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 どんなにすばらしい冒険譚であろうと、その余生について触れているものは少ない。
 せいぜいが「幸せに暮らしましたとさ」 でお茶を濁すのである。
 無論そんな彼らにしろ揺りかごから墓場まで、将来の設計を立てて人生を送っているはずのだが……。


《たそがれたこやき》




「おい、あんた」
 旅人は、荒野の道でぽつねんと佇む一軒の屋台で足を止める。
「なんでまたこんなところで……たこやき屋なんてやってるんだ?」
 人一人、それこそ旅人のような根無し草が偶然に来るような、どの街からも遠く、どの街の交線にも存在しない、そんな場所なのである。
 あんたと呼ばれた男は、黙々とたこやきをひっくり返している。たくましい、一見して何かの格闘技を修練していそうな巨躯。がっしりとした輪郭に汗をにじませている。
 ごそごそと、その青年の横で何かが動く。よく見るとそれは男の半分程度の身長しかない少年だった。少年は椅子に乗る事でようやく屋台から顔を出す。
「んとね」
 子供は船にたこやきを乗せて包みに入れる役割らしい。彼は無口な青年の変わりに答えた。
「まっているんだって」
「待つ。誰を?」
 少年の言うにはこうだった。

 男は冒険家だった。あくなき探究心を満たすために、男はさまざまな未開地を渡り歩いた。得たお宝や報酬も全て次の冒険につぎ込むような毎日を送っていた。
 男の冒険は徹底して寺院や遺跡めぐりであった。ただの好奇心だったのか、それとも一番稼ぎが良かったのか、それは今となっては覚えていない。何にせよ当たりはずれが大きいのは確かだった。
 あるとき男は、ここからずいぶん奥にある古びた寺院に行こうとして、道に迷って喉の渇きと飢えに苦しんで倒れた。寺院には正規のルートをたどらないと一生道に迷うというトラップが仕掛けられていたのだった。
 引き返せばトラップの効力は失われる。だが、彼はそのトラップの情報をまったく知らず、故に力尽きる寸前まで歩き続けるという愚挙に出てしまった。
 水と食料が尽き、もうだめだと彼は野垂れ死にを覚悟した。
 多くの冒険かがたどる末路が彼にもやってきたのだ。
 そんな時、男が現れた。
 ボロボロのマントの下に白いカッターシャツと黒のズボン。まるで学生服のような出で立ちのそいつは、
「なんだ、腹減ってるのか。ちょっと待ってろよ」
 そう言って目の前で携帯コンロの火をつけて、たこやきとスープを作って見せた。
「まあ、こんなもんでよかったら食え」
 そのたこやきの味は今も忘れない。

「その人は父さんの行こうとしていたイセキにたまに来るっていったんだ」
「って、そいつはもしかして……」
「ああ」 今まで黙って聞いていた男が口を開いた。「賢者だ」
 世界広しといえど、学生服の上からマントを着る奇人は限られている。
 永遠を生きるという一族、刻渡りの賢者。
「待っているって言うのか? なぜ」
「ただ礼を言いたいだけだ」
 不器用な……旅人は呆れた。
「やつらは百年や千年を一年ぐらいの感覚で生きてるんだぞ。あんたが生きてる間にここに来るって保証はあるのか?」
「ないな」
「それなのにこんなところで待ってるって言うのか? あんたら一体どこに住んでるんだ」
 二人が揃って指差したのは裏に在る小さな掘っ立て小屋だった。
「あんなところに……こういっちゃなんだが、あんたら馬鹿だぞ」
「いや、馬鹿はおれだけだ」
 反論もせず、新しいたこやきを焼き始める。ダマのない良く溶いた白い生地を流し込むと、油を引いたたこやきの銅板はじゅうじゅういって湯気を立てた。
「僕はたま〜にここに来るだけだよ」 少年が朗らかに言う 「いつもは母さんのところにすんでるから」
「……別居中か?」
「ああ、馬鹿だといわれた」 男は鼻の頭をかいた。
 そりゃ言われるわ。
 旅人はもういちど周囲を見渡した。荒野、一面これでもかというほど荒野。幸い旅人は彼のように道に迷ったわけではないが、道に迷いでもしなければこんなところにはいないだろう。
「こんなところで商売成り立つのか?」
「たつわけがない」
 丁寧かつ迅速に、蛸の切り身を入れていく。
 そして、全て入れ終えると今度は生地をひっくり返しにかかる。およそひっくり返りそうもない液体のたまりがかき混ぜられると、少しだけ焼け固まった生地が型崩れもせずにひっくり返っていく。
 滑らかによどみなく続く職人芸に旅人はしばし見惚れた。
「父さんはもういんきょ生活なんだ。ばくだいなひほーを見つけたんだって」
 少年は冷めた造り置きのたこやきを食べながらそう説明した。トッピングは鰹節、紅しょうが、青海苔はもちろん、マヨネーズ、ソース、ケチャップ、オーロラソースと何でもあるようだ。チョコレートらしき物まである。
「ほう、そりゃすごい」
「一度死んだ気になればそのぐらいわけでもない」
 玉を作ったところで弱火にする。中身をじっくりと蒸しているのだろう。
「で、あんたは残りの生涯ずっとここで焼き続けるつもりか、たこやきを」
「飽きたらやめる」
 面白い答えだと旅人は感心した。屋台といい腕前といい、彼が一度も飽きないまま数十年たこやきを焼き続けている事は見ればわかる。
「でも、なんでたこやき屋なんだ? 礼を言うだけならそんなことしなくても……」
「待つのが暇だからたこやき屋を開いた。開いた以上はあいつのたこやきを越える味を出さないといけない」
 どんな理屈だ……。そう思いながらも旅人はなぜか嬉しくなった。世の中にこういう馬鹿なおっさんがいるというのは正直楽しくて良い。
 程よく焼けたたこやきをころころ返して形を整え、無愛想な男は顔を上げた。
「で、食べていくのか?」
「ああ、ひと舟もらうよ」
「まいど」
「まいどあり」
 男と子供が笑顔で礼を言った。


エピローグ

「しかしあれだな」 屋台備え突きの椅子でたこやきを食べながら旅人。「こんなに旨いんだから、街で屋台開けば絶対に儲かると思うんだけどな」
「そうか」
「うん、たこやきおいしいよ」
「まあ、ここじゃないとだめなわけだしな……将来坊主が街でたこやき屋やるか?」
「え〜。たこやき屋するなら僕もここがいいよ」
「“するなら”ってことはたこやき屋する気が無いんだな……そりゃそうか」
 旅人はしばらくたこやきを食べた後、おかわりを頼んだ。そして、ふと、
「あ、ならここに村でも作ればいいかもな。ほら、どの街からも遠くて、どの街の交線にもないけど、世界地図から見たらここはちょうど中心だしさ」 屋根の蛸の絵を指差し「海も近いし」
 まあ冗談だけどなと笑って、旅人はたこやきを今度はマヨネーズをかけて食べだした。
「ああ、それもいいかもな」 男も少年も笑った。


エピローグのエピローグ

 学生服の上にマントを羽織った少年が、世界のへそ『交易大国スーガイタ』 に名物のたこやきを食べに来るのは、これより300年後の話である。



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