※本編「ショートホープ」をご覧になっていなくても読めると思いますが、細かいところは省略ってあります。
ショートホープ外伝:::





―――はぁん。俺が見ているとも知らないで、そういうことしちゃうわけね。

足首まで沈む柔軟な高跳び用マットの上で、両手を広げてバランスをとりながら、俺は視界の淵だけで2つの人影を追った。彼らをセットで見るのは別に珍しいことじゃない。もっとも本人達にとっては意外かもしれないが。
片方の少年のあまりにもあからさまな好意の食指に、それにさらされている先輩と同じくらい肝を冷やしつつ、俺はついと視線を逸らし見ないフリを決め込んだ。

「おら、一回しかやんねぇよ。こっち注目ぅ!」

同時に、問題の方角に無意識にか振り返ろうとしたクラスメートの視線を再び自分に連れ戻す。たくさんの好奇心に輝く目線を集めて、俺は少しだけ物憂げに俯いた。





今日はこの高校の年に一度の球技大会で、それによって通常授業が全日潰れることを俺達は大いに歓迎した。2年生の種目として男子は卓球とキックベース、女子は軟式テニスとバスケという微妙な地味さはどうかと思ったが、俺は卓球で相方と順当に勝ち進み、順当に4回戦で敗退した。そのトーナメントの決勝はどうなったのか知らない。クラスのバスケ担当の女子にせがまれてレイアップシュートの練習に付き合ったのと、そのバスケ班の中でもリーダー格を担っていたアヤちゃんを眺めるのに忙しかったので。ぶっちゃけそっちの方が楽しかったし、可愛い女の子がきゃあきゃあと賑やかにボールを追うのは、普段長身の男どもにもみくちゃにされる競技に心血を注ぐ者には目の保養として有難い。もみくちゃにされるといっても相撲じゃないよ。念のため。
その女子バスケも見終わっていよいよヒマになり、友人数名と体育館の舞台でごろ寝をしていた俺は、無遠慮な足にいきなり蹴り起こされて不機嫌に身を起こした。

「…んだよー」
「何マジ寝してんだよ宮城。先生に見つかったらまたうるせーぞ。それより来いよ」
「どこに?」

当然の疑問を目をこすりながら吐くと、そのキックベースに行ってた筈の悪友は親指で外を指し示した。外といっても体育館のすぐ前には中庭と昇降口があるばかりで、楽しいものなどなにもないはずであるのだが。それでも友人はどことなく楽しげに言葉を紡ぐ。

「お前をヒーローにしてやるよ」
「何それ?」

現実離れした台詞にバカにしたように鼻白み、それでも俺はまだ惰眠を貪り続ける友人らを恨めしく見遣りながら彼に続いた。
熱気のこもる体育館から一歩踏み出し、爽やかな秋風と陽光にまた眠気を誘われる。昨晩はBS放送のNBA中継を2時まで見入ってしまい睡眠時間が足りてない。友人の話に生返事をして俺は目に入ったものをざっと脳内で整理した。得点板やらネットやらを出すのに邪魔だからと体育倉庫から運び出された高跳び用のマット。その上でトランポリンのように跳躍するクラスメート。マットから落下して通りすがりの女子の悲鳴を浴びているクラスメート。それを笑いながら冷やかす同じそれ。要は2年1組発の暇人の集落が中庭には完成していた。
「てめぇらガキみてーなことしてんなよ」
思わず正直な感想が口をついて出る。
「ガキだもーん」
とお約束な返事が脳天を直撃して、俺はより一層面白くなかった。かといって頬を膨らませてみても、ちょっとコンプレックスのある童顔では女子にいいようにからかわれるのがオチだ。どうもその顔からか身長からか、クラス内でガキ扱いされることの多い俺は、密かに憧れているものがあった。モノっていうか人だけどね。そして当人には絶対知られるわけにもいかねーんだけど。
…とは考えたものの、“彼”には自分の体の魔力をもう少し自覚しておいても欲しかったりする。健康的なのにどこか魔性っぽい長い足のラインだとか、軽く割れた腹筋とか筋のキレイに通った背中だとか。同じ部に在籍する何人かしか、それはなかなかお目にかかれないものだろうが、自分にアート系の才能があったら一回はマジでお願いしたいと思う。クロッキーのモデルをね。
珍しく野郎のことで頭をいっぱいにしたせいかなんだかげんなりとして、俺は爽やかな快晴が一番広い面積で見えるであろうグラウンドの方向に視線を空ろに投げた。
一陣の風がタイミングよくごうと巻き起こり、一瞬視界を奪われる。それが過ぎ去ったあと目蓋を持ち上げてみれば、その風に召喚されたかのようにあの人が背を向けてそこにいた。
ヤンキーだったくせに妙に姿勢のいい後姿を俺が見間違えるはずがない。
思わずさっきの妄想どおりに、指でフレームを作ってその中に全身を収めそうになった。
俺をひっぱってきたクセにちっとも構いやしない友人をシカトして、視線の先の先輩をからかう事に尽力しようかと俊足のスタンバイをしたその矢先、俺は彼の向こうに、同じく見慣れた同じような背格好を認めた。
「―――流川?」
呟いた名前も特別製だ。そんじょそこらにない怜悧な美貌と共に。
黙って節目がちにしていたら、俺より年上に見えるでしょ?想像のセンパイとはまた違った憧れと畏怖を抱かせる流川楓は、どうしたことかその先輩と並んで緩慢に中庭を横断していた。時々木の影に隠れて表情が伺えなくなるから、どんな会話を交わしているのかわからない。とゆーか流川がプライベートで文章を喋ったことなど俺は数回しか覚えていない。かといってボディランゲージを駆使するわけでもなく2人は歩いていたので、なんとなく気になって不躾にも凝視してしまった。

「三井サン…」

唇から空気のように漏れた名前は無意識だった。慌てて唇を押さえる。なんだって俺はこんなキモチになってんの。なんであの人の名前なんか空ろげに呼ばなきゃなんねーんだ。
それもこれも。どれもあれも。全部秋のせいだ。微妙な季節だから皆らしくねぇ行動とらざるを得ないんだ。無愛想・無口・無遠慮の満貫全席な流川が隣の先輩に普段より柔らかに話しかけているのも。強気・不遜・傲慢な三井サンがどことなく深刻そうな儚い表情を奴に晒しているのも。俺がせんちめんたるでめらんこりーになって4回戦で負けたのも、球技大会がこんな季節に開催されるのも。

秋のせぇだよ…だって、今流川と三井サン、グラウンドへ降りる途中の階段で何やってると思う?見つめあって手ぇ握ってんだぜ。手ェ。勘弁してくださいよ、メランコリーにも限度が、ねぇ?三井サンはなんかうろたえてるみてぇだけど、当然こっちに気づきもしてねぇし。流川は三井サン以外見えてねぇし。素だし。どんなにあんたらがいかがわしく見えるか、それは秋のせいにはできねぇよ。

未だ雑談に終始しつつ高跳び用マットを囲む同級生達は、そろそろ会話のネタが尽きてきたのか、四方八方に視線をちらつかせることが多くなってきたようだ。新しいネタ探しに。
―――。
彼らの視線が一定の方向へ遊覧しようとする前に、ジップアップのセンスを疑うイモジャーを脱ぎ捨てて、俺はシャツ一枚になってワンステップでマットに飛び乗った。グラウンドの階段なんてつまらないものを見ていたコトに気付く由もなく、俺の能動的な挑戦に期待する目をいっせいに向けられて流石に照れる。
「おら、一回しかやんねぇよ。こっち注目ぅ!なんかやるぞー!」
「わっ、宮城珍しく燃え燃えじゃん。バック宙やってやってー。一年のときやってたんしょ?」
「たりぃな…そのとき以来やってねーぞそれ。絶対できねー」
ダサジャージも改造して着こなす女子の冷やかしに、軽口で答えながら足元の感触を確かめる。砂利のざらつきはともかくとして、踏ん張りが利かないのは案の定だ。
「悪ぃな宮城。美奈にお前がバック宙得意だって言っちまったの俺なの」
俺をここまで連れ出した悪友が、いつもより低い位置から指先を合わせてメンゴとへらつく。
「カノジョに他の男のネタ振んのカッコわり。自力で勝負しろよ」
「俺器械体操苦手だもーん。身長高いし」
嘆息交じりでけなしたら、皮肉をそっくりそのまま返されてむかついた。んべと舌を出して、マットから降りる。
「げ。宮城気ぃ悪した?悪かったよ。俺も見てぇんだよ。お前の宙返り」
行動から俺の気分を損ねたと見たのか、悪友は慌てて取り繕った。別に気を損ねてやめるわけではないし、期待されてると思うとむず痒くもちょっと嬉しい。
―――アイツもこんな感じだったんかなー…
同じバスケ部の桜木花道の土壇場のガッツをなんとなく思い浮かべつつ、その力を借りるように一瞬握り締めた拳を解いて、シャツをスウェットの中から引き出した。
「やめねぇよ。一度言ったことだしな。俺は期待に応える男ですからね!」
調子に乗って鼻で笑うと、級友の男子からブーイングが飛んだ。下級生か上級生かここを通りすがる連中が、何事かと目を見張る。あああ、必要以上には目立ちたくないんだっつの。グラウンド行きの階段から注目が奪えれば万々歳なんすよホント。

「あ、やっぱ補助いらね。俺多分成功するからバック宙」
「マジかよー?足場悪くて勢いつかねぇだろ」
「だからこっから助走つけんの。最終的にこの上で立ちゃいいんだろ?」
マットの周りに人垣を作り俺の舞台が完成する。言い出した責任からか踏み台になろうかと申し出た友人のそれを断り、余裕げに口角を歪めて見せた。うわー、俺運動神経に恵まれない奴らにはすこぶるムカつく仕草だろうな。せめて内面というか下心は、笑ってしまってちびりそうになるくらいダサいので許して欲しい。結果に昇華できる余裕なんてひとかけらもない。
砂地で2回ジャンプして、自分のバネを確認した。
まだまだ後輩には負けんぜよ。見てるか?花道、流川。まぁ気付きもしないだろうけど。
それにアヤちゃんにも俺の命がけの雄姿を見て欲しかったなー。どこいっちゃったんだろ…
気の置けない弟のような後輩や、女神に等しいクラスメートに寸刻思考を奪われつつも、それは秋風のように何も残さず攫い消えて、残るのは根幹となる思いのみだ。
背後の青空の下に、確実に存在する。

こんなにも俺は何も考えてねーぞ。あんたのこと以外は。

こんな天気のいい日に、んな辛気臭い顔してないでさ、
今くらい瞬間瞬間で生きてたっていいんじゃないすか?
俺と同じようにへらへらガキみたく笑って―――

舞台を囲む無数の視線より、更に遠くから同じような視線を感じた気がして、
追い風にせきたてられるように俺は大地を蹴って地球を回した。





リョ三といいつつも絡んでねぇし。(まぁこのお話の元は流三ですけども)
見るからにヤバイお2人様を庇う男気で複雑な宮城ってことで。
なんてゆうか読者さんを選ぶ感じの話で申し訳(汗)
宮城の片思いって切ない!秋って題にすると無意識に寂しくなりますね。