オールブルーのレストランは、ディナータイムを迎えて今日も大忙しだ。

万年雪


この奇跡の海は、強大な武力となりうる、様々な鉱物資源が眠っている。
それを他の勢力から奪われる事もなく、私利私欲でそれらの鉱物を売り払う事もなく、
この海を守る力と意思を持つ人間として、サンジは世界政府から認められた。

このオールブルーを守る為なら、サンジが決断すれば、このオールブルーを守っている
海軍の戦艦を動かし、どんな武力を、誰に行使しても許される。

とは言え、当のサンジはそんな立場である事よりも、毎日世界で一番美しい海で
世界で一番美味しい料理を食べたい、と夢見てやってくる客を自分が開いた店で
どう迎えて、どうもてなすかを考えるので毎日 頭が一杯だ。

そんなある日の事。
長く伸ばした髪を一つに括り、客をもてなす為に濃紫のスーツを着込んだサンジは、
厨房に入り、開店当初からずっと、サンジの下で働いている一人のコックに目を止めた。

そして、ゆっくりと近付き、「なんだ、お前風邪か?」と声をかける。
「はあ、季節の変わり目はどうしても」そのダブダブのコックスーツを着たそのコックは、
ズビビ…と鼻を啜った。

「そんな形じゃ働きづらいだろ。お前の抜けたトコは誰かに穴埋めさせるから、
今日はもう上がって、ゆっくり寝ろ」
「長引いて、他のヤツラにうつされたら却って困る」

そう言って、サンジは別の仕事をしていたコックを呼び、調理台にも背が届かない
小柄なコックと仕事を交代させた。

「ありがとうございます…」そのコックはペコリ、とサンジに頭を下げ、
ペタペタと歩いて、厨房を出て行く。

「…もう誰も驚かなくなったんだな」サンジは火の着いていない煙草を咥えて、
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そのコックの後姿を見送る。

「最初はびっくりしましたよ。厨房にどうしてペンギンがいるんだろう?って」
「でも、あれがここのチーフだって分かった時はもっとびっくりしましたけど」
若いコックは手を動かしながら、相槌を打つ。

「悪イが、しばらくカバーしてやってくれ」
「完全に元の姿になるまで、ニ、三日はかかるだろうから」そう言うと、
若いコックは快く、「わかりました」と清々しく答える。

(店が終わったら、何か暖かいモンでも作って持って行ってやるか)
そんな事を考えていると、そのペンギンのチーフと出会った時の事が、
次々と脳裏に蘇ってくる。

***

ゾロが妙な事ばかりを言い出して、けれどそれを頭から拒否する気にもなれず、
なんとなく、(…そう悪い気はしねえよな)、と少しは好意的に意識し始めていた頃だった。

だが、それもあまり確信は持てない。
自分の気持ちがいつ、どんな風に劇的に変化したのか、今になってはよく思い出せない。
自然な流れに任せたと言うよりも、抗えない流れに飲み込まれたと言う感覚だけは
はっきりと思い出せるけれども、
いつの頃からかゾロを特別な存在だと意識し始めたのかと言われても、
余りにも色々な事がありすぎて、そして余りにも時間をたくさん重ねすぎて、
(その頃…だった様な気がする)くらいの酷く曖昧な記憶しかない。

ともかく、それは二人が、弾きあうばかりの同じ極の磁石から、惹かれ合う
磁石へと変化し始めた頃の出来事の筈だ。

それは、指針に従って、偉大なる航路のある海域に差し掛かった時の事だ。
真冬の気候で、ドラムに匹敵するほど気温の低い海域だった。

そこで、麦わらの一味は一隻の船と出くわした。

「舵が壊れて、どうにもこうにももう全員で遭難して死ぬところだった」
「ホント、恩に着るぜ」
色黒で、とてつもない大男の船長がルフィにそう礼を言った。

「恩に着なくてもいいわよ。それより、お宝の地図を持ってるってホントなの?」
ルフィが何かを言う前に、ナミがその船長に目を輝かせて尋ねる。
「もちろん。助けてくれた礼に、全部…とまでは行かないが、手に入れたお宝の、
八割をあんたらに渡そう」
「この地図を渡しても構わんのだが、…せっかく手に入れた地図だ」
「お宝の価値ももちろんだが、それを手に入れるまでの冒険ってのも、海賊にとっちゃ
大事なお宝だ」
「だから、どうだい?一緒にお宝を探さないか?」

その大柄の船長は本当に一見して裏表のない、豪快な海の男、と言った風だったし、
何よりもその「冒険そのものも、海賊にとっては大事なお宝」と言う言葉が
ルフィの気に入った。

大柄な船長、その船長と同じ様な体格の白髪の航海士、人の良さそうなコック、
そのコックと良く似た顔立ちの操舵士と、体も頭も機敏に働きそうな若い男、と言った顔ぶれの海賊達は、「同じ島で生まれた顔なじみ」だと言う。

指針から外れるけれども、彼らが持っていた永久指針に従って、
麦わらの一味と、その海賊達は雪に覆われたその島に辿り着いた。

「寒いトコだと思ったけど、思った以上ね」とナミがその島の寒さに驚く。
「防寒対策をしっかりしていかないと、大変よ」ロビンも白い息を吐きながら頷き、
「そちらの皆さんはちゃんと準備できるのかしら?」と、同行の海賊達を気遣った。

「防寒対策なんて必要ないんだよ、俺達は」と大柄な船長はガキ大将のような顔で笑う。
そして得意げに「あんた達、魚人って知ってるだろ?」
「俺達は、あれの獣版みたいな種族でね…」と、そりに荷物を積みながら、説明を始めた。
その途中、銀髪の航海士が、
「いや、親父さん、どっちかって言うと、悪魔の実の能力者に近いかも知れないよ」と
割って入ってきた。
「説明するより、見てもらった方が早いよ」
「それにこういうの、麦わらの船長さんは好きそうだ」

***

彼らは動物に姿を変えた。
その変身を見て、ルフィは
「すっげええ!オッサン達、動物だったんだ!」と目を輝かせる。
ますます彼らを気に入ったようだ。

「気候に応じて、変身するんだ。能力者じゃなくて、こういう種族だから」
「海でも泳げるし」と白熊の姿に変わった航海士がどこか誇らしげにそう言った。

「便利だな。海で食料に困っても、ペンギンだのセイウチだのになったら海に潜って
魚も獲れるし、海草だって貝だって採ってこれる」とサンジはその点が羨ましかった。

宝の隠し場所を示す地図どおりに進み、島の中心にそびえたつ山を目指す。
ソリに、彼らが愛用している移動式のテントなど一式を乗せて、二日ほど進んだ。

明日には目的地に着く、と言うところまで進んだのに、
その夜から、コックのペンギン以外の彼らと、ルフィが風邪を引き、
悪い事に熱まで出た。

「風邪を治すには、十分な睡眠と栄養摂取が一番だよ」と言うチョッパーの言葉に従って、
サンジは雪原のど真ん中だけれども、そこで食べられる温かで栄養のある料理を
作る事にした。

「うちの船医さんは、動物でも人間でもどっちも診てもらえて便利ね」
「ビタミンと栄養をたっぷり摂れる食前酒を作ったよ」
「性質の悪い風邪だから、ロビンちゃんもナミさんも気をつけないと」
サンジはその飲み物を注いだカップをロビンに手渡しながらそう言った。

「そうよね、あのバカ船長が引くくらいだもん。人間にうつったら、大変な事になるかも」
サンジからカップを手渡されて、ナミも頷く。

ゾロもウソップもサンジも、着膨れするほど着込んでいるのに、チョッパーは
いつもと同じ格好のままなのをナミが見咎め、
「チョッパーは寒くないの?」と尋ねた。
「こんなの、ドラムに比べれば全然寒くないぞ」チョッパーは元気よくそう答える。
「暖かそう〜〜。ちょっと抱かせてよ!」
「いやだ!俺は薬を作らなきゃいけないんだから!」

ナミが追い駆けても、雪原を走りなれているチョッパーには全く追いつかない。

「火が弱エなあ、こんなんじゃ鍋なんか煮えねえぞ」
「いいんだよ、余計な事すんなよ!」

まだ火が熾ったばかりの焚き火の前で、ウソップとゾロそれと、
今は、ペンギンに姿を変えた操舵士と、あの機敏そうな若者だった白い狐が
騒いでいる。

「美味そうだなあ」とペンギンも悪寒がするのかブルブル震えながら、
「いい匂いだなあ」と白狐もズビズビと音が鳴る鼻をヒクつかせて、焚き火を眺めている。

「今って素っ裸なんだろ?悪寒がするみてえだから貸してやるよ」と
ゾロはゴソゴソと上着の中から期用に腹巻だけを脱いで、ペンギンに手渡した。

狐の方は既にサンジからマフラーを借りて首に巻いている。

「もうすぐ焼けるからな。俺様が作った特製燻製マシーンで作ったソーセージだ」
「そのソーセージを作るのに、肉を砕く器具を作ったのも俺」
「燻す樹を削る道具を作ったのも俺。つまり、俺がいないと出来なかった絶品
ソーセージだ」とウソップが焚き火の中でチリチリと小さな音を立てながら
焼かれているソーセージの自慢をする。

「全く、もっと早く焼けねえのかよ」
「火が弱エんじゃねえか?」

そう言って、ゾロは大きく息を吸い込んで、吹き竹を口に当てた。

「お、おい、マリモ!やめろ!灰が舞い上がっちまうだろ!」と言うサンジの制止は、
香ばしい匂いに食欲を刺激されて、空腹の限界に来ていたゾロには
聞こえなかったのだろう。

ブー!と力いっぱい吹いた息の所為で、焚き火から灰が舞い上がった。
火の側にくべていたソーセージは当然、灰まみれになる。

***

どうにか鍋は食べられたけれど、結局、サンジとウソップが力をあわせて
作ったソーセージはゾロの所為で灰まみれになり、一本も食べられなかった。

「くそう。絶品の、究極の、極上のソーセージだったのに!」と
サンジよりもウソップの方が悔しがった。

肉を混ぜ合わせ、調理したのはサンジだが、チップの削り方、配合の仕方など、
よほど興味がそそられたのか、そのソーセージを作るのにウソップの方が
サンジよりももっとこだわっていたから、その分、余計に悔しかったのかも知れない。

「…もう一回、作るか」
「どうせ、あの風邪の具合じゃあと二、三日は動けそうにねえし」
「暇つぶしに、材料探してみようぜ」

料理を作る、と言う事に対して、ウソップが珍しく熱くなっている。
それが嬉しくて、ウソップを誘った。

「俺も、一緒に行っていいか?」
「そのソーセージの作り方って言うの、教えてくれ」

サンジの料理の弟子にでもなったかのように、ずっとサンジにくっついては
料理の事を色々聞いていたペンギンも一緒に行く事になり、
そうして、サンジとウソップ、コックのペンギンは、
ソーセージの材料になりそうな食材を探しに出かける。

「海軍も海賊もいなくて、平和って感じだ」とウソップもサンジも暢気に
大して何も準備せずに出かけたけれど、
それは雪と氷と言う自然が、危険かを知らない、無防備な人間の甘い判断だった。

三人は、すぐにその危険に遭遇し、自分達の迂闊さを猛烈に後悔する事になる。


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