(7) □ 京都「私設圖書館」というライフスタイル (田中厚生:コトコト) 2025.5.2
2018年 (2025.4.26 ホホホ座浄土寺センター))
京都市左京区の銀閣寺道交差点のそばに「私設圖書館」がある。著者は大学卒業後に就職せずにアルバイト状態で結婚し、25歳の時に読書・勉強の場所として図書館を創設する。それも趣味ではなく、仕事として。1973年に開館して現在まで50年以上継続している。
開館した時はまだ前を市電が走っていたそうだ。僕が大学生の時に前を通ったことはあったはずだが全く記憶にない。
本書には開館に至るまでの経緯や開館後の様子、お客さんがノートに残した書き込みなどが紹介されている。
大学を卒業して何をするかを卒業後にアルバイトをしながら考えている。「型にはまらない生き方」に根本的には疑問を抱かずに続けてこられたように感じられる。僕の場合は早くどこかに属さないと精神的に持たなかっただろう。著者の言う「型にはまらない生き方」を目指すことは到底できなかった。
僕の精神状態は学生時代に想像していたよりはるかに充実しているので現状に不満はないけれど、他に道はなかったのかは今後も考えてしまうだろう。
(メモ)
・著者が図書館創設を考える前に友人に出した手紙に、人の役に立つこと、個としての自分を発揮できること、そのためには少々の苦労や世間的な目はいとわない、というようなことを書いている。その手紙に関して「(大時代的で青臭いと思われそうで気恥ずかしい)しかし、さらに気恥ずかしいのは、この気持が、いまもあながち変わっていない、あのころも今も似たようなことを考えて暮らしている、ということである」
・「本を読み、物事の仕組みを理解し、真実を追求することが、戦争を退け平和な世界を導いてくれる唯一の方法だろう、と私は信じている」
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(6) □ 神の子どもたちはみな踊る (村上春樹:新潮社) 2025.4.28
2000年 (2000.4.30 ジャスコ桜井店 池田書店) 再読(初回2000.5.1)
NHKが今月、ドラマ「地震のあとで」を放送していた。初回の「UFOが釧路に降りる」を見てあまりにもわからなさすぎて原作はどうなっているんだろう、と気になった。残りを録画したままにしていたら新聞で最終話の紹介を読んだ妻がこの話読んだことがあると言った。そこに至ってようやくこの本が家にあることに気づいた。本に書いた日付を見ると、買った翌日に読み終えている。中身は全く覚えていなかった。
本作品は6編の連作小説となっている。心の奥に持っている何らかの思いがどの作品にもありそうだが、中身をはっきりとは説明していない。だからこそ誰でもあるものとして共感を呼びやすいかもしれないし、逆に理解されないかもしれない。
僕にとっては今のところ後者にあたるような気がする。
それにしても村上春樹はセックスを書くのが好きだなあ。ここでそうなるのって思うところが結構ある。
(メモ)連作6編
「UFOが釧路に降りる」
空っぽとは?中身とは?
「アイロンのある風景」
焚き火、アイロン、神の不在
「神の子どもたちはみな踊る」
心の奥に宿る人
「タイランド」
体の中の石、
「かえるくん、東京を救う」
ドストエフスキー白夜、
「蜂蜜パイ」
箱の中身
・本書の冒頭の引用文は、ドストエフスキー「悪霊」から。
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(5) □ 「ふつう」の私たちが、誰かの人権を奪うとき (チェ・ウンスク:平凡社) 2025.4.18
原書2022年 翻訳2024年11月 (2025.2.15 鴨葱書店)
韓国の国家人権委員会の調査官として働く著者が出会った陳情請求人や同僚などを書いている。
拘置所で会った男は中華料理店の料理長だと言い、料理長になるまでの人生を生々しく語った。しかし、店に行って関係者に話を聞くと誰も彼のことを知らず、事実は全く異なっていた。なぜ嘘をついたのかと問うた調査官に対して、「そんなんじゃありません・・・そういうことでは・・・」と言葉を濁した。
本書にいろんな陳情人が登場するが、上記の嘘が特に印象に残った。弱い立場に追い込まれると嘘をつきやすいのだろうか。
自分自身を振り返っても小さい頃は小さな嘘を言っていたような気がする。最近は嘘を言わなくなったようにも思う。精神的に安定したからなのだろうか。そして弱くなったらまた嘘をつくのだろうか。
(メモ)
『あの男の真っ赤な嘘』
すぐにばれる明らかな嘘をつく陳情人
「人は誰でもそれぞれの人生を夢見て生きる。私が他の時代に生まれていたら、他の家庭で育ったら、あの時あの選択をしていなければ、またはしていたら。」
『神ではなく私たちの責任だ』
ラーメン店で無銭飲食をした「おかしな話」をする女性が精神病院に6年も監禁された。彼女は財布を忘れた工場労働者。「おかしな話」がネパール語だと明らかになるまでに6年も要した。
「人権侵害には故意が必須なわけではない」
『絶対にそうしない人はいない』
「性暴力事件の被陳情人が普段から評判のいい人だと、被害者は不利な立場に立たされる」
『囚人の白い手』
人権委員会に書面でなく「面前陳情」を申し込んできた老人がいた。老人は文字がわからず、調査官の面前で話すしか方法がなかった。面談後、彼は字を知らないことが罪であるかのように頭を下げた。
『調査局の脱穀機の音』
毎日電話をかけてきて迅速な処理を頼んでくる人がいた。陳情人の多くは自分の問題が人権侵害や差別にあたることを説明する代わりに、ひたすら心情に訴えようとする。
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(4) □ 随筆 本が崩れる (草森紳一 :中公文庫) 2025.3.23
新書2005年 文庫本2018年 (2025.3.3 アマゾン)
本書の解説に次のように書かれている。
「(本書のカバー写真:乱雑に本が積み上げられた密閉空間:に対して)たじろぎ、怖じ気づいたとしても、気を取り直し、書名や著者名の小さな文字を懸命に読み取ろうとした人種は、本書『随筆 本が崩れる』へのパスポートを得たといえよう」
本書を手にしてまさに僕がしたことだ。どうやら読む資格はあったようだ。
家中に本があふれ、いたるところに本が積まれている。そして風呂のドアの前の本が崩れて中に閉じ込められたというのが前半の話。閉じ込められてもさほど動じていない。状況を楽しんでいるように思える。
著者によると、読書家の本はさほど増えない。物書きだから資料調べの本が増殖していく。収入の7割が本代に消えるというのだから凄まじい。
本を積むにも技術がある。同じ大きさの本を揃えて積むと倒れやすい。左右の本とジグザグに並んでいると支え合って安定する。こんな発見の記述は楽しい。これは僕がリビングに2列に積んでいる本に採用した。
著者の自由な姿を見て、自分の本との関わりを振り返ってみると根本的に異なっている。僕は読み始めたものは何とか最後まで読み切ろうとして苦行のように読んでいる。だから読んでいる最中より、読み終わった時の方が喜びがある。読み終えても別に偉くなるわけでも褒められるわけでも何でもないのに。
これを期に違う読み方もしてみようかと思い始めている。
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(3) □ 自転車泥棒 (呉明益 :文春文庫) 2025.3.8
原作2015年 翻訳2018年 文庫本2021年 (2025.1.8 bookfan(au Pay))
浜田家はもともと愛媛県三崎町に家があった。祖父が家族を連れて日本の植民地だった台湾に移り住んだ。給料のいい外地の公務員の募集に応募したらしい。末っ子の父はそこで昭和4年に生まれた。米陸軍がフィリピン攻略後に硫黄島、沖縄と進むのでなく台湾に上陸していたら、僕は生まれていなかっただろう。
僕が小さい頃、年季の入った古そうな黒いどっしりした自転車が家にあった。両親に最近聞いてみると、その自転車は当時広島に住んでいた父の兄からもらったそうだ。広島から大阪まで送ってもらい、父が天王寺で受け取り、住んでいた富田林まで父が乗って帰った。昭和30年代半ばのことだ。
伯父は戦争で南方に派遣された。生き延びて終戦を迎えたが、戦いを続けようとする上官に反対して虐待を受け、生涯ずっと傷跡が残っていたそうだ。でも家族にもそのことは話したがらず詳細を聞いた人はいない。
自転車をどこで入手したかも、終戦時に何があったのかも気になるのだが、伯父は既に亡くなっているので調べようがない。
呉明益は台湾の作家。失踪した父と共に消えた自転車を探し、さまざまな人と出会い、その人たちの歴史に触れていくお話。台湾、自転車という要素が上記のことと結びつき自然と興味を惹かれる。
戦争の話が多く登場する。
1941年マレー半島攻略に貢献したとされる自転車部隊である銀輪部隊。事前に訓練を台湾で実施したことやイギリス軍のほとんど抵抗なき降伏で8万人が捕虜となり、大部分が日本軍がタイ・ビルマ間の鉄道建設工事に従事し多くが亡くなったことが記されている。
1944年頃からのビルマ戦、ゾウ部隊。狙撃の成功率を高めるために狙撃兵を縄で樹に縛り付けた。こんな信じられないことがあったらしい。当然ながら敵の標的となり全員死んだ。台湾人である登場人物の父がこの部隊に入っていた。敗走する日本軍には日本人以外も含まれていた。
戦時中の動物園の動物処分。日本国内でも似たことがあったが、台湾の動物園でも爆撃に備えて動物処分が行われた。
こういった話にチョウの貼り絵、自転車の細部の説明などが加わり、一つの小説に多くの材料を盛り込んでいて内容は豊富。ただ、豊富過ぎるうえにいろんな人の過去の話が出てくるので、発散気味に感じられ、あまり読みやすくはなく、一度読んだだけではとても消化しきれない。
(メモ)
・仕立て屋の父。1992年失踪
・アブー:コレクター、友人
・アッバス
・アニー
・サビナ:アニーの友人
・ラオゾウ、シオガシラ
・バスア:アッバスの父。台湾での秘密訓練、銀輪部隊、南方軍、インパール作戦(アラカン山脈越え)、ゾウ部隊
・ムー隊長、静子さん
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(2) ◎ 少年が来る (ハン・ガン:クオン) 2025.1.18
2016年刊行 (2024.12.29 近鉄百貨店橿原店ジュンク堂)
常に臆病さを持って生きている僕にはかなりこたえる本だった。つらいのはその瞬間だけではないことに怯えてしまう。
光州事件で市民軍側に関わった人たちを登場させている。僕はそういう場をできるだけ避けるだろう。けれど避けきれずに残ってしまうかもしれない。そうなった時、僕は何を考えるだろうか。
決して希望が書かれている作品ではない。希望を求めようとも思わない。これまで読んだ彼女の2つの作品には希望を求めてしまっていたが、そんなことを考える余地なく全く異なる力で迫ってくる作品だった。
(メモ)
・「(同庁に残った市民軍)大半の人たちは銃を受け取っただけで撃つことはできなかった。敗北すると分かっていながらなぜ残ったのかという質問に、生き残った証言者たちは皆同じように答えた。分かりません。ただそうしなくてはいけないような気がしたんです。」
・(チンス兄さんが言った)「人々が家から外に出るように呼び掛けてください。夜が明けたら直ちに同庁前が市民でびっしりと埋め尽くされているように。僕たちは、何としても朝までは持ちこたえるつもりです。」
・「銃声がやんで三分ほどが過ぎ、向かい側の路地からかなり小柄なおじさんが一気に走り出てきた。倒れた一人に向かって全力で走った。再び立て続けに銃声が響いて彼が倒れると、今まで君と身を寄せ合っていたおじさんが分厚い手のひらで君の目を覆って言った。
今出ていったら犬死にだぞ。
おじさんが君の目から手を離した瞬間、まるで巨大な磁石に引き寄せられたように向かい側の路地から二人の男性が倒れた女性に駆け寄り、腕をつかんで起こすのを君は見た。今度は屋上から銃声が響いた。男たちがのけぞって倒れた。
もう誰も倒れた人たちに駆け寄ろうとはしなかった。」
・トンホ
・チョンデ、チョンミ姉さん
・ウンスク
・ソンジュ
・キム・チンス
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(1) 〇 量子力学の反常識と素粒子の自由意志 (筒井泉:岩波書店) 2025.1.4
2023年12月刊行 (2023.12.8 京都駅八条口ふたば書房)
「量子もつれ」という言葉を使って量子力学の不思議な世界が紹介されることが増えている。いくつかそのような本や記事を読んでいたけれど、本書を読んでみて、不思議さがもっと深まった。
個別の状態は決まっていないが、トータルの状態のみが固定された2つの粒子があるとき、離れた2つの粒子のうちの片方の粒子の特性を測定したら、別の粒子の特性が瞬時に決まってしまう。僕が把握していた不思議な現象はここまでだった。
でも不思議さはもっとレベルが高いものだった。
測定はたくさんの中から選ぶことが可能だ。例えば一つの条件(角度など)で測定するとする。測定した側はその条件での状態に固定される。すると、離れた別の側の状態がその条件での状態になってしまう。つまり、測定する人の選んだ条件が、離れた場所の状態を決めてしまう。
こんなことがあるとすると、どういうことなのか。測定する人がどの条件を選ぶかを含めて、事前に決定されているという事なのか。それを含めて神のような存在が全てを決めているということか。
残念ながら不思議だということは多少わかっても、それ以上には踏み込めそうにない。
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