「痛いから、ヤダ!」
「我慢しろよな!!」

 涙声になる可愛い自分の恋人の顔を、蛮はゆっくり引き寄せる。おびえた様な瞳が可愛くて、苛めたくなる、ちょっとヒドイ気持ち。

「蛮ちゃん…ねえ、やだよ・・オレ…」

 抵抗を試みる恋人の唇に、蛮はゆっくり自分の唇を重ねていく。言うことをきかない子供を叱るように、少し乱暴に。でも、抱きしめる腕は優しい。

「・・蛮ちゃん…」

 じっと見つめてくる大きな瞳が蛮の心をつかむ。これ以上の行為を彼に要求するのが可哀想に感じる瞬間で。
 でも、これだけは自分でも譲れない。
 するっと背中に回していた腕を前に戻すと、蛮はゆっくりと銀次のシャツ中に手を侵入させて、お目当てのモノを探す。

「いいだろ?だいじょうぶだから」

 蛮は柔らかい銀次の胸に自らの指を這わせる。
 ぷうっと頬をふくらませ、銀次は拗ねたような上目遣いで蛮を見つめるが、諦めたように自らの体を彼に委ねた。

「・・蛮ちゃんってば・・意地悪なんだから…」
「こら、動くな!」
「・・や、・・あ!痛い!助け・・!」

 半泣き状態の銀次の声に合わせて蛮はその先を続けようとした…その一瞬の後…


「何してるんです?お二人で?」


銀次の左後方、音もなく現れた声の主は、にっこりと優しげな笑顔で二人に笑いかけた。リーンっと澄んだ鈴の音が、あたりの静寂に響きを加える。

「あ、カヅちゃん…」
 蛮の腕の中から、ひょこっと頭を出して銀次は無邪気にその声に答える。

「こんなところでプロレスごっこだなんて、今時子供でもいわないようなこと、言いませんよね、蛮君」

 天使のような笑顔を今度は、蛮にのみ見せる。
 だが、そのウラは果てしなく黒く見えるのは錯覚だろうか。

「そんなコト、いわねーよ」
 蛮は露骨に嫌な表情を見せ、押し倒していた銀次の体を引き上げる。空気が刺すように冷たく感じるが、それぐらいでひるむほど蛮も弱くはない。

「これからってトキに、デバガメしてくんじゃねーよ」
「銀次さんは僕の大切なヒトですから」
泣かせたらただじゃ済ませませんよ、と瞳の奥が冷たく光る。

「カヅちゃん?蛮ちゃん??」

 緊張漂う中、一人コトの行方が全く分かっていない、この子犬、こと銀次が首を傾げる。
 その子犬の耳がピンっと立った。 

 「士度!!」

 その声に驚いたため少し緩んだ蛮の腕の中から、するっと銀次は体を抜け出させると、ぱたぱたっと彼らの方に走り寄っていく。

 頭一つ分大きい士度の体にぽふんっと抱きついて、銀次は甘える。

「相変わらず甘えただな、銀次は」
 そういって銀次の頭を優しく撫でる。他の人間には絶対見せない、柔らかい笑みが士度の口元にうっすらと浮かんだ。

 しかし顔を自分の胸に押しつけたまま、顔を上げようとしない銀次の様子に士度は不審に思い、彼の顔を上げさせた。
 だが、銀次はぶんぶんと顔を横に振ると、その腕を拒絶する。しかも、その小さな肩は少し震えて、くぐもったような嗚咽が聞こえ始めた。

「ど・・、どーしたんだよ、銀次!?」
 慌てた士度は、花月の方へ助けを求めるかのように目を向け、そして、彼の視線が別の方向に向かっていることに気づき、すべてを悟る。
 二人の集中した視線の先。不機嫌そうな表情を全面に表した、蛮、がいた。

「美堂・・蛮!」
「…呼び捨てにするんじゃねーよ」

 むっつりと、そう吐き捨てると蛮は、荒い足音を伴わせて銀次に近づく。

「蛮君、さっきの質問、答えてくれますよね?」

 蛮はそれを無視し、服が乱れて、素肌を表している銀次の肩に手をのばそうとした。が、その前に剣呑な光と、何考えてるのか分からないが絶対零度に近い冷たさを秘めた視線に阻まれる。

「オレはお前らに用はない。銀次、こっちに来いっつってんだろ?」

 ふんっと鼻を鳴らして、蛮は銀次を呼ぶ。
 びくんっと、銀次の肩が揺れる。そして、おそるおそる、銀次は自分の後ろにいる蛮を振り返った。しかし、その手には士度の服がきゅっと握られていて、それが妙に蛮の心に負の感情をもたらす。

「蛮ちゃん・・コワイもん…」 
「銀・・!」

 完全におびえてしまっている銀次は、士度と花月に涙の浮かんだ大きな瞳を向ける。
 それが彼の計算上の甘えなのか、無意識なのか(100%後者だろうが)。しかし、銀次には意味なく甘い二人には、強烈なモノだったようだ。


「蛮君…覚悟はいい?」
「…美堂、蛮!」


 柔らかい声と怒号は、しかし、空気を激しく揺さぶる。

「…ったく、お前ら、いい加減に・・!」
「あ、3人ともぉ、喧嘩はダメだよお!!」

 喧嘩の原因が何言ってるんだ?の状態だが、なんだか自分が思ってる以上に、変な方向に行ってるコトを銀次は感じてしまって慌てて蛮にかけよろうとしたとき。


「あっらーー!いいとこにいるじゃん!蛮ちゃん!!」


 いきなり緊張の糸をぶちっと切ってくれた女の声が、店内に響く。そう、場所をすっかり失念してしまっていたが、ここは波児の店、お留守番を銀次と蛮は頼まれていたのだった・・。

「ヘ・・ヘブンさん!?」
「銀ちゃん、ごっめんねー、なんかシュラバってるみたいだけど、ちょーっと、ダーリン借りてくねー」

 いつも通りのシゲキ的ファッションで、この空気をぶちこわしたあげく、蛮の耳を引っ張りながら退場する。

 はなしやがれ、など蛮の怒号をまき散らしつつも、その声は確実に遠ざかっていった…

「・・蛮ちゃん…連れてかれちゃったね・・」
「ええ…」

 花月は静かに絃を直す。
 ぽんぽんっと、銀次の頭をたたいて、士度も、その危険な光を瞳から消し去る。
 ぼーぜんとした様子でいる銀次の服の乱れを花月はなおしてやる。
その際に彼は、なめらかな少年の肌の上に、赤い印を見つけて眉をひそめた。

「蛮ちゃん…」

 二人の出ていったドアを見つめて、銀次は頼りなげに呟く。そんな銀次の意識を士度は、自分の腕の中に彼を引き込むことで自分の方に引き寄せた。

「…士度?」

 不思議そうに見上げる黒目がちの銀次の視線を、ぶっきらぼうな言葉で返した。


「…で、アイツと何があったんだ?」


 静まり返った空間に、花月の鈴が、再び微かな音を立てた。


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「で・・オレに用って……」
まさかコレじゃねーよな?!

 目の前には壁。いや、積み上げられた箱箱箱!!
 元々目つきはよくない蛮だが、さらに瞳は凶悪に細められた。

しかし、そんな彼に臆することもなく、美女―ヘブンは、ははは!と笑い出す。

「いーじゃない、蛮ちゃん。」
「いーわけあるか!オレは運び屋じゃねーんだよ!!」

 バーゲン真っ最中。冬のクリアランスだか、ミレニアムバーゲンだかでにぎわうデパートに半分引きずられながら連れてこられた蛮は、どうも大量の買い物の持ち役として選ばれてしまったらしい。
 よくもコレだけ買うものだ、と呆れるほどの箱の山を目の前に、ヘブンはにこにこっとわざとらしい笑顔とともに、両手を合わせて頼み込む。

「もー、蛮ちゃんったらぁ。・・夕ご飯おごってアゲルからあ」

 この猫なで声に何度だまされてきたか分からないが、まあ、夕食付きってことなら・・と思い返していると、


「それに、感謝して欲しいくらいだわよ?」
「はあ?」


 いきなり突拍子もないことを言われて、蛮は変な顔をする。
 ヘブンの顔に、にやああっと意地の悪い笑みが広がると、ぽんぽんっと蛮の肩を叩く。

「だってぇ、あのままだったら、あんた、あの二人に殺されてたかもしれないわよ」
「…アホか。オレがあんな奴らにやられるか」

 吐き捨てるように蛮はそういうと、しゃーねーなー、と荷物を腕に抱え始める。
 そんな蛮を、ふっと優しく見つめるが、彼女はすぐに厳しい瞳に戻す。

「…そうかしら」
「ん?」
「君は本当の四天王のコワサを知らないわ」

 それに、と続けるヘブンの方を蛮は振り返った。

「銀ちゃんが絡むと、特に…ね」

 彼女の厳しい視線が、自分の胸を貫いていく。
 街の雑踏が遠ざかる一瞬。
裏新宿最強最悪の集団だったVOLTSの元リーダー。四天王と呼ばれた者が認めた、たった一人の人物。

 強さだけじゃない、4人が銀次に惹かれたもの、それは、きっと。
自分が惹かれて、そして自分が独占してしまってるのかもしれない。


(ま、そんなことはオレの知ったこっちゃねけーど。)


 険しい蛮の視線は瞬間、地面に落とされるが、すぐにもとに戻される。心配してるのか、おもしろがってるのかイマイチよく分からないヘブンの視線とぶつかる。

「・・なんだよ?」
「まあ、ね。あの二人はほんっとーに、銀ちゃんに甘いからねえ・・」

 残りの品物をヘブンはよっこらしょ、と持ち上げた。でも、あの子犬みたいな潤んだ瞳で見つめられたら誰だって過保護になっちゃうんだけどさ、と思いつつぺろっと舌を出しながら、蛮に指示を出す。

「蛮ちゃん、タクシー捕まえて!」
「タクシー??」

 自分たちが行きに乗ってきた蛮の愛車があるのに??
 納得のいかない顔で自分を見つめる蛮に、チッチッ!っと人差し指を左右に振りながら、ヘブンはパチンっとウインクする。

「蛮ちゃん、私も、実は銀ちゃんには、ちょーーー甘いの」
「はあ?」

 きききーっとタクシーが目の前に止まる。あっという間に、後部座席に自分の持っていた荷物を入れ出す。

「蛮ちゃんとあの二人が争ったら、きっと銀ちゃん、泣いちゃうよ?」

ま、泣いてる銀ちゃんはそれはそれで可愛いんだけど。
さらりとコワイことをいいつつ、蛮の腕の中から荷物を奪って座席の残りスペースに詰め込んだ。
 ばんっと、ドアの閉められる音に、蛮は我に返る。
 すでにヘブンは前席に乗り込んで、窓から蛮にバイバイっと手を振った。


「ま、蛮ちゃん。がんばって裏新宿のお姫様、奪還してきなよね」


 もう、食べられちゃってたりしてぇ、なーんて笑いながらそういい残しヘブンは、最後に、窓からにっこり笑って去っていった。

「タクシー代、この次の仕事の分から抜いとくねー」
「…な…!バカいってんじゃねーぞー!この年増!!!」

 タクシー代の2倍分ひいてやる、そうヘブンは思いつつ、はああ、とため息をついた。

「ったく、結局、私も甘いんだよね、あの二人には・・」