドに腰掛けて、何か合図があるだろうと外の気配を窺う。

湯上りの体が少し冷え始めた頃。外から、ホウ…ホウ…とフクロウが鳴く様な声がした。

サンジは窓を開ける。そして、下を見下ろした。



細い月明かりと、サンジの部屋から漏れる薄明かりの下に、小さな巻貝を手に持った
人影が立っているのが見える。

(…嘘だろ…)
背格好からして、サンジが絶対に有り得ない、と思っていた人間がそこに立っていた。

笑いたくないのに、勝手に頬が緩んでしまう。まだ暫くは会えないものと思い込んでいたから、会いたいとか、寂しいとか、そんな事すら考えようともしなかった。
何日ぶりに顔を見たか、咄嗟に分からない。ただ、物凄く久し振りに会って、
本当はゾロの顔を見れなくて、寂しいと感じていた自分に始めてサンジは気がついた。

自分に言い訳するのを忘れるほど、嬉しさで胸が高鳴っている。
「…登れるか?」と囁くような声で尋ねると、
「…当たり前だろ。ちょっとそこ、どいてろ」と笑って答えるゾロの声が聞こえた。


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