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《古典を読もう》


「先生、ここの変体仮名の意訳なんですけど」
「何だ、簡単な問題じゃないか……」
 と、ぼやきながら説明し、ため息を付く。
 他の生徒たちも、よく見れば似たようにうんうん唸っている。たった一ページ訳すのに2週間かかってこのざまだ。
 わが国の国語力低下もここまで進行したかと嘆こうとして、
(いや、俺が年を取っただけか)
 一人ごちる。
「先生、ここはどこから見ていけばいいのですか?」
「……藤代ぉ、読み順はテストにも出るって言ってるだろうが」
 書き下し文も作れないときたものだ。
 全く、故人も草葉の影で嘆いていることだろう。
「へへ……どうも。あと、ここの表現ですが、『この時代の歌には神がかり的な物理力があったと信じられていた』と注釈がありますが……」
「その説は、日野派が好んで使っていたが今は否定されている。現代の定説では比喩表現だな」
「へえ、なるほど……」
 ノートに書き写す藤代。覚えは悪いが着眼点はよい、とは思う。
 と、クラス一の秀才、杉来が近寄ってきた。
「先生、やはり一度原典を当たってみたいのですが……」
「原典か、近所の大学図書館になら重版があったと思うが、それでいいか?」
「はい」
「そうか、なら紹介状書いてやる」
「うわあ、杉来って勉強熱心だなあ……よく自分から勉強したいって思うよな、こんなの」
「そう? 結構面白いよ古典文学も」
「そうかあ? 同じ日本語の癖に英語より難しくて俺にはさっぱりだよ。
「まあ……難しいのは確かだけどね」
「先生、古典なんてほんとに習う必要あるんですか? 勉強してもこんなつまらないの読めるだけで何もいいことないじゃないですか」
「おいおい、日本人がそれでどうする」
 流石に呆れて、忠告する。一古典文学者として流石に見過ごせない台詞だ。
「つまらないと思うのはお前がそれを読めていないからだ」
「はあ、読めていないですか」
 藤代に、杉来までも首を傾げる。
「どんな本だって読めば面白い。ただ、古語を目の前にしてどうしてもつまらない難しいと思ってしまう。
 古典はそれを読み解くための力を学んで、偏見を捨て面白く読めるための手伝いをしてるんだ」
「はあ」
「なるほど」
 分かったのか、判らないのかあいまいな返事。まあ、彼らもそのうち分かるだろう。
「昔の本だからって理由で読まれないなんてのは、寂しいもんだぞ。その世代に生きたもんに取ってはな」
 教科書を手に取り、苦笑する。開いたページには、

『ドラえもん』――藤子・F・不二雄

 そこには丸い達磨のようなタヌキのようなキャラクターの表紙絵がユーモラスに描かれている。
 チャイムが鳴った。
「起立、礼、着席」
「よおし、じゃあ来週は“どこでもドアの有用性と、その故障率”をやるから予習しておくように〜」


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