『 サイアクの始まり 』 #1  




 俺と三井サンに関して。

 あの“始まり”ほどサイアクなコトは無いと思っていた・・・のだが。

 どーやらその認識は甘かったようだ。


 「あー・・・俺、お前のこと結構好きっつーか何つーか・・・どうしよう・・・」


 形の良い頭部を掻きながら、オンナノコのように頬を染めてとんでもないことを言い放つ。
 やめてくれ。頼むから。アヤシイ世界のゲートを開くのは。
 俺が付けた“彼”の顎の傷跡が妙に気にかかる。
 ・・・こっちが“どうしよう”だっての。
 
 


 タスケテ、カミサマ。



 
act1:裏START
 
 俺と三井サンに関して。 

 2度目の始まりは、俺たちバスケ部にあてがわれた部室での邂逅だった。
 1度目は言わずもがな、屋上でのリンチ事件でありそれが発端になったバスケ部襲撃事件あり・・・
 昨日唐突に迎えた終結であったが。

 しかしその事は、今隣でギクシャクと着替えている“原因”も後悔しているだろうから、あえて 
 蒸し返すこともないだろう。わだかまりが無いと言えば嘘になるが。

 俺―――宮城リョータは、隣からビシバシ感じる“気まずいオーラ”に溜息を一つ吐くと、
 ディバックから取り出したTシャツに腕を通した。 
 
 
  ―――放課後、練習が始まる前の閑散とした部室。そこに俺たちが今2人きりでいるのは
 神様の悪戯としか思えない。
 ホームルームと掃除が早く終わったラッキーもこのアンラッキーの布石でしかなかった。
 だって、ドア開けたらいきなりいるなんて反則だ。フツーこうゆう事件の後だと、部室の前で
 躊躇してたりするだろ・・・

 カッターシャツのボタンを外し終えてから微動だにしない“先輩”(一応ね)に、
 俺までだんだん気まずくなってきて、ついにたまらず声をかけた。

 「・・・着替えねぇの?」 

 途端、“先輩”にあらん限りに見開かれた双眸で凝視され、早速声をかけた事を後悔する。
 しかし慌ててその視線から逃れようと、さらに台詞を重ねてしまった。

 「・・・俺の着替えなんて見ててもしょうがないでしょ?」

 「ば、バカヤロウ!だ、誰がお前の着替えなんて見てるかよ・・・」

 今度は視線ではなく言葉が返ってきた。厳密に言うと“罵声”であるが。気まずさの代わりに
 沸きあがったムカツキを何とか抑えると、今度は自分が彼にさりげなく視線を遣る。
 少々の非難の意味も含めて。

  三井寿―――昨日まで肩にかかるワンレンのはずだったのだが、何故か一日で
 ベリーショートになっている。
 そのせいであらわになった輪郭には、過去の傷痕やそれを覆うテープが浮いているものの、
 “美形”という称号を与えて差し支えないだろう。・・・それもまたムカツクが。シャツをようやく払った
 身体もやや痩せぎすのきらいはあるものの、スポーツで鍛えられた形成美が維持されていた。 

 「・・・てめーこそ何見てやがんだ・・・」
  視線を気付かれたか、また可愛くない台詞と共に睨みつけられる。肩を竦め無関心を装ったが、
 続けられた台詞にしばし考え込んでしまった。
 「俺のハダカなんて見ても、お前は楽しくもなんともねぇだろう・・・」
  手早くTシャツとジャージを着込むと、三井サンは何故か恥ずかしそうに俯いた。
  
  ・・・俺は混乱を悟られないよう、平静を装い学ランやディパックを纏めてロッカーに放り込む。
 おいおい、どう解釈したらいいんだよ。てゆーかどう返答したらいいんだよ?
 『いやいや三井サン、美人でいらっしゃるから楽しいです』か
 『当然オトコのハダカなんて見ても楽しくないすよ』か
 『「お前は」ってことは、アンタの裸見て楽しい人もいるってことすね・・・?』か・・・
  最後の選択肢で俺は何故か堀田のオッサンを連想してしまい、昼飯がリバースしそうな気配を
 かろうじて堪えると、「スンマセン・・・」とだけぼそぼそ呟いた。
 そして一秒後に何故俺が謝らなくちゃダメなんだよ!?と思った。
  もうダメっす。この空気たまりません・・・
  しかし―――
 
 「・・・いや、俺も悪かった・・・リンチにかけたりして・・・」

  屈辱の嵐に揉まれていた俺の脳味噌にも、流石にその言葉は浸透してきた。
  昨日に引き続き今日もビックリDayらしい。まさかこの人から半ば諦めていた謝罪の言葉が聞けるとは・・・
  キツイまなじりを伏せ少々儚げな色で呟かれたそれに、俺は勝利と優越感を味わいついつい寛容になる。

 「過ぎたことだしもーいっすよ。アンタも反省してるみたいだし、嘆いたところで俺もアンタも差し歯だし、
 これから一応チームメイトだし」

  冷静に考えればかなり険のある切り返しだったが、優越感に調子に乗った俺と、
 「チームメイト・・・」とだけ呟き、そのまま僅かに頬を赤らめ黙ってしまった三井サンには、それに気付く
 余裕も無かった。

 「ちゅーす!!」
 「・・・ウス」
  そこに、乱入してきた対称的な一年生ズにより、2人きりの世界(ヤな表現だが)は唐突に終わりを告げた。
 「おせーぞお前ら。予選前だっつーのに・・・」
  思わずほっとして憎まれ口を叩いてしまう。それに反応したのはもちろんヤンキー崩れの
 自称天才初心者・・・
 「ふぬっ!リョーちん!文句があるならこの天才にさえ掃除を義務付ける、この国の教育制度に言えい!!」
 「ワケわかんねーよそれ・・・」
  どんな空気も自分色に染め上げてしまえる彼を羨ましく思う。
  そんな桜木花道の主張にかぶって背後から僅かに聞こえた声は、気のせいだと思うことにした。 

  あの人が「・・・サンキュ」なんて言うはずねーもんな。謝罪だけでも奇跡みたいなものじゃん?


  


  が。ビックリDayの奇跡は終わるどころかますます加速をつけて俺に迫って来ていた。


  今、俺は強風が吹きすさぶ校舎の屋上に来ている。
  季節柄その風は冷たくなかったが、俺の心には寒風が吹き荒れていた。
  長くなった日も落ちかけようという練習後、こんなところに独りポツンと佇んでいる理由は至極簡単。
  
  『呼び出し』を食らったからだ。三井サンに。
  
  練習中、シュート練のポジションチェンジですれ違う瞬間、あの人がドスの効いた声で
 囁きかけて来た言葉、『放課後、屋上で待ってろ』を聞いたときには、思わず
 『安西先生!この男全くもって反省してません!!』と縋りつく所だった。
 が、老体に鞭打って指導してくれている恩師や愛しのマネージャーに心配をかけるわけ
 にはいかない。自分の問題には自分でケリ付けるのが男ってもんだろ?

  そんなワケで俺は、今日こそもつれにもつれて絡みまくったあの人との因縁を清算するために、
 あえて呼び出しに応じたのだ。今回はマジで大会が近いので怪我するわけにはいかない。
 友人から取り上げた週刊ジャンプを腹に入れディフェンスは万全だ(本当は水戸あたりに鉄板を借りた
 かったが)
  ・・・三井サンには多少痛い目を見てもらうのもしょうがないだろう。バレない程度に。
 練習中見た限り、かなりの技術を持っていたがやむを得ない。これもバスケ部の為だ。
 結構楽しそうにプレイしていたようにも感じたが、それも演技だったなんてあの人ホントに最悪だ。
 あの時「チームメイト」なんて温情をかけて損したぜ。

  湧き上がってくる怒りに身を焦がしつつ、「最初は腹にジャブを一発入れた後、かがんだ隙に首筋に
 かかと落としを・・・」と戦闘シュミレーションを組み立てているうちに、ギィ・・・と防風扉の開く音が響き
 俺はそちらに向き直った。
  想像した通りの人物がやや躊躇しながらひょろりとした肢体を覗かせると、俺はまず言葉で先制攻撃
 を図る。

  「遅かったじゃないすか。自分で呼びつけたくせにチキってました?」
   この挑発に乗って相手が仕掛けて来てくれたら楽だ。正当防衛が成り立つからだ。
  しかしその人物―――三井サンは少しムッと眉を顰めただけで、すぐ気まずそうな困った表情を作った。

  「あ、いや悪ィ。シャワー浴びてて遅くなった・・・」
  「・・・・・・」
   思いもよらぬ言葉に、俺は見様見真似で習得し構えていた空手のポーズのままでしばし硬直して
  しまった。
  俺だって汗流して来たかった・・・いや、違う。またなんか思いも寄らぬ台詞を聞いた気が・・・

  (はっ・・・これは罠だ!下手に出て俺が油断した隙に、あの長い足(ムカツク)で延髄蹴りを極める気だ!)

  硬直を解き、三井の狡猾さに舌打ちすると、俺はいつ仕掛けられて来てもいいように緊張を高める。    
  あの人はウェイトが無いから攻撃が軽い。十分勝算はあった。気持ちよく一本背負いで投げ飛ばすのも
 可能かもしれない。反動をつければ。

  しかし、三井は一向に喧嘩腰になる様子も無く、風に学ランと柔らかそうな短髪をなびかせていた。
  凛とした眉を寄せ、視線を彷徨わせるその仕草は、何かを躊躇っているようでもある。
  すでに半分以上姿を埋めた日に照らされる頬が微妙に赤いのは、その自然現象のせいだけでは
  ないかもしれない・・・

  「三井サン・・・?」

  俺の呟きが引き金になったように、三井サンは俺の視線を真っ向から捕らえると、どもりながら
 とんでもないことを言い放ちやがった。

  「あー・・・俺、お前のこと結構好きっつーか何つーか・・・どうしよう・・・」

  ・・・・・・
  
  「昨日の今日でわりぃんだけど、マジでお前に惚れちまったみてぇでよ・・・」

  ・・・・・・・・・ 

  「・・・・・・良かったら俺と付き合ってみねぇか?最初は遊びでもいいからよ・・・」

  ・・・・・・・・・・・・

  俺の心の寒風はブリザードに変わり、もの凄い勢いでK2を形成し始めた。
  (え?今俺は告られたのか?これって告られたと思っていいのか?俺に?男・・・
  つか三井サンが告っ・・・!!?)

  「みみみ三井サン!!そっ・・・その“好き”ってーのは英語で“ラブ”みたいな意味・・・じゃないすよね?」

  「バッ、バッカヤロウ!ここまで来てんなワケねぇだろが!お前に恋愛したって言ってんの!
  頭ワリーな!!」 
  
  友情の意の“ライク”に一縷の望みを賭けて、俺は逃げ腰になりつつ問題発言をした男に問うた・・・のだが
 これ以上ない鮮やかな反撃を食らい、俺はその場に卒倒しそうになった。
 はっ!いけねぇ!ここで意識を失ったら、カマを掘られる危険性がある!まだアヤちゃんとも手すら繋いで
 無いのに、汚されるわけにはいかねぇー!!

  「ちょ、本気で言ってんすか!?俺もアンタも医学的にも生物学的にも悲しいほど男じゃないすか!!」
  「わぁってるよそんな事!!でも好きなんだからどーしようもねぇだろ!?」
  「そこをドーニカしてくれよ!!」
  「だからドーニカするために、恥を偲んで告ったんだろ!バカヤロウが!!」

  とにかく不毛な言い争いの間、三井サンはこれ以上ないくらい赤くなった顔で怒鳴り散らし、
 (まがりなりにも告白してんなら“バカヤロウ”はねぇだろ・・・)俺はこれ以上ないくらいにテンパっていた。

  確かに三井サンが稀に見る美形って事は認めよう。顔の造作はとにかくキレイだし、スタイルだって
 職業モデルにも劣らないだろう。腰のラインだってオンナノコでも敵わないヤツ多いんじゃないか?
  しかし!俺が女だったらきっと速攻でオッケーを出すが(性格はこの際置いておく)、俺は極々ケンゼンな
 一男子高校生であるわけで、好きなオンナノコもちゃんといる。それを全て投げ打って年上の男とフォーリン
 ラブは、バクチ過ぎるだろ・・・

  「み、三井サン・・・どーやら本気で思ってくれてるみてぇだし、アンタと仲良くなれるのは悪くないんすが、
 いくらなんでも付き合うワケにはいかねぇよ・・・俺好きな子いるし・・・」
   朦朧としつつも、それだけきっぱり告げると、三井サンはこれまでの勢いを削がれたように沈黙した。
  その端正な面が少し傷ついた表情を隠しきれないでいるのには、罪悪感をちくちく刺激されるが、だからと
 いってその気も無いのに「ハイ付き合いましょう。ホテル行く?」も失礼に当たるだろう・・・
 つーか出来ない・・・

  続けるフォローを何とか探しているうちに、三井サンの方から切り出してきて俺は焦った。
  「そうだよな。いきなり男に告られても困るよな。悪ぃ、どーかしてたわ俺・・・」  
   フツーのやつがそういうのに抵抗あるってのすっかり忘れてたぜ・・・と続けて自嘲の笑みを洩らす
 三井サンの横顔に、彼が送ってきた2年間の生活の片鱗を詮索してしまいそうになる。
  「忘れてくれ・・・」
   そう呟く横顔と声が余りにも儚かったので、俺は踵を返し去って行く後姿を思わず呼び止めてしまった。
   ・・・のが大きな間違いだった。

  「三井サン!!俺アンタを恨んでなんかねーから!きっと友達になれるぜ俺たち!!」
  「・・・バカヤロウ。俺は先輩だぞ?」

   振り返って形の良い唇を綻ばす三井サンは、宵闇に紛れてもキレイだった・・・としか形容しようが
 無かった。
 それは一瞬の微笑で、すぐまたきゅっと唇を結ぶとらしからぬ殊勝さでおずおずと俺の前に立つ。
  「・・・なぁ宮城・・・俺が勝手に思い続けてるだけでもダメか?まだ忘れられそうにねぇんだ・・・てめぇのこと」
   どっかの少女漫画のヒロインが降臨しているとしか思えない台詞に、吹出すのを堪えつつ俺はあくまで
 気楽に告げた。
  「あー、いっすよ。見返り全く無くてもいいなら・・・」
   我ながら酷い突き放し方だと思ったが、諦めてもらう為にはこの位言っても罰は当たらないだろう・・・
   ヘコむかと思われた三井サンは一瞬思案の貌を見せると、花のように笑って言った。
  「サンキュー。覚悟しろよ宮城。絶対手に入れてやるから・・・」
   三井サンは俺の肩に両手を置いて少し身を屈めると、整った睫毛を伏せ薄い唇を
  俺のそれにそっと押し当てた。
   そう、ぶっちゃけキスを・・・キスを俺に・・・俺の唇に・・・

   〇▲☆×□#★!!!??

  「ひぎゃああああ!!キスしたー!!!!」
   今度こそ河岸に意識をすっ飛ばしかけた俺に、三井サンは何だか艶やかな仕草で唇を舐めると、
  クスリと笑んでもう一度今度は俺の額に唇を落とした。
  濡れた感じが色っぽくて、結構柔らか・・・じゃなく!!
  「ごちそうさま」
   満足そうな三井サンの台詞に、俺は反応を返すことも出来ず、シャツの下からジャンプが滑り落ちるのも
  止められるはずが無かった。
  それに気付いた三井サンが不思議そうにそれを拾うのももちろん以下略―――
  「?何腹から出してんだ・・・?今週号のジャンプじゃん。読んだんならもらっていいか?」
  「・・・どうぞ・・・」
  「マジ?ラッキー♪」

   放心状態の俺を取り残して三井サンはすたすたと非常口の方へ歩き出し、閉め掛けた扉から顔だけ
 出して風の音に負けないよう叫ぶ。

  「んなワケで明日からアタックかけっから、早ェとこ俺に惚れろよー!!」

  バタンと重い扉が閉まる音を聴覚が捕らえると共に、俺は膝から崩れ落ちた。
  ジャンプを仕込んでも、イメトレをしても勝てやしない。KO負けだぜ・・・畜生。



  インハイ予選と共に、とんでもねーモノまでスタートしちまったようだ。
  ・・・もう明日学校来たくねぇ・・・


  マジでタスケテ、カミサマ・・・


 

  act:1 裏START/了  act:2 天国と地獄 に続く