改訂版
有馬温泉 陶湶御所坊 (兵庫県)
温泉名 : 有馬温泉
所在地 : 神戸市北区有馬
施設名 : 陶湶御所坊  (第1回入浴:2002.12.17) (第2回入浴:2007.12.17)
神戸市は海と山の迫る細長い市街地を持ち、水深の深い神戸港を有しており日本を代表する港町だ。
神戸は、慶応3年(1868年)に開港し世界に向かって門戸を広げ、各国の人達がここに移り住んだ。

現在150万人を超える大都市となった神戸市だが、今も異国文化の香りがそこここに漂う。
外国人が港近辺から移り住んだ北野には沢山の異人館が現存し、元町周辺にかけて洒落た店舗・洋食・洋菓子の老舗や中華街が点在し、華やかなファッションの発信都市でもある。

一方、山の手には関西有数の名湯・有馬温泉、アーバンリゾートの先駆けである六甲、浜手には酒どころ灘、風光明媚な須磨の海が広がる。

このように、神戸と言えば華やかな都市をイメージするが、実際は山林が多く、北区の裏六甲より北の農村部の方がはるかに面積が広い。
神戸中華街(南京町)
日本三名湯及び日本三古湯の一つ、六甲山の北の麓に位置する有馬温泉の歴史は古く、栄枯盛衰を繰り返している。

古くは、
舒明天皇が西暦631年(舒明3年)、有馬の地に3ヶ月も行幸されていたことが古事記に記されている。

奈良時代の8世紀、衰退していた有馬温泉を再興したのが温泉寺を建立した行基で、その後長い繁栄が続いたが、承徳元年(1192年)の大洪水により温泉街は壊滅した。

これを再興したのが、洪水で埋まっていた源泉(有馬温泉では泉源と呼ぶ)を建久2年(1192年)に発見し、12の坊(僧侶の宿泊施設)を建設した僧・仁西だ。
今でも有馬温泉に「坊」のつく宿が多いのは、この宿坊から由来している。

鎌倉・室町と再び繁栄した有馬温泉だが、亭緑元年(1528年)、大火に見舞われて荒廃した。
これを復興したのが豊臣秀吉だ。
彼は11年間に9回も、北政所や千利休らを伴って有馬温泉を訪れている。
住  所 神戸市北区有馬温泉858
電  話 078−904−0551
交通機関 中国自動車道西宮北ICから県道97号線で約7km
その外、芦屋から芦有ドライブウェイ、御影から表六甲道路・裏六甲道路等多数
 
神戸電鉄有馬温泉駅から徒歩
施  設(日帰り) 食事処、喫茶、ロビー、売店、駐車場(20台、但し駐車場送迎システム)
宿  泊 20室 平日20,000円〜
外来入浴時間 11:00〜15:00
定休日 無休
泉 質 含鉄塩化類強食塩泉(金泉)
御所坊の源泉は「御所泉源」「妬(うわなり)泉源」を併用、掛け流し
入浴料金 1、575円 (手ごろな料金の食事付き入浴もある)
入浴施設 内湯男1女1
浴室備品 タオル、シャンプー、ボディソープ、ロッカー
観光スポット 有馬温泉街(太閤の湯殿館、源泉巡り、温泉寺等)、六甲山
お土産・食事 炭酸せんべい 館内で昼食可
近くの温泉 有馬温泉金の湯・銀の湯、武田尾温泉、宝塚温泉
有馬町HP
御所坊HP

三津森本舗HP
http://www.arima-onsen.com/
http://www.goshobo.co.jp/
http://www.tansan.co.jp/
雑記帳 有馬へは最盛期で年間200万人が訪れていたが、バブル崩壊や神戸大震災のために100万人まで落ち込んだ。しかし、近年になって町をあげての努力の結果、130万まで増加していると聞いた。
温泉巡りの100番目に相応しい温泉として有馬温泉を残しておいた。2002年の12月、温泉仲間のA氏と家内とともに御所坊で昼食・入浴、その後、学生時代の同級生で有馬温泉の名物、炭酸せんべいの老舗・三津森本舗を経営しているY君・奥様と久し振りに会った。
彼の結婚式の前日、彼の自宅で本人・友人と徹夜マージャンをして、そのまま翌日の神戸オリエンタルホテルの披露宴に出席した。若かりし頃の懐かしい思い出だ。
1995年、阪神・淡路大震災で、有馬温泉は大きな被害を受けたが、このとき壊れた極楽寺の下から、秀吉が造らせたと思われる湯舟が発見された。

現在の有馬温泉は、旅館・ホテル・公共の宿が約30軒、近代的なホテル・大旅館から小粋な和風旅館まで幅広い選択が出来る。

町は昔ながらのレトロな温泉情緒をたっぷりと漂わす一方で、バブル崩壊、神戸大震災、そして団体旅行から個人・家族旅行への変化に対応した斬新的な旅館・店舗づくりが進んでいる。

有馬の温泉といえば、すぐ思い浮かぶのが一見すると赤茶色の泥のように見える「金泉」だ。
これは含鉄(U)ナトリウム塩化物泉で、温泉が空気に触れると酸化して赤くなる温泉である。
一方、「銀泉」という透明なナトリウム塩化物炭酸水素塩泉も湧出しており、両極端な二種類の温泉を楽しめるのが有馬温泉の魅力だ。
お土産を求めながら、町内にあるこれらの源泉巡りをするのも楽しい。
ねね(北政所)の像
金泉の天神泉源(源泉)
有馬温泉の中心街
大小の旅館・ホテルが建ち並ぶ
情緒ある坂道の温泉街
名物の炭酸せんべい(三津森本舗)
華やかな特産の有馬筆
有馬温泉のシンボル・金泉(金の湯)
陶湶御所坊(とうせんごしょぼう・・・以下、御所坊)「温泉教授」松田忠徳教授の著書・日本百名湯(日本経済新聞社)に選ばれた宿だ。
ここは、また西日本の名宿として常に上位にランクインされている人気の宿でもある。

創業が1191年(建久2年)、源頼朝が鎌倉幕府を開いたのが1192年だからその1年前だ。
上記の通り、この時代に僧仁西が有馬に12の宿坊を開いたが、この宿坊の一つの名前が現在の旅館名となっている。

御所坊は温泉街の中心、バス停奥にひっそりとし佇まいを見せている。
現在の建物は昭和初期に建築された木造3階建てで、館内外ともその特徴を生かして木造の温かみと空間を演出している。

白熱灯による照明も押さえ気味で陰影を強調し、対象ロマンの雰囲気を醸し出している。
このように御所坊の内外をデザインしているのは、美術作家・綿貫宏介氏である。

客室は20室ほどで、宿泊料金は3万円前後からと高めの設定となっている。(2008年11月現在・・・詳しくは下記陶湶御所坊のホームページを参照下さい。)

宿泊していないので客室・料理の模様は記述できないが、後者に関しては、山家料理と称して洗練された食事が供されるようだ。勿論、地元の神戸ビーフも食卓を飾る
館内風景
美術作家・綿貫宏介氏のデザイン
ワインリストが充実しているので知られている。
有馬温泉で数少ないかけ流し、それも金泉が日帰り入浴で味わえる。
入浴料金は1575円と少々お高いのは場所柄止むを得ないところか。入浴時間は11時30分〜15時までで、予約は不要だが、混雑時は断られることもあるようだ


浴室(男性用)に入ると、左手に浴槽、右手に洗い場がある。
しかしこの風呂は色調・肌触り等から真水を温めているのではないかと思われる。
宿のホームページにも、この風呂については全く触れられていない。

さらに前方に進むと、名物の「金郷泉」がある。
ここはまことにユニークな設計で、浴室への通路部分から湯が張られ、進むほどに深くなっていく。
腰まで来る深さになると左手に浴槽が出てくる。
右手は岩石が積まれた壁があるが、前方に行くに従ってそれが低くなってきて、最後に高低差がなくなって、隣の女湯が丸見えになる。一言で言えば半混浴風呂だ。
分かれていた男女や家族が、岩越しに会話ができるという趣向だ。


温泉は「御所泉源」「妬(うわなり)泉源」の混合泉で、塩分濃度が濃く、海水の2倍もあるという。確かに口に含むととても塩辛い。

湯の色は赤茶色だが、これは鉄分を含むので、経時とともに酸化してこの色になる。
右手の壁は半分ほど先で低くなる半混浴風呂。
温泉は上からでなく、湯舟の下から注がれる。
通路にも湯が来ていて、進むとだんだん深くなっていく。
データ (データは変更されている可能性もあります。お出かけ前にご確認ください。)
入湯100ヶ所記念で、昼食付き入浴をした人気の老舗宿・陶湶御所坊。
ちょうど5年後の月日も同じ日に、有馬温泉に泊まり(かんぽの宿有馬)、2回目の入浴を果たした。
陶湶御所坊正面
陶湶御所坊横の食事処