こんなにいつも一緒にいたいなんて思ったの、初めて。切ないくらいにあなたを求めてしまうよ
…どうしてかな。
いつでも会えるワケじゃないって分かってるし。
ずっと想ってるだけでもイイかなって思ったこともあるけれど。
 でも、そんなのイヤだなって。
 会いたいなって。
 とまんないくらい、好き。

 とっても大切な人をだましてもイイから、会いに行きたいくらい、好き。
 嫌いな夜だって。あなたに会えるのなら、行けるよ?
 秘密の冒険、アナタに会うための…だったら。

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ふぅ、と溜息をつく。窓の外、天気もいいし、空気もあったかい。なのに、その世界に走っていけない。
思いっきり、野原へ駆け寄りたいのに。
あの土に、ぴとって顔を押しつけたらきっと暖かくってキモチイイだろうに。
悟空は、自由に飛び回る鳥を横目に見て羨ましげに、はぁぁっと再び特大の溜息をついた。

「なあ、三蔵…ダメ?外に行っちゃ…」

 くるんと振り返り、必死で可愛く悟空はおねだりする。新聞を読んでコチラを見てる素振りは見せないクセに、ちょっと身じろぎするだけでも、空気がキっと自分に集中する。

「アホか、てめー、これ以上世話やかせんじゃねーぞ?」

ベッドから起きあがろうとする悟空の頭をパコンっとハリセンで殴る。

「いたいー!何すんだよぅ!」

 と一応言ったモノの、大して衝撃が来なかったのも事実で。三蔵が自分のことを心配してくれているのも強く感じられた。

 ぽすんっとベッドの上に再び寝転がる。長い髪がふわっと白いシーツの上に広がった。
 上目遣いで窓を見遣ると、天と地がいつもと逆。
 寺の大きなミカンの木が、上にある土からにょきっと生えている…。
 変なの…視点を変えるだけで世界が一変してしまう。
 そういえばおかしいなと思うことはいっぱいあって…
 鏡だってそう。ぜーんぶが逆さまの世界なんていうけど。
どうして上下は反対じゃないんだろう?おかしいじゃん?…って何が…??


「ううーー……さんぞ……頭痛くなってきたよぅ」

 ふにゃぁぁっと普段考えないようなことをちょっとばかり考えてしまったせいか、頭の中のバイキンがうりゅうりゅと暴れ出してくる。

 悟空は横に座る三蔵の方に顔を向けて、タスケテと呼びかけた。
いつも以上に甘えん坊になっている悟空の様子に、三蔵は大きな溜息を落としたけれど、幼児化してる子供に何を言ってもムダだろうと覚悟を決める。

「だから言っただろう?おとなしく寝てろと」
「ごめんなさいぃ……」

 朝が来てかなり躰から熱は引いたけれど、昨日の晩から発熱した悟空の髪は少し汗で湿っていた。

 読みかけの新聞を三蔵はたたんだ後、床に無造作に置く。
 ばさっと音がして一枚ばらけてしまったが、どうでもよかった。
 布団の中にすっぽり入って顔と指先だけを少し見せて寝ている悟空を上から見下ろし、丁寧に頭を撫でてやる。
 気持ちよさげに目を閉じて、その愛撫に悟空は身を任せていた。

「さんぞ…キモチイイ……」

 ふにゃーと幸せそうに笑顔を見せて三蔵を見つめる悟空のハナを空いた手でふにっと摘む。

「ふにぃぃ…」

 ふるふると顔を横に振って抵抗しようとする悟空だが、撫でられる快感の方に気持ちが行ってしまって、力が入らなかった。

 自分の手によって七面相する愛しい少年に、三蔵はきっと、他の仲間が見たらひっくり返るんじゃないか?と思うくらいの優しい笑みを浮かべて、悟空の様子を見遣った。
 いつも元気良く走り回る子供が、ベッドに入っているというのも可哀想に感じられるけれど。可愛いコトには変わりなくて、三蔵は、こんなことまで考える自分の末期を少し呪ったりもする。


 どんどんくったりとしてしまった悟空に、遊びすぎたかと思い、三蔵は鼻から指を離した。
 生理的な涙が悟空の金の瞳に浮かぶ。


「さんぞーは、意地悪だ…」
「うるせーよ、コレくらいして遊ばなきゃ、割にあわねーんだよ」


 昨日、まだ寒い中突然夜姿を消してしまった悟空を、三蔵は夜中中必死で探したのだった。で、寺の近くの竹林で、小さくなって泣いていた悟空を発見したのは、夜も更けた頃だった。
 三蔵を見つけて安堵したのか、抱きついてきてそのまま寝てしまった悟空を抱き上げると。その吐く息がムダに熱くて。
 悟空の上昇した体温を戻すために、部屋に戻ってからもずっと起きて看病していたというわけだ。

 いつもなら面倒くさいの一言で片づけていただろうし、何よりも探しに出ることもなかった。
 けれど、相手は自分の大切なペットだ。なんだかんだ言いつつ、三蔵は悟空に甘い。

 その上、自分を見つけたときの悟空の表情が、今にも壊れてしまいそうなくらい儚いものだったから。
一体何が?と思うくらいに。


 そして、どうして突然夜、出ていったのか?


 サルのクセにあまり方向感覚のない悟空は、それを自分でも知っていたから、夜に勝手に出歩くことはなかったし。出歩いても、竹林の方へは絶対に行かないようにと三蔵が強く注意を与えていた。
 竹林は寺を守る為に存在するものであるので、迷いやすいように人工的に作られていた。
 元気でバカな悟空だが、三蔵が特に止めることを破ることは今まではなかった。


 それ程までに、どうして出ていったのか?
 暗い夜に1人でいること自体にとても恐れるこの悟空が?


「……どうしたの?さんぞー?」

 不思議そうな悟空の声に、軽く目を閉じると視線を悟空に戻す。

「お前、なんだってあんな時間に寺を抜け出したんだ?」

そういえばこの風邪の騒動の発端である、寺からの脱走について聞くのを完全に忘れていた。
今までの不機嫌だけれどどこか甘さを含んだ表情は消え、完全に悟空の保護者の顔になってしまう。20歳とは思えない迫力である。

 悟空はその三蔵の気迫に押されたようにしゅんとなるとうつむいてしまう。痛いところをつかれたようで、悟空の肩がビクビクっと震えていた。


「……」


 無言の三蔵をちらっと悟空は上目遣いで伺うと、そんな自分をじっと見据えていた紫の瞳と視線が交差し、一瞬怯んだように金の瞳が揺れる。
 どうせ悟空が三蔵に叶わないのは自明のことだし、ここまで口をつぐむとなると、『つまみ食いしていたら迷子になった』なんていうバカな理由ではないだろう。


「おい、サル。一体どうしてこんなバカなことした?」

「……それは……」



 悟空は昨日の夜のことを思い出す。
 昨日の昼、三蔵が仕事に行っている間近くの市場に遊びに行った。ちょうどその日は市場が最も賑わう日でありとあらゆるものが売られていた。
 その時、一つの店で見つけた綺麗な石。

『コレ、キレイ……』

 いくつか店先に並べられていた宝石の粒の中に。一際キレイに輝く石があった。
 燃えるような赤。
触れると、それだけでやけどしてしまうんじゃないかって思うくらいに。綺麗な炎の色。
そして、思い浮かんだ1人の存在。

 この色と同じ髪の、人。
 意地悪で、女好き。ぶっきらぼうだし、すぐにバカザルっていうけれど。以前にぎゅって抱きしめられたとき、感じたのはすごく力強い優しさと安心。
 でも、三蔵に抱きしめれらた時の方が、ずっと安心できるし、ツラクない。
 アイツの腕は安心できるけれど…それ以上に心臓がどきどきする。
 心がキシキシって動くくらいに、痛かった。
 だけどその感覚が、少し快感で。
 顔がなんだか火照ってきて。

 まるで、熱が出たみたい。

― 三蔵には、内緒だぞ
 そういって、唇にキスされたとき。ぱっと広がった、赤い色。
 目の前にある、この宝石と同じ色だった。


 その色を思い出したら。なんだか、すごく会いたくなって、会いたくなって。
 他に何も手が着けられなくなって。

 窓の外を見た。
 ―ドキドキする、不思議な気持ち。
 やる気が何も起きない。お腹すいてるはずなのに…そんなことも気にならなくなって。

 あの人に会ったのは、いつ?
 もう、ずっと会えてない……
 いつでも会えるって言ってくれたのに?
 
 キスくらい、三蔵だってしてくれる。抱きしめてくれるよ。
 だけど…チガウのはなぜ?

 感覚が、チガウから。


『会いたい』って気持ちが、押さえられなかった。
 真っ暗な中で1人でいるのは怖い。ずっと、怖かった。
 ココが石牢だったら?今までの温かさはただの夢だったらどうしようって、怖くて。三蔵に、抱っこしてもらって…。



「夜1人でいるのは、嫌いなんだろう?」

 三蔵の声。こくん、と悟空は頷く。
 夜、竹藪で迷子になってしまったことを思いだす。どうしようと思った。月の光である程度周囲は見渡せたけれど。自分の周りがすべて同じ景色で。まるで、まるで……

「竹の檻に入ってるみたいだった…」


 それでも、会いたかったから。
 抜け出した。
 きっと、会えるって思ったから。

 きゅっと柔らかい布団を悟空の指が握りしめる。小さく、肩を落として三蔵にもたれ掛かる悟空を、大切なものを守るようにその少年の背に自分の腕を回した。


「……会いたかったの」

「……誰に?」


 ドキドキの、原因。
 初めて、のドキドキ。

 苦しくなるくらいに、呼んだのに。どうして来てくれないの?

 ぽろぽろっと大粒の涙が零れる。
 迷子になっていたときも泣かなかったのに。
 怖かったけど、泣かなかった。もう子供じゃないって、言い聞かせて。強くなるって思って。
 でも、今は。怖いワケじゃないのに…三蔵がいるんだから。もっとチガウ感情。痛いの?かな。

「悟空?」
「……会いに来てくれるっていったのに……」

 変な感覚だけを自分に残して、会いに来てくれなくなった。

「オレのこと、嫌いになったのかな……悟浄……」
「!?」

 ぴくっとその言葉に三蔵の瞳が一瞬鋭くなったかと思うと、いきなり懐から愛用の銃を取りだし扉の方に照準を向ける。
 向けた瞬間に、扉がバタンっとスゴイ音をして開き、それと同時に、三蔵の銃口から乾いた発砲音が静かな寺に響き渡り。
 一瞬遅れて、男の間抜けな叫び声までもが敷地中に広がったのだった……