「何しやがるんだ!?このクソ坊主!!」
「それはこっちのセリフだ、何しに来た?」

 蜂の巣になる一歩手前ですべての弾をかろうじて避けた男を三蔵はちっと、舌打ちして睨み付けた。
 赤い髪の、男。
 扉が開く前、悟空が声にした名前の男。

「……悟浄?」

 ほわっとした悟空の声が、緊張しきった空気にそぐわない状態で響き渡る。二人の男の視線が、パジャマを着た少年に集中する。

「何で?…悟浄ココにいるの?」

 まるで宇宙人を見るかのように、大きく目を見開いて闖入者を指さす悟空の反応に、悟浄は小さく笑う。

「当たり前だろう。おめーが、似合わねぇ風邪引いたってきいたからさ、飛んできちまったんだよ」

 優しく自分を見つめてくる悟浄の紅い綺麗な瞳に、悟空はじっと視線を注ぐ。

 三蔵が何か言っているけれど、何も聞こえなくて。
 ふぅっと力が抜けていくような感覚。
 ずっと会いたかったヒトがいきなり目の前に現れて。


 優しく自分に笑いかけてくれているんだから。


(びっくりしちゃうよ…マジでさ)


 一歩近づいてくる悟浄から、悟空は視線を外さない。
 三蔵の舌打ちする音が聞こえた。


「悟空?大丈夫か?」

 そう優しく聞いてくる、声。だけど…なんだかムカツク。
 無性に、ムカツク。
 三蔵にきゅってしがみつく。ずっと合わせていた視線を悟浄から床に落として……
 くるくると今までのコトを思い出す。なんだかツライことばっかり。
 もちろん、悟浄にキス、されてドキドキして、心地よかったけど。

 でも……


「悟空?」
 頭の上に悟浄の声が降りかかってきたとき、悟空はキツク、悟浄を睨み付けた。


「大丈夫なわけ、ねーだろ!!悟浄の、バカぁぁ!!!!」


 力一杯叫んでやる。三蔵がびっくりして眉を限界まで歪めてしまってるけど、どうでもいい。
 抱きしめられていた三蔵の腕からするっと抜けだし、悟空は床にぽすんっと下り立つ。何も履いていない足に、床の冷たさはちょっと辛かったけれど。
 悟空は悟浄の瞳からキツイ視線を外さず、自分よりずっと大きな男を下から見上げる。

「オレが何で、こんなコトになったって思ってるんだ!?」

 揺らぎない大きな瞳でフリーズされてしまって、悟浄はぐっと詰まって動けなくなる。久しぶりに会う悟空と、ラブラブエンカウンターなんて調子のいいことを思っていたわけではないけれど。

「勝手にオレのこと、ぎゅって抱いて。
 勝手にオレにキスして!」
「…!?」
「ご、悟空・・それは三蔵には秘密だって…っっっっ!!」

 悟浄はどわぁぁぁっと冷や汗が吹き出るのを感じる。
今までに経験したことのない殺気が四方から感じられた。
 なんとかして悟空の口を塞ごうとするが、興奮しきった子供をあやし付けるのは、八戒ならいざしらず悟浄には不可能のことだ。

「……バカバカバカぁぁぁぁ!!!」
「…!!!」

 ぜいぜいっと肩で息をする少年に、熱はどうした!?と悟浄は思うけれどそんなことを口走る隙すらなく。
 悟空の口が噤んだと同時に、重苦しい空気が部屋を巡回し始める。


「悟浄…今の悟空の話……」

 照準が完全に悟浄に合わせられる。逃げられない、と思う。けれど、ここで引くと男が廃ると悟浄は覚悟を決める。
 撃たれてもイイからと、悟空に近づく。



「バカみたいじゃん……」



 きゅっと手を握りしめながら。悟空は、さっきとは打って変わったような小さな声で呟いた。

「オレ…すっげー苦しかったのに……
 ドキドキして……会いたくて……だから、怖かったけど…」

消え入りそうな声でそう紡いだあと、悟空は潤みきった瞳で悟浄を悲しそうに見つめる。
責め立てるようでもなくて、泣きそうでもなくて。
 透明な瞳に、今の悟空のココロがすべて投影されるような光。
 
「……苦しいよ?ドキドキが……あれから、とまんない」
「悟空…」

 小さく首を傾げて、不安そうに自分を見上げる悟空に悟浄は落ち着きを取り戻す。

「……どうしてくれるんだよ?」

 拗ねるような言い方の悟空に、可愛いねと呟きながら、悟浄は悟空の小さな顎に指をかける。


「どうしてほしい?」


 意地悪く尋ねる悟浄を悟空は小さく睨む。

「自分で、考えろよな」

 ふぃっと視線を逸らそうとするが、悟浄の手がそれを許さない。
 三蔵がはっと、気付いたときには既に悟空の唇が悟浄のそれに奪われていた。


 かすめ取るような、一瞬のキス。


「・・ぁ……」

 悟空の、小さな吐息が部屋の空気を震わせる。

「…悟浄!?てめぇ、何悟空にしてやがる!?」

 三蔵の銃が容赦なく弾頭を発しようとして、不本意ながらやめる。悟浄の影に悟空がいることに気付いていたからだ。
 昇華しきれない嫌な気持ちが、三蔵のいらいら度を激しく上昇させる。

「悟浄!?」

 ぎゅぅっと悟空の小さな躰を抱きしめると、その耳元で小さく悟浄は囁いた。


「これでいいかい?お姫様?」


 そのセリフに微かにうつむく悟空の頬を愛しげに撫でる。

「ドキドキしただろ?それの正体、教えてやろうか」

 悟浄のコトバに、悟空はぱっと視線をあげる。
 ドキドキする気持ち。
 なんだろう……コレは?

 大好きな、大好きな三蔵にも感じなかった、感覚。
 そして、悟浄に確かめたいコト。さっきムカツイた原因。

「悟浄も?ドキドキする?オレに会いたい?」

 この感覚は、自分だけのもの?訳の分からないこの気持ち。
 くにゃってなるくらい、気持ちよくて。目の前がクラクラってする。

 悟浄は、にやりと笑って、そして三蔵に意味ありげな視線を送る。

「ああ。お前に、会いたかったよ」
「じゃあ…どして、会いに来てくれなかったんだ?」

 そういったとき、三蔵がぎりっと歯ぎしりしたように感じて、悟空は三蔵と悟浄をきょとんと見つめる。

「さんぞ?」
「オレは毎日、お前に会いに来たんだけどな。強力な保護者さんがそれを許してくれなかったのさ」

 悟空の瞳が大きく見開かれる。
 会いたいって思っていたのは、自分だけじゃなくて。
 ドキドキしていたのも、悟浄も同じ。


「ドキドキだね…」


 悟空は回される自分とは比べものにならないくらいに、がっちりした腕に頬を寄せる。




「いい加減、悟空から離れろ!」

 大股で近づいてきた三蔵が悟空に絡みつく悟浄の腕をまるでハエのように、手で払った。そのまま三蔵の腕の中に押し込められて、悟空はじたばたする。

「さんぞ…く、苦しい……」

 あぷあぷする悟空を無視して、三蔵は勝ち誇った表情の悟浄に冷たい視線を浴びせる。


「てめぇ、いつの間にコイツに手出してやがった?」
「いやー、さぁてね」


 とぼけたツラで窓の外を眺める悟浄に、三蔵の血管は数本ブチギレ5秒前だった。

「こんな小さいコドモに、手出す程、キチクだとは思わなかったがな」

 低すぎる声が、ツンドラ気候を呼ぶ。
 窓の外と部屋の温度差がどんどん激しくなっていく。
 三蔵の腕の中で必死に方向転換をしつつ、なんとか空気を確保できる体勢を整えた悟空は、自分の知らない間に妙に険悪な雰囲気が流れていることにビビってしまう。

「……ど…どーしたんだ?二人とも……」

 ひくっと声が一瞬裏返ったのは、悟空でなくても仕方がないだろう。そんな悟空の姿に優しい視線を送ると、悟浄は回れ右をして部屋から出ていく。

ドアに手を掛けようとしたところで、悟空の細い声が悟浄の背を引き留める。

「悟浄…もぉ、帰っちゃうの?」
「……まぁな。あまりにも保護者さん、怒らせちまったしな。また今度な」

 フラフラっと手を振って、木のドアを引く。
 悟空はうんしょっと、三蔵の腕をどけると、保護者が止めるのも聞かず、悟浄の元へてとてとと走る。
 忘れていたけれど、まだ熱っぽいのだ。
 そんな悟空の姿を見て、悟浄は優しく頭を撫でる。

「ごめんな、悟空。こんな病気にさせちまって」

 悟浄の声が少し、辛そうだったから…悟空はふるふるっと首を横に振ってそれに応える。

「大丈夫だよ、悟浄。なあ、それよりさ。さっき言ってた、ドキドキの正体は?」
 

 悟浄にキスされたときに感じた、ドキドキ。
 会いたいって思っていたときの、ちょっとツライドキドキ。
 来てくれたって分かったときの、ドキドキ。
 悟浄も、自分に対して感じてくれていたドキドキ。


 悟浄は悟空の質問に、少し黙ったけれど。にやっとわらって、小さな悟空の頭をぽんぽんっと叩く。やんわりとした髪が手に心地よい。
 ちらっと三蔵を視界に止め、そして耳元で小さく囁いた。

「―」

 そのコトバを聞いて、悟空の頭には一瞬クエスチョンマークが浮かんだけれど、こくんと頷いた。

「……よく分かんないけど…分かった」
 
 悟空の答えに悟浄はくくっと小さく笑うが、三蔵はそれこそ訳が分からない。何を吹き込んだのかということの方に、心配が集中する。

「悟空、こっちへ来い!」
「あ、うん。」

 保護者の呼びかけに、悟空は少し悟浄を見つめたけれど、たたっと三蔵の元へと戻る。その姿に悟浄は苦笑する。
 まだまだお子様だからなぁ、と。
 でも…。


「じゃあな。悟空。」

 扉が閉まる直前。三蔵に向かって悟浄は、ああそうそうと声を投げかけた。

「もう15歳は『小さいコ』じゃ、ねーよ、三蔵サマ」

 その声が三蔵に届くや否や、今度は躊躇うことなく数発木戸に向かって弾頭が発射されたのだった……
 だはははっという脳天気な笑い声が廊下から聞こえてきて、三蔵は大きな舌打ちをした・・。




 静かになった部屋で、三蔵は小さく溜息をつく。今日一体何度ついたんだろうな…と考えるのもばからしいことを考える。
 悟浄が、悟空に手を出しかけていたことにはモチロン気付いていた。悟空が言った一言が、悟浄の中の何かを変えたのだろう。それ程に、悟空のコトバは偽りもなく、純粋だから心にキレイに染みてしまうのだろう。それはあの悟能、いや、八戒にも言えることだ。

 だからといって、コイツを横からみすみす奪われるつもりは更々なかった。それで。寺院の周りの竹林に、目くらましの結界を強固に張った上に、いくつものワナも適当に張った。


(でもいつの間にか先越されていたとはな・・)


 三蔵はそわそわとしてベッドに入らない悟空をたしなめ、そしてふとさっきの悟浄とのやりとりを疑問にした。

「おい、悟空。さっき帰り際、悟浄はお前になんて言ったんだ?」

 悟空は三蔵の言うことには基本的に逆らわない。悟浄にドキドキだかばからしいことをほざいていたけれど、一番安心するのは自分だと、三蔵は思っている。

「うーんと…よくわかんねーんだけど……ちょっとしてから、窓の外を見れば、分かるんだって」
「……窓の外?」

 もうそろそろかな…と悟空はちょこまかと窓際に躰をくいっとよせる。その姿を見て三蔵は、ちっと、一つの事実にブチ当たる。

「おい、サル!外をみるんじゃ……」


 でももう、悟空は窓の外を見てしまっていて。
 2階から見下ろす地上に。


 大きく手を広げる悟浄の姿を認める。


「悟浄!?」

 窓際から乗り出す小柄な少年を認めると、悟浄は大きく手を広げる。

「悟空!ココへ、来いよ」
「…そうしたら、答え教えてくれる?」
「ああ!」

「オレのこと、受け止めてくれる?」
「ああ、受け止めてやるよ」


―だから、オレの腕の中に、飛び込んでおいで


 悟浄に向かって、太陽よりも眩しい笑顔で悟空はにっこり笑いかける。
 信頼だけじゃなくて、もっと、もっとスリルのある関係。
 コレって、なんていうんだろう?


 何も手につかない、アナタに夢中になってしまう感情。


 窓から飛び降りようとする悟空に三蔵が駆け寄る。

「あぶねーから、やめろ!悟空!!」

 くるりと振り返って、悟空は大好きな三蔵に向かって笑顔を向けた。


「大丈夫!だって、悟浄がいるから。
―何にも怖くないよ!」


 躊躇うことなく、窓枠を小さく蹴る。
 ふわりと舞い上がる躰。
 軽い笑みを浮かべて、自分を受け止めてくれるヒト。

 ぽすっと躰が、温かいモノに包まれる。

「ヨクデキマシタ」
 軽い口調の悟浄に。悟空は、悟浄の耳に唇を寄せる。


「答えは?」


 ドキドキの正体。
 ドキドキするのは、どうして?


「お前がオレに、恋、してるからだよ」


 ちゅっと、音を立てて悟空の唇にキスを落とす。


「じゃあ、悟浄もオレに、コイ、してる?」


 少し悪戯っぽく笑う悟空を姫抱っこしながら、悟浄はゆっくり頷く。


―会いたいから。
 二人だけで、会おう。
 スキ、スキ、スキだから

 悟浄はニッと笑って、窓から痛いくらいに突き刺さる視線を打ち返す。
 完全にゲット、なんてまだまだ早いけど。
 恋を自覚させなきゃ、ゲームは始まらない。


―次は、愛だね、コザルちゃん。

 腕の中の悟空に、悟浄は優しく笑いかける。


―このまま、秘密のデート、しようか?


       〈END?〉
コメント
 三空と思わせておいて、実は浄空。なぜ浄空かは全く不明です。同人誌の三空がイヤになるくらい甘かったので、衝動的にチガウカップリングを書きたかったのかも知れません・・・初めは八空を先にアップするつもりだったのですが、消してしまったので(笑)
 恋に夢中な悟空ちゃんを書きたかったのです★一応、イメージはプッチモニで(笑)ミニモまでは行かないつもりだったんですけど・・・いや、ロリってることには変わりないか・・・
 さあ、悟浄さん、ごくうちゃんをゲットできるかな?
 誰か、浄空好きな人に、捧げます(花音のまわりにはいない・・・)。