情景詩コラム

今週の話題 「星」
闇に浮ぶ淡い光、星。
私は星を眺めるのが好きだ。
ただ夜空に向かって星を眺めるだけだ。

いやなことがあると星を眺めたくなる。
忘れてしまいたいことがあると星を眺めたくなる。
逃げてしまいたい時は星を眺める。

天体望遠鏡を使うわけでも、星座を探すわけでもない。
取り立てて星や関して知識があるわけでもない。
ただ眺めるのが好きなだけだ。

学校で習った星の話はこうだ。
星によってはもう何万年も、何億年も昔に光を放したものがある。
その星は今はもうなくなっているのかもしれない。

こんな話を先生から教えてもらったような記憶がある。
正しいのか、間違っているのかわからないし、
小学校の時に習ったのか中学校の時だったのかそれすら曖昧だ。

それでもよい。
専門書を探せば詳しいことがわかるはずだ。
だが、私は単に星を眺めるのが好きなだけだ。

人間の一生なんて、星光のまばたきにくらべれば一瞬のことだ。
そう思えるだけで、日々の悩みや辛いこと悲しいことを
何でもなく感じられ気がするのだ。

考えればこれから迎える1年間は結構長い。
でも、過ぎ去った年月は不思議なことに時間を感じさせない。
過ぎ去れば1日も、1年も、10年も大差ないような気さえする。

頑張ろうとか
負けないぞとか
追いつけ追い越せとか

余り肩ひじはらずに生きていく
焦る必要も、怖がる必要もない。
星を眺めていると、そんなことが思えるのだ。

想像を絶する宇宙区間の大きさや時空の流れに
私は思わずあくびをしてしまう。

2002年1月5日 ◆祭 作太郎

 

 

 花 火

昨夜、我が家の2階から花火大会を見た。
人造物で最も美しいものは花火ではないかと思う。
夏の夜空を飾る美の祭典。

ドーンと大きな音を周囲に轟かせながら
赤・青・黄・緑と大きな光の輪を描く。
そろそろ終わりかな・・・と時計を眺めつつ
ファイナル(最後の締めの花火)を待つ。
その刹那が愛しい。

花火を見てる間は、胸に煩っている何かを忘れさせてくれる。
酒であろうが自分の趣味であろうが
頭の中を一時的にでも空っぽにさせるものは素晴らしい。

見終わるといくぶん晴れやかな気分になれる。
しかし、何分後かにはその感慨は徐々に薄れていくのだ。

さて、決して忘れてはならないことがある。
半世紀前の日本の夏にも、人を楽します為の花火ではなく
人を殺す為のものが数え切れないほど打ち上げられたことを。
そして今この瞬間にも世界のどこかで繰り返されている愚行があることを。

花火で向かえる夏に喜びを噛み締めながら
私は生ビールをグイとやる。

平成14年7月13日 ◆祭 作太郎