「ねえ、ゆず。これ何?」
ゆず(男子)と佐智(女子)の二人は蔵の中を探検中だった、佐智が手に持っていたそれは、
「日本刀……」
だった。蔵主の子供であるゆずも初めてみる。
「へえ」
佐智が、何のためらいもなくそれを引っこ抜いた。
物語はそこから。
《モトノサヤ》
ブオン――
「さ、佐智?」
刀を引き抜いた佐智が突然俺に切りかかってきた。
「なにこれ! 体が勝手に動く」
「え、どういう」
『説明しよう!!』
パンパカパーン――
いきなり俺の持っていた鞘が振動した。
「うわっ」
『コラ、捨てるな少年! 私はこれでもれっきとした付喪神なんだゾ』
鞘が床板の上でがたがたと振動している。どうやらそれが声になっているみたいだ。
『わしはナア、あの妖刀“とんぶり丸”を長年封印してきたありがたぁ~い鞘の神様
なんだゾ、そこんとこタツトビウヤマエYO』
随分ファンキーな神様だ。
「止めて~」
佐智が再び刀を振るってきた。何とか避ける。
「そ、その畑のキャビアの神様がなんで妖刀なんかに、てかなんで佐智は俺を切
ってくるのさ!」
『とんぶりじゃなくてとんぶり丸の鞘の神様なんだが、特別に教えてやらいでか』
鞘がグルービーに回転しブレイクダンスを踊る。
『実はあの刀にはわしと対の神が憑いていてナ。そいつがまあいつまで経っても
やんちゃな輩でナア。生まれてそうそうに刀鍛冶を操って辻斬りをさせたとか言
う伝説まであるぐらいやいな。もし興味本位に抜いてしまうとアレ不思議。やっ
ぱりそいつも辻斬りしたくなるってスンポーサ!』
16ビートのリズムを刻み鞘が説明している。
「な、なんでそんな刀が俺んちの蔵にあるんだよ」
『お前の祖父が妖刀コレクターだったはずデハでは?』
「知らね~、つ~かじいちゃん何集めてんだよ!! ――おわっ!?」
刀が掠め、風がうなる。
「と、止める方法は?」
『モチロンもう一度オレッチであの刀を封印することSa』
と、ターンを効かせて俺の手に飛んできた。
「何だ意外と簡単」
『させぬ!』
メキャ――
鞘が佐智の剣を受けて、ひしゃげてバラバラになった。
「さ、佐智?」
驚いて刀を握る佐智を見ると、
「わたしじゃない! 手が勝手に」
『む、むう。いかんぜ。これじゃあとても封印なんて出来やしねえサ』
鞘の破片が思い思いに震えて飛び跳ねて、無理だとばかりのジェスチャーをする。
「な、そんな……」
『慌てるねえ、坊主。鞘の代わりになるもんがあればいいんだ。今この蔵の中にあるヤツから適当に選んで憑依するからそれまで必死になって逃げナ』
カクン、と鞘が力を失って、ぼとりと落ちた。
「ゆず! 避けて~!!」
ヒュン――
「おわっ」
水平に刀が走り、それをすんでのところでしゃがんで躱す。
スパン――と、柱が横一文字に切れた。
「な、何だそりゃ!?」
よく見ると刀が不気味に輝いている。
『いかんな、刀がお嬢ちゃんを支配しだした。急ぐ必要があるぞ』
「な、なるべく早く頼む」
『ええっと、どれにしようかな、て・んの・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り』
「おのれも神様だろうが!! つ~か早く選べ!」
すぱすぱと、どんどん切れていく柱や棚。
『ええ、だまりゃんせ。適当なの選んで困るのは坊主だゼ。……ぶっところぶっところぶっぶっぶ。か・き・の・た・ね……よっし、これだ。少年、右手を上げろ!』
「え?」
言われたとおりに俺は右手を掲げた。
パシ――と、そいつが手に納まる。
「な、こ、これは……!!!!!」
それは縁日のくじ引きでよくオマケになる、赤い棒に紙を巻いた振るとしゅるるると伸びる棒。
商品名をペーパーローリングと言う、まごうことなき――おもちゃだった。
「ざっけんな!」
『イタッ!?』
床板に叩きつける。
「おのれは~、こんな紙巻棒であんな真剣に勝てるとでも思ってるのか?」
『神様の神通力を信じんか! あ、コラ踏むな踏むな地味に痛い。とにかく外へ出るんだ、このままでは蔵が潰れてしまうゾ』
「そ、そうだな」
俺はとりあえずうなづいて、刀を振り回す佐智から逃げるように扉を閉めながら外に出た。
ズパン――
その扉が一瞬でバラバラになる。
「うあ~ん、止めてよ、ゆず~!!」
佐智はきっちりと俺を追いかけてきた。
「ね、狙われてる?」
『いや、わしを狙ってるんだろう。お前は巻き添えナンダナ』
「この紙様が~~!!! 地獄へ飛んでけ~~!!」
『わ~まてまて、今オレッチを投げればお嬢ちゃんまで飛んでっちまうぜ』
その言葉に頭に血が昇っていた俺は冷静さを取り戻した。
「そ、そうだな。こんな胡散臭い便所ペーパーのことはともかくとして」
『オイ』
「とにかく。なんとかならないのか?」
『よく言った少年。わしゃ嬉しいよ本当に。ではマズオイラの一撃をあいつに食らわせるんだ』
「お、おう」
佐智はなにやら物凄い勢いで近くの石灯篭やら植樹やらを斬りながらこちらに襲い掛かってきている。
「いくぞ」
ペーパーローリングを大きく振りかぶる。すると強い光がロールの内側から漏れてくる。
「え、なになになに? も、もしかしてわたしを狙ってるの?」
俺はもう一方の手でゴメンと謝った。
「悪い佐智。あとで何かおごるから今は耐えろ!」
「お、鬼~~~~!!」
佐智の悲鳴を無視して、振るう。
とたん、ペーパーローリングが強い光を放って伸びた。
ペーパーのロールはしゅるるると伸びて、
――途中で折れた。
「へ?」
『むう、どうやら中で折れていたようだNA。略して言えばナカオレ』
「言わんでいい!! くそ、そうだよ。確か折れて使えなくなったから子供のころにあそこに置いていったままだったんだよ」
ロールを回収しながら逃げる。
「ゆずのバカ~~!! 怖かったんだから~~!!!!」
佐智がなみだ目で斬りかかってくる。
「うわ、ちょ、ちょっと佐智、待て待て」
物凄い勢いだ。
『ヤバイ。少年、オレッチを前に突き出せ』
言われなくても既に恐怖のあまり突き出していた。
突き出したおもちゃの紙が数巻き分ほぐれて、それが伸び、無数の斬撃をうまくいなした。
『鞘が刃に切れる道理があるだろうか、いやない(反語)』
「おおっ、やるな畑のキャビア」
『ちがうっつーに。それよりヤバイゾ、あの嬢ちゃんキレて見境がなくなってる』
見れば分かる、
「あんたっていっつもそうなのよ。いくら仕方ないからってそんなにあっさりと攻撃していいわけ? もうちょっと形だけでも、躊躇ったり悲しんだりしなさいよ!」
癇癪を起こしたように切りまくる。物凄い形相だった。
「……なんか、いつも通りの様な気がするけど」
『それだけ相性がいいのさ、見るからにクレイジーな姉ちゃんだしNa』
「なんですってぇ~~~!!」
ズガーン――
刀が不気味に光って地面が裂けた。
「ど、どんどん強くなってる」
『ありゃあ刀とのシンクロ率が200%ってヤツだな。もはやどっちが操ってるんだか(笑)』
「笑ってる場合かっ!」
紙をへならせながらも、斬撃を交わす鞘の神。俺は情け無いながらもそいつの後ろに隠れるしかなかった。
『こうなりゃ少年、オレッチたちもシンクロ攻撃サ!』
「ど、どうすれば」
『なあに、簡単さ。オイラは鞘。鞘は刃を収め人々を守るもの。誰かを護りたいと言う意思が働けばきっと素敵なハーモニー』
「よ、よし。護る、護る、俺は護る……って、何を護れってんだよ!」
『嬢ちゃんを護ればいいやな。いつまでもあんな人間離れした動きしてたらいずれ体がぼろぼろになっちまうシナ!』
「な、なんだって?」
ペーパーローリングが強く光る。
『そうだ、その調子でどんどん、護りたい意思を強めるんDA!』
「よ、よおし。俺は佐智を護る佐智を護る……」
「ゆ、ゆず……」
佐智が目を潤ませて感動した。攻撃の手が弱まる。
『今だ少年!』
俺は叫んだ。
「できるか~! マンガじゃあるまいし気が散ってしかたねえよ。だいたい護るとかそういう漠然とした気持ちなんか都合よく思えるか!!」
『あぁ゛ それを言っちゃあ主人公としてはおしまいSA』
紙が悩ましげにひらひらと踊る。
――殺気。
「ゆ~ず~!!!!!!」
物凄い怒ってる。怒髪天を衝く勢いだ。
「なに? 私を護るって理由じゃ不十分だって言うの!! ゆずの私への思いってその程度なの!?」
「いや、不十分って言うか、今の佐智を見ても護る気が失せると言うか……」
「問答無用ぉ~!!」
「や、やばい」
『躱すな! 受けれ!!』
「なんだって?」
大上段に佐智が刀を振り上げた。
「う、うわああ」
俺は、とにかく必死で死にたくないと願いながら目を瞑ってペーパーローリングを前に突き出した。
ガキィィィン――
「へ?」
「おおっ!!」
ペーパーローリングと刀が交差し、互いに光を撒き散らしてつばぜりあいが起こっている。
現実ではまずありえなそうな光景だ。
『よくやった、少年! 少年の“とりあえず自分の命だけは護りたい”と言う意思がオイラに力を与えたSa!』
「うわ、それって全然凄くねえな」
聞きとがめた佐智が目を険悪なまでに吊り上げた。
「なにそれ! あんた、そんなに自分が一番なの? 信じられない!! これだから次男って嫌なのよ!!」
「じ、次男坊は気楽でいいって言ってたくせに……!」
怒りのエネルギーを吸い、佐智の刀が力を増す。俺も死にたくないと言う一心でペーパーローリングを前に突き出す。
「や、やばい。向こうの殺意の方が勝ってるぞ」
「なによそれ、私がそんなに暴力女だとでも言うの!! このっこのっ」
「うわっ、すんげ~矛盾。そういうところが暴力女だっていうんだよ。だいたいなんで刀なんて抜こうとするかな、ガキじゃあるまいし」
『……お~い』
「ガ、ガキですって!? あんたのほうが二歳も年下で、しかもチビなのに!!」
「い、言ったな! 佐智こそ二歳も年上の癖に未だにアニメとか見て、そういうのがガキ臭いって言うんだよ」
『あの~(^^;』
「さ、最近は大人だって見るじゃないのよ!」
「大人がドラえもんなんか見るか!!」
「ど、ドラえもんを馬鹿にしたわね~~!!」
『喧嘩してないでさあ~……やれやれ。まあいいカ。兎に角これで』
しゅるるると、紙が一巻き二巻きとほどけて刀に巻きついていく。
途端に妖刀に取り付いていた神の気配がどんどんと弱くなっていく。
『捕まえたZE、刃の精よ。毎度毎度てこずらせオッテ』
『くそっ、鞘を壊したまでは良かったのに』
最初にしゃべって沈黙していた刃が刃軋りした。
『久々に暴れただけでよしとしとけYa。じゃあNa。ゆっくり寝れ』
ぴたりと刃の全部を包帯のように覆ったペーパーが固まって鞘のような形状になる。
『やらやれ、新たな鞘は脆そうSa。あの少年にでも買ってもらわないとNa』
ふうと、一息つくように木にもたれかかる。
少年たちは、刀とペーパーローリングが手から離れたことも気付かないまま、
「佐智のそういう何にでも興味を示す癖、そろそろ直した方がいいぞ! 絶対!!」
「あ、あんたこそ、その自己中心的な性格直しなさいよ!!」
「自己チューはそっちだろうが!」
「い~え、絶対あんたですぅ!!」
叫びまくる二人の男女。
それを見て、妖刀とんぶり丸とその鞘は鍔をすくめて、
『やれやれ、こりゃあまだまだ元の鞘には収まらねえNA』
巻いた紙をひらひらと振った。