(14) □ 町の本屋はいかにしてつぶれてきたか (飯田一史:平凡社新書) 2025.8.23
2025年4月 (2025.7.5 イオンモール京都大垣書店)
小さな書店で本を売って利益を上げることは非常に難しそうに感じる。でも、最近新しい書店が所々にできているのを目にする。それも若い人が開店していたりする。新しい書店は買い取りにして利益率を上げていることはよく聞く。他にどういう違いがあるかを知りたくて本書を読んでみた。
過去からの経緯が想像以上に詳しく細かく書かれていて、ここまでは欲しくないというほど。
「見計らい配本」という仕組みを初めて知った。取次が各書店にどんな本を何冊送り届けるかの主導権を握り、勝手に送りつける。そして、書店は仕入れた本の支払を行う。これは売れたかどうかに関わらずだ。売れ残った本は返品できるが、お金は返品後に戻ってくるので、キャッシュの点で書店の経営は元々苦しくなる仕組みになっている。また、この仕組みのために書店ごとの品ぞろえの特徴ができにくかったようだ。なお、最近の独立系と言われる書店では「見計らい」無しで取次との取引を行っており、買い切りの場合が多いらしい。
オイルショック時に紙や印刷、輸送費が上昇し、医学書などの専門書が値上がりすると、これに批判的な報道や国会質疑が起こった。これを受けて公正取引委員会は出版社、取次、書店の実態調査に乗り出す。三省堂が25%値上げし新価格シールを貼って辞書を販売しようとしたところ大学生協からボイコットされるなどして売り上げが激減して倒産した。こういったことから出版社は本を値上げしにくくなり、値上げや高価格本ではなく部数を増やす方向に進むことになる。この流れで文庫、新書が次々に創刊された。客単価は上がらず、書店経営を苦しくした。
書評や広告などで読んでみたい小説があっても単行本は買わずに文庫になるまで待とうとよく思う。そしてしばらく経つとそういう本があったことも忘れて文庫本になっても気づいていないのだろう。読んでみたいという意欲は大切なのにみすみす失っている。残りの人生でそれほど読むわけではないので読みたい本は単行本でもその時に買って読むことにしよう。
(メモ)
・新刊書店は小売り側に価格決定権がない。出版社と取次、書店間で「再販売価格維持契約」が結ばれ、出版社が本の価格を決め、書店は定価で売ることを守らされている。再販契約は法的に許容されている。
・書店の経営が厳しいのは、本の価格が安いことと、マージンが低いこと。日本の書店の粗利率は定価の22%前後。
・どの本を何冊仕入れるかは取次に主導権があり、書店で選ぶことは制限があった。
・1980年以降の書籍(雑誌を含まない)の平均読書冊数はほとんど変わっていない。しかし、一人あたりの販売金額は1995年をピークとして減少している。人が書籍を読まなくなったから本屋がつぶれているわけではない。(雑誌の平均読書冊数は減っている)
・Amazonのマージンは40%。一般書店との差が大きい。
・2023年の書籍の出回り(新刊・重版・注文品の流通総量)は7億2449万部で、1973年と同程度。しかし、出版点数は3倍以上。来客回数が減ったのに、刊行点数が増えたので書籍の返品率は過去最悪の40%前後で推移している。
・日書連加盟書店の雑誌対書籍売上比率:雑誌が6割以上の店舗の割合 45.1%(1967年)、65.6%(2006年)、55.7%(55.7%)
⇒雑誌の売上比率が昔から非常に高い。
・1992年にセブンイレブンの出版物売り上げが紀伊國屋書店を抜いて業界トップになった。1995年にコンビニルートは出版業界全売り上げの20%、雑誌では33%を占めた。しかし、2023年には全体の7%。コンビニの売り上げに占める出版物の割合も全盛期は10%だったが、現在は0.7%まで低下した。
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(13) ◎ 平等についての小さな歴史 (トマ・ピケティ:みすず書房) 2025.7.6
原書2021年 翻訳2024年9月 (2024.12.8 京都駅くまざわ書店)
まず、人間社会の社会階層間の不平等が歴史上どのように変化してきたかを考察している。最重要なのは社会国家と累進税。社会国家の発展というのは税収総額が増加し、教育、保険医療、社会保障に使えるお金が増えること。そして格差を縮小する強力な手立てが累進税。
1914年から1980年頃までは累進税によって格差が縮小してきたが、1980年代以降、累進化が弱まり、再度格差は拡大傾向にある。1980年代までの格差縮小が何によって進んでいたかを知っておくことで今後の流れの中で外してはいけない点が何か、直近での動向をどのように位置付けるべきかが見えてくるように思う。
本書後半は今後に向けた提案だ。非常に興味深いのは、所得の累進税に留まらず、資産の累進税化と資産の給付という考え方だ。所得の累進化強化は強力な格差是正措置ではあるけれど、階層的には固定されたままだ。親からの相続が多ければ教育の機会に恵まれて収入の多い仕事に就きやすいし、手元にお金がなければ仕事を選ぶこともできない。それを改善する手としてすべての国民が一定の最低相続額を受け取ることのできる相続財産の再分配制度を提案している。相続税に強い累進性を持たせたうえで、成人時に個人に一定額の資産(一例:2000万円)を給付するという案だ。相続額を平等に近づければ、機会の均等性は大きく増すことになるだろう。
この案が平等実現の手段として有用だとわかったとしても、反対が強くて実現できないと考える人が多いかもしれない。でも問題は他の人が反対するかどうかではなく、まずは自分自身が賛成できるかどうかだ。僕は大きな資産とは縁がないが、わずかに持っている資産にもし大きな税率がかけられることになったとき、社会の平等のためと考えて同意できるだろうか。自分自身が抵抗勢力になってしまうことだってありうる。平等を求めるとは自分自身に戻ってくる問題だと本書を読んで強く思うようになった。
(メモ)
[はじめに]
・1780年代から2020年代までの間に地球上のほとんどの地域や社会で、社会的地位、資産、所得、性別、民族による不平等が次第に解消される傾向が見られる。
・平等を求める運動が実際にどのようにして起こったのかということに関心を向ければ、そこから将来に向けた貴重な教訓を引き出し、どのような闘争や運動によって平等を勝ち取ることができたのか、また平等を持続的に実現できる対策や法律、社会、税、教育、選挙などの制度について、もっとよく理解できる。
・不平等は社会や歴史や政治が生み出すもの。経済や技術の発展レベルが同じでも、どんな制度が選択されるかは政治的なもので、不平等の程度は千差万別。
[平等への歩み]
・1820年以降の保険医療と教育の進歩:世界の平均寿命は1820年26歳、2020年72歳。15歳以上の識字率は19世紀初め10%、今日85%を超えている。ただ、あらゆる面での平等への歩みはプロセスの途上。
・18世紀以降、人口と平均所得が10倍以上になっている。食生活の向上と平均寿命の伸びが関係している。ただし、所得のような指標は平均値や総額ではなく、どのように分配されているかに目を向けることが重要。
・世界で炭素排出が多い上位1%のうち60%が北米に住んでいる(2010−2018年)。彼らの炭素排出量は排出量が少ない下位50%の総排出量を上回っている。社会・経済面の不平等を圧縮する行動なくして、環境や気候の危機に直面する解決策は見出せない。
[フランスの資産不平等と所得不平等の状態]
・フランス革命では平等な社会は実現しなかったが、資産や相続の詳細な登記制度が確立し相続記録が残っているため、富についての類まれな情報を得ることができる。
・フランス国内の総私有財産における総富裕層1%のシェアは、フランス革命後も縮小しなかった。1810年に45%、1910年に55%。(パリでは1915年に65%)。その後、1980年代初めに20%以下になり、その後再度ゆっくりと上昇し、2020年に25%。
・上記のように、平等に向かう動きがある一方で、不平等は非常に高いレベルで続いている。
・持っているのは資産だけでなく、法的権利(所有権など)も持っている。
・所有権には奴隷の所有も含んでいた(1848年フランスの奴隷制度廃止)。1960年代初頭までは植民地で所有する資産も含まれていた。
・所有財産を4つのカテゴリーに分類できる(奴隷は除く)。生産手段、住居、国債、海外資産。貨幣価値としては私有財産の中で半分前後が住居、残り半分が生産手段。ただし、構成には大きな不均衡がある。
・最貧層50%の人々は銀行口座にわずかに預金があるのみ。最貧層50%が保有する資産のシェアは微々たるもので、1980年代以降は縮小している。
・中流の40%の資産は住居。富裕層10%の資産は住居、事業用資産、金融資金(株式や債券)などに分散。公共債を保有することは、国家が債券を償還するために保有財産(建物、道路、空港、国有企業)を手放す可能性があるという意味で、国家を保有する補足的な方法だ。
・最富裕層1%が保有する資産は20世紀初めから21世紀の初めにかけて半分以下に縮小されたが、最貧層50%のシェアの5倍もあった。格差縮小の恩恵を受けたのは主に中間階級。最貧層50%と最富裕層10%の中間に位置する人々。
・中産階級の台頭は新しい社会政策や税制の結果。社会国家の発展、教育や保険医療へのある程度平等なアクセス、高額所得・資産への強力な累進課税の推進。
・所得には労働所得と資本所得(配当金、利息、家賃など)がある。
・最高所得層の総所得に対するシェアは20世紀初頭まで50-55%。1914年から1945年の間に35%いかに減少し、その後、30-38%の間を上下している。最低所得層50%のシェアは20世紀初頭は12-13%、1945年には20%に達し、その後18-23%を上限。中間層40%は1945年以降45%前後。
[奴隷制と植民地主義の遺産]
・ヨーロッパが豊かになったのは、国際分業、天然資源の過剰な開発、軍事的支配や植民地支配、と密接に関わっている。
・植民地主義の負の遺産の重大さを認識せずに、世界の平等と不平等の歴史について記すことはできない。
・ヨーロッパと中国、オスマン帝国の1500年から1850年までの財政・軍事力:1600−1650年まではどの国も税収は少ない。1700-1750年にヨーロッパの国力が高まるにつれ税収の差が大きくなる。この差が軍事面で大きな差を生んだ。
・1750-1860年代にヨーロッパ諸国が繊維産業を掌握したのは、奴隷を搾取して綿花を収奪したから。アフリカ人の奴隷の半数は1780-1860年代に連れてこられた。
・1780-1790年代までの綿花生産の主な担い手は西インド諸島、とくにサン=ドマング(現在のハイチ)だった。1791年の奴隷蜂起によってサン=ドマングのプランテーションが壊滅し、アメリカの南部州が引き継いだ。
・1800-1860年代までにアメリカ南部の奴隷は4倍に増え、400万人に増えた。綿花の生産高は生産技術の改良も相まって10倍に膨れ上がった。
・イギリスでは17世紀・18世紀には加工製品は主に中国とインドから輸入され、ダイキンはヨーロッパとアメリカ大陸で産出される銀や金で支払われていた。1685年イギリスは20%の関税を導入。1690年に30%。1700年にプリント生地や染色生地の輸入を廃止。インドからは未加工の生地だけを輸入。イギリスの生産者の技術を向上させた。18世紀に関税がさらに強化、1787年にインド線維に100%関税。強引に他国に押し付けた保護主義的措置が、ヨーロッパの産業が世界を制覇することに貢献した。世界の工業生産高における中国とインドのシェアは1800年代に53%だったが、1900年代には5%に落ち込んだ。
・保護主義政策はヨーロッパの隆盛だけでなく、歴史上のほとんどすべての経済発展の成功に重要な役割を果たした。日本(19世紀末以降)、韓国・台湾(20世紀半ば以降)、中国(20世紀末から21世紀初頭)。経済面で支配的地位を確立した国々が自由貿易主義に舵を切り始めたのは、特定の製品に対する優位性を確立してからで、その結果、その他の後進国を永続的に自国の支配下に置くに至った。
・18世紀、19世紀のヨーロッパの隆盛の特異性は、軍事力を歯止めなく使用したこと。アヘン戦争が典型。
[奴隷制と植民地主義の賠償問題]
・1780-1790年代、フランス領に70万人、イギリス領に60万人、アメリカ南部に50万人の奴隷がいた。
・1780年代、仏領のサン=ドマングの全人口の90%が奴隷。奴隷は47万人以上。1791年奴隷が一斉蜂起。1793年奴隷解放令。1794年全ての植民地に拡大。しかし、1802年ナポレオンが奴隷制復活。サン=ドマングは仏軍を押し返し、1804年に独立を宣言しハイチを国名変更。1825年にフランスは独立を承認。1848年に奴隷制を廃止する新しい法律が採択された。
・奴隷反乱の勝利で奴隷制が廃止された一方で、巨額の公的債務をハイチ政府が負わされた。そのことが2世紀にわたってハイチの発展を妨げる要因になった。
・フランスが1825年にハイチの独立を承認したのは、奴隷所有者に財産の損失に対する賠償をするため、ハイチ政府から1億5千万フランの債務支払の同意を取り付けたから。フランス軍が圧倒的に優位でハイチ政府には選択の余地がなかった。
・この債務は当時のハイチの国民所得の300%以上、つまり3年分以上の生産高に相当し、短期間での返済は不可能だった。1845年から1910年まで平均してハイチの国民所得の5%が支払われた。フランスの民間会社はフランス政府の支援を得て債券残高をアメリカに譲る。債権者が移転しながら1950年代の初めにすべて返済された。
・ハイチ政府はこの数十年来、フランスに返還を要求している。返還額をハイチの現在の国民所得の300%としても、フランスの公的債務の1%をやや上回る程度で、取るに足りない額だが、支払っていない。
・今日、20世紀前半に行われた収用や不当行為に対して数々の賠償プロセスが継続的に行われている。ユダヤ人の財産没収、日系アメリカ人強制収容。
・フランスで1848年、イギリスで1833年に奴隷制が廃止されたが、ハイチ以外でも奴隷所有者に対して賠償金が支払われた。賠償を受けた農園主のなかにはイギリス保守党党首を務めたキャメロンの従弟もいた。こうした賠償金は一族が財産、金融資産、不動産を手に入れる原資となり、現在もまだ保有され続けている。
・フランスでは賠償金の一部は国が負担し、残りを奴隷たち自身が通常より低い賃金で働いて差額を返済に充てるという提案をトクヴィルがした。
・奴隷制廃止は、奴隷に対して賠償をするべきだったのに、農園主に元奴隷の安い労働力を保障するものになっていた。
・アメリカでは南北戦争終盤に、北軍はラバ1頭と40エーカーの土地を与えると解放された奴隷に約束した。しかし、戦争が終わると賠償されなかった。賠償問題は以前として問われ続けている。
・奴隷・植民地社会は歴史上もっとも不平等な社会だった。1780-1790年代の奴隷島が歴史上、不平等の頂点になる。
・奴隷制とさまざまな形の強制労働には連続性がある。奴隷制が廃止された後、イギリス、フランスは労働者をより遠くに長期契約で連れていくシステムを生み出した。インド人労働者にとってこの雇用契約は、長期間の賃金の大部分を雇用者が立て替えた渡航費の支払のために払戻すことだった。奴隷制とかけ離れたものでもなかった。
・植民地では過酷な労働を課されていた。植民地の行政は全住民が支払う税金で成り立っている。税金を支払う金銭がないものは無償の日雇い労働で追徴税を現物納付するのは当然とされた。(1927年刊行 アンドレ・ジッド『コンゴ紀行』)
・1919年に創設されたILO(国際労働機関)は1920年代に無償労働、労働者の強制移送をやめるようにフランスに何度も勧告したが、フランスは拒否。フランスが好んだ理屈は強制労働でなく、徴兵制だというもの。
・植民地での差別の一つは教育へのアクセス。アメリカ南部で1964-1965年に適用された人種差別の法律の核心は、黒人の子供は白人の子供と々学校に通うことを禁じるというもの。
・フランスが植民地化を進める際に適用した植民地予算が最近明らかになった。モロッコでは1925年に人口4%にすぎないヨーロッパ人の子弟だけが通う小中学校と高等学校が教育予算の79%を受け取っていた。現地人子弟の小学校就学率は北アフリカとインドシナでは5%未満、教育予算の著しい不平等は植民地主義の終焉まで改善されなかった。植民地での教育手段の極端な不平等さは、本国の不平等とは比べ物にならなかった。
[金権政治的論理と不平等、スウェーデンのケース]
・20世紀初頭まで多くの国で納税額に基づく極端な金権政治的論理がまかり通っていた。
・フランスの貴族は1789年フランス革命で税制・政治・法律面で特権を永久に失ったが、財産は持ち続けた。19世紀に貴族の人口はパリで1%だが、最富裕層の40-45%は貴族で革命前夜からさほど減っていない(1830-1840年代)。貴族の資産が減少したのは1880-1910年になってから。
・スウェーデンは1865年に納税額に基づく制限選挙での二院制が採用された。1865-1911年まで有権者が一度に投票できる票数が納税額や資産、所得の規模で決められていた。投票できる20%の男性は1票から54票までを持つ40ほどのグループに分けられた。農村部の地方では一人の有権者が全票数の半数以上を投票したこともあった。
・スウェーデンの超金権主義的な制度は極端な財産格差を生んでいた。しかし、1920年代初頭に社会民主主義政党が政権に就くと、相対的に平等な社会の手本に変身した。財産や所得の記録は投票権を配分するためではなく、最も豊かな人々に重い累進税を納めさせるために活用されるようになった。変えられない制度などない。
[所得・資産の格差が縮小された時代 1914-1980年]
・3つの要因がある。@社会国家の発展(税収総額の増加) A累進税 B植民地資産、公的債務の清算
@社会国家の発展
・税収総額が増加し、教育、保険医療、社会保障への支出が可能になった。欧米諸国の19世紀から20世紀初頭の税収総額は国民所得の10%未満だった。1914-1980年の間に、アメリカ3倍、ヨーロッパ4倍以上になった。増えた税収は格差縮小と経済成長に貢献した。
・1700-1850年代に租税国家が初めて発展したときは国民所得の6-8%に増加し、増収分は軍事費や国家管理費の増加に充てられた。1914-1980年に増加したのは社会支出(教育、保険医療、社会保障)。国家の役割が拡大したのは庶民階級や中流階級を代表する政治運動に押し切られたため。
A累進税
・20世紀初頭まで、世界のほとんどの税制は逆進税だった。消費税や間接税に頼っていた。逆進税の最も極端な例はすべての人に一定額の税金を課す人頭税。次に定率制。そして所得や資産が多ければ多いほど税率を上げる累進税。
・累進税の議論は長い歴史があり、フランス革命の最中に現在の制度に近い提案がされている。しかし、20世紀初頭まで税の累進性は拒否されてきた。
・最高所得に適用される税率は、アメリカ7%(1913年)→77%(1918年)→94%(1949年)。アメリカほどではないが、イギリス、フランス、スウェーデン、日本でも目覚ましい進展。
・累進税が創設されたのは第一次大戦やロシア革命もあったかもしれないが、社会・政治運動やデモが繰り広げられてきた結果だ。高い累進性が適用されたことにより、社会の頂点への所得および資産の集中度が低減し、格差が縮小した。
・累進税は課税後だけでなく課税前にも格差を縮小させる効果がある。累進相続税は次世代の資産格差を縮小するので、再分配でなく、事前分配の効果を有する。また法外な高額になっていた経営者の報酬をやめる場合も生じる。
なお、経営陣の報酬が一定レベルを超えると、経営者の報酬と経営能力の間の関連性は一切見られない。また、累進性の高い税がイノベーションや生産性向上を削ぐことはない。アメリカでは、所得税がなかった1870-1910年代の国民所得の伸びは年1.8%、所得税導入後の1910-1950年代は2.1%、最高税率が高かった1950-1990年代は2.2%、最高税率が半分になった1990-2020年代は1.1%に半減。
・累進性の高い税率が資産と所得の格差を大きく縮小。中流階級や庶民階級の生活状況を改善し、社会国家政策を発展させ、経済的・社会的競争力を高めることができた。
・しかし、現在は全く違う状況。最富裕層がときには庶民階級より低い実効税率の場合もあり、真の累進性は姿を消してしまった。
B植民地資産と公的債務の清算
・第1次大戦前、イギリス、フランス、ドイツの私有財産の総額は国民所得の6-8年分に達していた。それらの資産の80-90%は最富裕層10%の手中にあった。その後、1914-1950年の間に私有財産は減少。フランス、ドイツの減少した私有財産の1/4ないしは1/3は爆撃等による資産の破壊。さらに個人資産家の権利を縮小する政策(賃貸料凍結、国有化、金融・経済規制など)で同じ程度が失われた。残りは外国資産と公的債務の清算による。
・1914年イギリスの資産家が保有する外国資産は国民所得の2年分、フランスの資産家は1.5年分。資産の内容はインドネシアのゴムプランテーション、コンゴの森林開発地などの植民地の資産に加えて、厳密には植民地ではない支配地の保有資産も含んでいる。これらの投資は保有者にかなりの所得をもたらす。フランスの場合、国民所得に5%が外国資産による所得で、イギリスでは10%になる。
・1880-1914年までフランスとイギリスの外国資産蓄積は急増。植民地収奪と外国資産保有に乗じて、ほぼ強制的な労働や低賃金労働、劣悪な労働条件などが横行。第1次大戦で外国資産は激減。第2次大戦後、消滅。革命や独立戦争に伴う収用も一部あった。
・1945-1950年まで、ヨーロッパ主要国は国民所得の200-300%の公的債務を抱えていた。ほとんどの国はこれらの債務を返済せず、3つの措置を組み合わせて処理した。無条件の帳消し、インフレ、私有財産からの特別徴収。
・フランスでは1945-1948年まで年間インフレ率が50%を超えていたので公的債務は確実に消滅した。問題は公債を株式や不動産にタイミングよく換えて打撃を受けなかった富裕層がいる一方で、数百万の少額預金者が破産してしまったこと。1950年代には高齢者の慢性的な貧困が深刻化し激しい不公平感を掻き立てた。
・西ドイツでは1948年に100マルクの古い債券を新通貨1マルクの債券に置き換え、インフレなく債務が消滅。1952年には戦争被害や通貨改革によって価値を失った小中規模の私有財産を補償する資金調達のため、最も高額の金融資産、事業用資産、不動産資産から最高50%を源泉徴収する負担調整措置を採択した。
・日本では1946-1947年に特別資産税の最高税率が90%に達し、戦争債務を急速に清算できた。
・これらの政策によってヨーロッパや日本は数年間で過去の債務を清算し、復興を可能にした。
[今後の平等に向けた運動]
・現在も資産の極端な集中は続いている。2020年の最富裕層10%と最貧層50%が有する資産を一人当たりで比較すると、ヨーロッパで55倍、アメリカで180倍に達する。
・20世紀初頭はヨーロッパの方が資産集中度は高かったが、格差においてはアメリカとヨーロッパの立場は逆転した。
・資産の格差は欧米共に1980年代以降再度拡大する傾向にある。
・所得の格差も1980年以降に拡大し、その傾向はアメリカで一層顕著。
・1914年から1980年に格差を縮小する制度を可能にしたのは社会・政治闘争である。1980年以降レーガンやサッチャーの保守革命は平等への歩みの大きな弊害になったが、それだけでなく、平等を求めて団結する勢いが弱まったことが大きい。現段階で最も重要なのは、社会国家や累進税が間違いなく資本主義を徹底的に変えることができることを示すことだ。
・歴史上、社会主義運動や共産主義運動は、生産手段の国有化や中央指令型経済を中心に構築され、失敗しても、綱領が根底から書き換えられることはなかった。
・ベーシックインカムと雇用保証制度(雇用を希望する全ての人にまずまずのレベルの最低固定給でのフルタイム労働を提供)
・最貧層50%の人々はこれまで実質的にほとんど何も資産を所有してこなかった。この状況から抜け出すには、すべての国民が一定の最低相続額を受け取ることができる相続財産の再分配制度を考えることだ。具体的なアイデアとしては最低相続額を成人一人当たりの平均資産の60%相当とし、すべての国民が25歳になった時点で支給する。現在のフランスの平均資産が20万ユーロ(約3400万円)とすると、12万ユーロ(約2040万円)になる。この給付金は累進資産税、累進相続税として徴収する国民所得の5%相当で調達できる。「みんなの遺産」と名付ける。
・「みんなの遺産」の目的は、ほとんど何も所有していない人の交渉力を向上させることだ。この資産を持っていれば労働者は雇用主や資本家の言いなりにならないですむ。
・資金調達システムとしては、所得税や相続税の累進化だけでなく、年次資産税にも累進化を進める必要がある、相続税より多くの税を徴収し、各人の課税能力に応じた負担額を適切に配分できる。平均以下の所得、資産には数%の税率、最高額の所得
、資産には80-90%の税率で試算。
・「みんなの遺産」をベーシックインカム、雇用保証と併用すれば大きく平等に向かって進むことができる。
・1980年代以降に社会国家と累進性が弱まったのは、規制や共通税制がない資本の自由な移動のためだ。ヨーロッパでのマーストリヒト条約(1992)。この枠組みから抜け出す必要がある。資本流通と自由貿易を続ける際の公正な税制や社会制度に関する明確な条件を定めるべき。
[差別と闘い、真の平等へ:教育、女性、民族、人種、宗教]
・教育の機会平等が声高に叫ばれているが、いまだに実現していない。アメリカでは親の所得を見れば大学進学のチャンスがあるかどうかがほぼ完全に予測できる。より細かく見ると、親の所得によって子供が進学する高等教育機関の種類が異なる。親の所得が高い子供は一流私立大学の最先端の専門課程に進んでいる。しかも一流私立大学の入学手続きはきわめて不透明。「レガシー・スチューデント」(卒業生や高額寄付者の子弟を優先的に入学させる)を含め、自分たちのアルゴリズムで自由に運営するのは当然としている。つかり、最富裕層には子弟の成績の悪さを補うための追加料金を支払うという道を開いている。同じ金額を全ての事もたちの教育資金を調達するために税金の形で支払ってもらうほうがずっといい。
・これはアメリカだけではない。高等教育の無償化も不平等を拡大させている。恵まれない家庭の若者は、特定の専門課程を受講するための前段階の教育を受けていない。このため選抜コースで学ぶ学生は恵まれた家庭の子供がほとんどで、人気の高い教育機関ほどその傾向が強い。また、初等中等教育でも、高等教育と同様に最も恵まれた生徒に、その他の生徒より多くの皇帝機資金が割り当てられているケースが多い。
・女性のためのクオータ制は大きな対立を引き起こしたが、ここ数十年で増えている。一方で、社会階級、民族や人種、宗教を理由に差別されている人々のためのクオータ制は同じではなく、強い抵抗感を呼び起こしている。社会的クオータ制や人種クオータ制の採用を検討する前に、まず取り組むべきはこうした差別と闘うことだ。
・社会的クオータ制や人種クオータ制には大きなリスクがある。ひとつはクオータ制のおかげでポストを得た人の正当性が問題にされる恐れがある。もうひとつは、多様で交雑し変化する社会的アイデンティティを硬直化させ、敵対関係を強める可能性がある。
・1950年以降にインドで社会的クオータ制が導入されている。「留保制度」と呼ばれる。下位カーストの不平等は非常に強く残っているが、アメリカでの白人・黒人間の不平等に比べるとはるかに縮小されている。
・クオータ制はさまざまなカテゴリーや敵対関係の硬直化を避けるために、被差別集団に対する偏見が弱まるにつれ、制度そのものを変更するという条件を定めるべきだ。
・アファーマティブ・アクションはそれだけでは民族や人種を理由とする差別をなくすことはできない。どれほどの差別があるかを見極め、それを正面切って正すことができるような指標やプロセスがあって初めて、そういった差別と闘うことができる。
[新植民地主義からの脱却]
・資本の自由な移動に基づく現在の経済構造は、より裕福な人々に利益をもたらす新植民地主義の形に非常に近い。こうした状況を克服するには、現在のグローバリゼーションを推し進めるルールや条約を徹底的に見直し、社会−国民国家から南側世界に開かれた社会-連邦国家へと変貌する必要がある。
・過去2世紀の国家間の富の格差の推移を調べると、1820-1950年代までは格差が少しずつ拡大、1950-1980年代は広がった格差が維持された。1980-2020年にかけて格差が縮小し始めた。
・北側世界の1950-1980年代は経済的繁栄を遂げていたが、南側世界は厳しい貧困と極端な人口圧力に苦しみながらも、独立戦争や初めて主権を確立するための厳しい戦いに挑んでいた。
・1980年代の保守革命は、累進税を攻撃し、資本の自由移動に固執し、政府介入比重の低減、緊縮財政、貿易自由化、規制緩和を押し付けた。このような規制緩和や自由貿易政策の強制が、南側諸国の国家建設プロセスを弱め続ける要因になっている。税収を対GDP比でみると、世界の最貧国の税収は1970-1980年代から1990-2000年代までの間に減少し、2010-2020年代にやや持ち直しているが、スタート地点にまで戻っていない。税収減少のほとんどは関税収入を失ったこと。次々と関税撤廃を押し付けられた国は、それに代わる税収を生み出す時間もなく、国際的な支援もなかった。貧困国の税収はGDPの15%いかにとどまり、富裕国では30%-40%に増加している。
・さらに、アフリカ、南アジア、石油産出国では金融資産総額のうち、タックスヘイブンに回避されている額は30-50%に上る。ヨーロッパやラテンアメリカでは10-20%。
・世界レベルで生じている富の不均衡な分配は政治の問題。最も豊かな事業者らの繁栄はすべて世界経済システムのおかげだから、貧困国に多国籍企業や億万長者からの税金を与えるべき。
・民主的な社会連邦主義
[ソ連、中国と異なる多様な形の社会主義へ]
・中国と欧米の経済の仕組みを比較すると、最も際立つ違いは所有権制度、特に公有財産の比重の大きさである。中国では70%(1978年)、1980-2005年くらいまで縮小し。2005年以降は30%前後で落ち着く。中国での資産民営化は2005-2006年頃に終わり、その頃から公有財産と私有財産のバランスは変わっていない。
・居住用不動産はほとんどが私有化され、2020年代初めに政府と国有企業が保有する住宅は全戸数の5%以下しかない。住宅は資金に余裕のある中国人の代表的な投資先になっており、不動産価格が急騰した。
・一方で中国政府は企業の総資本の55-60%を保有している。2005-2006年以降変わっていない。このことは政府が生産システムを厳重に管理し、しかも大企業の管理に力を入れていることの表れ。
・経済・金融面では、中国政府は債務をはるかに上回る莫大な資産を持っている。それに引き換え、主要な欧米諸国は2020年代初めに国有資産がゼロかマイナスになっている。
・本書で提案した内容は、社会国家と累進税の拡大、企業における権限の共有、ポスト植民地への賠償と差別対策、平等な教育と炭素カード、経済の段階的な脱商品化、雇用保障と「みんなの遺産」など。これらは、いくつかの方向付けにすぎず、多様な形が可能だ。
[通貨]
・2008年の金融危機と2020-2021年のパンデミックによる危機の際には、中央銀行と通貨創出が重要な役割を果たした。中央銀行の融資額と保有債券の合計がほぼ10年間にわたって、戦後の最大水準とほぼ同じレベルになった。経済体制が硬直化していないことを示したと言える。問題は銀行を救うために通貨が利用されてきたが、格差縮小や地球環境、巨額の負債一掃のためになると消極的になってしまう。
・こうした金融政策の唯一の真の限界はインフレだ。消費者物価の大きな上昇がない限り、余分な通貨創出に反対する確たる理由は何もない。反対にインフレになり、長く続くようなら、通貨創出が限界に達した証拠であり、そのときは資金を集めるために、税金をはじめとする他の手段に頼る必要がある。
・公的債務は2020年代初頭時点でのバランスは不安定だ。金利が上がれば納税者である市民にとっては耐えられないだろうから、戦後に適用された個人資産に対する特別税のような他の解決策をとる必要があるだろう。
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(12) △ わたしのいるところ (ジュンパ・ラヒリ:新潮クレストブックス) 2025.6.8
原書2018年出版 翻訳2019年 (2025.5.4 一乗寺ブックアパートメント)
以前、ジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」を読んだ。その時は彼女がベンガル人であったり、登場人物がインド系の人が多いことを意識して読んでしまう、と感想を書いた。
ジュンパ・ラヒリ「停電の夜に」
「停電の夜に」は評判が良かったようだが、作者は生まれが関連して作品を読まれることから抜け出たかったのかもしれない。本作品はあえて出自と関係のないイタリア語で書いているそうだ。登場人物の国籍や人種は一切書かれていない。
では、作品としてどうかというと、僕には成功したとは全く思えない。短いエッセイ風の文章をたくさん並べた小説という形式がうまく機能しなかったということかもしれないが、消さなくても良いものまで消そうとしてしまったような気がする。
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(11) △ 論理的思考とは何か (渡邉雅子:岩波新書) 2025.5.26
2024年10月 (2025.3.22 近鉄百貨店橿原店ジュンク堂)
思考方法の参考になることがあるかと思って読んでみた。思考法を4つに分けて4つの領域と1対1で対応させていると思って最後まで読んで関連が全くわからなった。説得(レトリック)の箇所を再読してみると、思考法の4つとその後の4つの領域は全く別だった。そこがわかれば理解が進むかというとそうでもなく、4つの領域とそれぞれの作文の型との関連もすっきりとはしなかった。どうも今得られるものは残念ながらなかった。
(メモ)
・論理には文化的側面がある。
・目的に応じて異なる論理的思考法を使いこなすことが重要
・思考法を4分野に分けて比較。@論理学 Aレトリック(一般大衆の説得) B科学 C哲学
[レトリック]
・常には正しくないが、多くの場合に正しい「蓋然的推論」
・「蓋然的推論」の前提となるのは、人々の「常識」あるいは「通念」とも呼ばれる社会一般に共通して認められている考え
・レトリックとは、ある主張への人々の同意を求めてなされるあらゆる種類の議論そのものであるため、そこには、何を優先すべきか、どこに道理があるのか、目の前の状況に対して何をすることが適切なのかの判断が示されている。
・レトリックは、長年の経験の蓄積から抽出した「論証の型」を学び、そこから時と場合に応じて選択することをすすめる。
[合理的行為の4類型と4つの領域]
・何が「論理的」だと感じさせるか。論理的であること=読み手にとって必要な要素が読み手の期待する順番に並んでいることから生まれる感覚
・何を優先し何を後回しにするかは、何を目的にするかによって決まる。
・形式的合理性=手段に関わる合理性
・実質的合理性=目的に関わる合理性
・目的と手段のつながりが「個人の主観」によって決まるのか、「集団による客観」によって決まるのか。
@経済領域(形式合理性による主観的判断)
A政治領域(実質合理性による客観的判断)
B法技術領域(形式合理性による客観的判断)
C社会領域(実質合理性による主観的判断)
上記の4つの領域の論理を使いこなすことで多元的思考ができるようになる。
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(10) 〇 西洋の敗北 (エマニュエル・トッド:文藝春秋) 2025.5.25
2023年10月著述 日本語版2024年11月 (ふたば書房紫野店)
トッドの見立てがどの程度正しいかは分からないところはあるけれど、興味深いところはたくさんあった。いろんな指標を用いている。その中に白人のイギリス人が高等教育を受ける割合が33%、黒人49%、アジア系55%という数値があった。白人のイギリス人の感覚として他の人種に支配されてきているという思いが強まっているのかもしれない。僕が思っていたよりこの指標のような大きな動きが既に起こっている。これに対する反動がヨーロッパやアメリカで起きている。
トッドによると、ロシアはこの10年ほどで社会も安定し経済制裁に耐えられる力を付けた。でも戦っているのは国境付近だけで新たな侵略の可能性はない。
ウクライナは東部の中流階級がロシアに移住し、国としては破綻している。戦争が生きる意味であり、生きる手段にもなっている。
ヨーロッパ、アメリカに関しては、プロテスタンティズムの消滅と新自由主義の観点から分析している。プロテスタンティズムは教育と経済を発展させたが、一方で不平等を助長する面があった。アメリカではプロテスタンティズムが弱まるにつれ、平等化が進み、相対的に白人の力が弱まった。しかも新自由主義と相まって金儲け主義が進み、法律・金融・ビジネスが好まれエンジニアが減少した。GDPは世界一だが、実情はサービスが占める割合が大きく実体よりも膨らんでいるだけで、社会として弱体化している。
(メモ)
【ロシア】
[ロシアの現状]
・ロシアのウクライナ侵攻後の大きな驚きの一つはロシアの強靭さ
・西洋諸国はロシアを過小評価してしまった。
・道徳統計が大きく改善
アルコール中毒による死亡率(10万人当たり) 25.6人(2000年)→8.4人(2017年)。自殺率39.1人(2000年)→13.8人(2017年)→10.7人(2021年)。殺人率28.2人(2000年)→6.2人(2017年)→4.7人(2021年)。乳幼児死亡率(1000人当たり)19人(2000年)→4.4人(2020年)
・2000年から2010年にかけて生活水準向上。2010年から2020年はクリミア併合の結果としての経済制裁で減速。
・道徳統計は経済データより安定。ロシアの社会的平穏を表している。
・ロシアでは失業率が低い
・食料の自足自給を達成。世界の主要な農作物輸出国になった。2020年農作物加工品の輸出は天然ガス輸出収入を上回った。
・世界2位の武器輸出国。世界1位の原発輸出国
・2014年のミンスク合意。ロシアにも経済制裁に耐える準備の時間稼ぎになった。
・2014年のクリミア戦争後の制裁以降にロシアが見せた適応力:小麦生産2012年からの10年で倍増。完全な保護主義路線は取らず。
・プーチン政権下では、出国の自由、反ユダヤ主義不在
・民主主義の第1段階は男性識字率50%超え。第2段階は世代の20から25%が高等教育を受けること。ロシアでは1985年から1990年が第2段階に相当する。共産主義崩壊を引き起こした要因は、高等教育を受けた中流階級の台頭ではないか。
[今後の見通し]
・ロシアには低出生率という根本的な弱点がある。現在1.5人。2021年人口1.46億人。2030年予測1.43億人。2050年1.26億人。新たな領土の征服はない。
・現在のロシアは人口減少を前提としている。ウクライナ侵攻初期に12万人の兵士しか送らず、チェチェン連隊と民間軍事会社ワグネルを活用したのもそのため。
・ロシアの優先事項は最大限の領土征服ではなく、犠牲者を最小限に抑えること。人員不足を考慮し、安全が脅かされた場合の戦術核攻撃を認めている。西側はこの警告を真剣に受け止めるべき。ロシアの外交・軍事慣行の特性は「公約」の信頼性の高さにある。
・アメリカもロシア人口減少問題を認識している。しかし、国民の教育と技術水準が高い国家は人口が減少してもすぐには軍事力を失わないことを見落としている。
・ロシアの立場としては、紛争は5年以内に終わらせなければならない。以降の動員は難しくなる。
【ウクライナ】
[ウクライナは破綻国家だった]
・1991年から2021年の30年間でウクライナの人口は5200万人から4100万人まで約20%減少。
・出生率2020年1.2人(ロシア1.5人)。それ以上に出国移民が多い(ロシアや西欧へ)
・営利目的の代理母出産。世界の25%を占める。ウクライナ人の身体を借りて西洋人の子どもを作り出す。ある種のソ連的な「遠慮のなさの名残」に新自由主義が加わった。なお、ロシアでも代理母出産は合法だが、外国の顧客には禁止されている。
[中流階級のロシア移住]
・2010年大統領選挙で西部と中央部がティモシェンコに投票。南部と東部がヤヌコーヴィチに投票。ヤヌコーヴィッチの得票率は東南部のドネツク州、ルハンスク州、クリミア州で90.4%、89.0%、78.2%。西部のリヴォフ州、テルノービリ州、イヴァーノ=フランキーウシク州で8.6%、7.9%、7.0%。「ロシア寄りのウクライナ」と「純粋にウクライナ的なウクライナ」に顕著に分かれる。
・都市化が進んでいた東部には中流階級が多くいた。中流階級に属するロシア語話者は、ウクライナ語話者のナショナリストの敵意の対象となる中で、ロシアの繁栄を目の当たりにし、2014年以降ロシアへ移住した。ロシアからすればロシア的要素がウクライナに残り続けることがウクライナに対する支配を永久に保障するはずだった。
・戦争開始以降に西洋ではEUへのウクライナ移民が盛んに取り上げられた。しかし、もっと以前から始まり今も続いているロシアへのウクライナ移民についても伝えるべきだった。
・1989年から2010年にかけてウクライナ西部と中央部西半分は都市部の人口動態は安定し人口増加もあった。東部の多くの町は人口の20%以上を失った。これこそがウクライナ社会の真の危機。
・ロシア語話者の中流階級の流出はユダヤ人の流出の後に起きた。
1970年頃 ロシアに81.7万人(0.6%)、ウクライナに77.7万人(1.7%)。2010年にロシアに15.8万人、ウクライナに7.1万人。ロシアで80%、ウクライナで90%減少。
[民主主義的希望の終わり]
・2014年大統領選。ロシア語地域で棄権率上昇、60〜80%
・ウクライナ西部:大部分が農村、ウルトラ・ナショナリズム。中央部:あいまいで無秩序。南部・東部:もともとロシア寄りだったが中流階級が離れ、ロシア軍に占領されていない場所は地域として形をなしていない。
・戦争が中央集権構造の台頭を促したが、ワシントンからの資金に依存する軍・警察組織でしかなかった。
・現在のウクライナでは、この戦争こそが生きる意味になり、生きる手段になっている。「反ユダヤ主義」ではなく「ロシア嫌い」
・ロシアの要求は@クリミアの維持、Aドンバス地方のロシア系住民の生活と地位の保障、Bウクライナの中立的立場。
・ウクライナはロシア人と共存できないと認めて、ドンバスを切り離して本来のウクライナとして一部の国から支援を受けながら国際的に承認される真の国民国家建設に注力できたはずだ。しかし、ドンバスとロシア系住民を奪還するために戦争を続けてしまった。ロシアとの離別を拒み、繋がり続けることを望んでいるように見える。
【西洋全体】
・産業基盤の深刻な弱体化
・プロテスタンティズムの死が「西洋の敗北」の原因となっている。
[プロテスタンティズム]
・プロテスタンティズムは支配下の人々を常に識字化する。そして読み書きできる人々の存在が技術および経済の発展を可能にする。こうして意図せずして非常に有能な労働力を形成した。
・プロテスタンティズム圏は、「選ばれし者と地獄に落ちる者がいる」つまり「人間は平等でない」という人間観を共有している。・・・カトリックの考えと対立 →人種差別が最も激しいのがプロテスタンティズムの国(ナチスドイツ、1935-1976のスウェーデン、1907-1981のアメリカ)
・プロテスタンティズムの良い側面には教育と経済の発展があり、悪い側面には人間は不平等だという考えがある。
・宗教的実践と宗教的統率の弱体化は、世俗化の第一段階(ゾンビ状態と称す):ミサの出席率低下と新任聖職者減少。まだ火葬は行われない。
・次の段階はキリスト教ゼロ状態:洗礼なくなり火葬を大規模に実施。さらに同性婚合法化。
・同性婚合法化:オランダ2001年、ベルギー2003、スペイン・カナダ2005、スウェーデン・ノルウェー2009、デンマーク2012、フランス2013、イギリス2014、アメリカ2015、ドイツ2017、フィンランド2017。バチカンがあるイタリアは認めていない。
・あらゆる集団的信仰(共産主義含む)から一斉に解放された私たちは今、空虚を経験し、小さくなっている。→ニヒリズム
[リベラル寡頭制]
・今日の西洋は、「ロシアの専制体制」に対抗する「自由民主主義」を体現するのは自らだと主張しているが、自由民主主義の発祥地であり核心部だったイギリス、アメリカ、フランスにおいて自由民主主義が危機に陥っている。
・「エリート主義」と「ポピュリズム」が激突:エリートは民衆が外国人嫌いへと流されていることを非難。民衆はエリートが常軌を逸したグローバリズムに耽っていると疑う。両者が協調できなければ代表制民主主義の概念は意味をなさない。
・西洋のリベラリズム民主主義は、代表制が機能せず、少数者の保護の対象になっているのは超富裕層。したがって、民主主義という言葉は使えず、リベラル寡頭制となっている。
現在の戦争は、リベラル寡頭制とロシアの権威主義的民主主義の争い。
・西洋のリベラル(自由な)寡頭制が戦争の手段として経済制裁を取り入れたのは、制裁によるインフレと生活水準低下に苦しむのは下層民だから。
[EU]
・EUはNATOの背後に消え去り、かつてなかったほどアメリカに従属。
・2023年6月からのウクライナの反転攻勢は失敗に終わった。それ以降、ロシアが負けることはないとわかっている。ではなぜ終わりのない戦争に執着するのか。
・ロシアは自国の国境線上で戦っている。ロシアは西ヨーロッパにとっていかなる意味でも脅威でない。ロシアはヨーロッパ、特にドイツと経済的パートナーシップを結びたいと望んでいる。
・自国の軍隊は送らず、物資と資金の提供で満足し、ウクライナの軍人や民間人を犠牲にしている。「道徳ゼロ状態」。
・「この終わりのない戦争が最終的にすべてを破壊してくれるだろう」という希望を持っているのではないか。ロシアにすべての責任を押し付けることができる。
・ドイツの「権力放棄」:東西統一を経て、さらに2007年から2008年の危機を通して金融財政面での力を高めたドイツは、ヨーロッパのリーダーになりアメリカとも一線を画す存在となるはずだった。しかし、2022年ドイツは寝てしまった。
・ヨーロッパはより高次な実体を創造することで国家を超えられると信じた。しかしそれは誤りで「アトム化した個人の寄せ集め」になってしまった。「無気力国民」になった。
【イギリス】
[イギリスの好戦主義]
・イギリスが戦争を激化させてきた。ロシアの最初の攻撃の後、ゼレンスキーはプーチンと議論する用意があるように見えた。しかし、交渉を思いとどまらせ軍事的役割だけを果たさせようとした一人がボリス・ジョンソンだった。
[イギリス国民の内部崩壊]
・政界の最上位レベルで驚くべき「カラー(有色人種)化」が進んだ。:トラス内閣の重要閣僚4人が男性でも白人でもなかった。
・イギリス国内でBAME(黒人、アジア人、少数民族)の人口比率は7.5%。政界において人口比率以上に存在感。
・2019年若い白人の高等教育を受ける比率は33%。黒人は49%、アジア系は55%(中国系に限ると72%)
・2021年イギリスで登録された医師のうち、イギリス人37%、EU出身13%、その他の国が50%。インドやパキスタン出身者が多い。
[新自由主義と宗教崩壊]
・新自由主義がイギリスをアメリカ以上に困難な状況に陥らせた。・・・脱工業化
・工業労働人口:仏・米19%、イギリス18%。一方、ドイツ28%、イタリア27%、日本24%
・エンジニア不足:学生のエンジニア比率 米7.2%、英8.9%、ドイツは24.2%、ロシア23.4%
・背後に宗教崩壊がある。「強欲」
・新自由主義はウェーバー的資本主義ではなく、精神面でプロテスタント倫理から解放された資本主義を築こうとした。
・プロテスタンティズムの特徴は、労働と貯蓄。消費社会の対極にあり、禁欲と同義語。どの国も経済的に成功した。
・1960年代、プロテスタンティズムはゼロ状態へ以降。高等教育の発展(教育による階層化、社会のアトム化)、洗礼件数の減少、婚外関係激増、離婚・再婚・片親世帯増加、火葬急増(1888年0.01%、1939年3.5%、1947年10.5%、1960年34.7%、2021年78.4%)、同性婚合法化2014年
・新自由主義が理想とする「純粋で完全な市場」に存在するのは、道徳を欠いた人間、単なる金の亡者だけ。
・単に高等教育を受けただけの人々がイギリス全体を支配しているわけではない。アメリカとつながりのある超富裕層たちが支配している。
【アメリカ】
[現状]
・アメリカは先進国で唯一、平均余命が全体的に低下している国:2014年78.8歳、2020年77.3歳、2021年76.3歳(英80.7歳、独80.9歳、仏82.3歳、スウェーデン83.2歳、日本84.5歳)。ちなみにロシアは71.3歳だが、2002年の65.1歳から上昇。
・乳幼児死亡率(1000人当たり)がロシアよりも悪い:2020年米国5.4人、ロシア4.4人、英3.6人、仏3.5人、独3.1人、伊2.5人、スウェーデン2.1人、日本1.8人
・死亡率の上昇と世界で最も高額な医療費:GDPに占める医療費の割合・・・18.8%、仏12.2%、独12.8%、スウェーデン11.3%
・一部の医療費が人々の破壊に使われていたとの指摘もある。製薬会社が精神的苦痛を訴える患者に危険で中毒性のある鎮痛剤を提供し、死亡やアルコール中毒・自殺に繋がったというもの。→一部上流階級の背信行為「道徳ゼロ状態」
・言語能力・数学能力が1965年から1980年にかけて低下。その後2005年まで横ばいだったが2005年以降低下。
・勉強に励む時間も減少
・2006年から2018年にかけて全人口のIQ低下。低下スピードが速かったのは高等教育を受けていない人々。
・教育成果の低下は、プロテスタンティズムの消滅と関連している。
・1950年代、中流階級に労働者階級が含まれ、むしろ労働者が大部分を占めていた。いま中流階級に残っているのは、上位0.1%の少数富裕権力者にしがみつき没落しないことに必死になっている人口10%前後の上層中流階級だけだ。累進課税の復活に上位の富裕層よりも強欲に反対しているのは上層中流階級だ。超富裕層の資本の大部分はそもそも海外の課税逃れで守られている。
[実体を反映していないGDP]
・1928年米国の工業生産高は世界の44.8%を占めていた。2019年16.8%に落ち込んだ。中国は2020年28.7%まで上昇。
・「工業中の工業」ともいえる工作機械を見ると、2018年中国が世界の24.8%を占め、アメリカはわずか6.6%。
・農業でも衰退。小麦の生産高は1980年6500万トンが2022年には4700万トンに減少。ロシアは2022年8000万トンで2012年の3700万トンから倍増以上。
・アメリカのGDPは対人サービスが大きな部分を占める。法外な高給取りの弁護士、略奪的な金融業者などが含まれる。医療費を見ても実質はあやしい。15140人の経済学者の仕事を付加価値として計上しているが真の富の生産に繋がらない。実質のあるものに落とし込む必要がある。
・国内実質生産の試算:医療費(GDPの18.8%)×0.4倍。工業・農業・建設・交通・炭鉱などはGDPの20%程、これは真の生産なのでそのまま。残りはサービス×0.4倍。この数値を使うと、一人当たり3万9520ドル(一人当たりGDPは7万6000ドル)
・アメリカ人は生産する以上にはるかに多くを消費している。
・アメリカは国債発行で貿易赤字を補填している。それができるのはドルが世界の基軸通貨だから。富裕層のタックス・ヘイヴンに資産をため込むのにも使われている(流通ドルの1/3程度を占めると推定)。貿易赤字は2000年から2022年にかけて173%増加。物価を考慮しても60%増加。
[新自由主義と金儲け主義]
・アメリカ学生のうちエンジニアリングを先行する学生は7.2%。社会の内部で「頭脳流出」が起きている。流出先は法学、金融、ビジネススクール。高い収入を得られる可能性のある分野。教育の発展がもたらした究極の悪影響。
・不足するエンジニアを海外出身者で埋めている。科学・技術分野(STEM)の海外出身者割合は2000年16.5%から2019年2301%に増加。
・外国人は同業のアメリカ人よりも優秀な資格を有している。STEMワーカのうち学士号を持つのは米国出身者で67.3%、移民86.5%。
・人々が法律、金融、ビジネスを好んで学ぶのはドルが湧き出る「聖なる泉」に近づけるから。
[WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)エリートの消滅]
・名門大学(ハーバード、イエール、プリンストン)学生人種比率:白人46%、アジア系28%(米国全人口では白人61%)
・プロテスタンティズムの消滅がアメリカの伝統的な人種差別の消滅をもたらした。他方で「教育重視」「努力尊重」に気風も消滅し、白人の学力は低下した。
・社会上層部にユダヤ人比率が高いのはユダヤ教の教育熱心さが際立っていたから。特に1965年から2010年にかけてプロテスタントという競合相手がいなくなることでユダヤ人の存在感を大きくした。
・しかし、アジア系アメリカ人の教育熱心さが勢いを増し、ユダヤ人の競合不在に終止符が打たれた。ハーバード大のユダヤ人比率は1990年から2000年代は25%を占めていたが、今日は10%未満に低下。ユダヤ人もアメリカ社会に同化。1980年以前は結婚したユダヤ人のうち、非ユダヤ人と結婚したのは18%だったが、2010年から2020年は61%に達した。
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(9) 〇 白夜 (ドストエフスキー:角川文庫) 2025.5.14
原作1848年 翻訳1953年 (おそらく1984年頃) 再読(初回2010.10.21)
先日再読した村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」に収録されている「かえるくん、東京を救う」の中にドストエフスキー「白夜」が出てくる。かえるくんが地震を起こそうとするみみずくんと闘っているときにドストエフスキーの「白夜」を思い出した、ドストエフスキーは神に見捨てられた人々を優しく描き出した、ということが唐突に出てくる。
ドストエフスキーの印象はちょっと違うけど、それはさておきドストエフスキー「白夜」が気になりだした。
そう思っている時に、京都出町座の映画上映スケジュールを見ると「白夜」と記載がある。1971年作品を4Kにして再上映しているとのことだった。見なければいけない気になって日帰りで出かけて見てきた。印象はあれって感じだった。混沌とした中でもそこに自分自身が存在するようなドストエフスキーを感じられなかった。
そこでやはり原作に戻って「白夜」をもう一度読むことになった。
舞台はペテルブルグ。孤独ではあるが周りを意識しながら町を歩きまわっている青年。恋した相手と1年後に会う約束をし、ちょうど1年後に約束の場所で待つナースチェンカ。二人は4夜にわたって熱っぽく語り合う。かみあっているのか、ずれているのか、わからないまま。最後にかみあったはずだったのだが。。。
今読むと実にドストエフスキーらしい作品だと感じる。熱を帯びた長い演説のような語りに耐えられない人もきっと多くいるだろう。でも僕はそこに人間の本質的なもの、例えば自分よがりの信念、その一方での迷い、強さと弱さ、統一感と矛盾したもの、を感じる。
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(8) □ イワン・イリッチの死 (トルストイ:岩波文庫) 2025.5.10
原作1886年 翻訳1928年 (2025.4.27 アマゾン)
トルストイの短編。
僕が読んだトルストイの作品に出てくる人物は、トルストイが完全に掌握し、トルストイが意識した範囲内で動いたり言葉を発したりしているように感じる。だから主題が明確になり、トルストイの考えを聞いているような感じになる。
同じロシア文学でもドストエフスキーの登場人物は、ドストエフスキーの思いがどうあれ勝手に話しだして止まらなくなるように感じる。だから何が主題なのかはドストエフスキーとは無関係に、読む人自身が考えないといけなくなる。
さて、本作品は裁判所判事イワン・イリッチが不治の病に侵されてから死の瞬間を迎えるまでを描いている。どういう人生を歩んできたとしても死を迎えるときはこういうものだとトルストイが考えているということだろうか。それとも考えを改めて到達した地点を示しているのだろうか。
まだ僕とは距離を感じているけれど、また読んでみようという気になるときがあるのかもしれない。
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(7) □ 京都「私設圖書館」というライフスタイル (田中厚生:コトコト) 2025.5.2
2018年 (2025.4.26 ホホホ座浄土寺センター)
京都市左京区の銀閣寺道交差点のそばに「私設圖書館」がある。著者は大学卒業後に就職せずにアルバイト状態で結婚し、25歳の時に読書・勉強の場所として図書館を創設する。それも趣味ではなく、仕事として。1973年に開館して現在まで50年以上継続している。
開館した時はまだ前を市電が走っていたそうだ。僕が大学生の時に前を通ったことはあったはずだが全く記憶にない。
本書には開館に至るまでの経緯や開館後の様子、お客さんがノートに残した書き込みなどが紹介されている。
大学を卒業して何をするかを卒業後にアルバイトをしながら考えている。「型にはまらない生き方」にこだわり、根本的には疑問を抱かずに続けてこられたように感じられる。そんな生き方もあったのかと思うと同時に、僕の場合は大学卒業後に早くどこかに属さないと精神的に持たなかっただろうとも思う。著者の言う「型にはまらない生き方」を目指すことは到底できなかった。
僕の精神状態は学生時代に想像していたよりはるかに充実しているので現状に不満はないけれど、他に道はなかったのかは今後も考えてしまうだろう。
(メモ)
・著者が図書館創設を考える前に友人に出した手紙に、人の役に立つこと、個としての自分を発揮できること、そのためには少々の苦労や世間的な目はいとわない、というようなことを書いている。その手紙に関して「(大時代的で青臭いと思われそうで気恥ずかしい)しかし、さらに気恥ずかしいのは、この気持が、いまもあながち変わっていない、あのころも今も似たようなことを考えて暮らしている、ということである」
・「本を読み、物事の仕組みを理解し、真実を追求することが、戦争を退け平和な世界を導いてくれる唯一の方法だろう、と私は信じている」
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(6) □ 神の子どもたちはみな踊る (村上春樹:新潮社) 2025.4.28
2000年 (2000.4.30 ジャスコ桜井店 池田書店) 再読(初回2000.5.1)
NHKが今月、ドラマ「地震のあとで」を放送していた。初回の「UFOが釧路に降りる」を見てあまりにもわからなさすぎて原作はどうなっているんだろう、と気になった。残りを録画したままにしていたら新聞で最終話の紹介を読んだ妻がこの話読んだことがあると言った。そこに至ってようやくこの本が家にあることに気づいた。本に書いた日付を見ると、買った翌日に読み終えている。中身は全く覚えていなかった。
本作品は6編の連作小説となっている。心の奥に持っている何らかの思いがどの作品にもありそうだが、中身をはっきりとは説明していない。だからこそ誰でもあるものとして共感を呼びやすいかもしれないし、逆に理解されないかもしれない。
僕にとっては今のところ後者にあたるような気がする。
それにしても村上春樹はセックスを書くのが好きだなあ。ここでそうなるのって思うところが結構ある。
(メモ)連作6編
「UFOが釧路に降りる」
空っぽとは?中身とは?
「アイロンのある風景」
焚き火、アイロン、神の不在
「神の子どもたちはみな踊る」
心の奥に宿る人
「タイランド」
体の中の石、
「かえるくん、東京を救う」
ドストエフスキー白夜、
「蜂蜜パイ」
箱の中身
・本書の冒頭の引用文は、ドストエフスキー「悪霊」から。
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(5) □ 「ふつう」の私たちが、誰かの人権を奪うとき (チェ・ウンスク:平凡社) 2025.4.18
原書2022年 翻訳2024年11月 (2025.2.15 鴨葱書店)
韓国の国家人権委員会の調査官として働く著者が出会った陳情請求人や同僚などを書いている。
拘置所で会った男は中華料理店の料理長だと言い、料理長になるまでの人生を生々しく語った。しかし、店に行って関係者に話を聞くと誰も彼のことを知らず、事実は全く異なっていた。なぜ嘘をついたのかと問うた調査官に対して、「そんなんじゃありません・・・そういうことでは・・・」と言葉を濁した。
本書にいろんな陳情人が登場するが、上記の嘘が特に印象に残った。弱い立場に追い込まれると嘘をつきやすいのだろうか。
自分自身を振り返っても小さい頃は小さな嘘を言っていたような気がする。最近は嘘を言わなくなったようにも思う。精神的に安定したからなのだろうか。そして弱くなったらまた嘘をつくのだろうか。
(メモ)
『あの男の真っ赤な嘘』
すぐにばれる明らかな嘘をつく陳情人
「人は誰でもそれぞれの人生を夢見て生きる。私が他の時代に生まれていたら、他の家庭で育ったら、あの時あの選択をしていなければ、またはしていたら。」
『神ではなく私たちの責任だ』
ラーメン店で無銭飲食をした「おかしな話」をする女性が精神病院に6年も監禁された。彼女は財布を忘れた工場労働者。「おかしな話」がネパール語だと明らかになるまでに6年も要した。
「人権侵害には故意が必須なわけではない」
『絶対にそうしない人はいない』
「性暴力事件の被陳情人が普段から評判のいい人だと、被害者は不利な立場に立たされる」
『囚人の白い手』
人権委員会に書面でなく「面前陳情」を申し込んできた老人がいた。老人は文字がわからず、調査官の面前で話すしか方法がなかった。面談後、彼は字を知らないことが罪であるかのように頭を下げた。
『調査局の脱穀機の音』
毎日電話をかけてきて迅速な処理を頼んでくる人がいた。陳情人の多くは自分の問題が人権侵害や差別にあたることを説明する代わりに、ひたすら心情に訴えようとする。
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(4) □ 随筆 本が崩れる (草森紳一 :中公文庫) 2025.3.23
新書2005年 文庫本2018年 (2025.3.3 アマゾン)
本書の解説に次のように書かれている。
「(本書のカバー写真:乱雑に本が積み上げられた密閉空間:に対して)たじろぎ、怖じ気づいたとしても、気を取り直し、書名や著者名の小さな文字を懸命に読み取ろうとした人種は、本書『随筆 本が崩れる』へのパスポートを得たといえよう」
本書を手にしてまさに僕がしたことだ。どうやら読む資格はあったようだ。
家中に本があふれ、いたるところに本が積まれている。そして風呂のドアの前の本が崩れて中に閉じ込められたというのが前半の話。閉じ込められてもさほど動じていない。状況を楽しんでいるように思える。
著者によると、読書家の本はさほど増えない。物書きだから資料調べの本が増殖していく。収入の7割が本代に消えるというのだから凄まじい。
本を積むにも技術がある。同じ大きさの本を揃えて積むと倒れやすい。左右の本とジグザグに並んでいると支え合って安定する。こんな発見の記述は楽しい。これは僕がリビングに2列に積んでいる本に採用した。
著者の自由な姿を見て、自分の本との関わりを振り返ってみると根本的に異なっている。僕は読み始めたものは何とか最後まで読み切ろうとして苦行のように読んでいる。だから読んでいる最中より、読み終わった時の方が喜びがある。読み終えても別に偉くなるわけでも褒められるわけでも何でもないのに。
これを期に違う読み方もしてみようかと思い始めている。
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(3) □ 自転車泥棒 (呉明益 :文春文庫) 2025.3.8
原作2015年 翻訳2018年 文庫本2021年 (2025.1.8 bookfan(au Pay))
浜田家はもともと愛媛県三崎町に家があった。祖父が家族を連れて日本の植民地だった台湾に移り住んだ。給料のいい外地の公務員の募集に応募したらしい。末っ子の父はそこで昭和4年に生まれた。米陸軍がフィリピン攻略後に硫黄島、沖縄と進むのでなく台湾に上陸していたら、僕は生まれていなかっただろう。
僕が小さい頃、年季の入った古そうな黒いどっしりした自転車が家にあった。両親に最近聞いてみると、その自転車は当時広島に住んでいた父の兄からもらったそうだ。広島から大阪まで送ってもらい、父が天王寺で受け取り、住んでいた富田林まで父が乗って帰った。昭和30年代半ばのことだ。
伯父は戦争で南方に派遣された。生き延びて終戦を迎えたが、戦いを続けようとする上官に反対して虐待を受け、生涯ずっと傷跡が残っていたそうだ。でも家族にもそのことは話したがらず詳細を聞いた人はいない。
自転車をどこで入手したかも、終戦時に何があったのかも気になるのだが、伯父は既に亡くなっているので調べようがない。
呉明益は台湾の作家。失踪した父と共に消えた自転車を探し、さまざまな人と出会い、その人たちの歴史に触れていくお話。台湾、自転車という要素が上記のことと結びつき自然と興味を惹かれる。
戦争の話が多く登場する。
1941年マレー半島攻略に貢献したとされる自転車部隊である銀輪部隊。事前に訓練を台湾で実施したことやイギリス軍のほとんど抵抗なき降伏で8万人が捕虜となり、大部分が日本軍がタイ・ビルマ間の鉄道建設工事に従事し多くが亡くなったことが記されている。
1944年頃からのビルマ戦、ゾウ部隊。狙撃の成功率を高めるために狙撃兵を縄で樹に縛り付けた。こんな信じられないことがあったらしい。当然ながら敵の標的となり全員死んだ。台湾人である登場人物の父がこの部隊に入っていた。敗走する日本軍には日本人以外も含まれていた。
戦時中の動物園の動物処分。日本国内でも似たことがあったが、台湾の動物園でも爆撃に備えて動物処分が行われた。
こういった話にチョウの貼り絵、自転車の細部の説明などが加わり、一つの小説に多くの材料を盛り込んでいて内容は豊富。ただ、豊富過ぎるうえにいろんな人の過去の話が出てくるので、発散気味に感じられ、あまり読みやすくはなく、一度読んだだけではとても消化しきれない。
(メモ)
・仕立て屋の父。1992年失踪
・アブー:コレクター、友人
・アッバス
・アニー
・サビナ:アニーの友人
・ラオゾウ、シオガシラ
・バスア:アッバスの父。台湾での秘密訓練、銀輪部隊、南方軍、インパール作戦(アラカン山脈越え)、ゾウ部隊
・ムー隊長、静子さん
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(2) ◎ 少年が来る (ハン・ガン:クオン) 2025.1.18
2016年刊行 (2024.12.29 近鉄百貨店橿原店ジュンク堂)
常に臆病さを持って生きている僕にはかなりこたえる本だった。つらいのはその瞬間だけではないことに怯えてしまう。
光州事件で市民軍側に関わった人たちを登場させている。僕はそういう場をできるだけ避けるだろう。けれど避けきれずに残ってしまうかもしれない。そうなった時、僕は何を考えるだろうか。
決して希望が書かれている作品ではない。希望を求めようとも思わない。これまで読んだ彼女の2つの作品には希望を求めてしまっていたが、そんなことを考える余地なく全く異なる力で迫ってくる作品だった。
(メモ)
・「(同庁に残った市民軍)大半の人たちは銃を受け取っただけで撃つことはできなかった。敗北すると分かっていながらなぜ残ったのかという質問に、生き残った証言者たちは皆同じように答えた。分かりません。ただそうしなくてはいけないような気がしたんです。」
・(チンス兄さんが言った)「人々が家から外に出るように呼び掛けてください。夜が明けたら直ちに同庁前が市民でびっしりと埋め尽くされているように。僕たちは、何としても朝までは持ちこたえるつもりです。」
・「銃声がやんで三分ほどが過ぎ、向かい側の路地からかなり小柄なおじさんが一気に走り出てきた。倒れた一人に向かって全力で走った。再び立て続けに銃声が響いて彼が倒れると、今まで君と身を寄せ合っていたおじさんが分厚い手のひらで君の目を覆って言った。
今出ていったら犬死にだぞ。
おじさんが君の目から手を離した瞬間、まるで巨大な磁石に引き寄せられたように向かい側の路地から二人の男性が倒れた女性に駆け寄り、腕をつかんで起こすのを君は見た。今度は屋上から銃声が響いた。男たちがのけぞって倒れた。
もう誰も倒れた人たちに駆け寄ろうとはしなかった。」
・トンホ
・チョンデ、チョンミ姉さん
・ウンスク
・ソンジュ
・キム・チンス
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(1) 〇 量子力学の反常識と素粒子の自由意志 (筒井泉:岩波書店) 2025.1.4
2023年12月刊行 (2023.12.8 京都駅八条口ふたば書房)
「量子もつれ」という言葉を使って量子力学の不思議な世界が紹介されることが増えている。いくつかそのような本や記事を読んでいたけれど、本書を読んでみて、不思議さがもっと深まった。
個別の状態は決まっていないが、トータルの状態のみが固定された2つの粒子があるとき、離れた2つの粒子のうちの片方の粒子の特性を測定したら、別の粒子の特性が瞬時に決まってしまう。僕が把握していた不思議な現象はここまでだった。
でも不思議さはもっとレベルが高いものだった。
測定はたくさんの中から選ぶことが可能だ。例えば一つの条件(角度など)で測定するとする。測定した側はその条件での状態に固定される。すると、離れた別の側の状態がその条件での状態になってしまう。つまり、測定する人の選んだ条件が、離れた場所の状態を決めてしまう。
こんなことがあるとすると、どういうことなのか。測定する人がどの条件を選ぶかを含めて、事前に決定されているという事なのか。それを含めて神のような存在が全てを決めているということか。
残念ながら不思議だということは多少わかっても、それ以上には踏み込めそうにない。
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