三日月の寝台  花音るり


 秋の夕方、さわやかな帰り道。かすかな風が道端のすすきを優しくなでていく。
 地面にできる二人の影も、長くなっている。
「見てみて!ほら、八戒!影がこーんなに長いよ?」
ぴょんぴょんっと跳びはねて、小さな子猿ちゃん、こと悟空は、はしゃぐ。
「そうですね、でも僕のも長くなっちゃってますね」
「そーんなことねーもん!もうー少ししたら、ぜったいオレの方が長くなる!」
「うーん、じゃあ、それって悟空が僕よりも背が高くならなきゃいけませんよ?」
 八戒は自分より、頭ひとつ小さい悟空を見下ろす。
「じゃあー」
 悟空はたたーっと八戒の前に先回りする。
そのまま八戒の方を振り返ると、両腕を大きく上に延ばす。
「俺、これっくらい大きくなる!」
 精一杯延ばして、ぴょんっとジャンプする。
 八戒は子供っぽい悟空のしぐさに、笑みを浮かべるが、その後少し困った表情をする。
「・・でも、それだけ大きくなられちゃうと、ジープの負担が大きくなっちゃいますね?」
「・・・オレ、おっきくなったらジープ困る?」
 途端に、悟空は首をちょっと傾げて、八戒をじっと見つめる。
 ジープは悟空の友達だ。俺のせいでジープの負担が大きくなるのは、ヤだな、と思う。
「それに、ですね、」
 少しかがんで、八戒は悟空の目線に合わせる。
悟空の大きな金色の瞳はきらめいていて、太陽のかけらのようだ。
純粋な心がキレイに反映している瞳。
「僕は、ちっさな悟空は可愛くて、大好きですよ」
 つんつんっと、ほっぺをつつく。
 『大好き』の言葉に、悟空の子犬の耳としっぽがぴょこんっとのぞく。
「じゃあ、オレも!アイスクリーム買ってくれた八戒、だーいすきだ!」
 悟空はそういうと、『優しい』保父さんと手をつないで、宿屋に続く道をスキップ気味に進んでいった。そんな二人の背中を支えるように、夕方の太陽は、優しく周囲を照らしていた。



「そういえば、悟空、知ってますか。この土地のちょっとした言い伝えなんですけど」
 手はつながったまま、八戒は隣で、自作の『晩ごはんの歌』を一生懸命歌う悟空に語りかける。
「なんでも、何十年に一度、秋のちょうど今頃、真夜中に『月の滴』って呼ばれている花が一面をおおう野原がどこかに出現するらしいんです」
「『月の滴』?」
「ええ。それでね、その『月の滴』が咲く夜には、人間には見えないはずの『妖精』が現れるらしいですよ。」
「ようせー?食べ物か、それ?」
 あまりにも悟空らしい疑問に八戒は苦笑する。
「いいえ、花に宿っている魂のことです。でもね、その花の精たちはすごく恥ずかしがり屋さんで、怖がりさんなんです。」
「『恥ずかしがり屋』で『怖がり』?」
「妖精はとても小さいんです」
「俺より?」
「ええ、で悟空と同じくらい、可愛いんです」
「小さくて、可愛いのか?」
「そう、だからね、悪い人には絶対自分の姿を見せないんです。妖精たちが『この人なら友達になれるかな』って思えるイイコの前にしか、姿は見せてくれないんです」
「『いい子』?」
 悟空は、八戒の袖をくいくいっと引っ張る。
「じゃあ、オレだったら見えない?」
 不安と期待の入り交じった瞳の揺らぎが可愛くて、八戒はぽんぽんっと、悟空の頭をなでる。
「いいえ。悟空なら、きっと見えるでしょうね」
 その言葉に、悟空の表情から一気に不安の色は消え去る。
「じゃあさ、じゃあさ」
 八戒の腕にしがみつくようにして、悟空は勢いよく尋ねる。
「さんぞーは見えるかな?」
「・・・さ・・三蔵ですか?」
 三蔵がいい子・・だったら、世の中から「悪い子」は消え去ってしまうんじゃないだろうか?
「・・少なくとも、銃をバンバン撃つ人には怖がってしまうんじゃないですかね?」
「ふーん・・じゃあ、悟浄や八戒は?」
「妖精さんは大人が嫌いなんですよ」
「なんで?」
「きっと、意地悪されたのかも知れませんね」
そっかーと、八戒の妙な理論で納得したのか、『なんで?』攻撃はひとまず終了する。
 少し、下を向いているかと思うと、
「そーだ!じゃあさ!」
悟空のキラキラ無邪気な笑顔を八戒に向ける。
「オレが、ようせーさんに、頼んでやる!この人たちは『いい子じゃないけど、大丈夫だから、姿みせてもいーぜ!』って!」
「悟空・・」
 思いがけない悟空のセリフに反応が少し遅れる。
「オレに姿見せてくれたら、ようせーとオレは友達なんだろ?だったらさ、きっと信じてくれるよ?」 そう言い切る悟空は自信たっぷりだ。
「さんぞーにも俺の友達みてほしーもん」
 うれしそうに言う悟空の頭の中は、三蔵一色だ。
 きっと、そういったことを自然に口に出せるのが悟空なのだろうと八戒は思う。しかし・・・

「あ、八戒!オレ、ちょっとだけ寄りたいトコ、あるんだ。」
考えに沈み込みそうになっていた八戒の意識を悟空の声が引き戻した。
 いつの間にか、宿屋のある丘が目と鼻の先のところまで来ていたようだ。すでに、日はほとんど山の後ろに隠れていて、秋風は冷気を帯び始めていた。
「あまり遠くに行ってはいけませんよ。もうすぐ夕食でしょうから」
「うん!分かってる!夕食までにはぜってー帰ってくる!」
 悟空の手が八戒のそれの中から離れる。少しの喪失感を感じる。
(ま、どーせ、永遠に僕のものにはならないでしょうが・・)
 宿屋で不機嫌にタバコをふかしているだろう青年坊主を思い浮かべる。
「気をつけて。アイスくれても知らないおじさんにはついていっちゃダメですよ!」
 わかってるー、という声が聞こえるが、本当にどれだけ分かっているのかは、かなり怪しい。
食べ物くれる人=いい人という公式を、ちゃんと消去させないといつか大変なことになりそうで・・
「というか、相手の方に迷惑がかかりますからね」
 ははは・・と乾いた笑いが八戒から漏れる。
 その後、笑顔を消し去り、少し険しい表情になる。
( でも、しかし・・。)
 悟空が駈けていった宿屋へ続く道とはちょうど逆の一本道をみつめながら、先程の違和感・疑問に思考を戻す。
 悟空のさっきの言葉。
『友達だもん』
 質問として、悟空に投げかけることはないだろうが・・少なくとも今は。
 三蔵すら知らない悟空の『過去』。
「悟空、あなたにはそんな友達がいたのかもしれませんね・・」
 少し寂しげなトーンでつぶやく。
 しかし、八戒の小さな声はだれに届くこともなく、秋風がすべてを空へと連れていっただけだった。
コメント
るりにとって初めて書いた三空小説です。ていうか、同人活動再開記念小説(笑)なんかかなり昔に書いたものです・・・恥ずかしい。
それにしても・・・八戒さん、るりの愛を一身に受けてますね。三蔵出てきてないじゃん・・・でも、次こそは、出ますよ、三蔵・・・きっと(笑)


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