「・・・うーん。俺にはけっこう懐いてくれてると思ったんだけどなぁ。軍曹殿は」


 野営地の外れで用を足し、ジッパーを上げながらミヤギ伍長は眉間の皺をくいと深くした。
 バケツから水を掬って指の先を清め、そのまま軽くウエーブがかった小麦色の髪に通す。日に焼けてきしんだ音を立てるそれにまた眉を顰め、そして同じく日に焼けた剥き出しの肌をさする。早く寝袋に帰らないと凍え死んでしまう。軍人としてそれは情けなかった。
 砂を分け緩慢に歩くと同時に、また小便の最中に思考を支配していた男の姿が思い出される。 2ヶ月前、ヘリで支援物資を運んでいたミヤギが国境付近で拾った死にかけの痩せた青年―――それがミツイだった。
 自分とは何もかもが対照的で、背は高く色は白く、最初敵軍の兵士じゃないかと疑ったほどだ。血を無くして最早土気色に全身を染めている彼を連れ帰ったのは、それでも命の消え行く様を見届けるには、まだ若すぎる精神が弱音を吐いたからだった。
 彼―ミツイが自軍の有名人“メルコール・ファイア”だと聞き出したのは軍医のコグレで、そのミツイがパートナーに裏切られ悲惨な逃亡を強いられたとの経緯を聞かされたのはアカギ曹長だった。ミヤギがミツイと2度目の再会を果たしたのは、彼がミヤギ達の小隊に軍曹階級で配属されることが決まってからのことだ。

「てめぇがミヤギ?階級は?」
 陸軍の装備を纏ったミツイが、あの日出会った儚さのカケラも無く荷物を点検しながらせわしない声で問い掛けたので、
「上等兵、作戦によっては諜報とかもやりますよ」
 とミヤギも銃器の点検をしつつ、視線も交わさず返す。
「・・・あんな激戦区にヘリ飛ばしてくるもんだから、空軍のやつかと思ったぜ」
 ミツイはバックパックを纏め終わると、トラックに立てかけてあったスナイパーライフルを手にとりミヤギと同じように点検を始めた。ミヤギのアサルトライフルとは違う、もっとスリムでデリケートな武器だ。
「空軍の奴ならもっと考えて飛びますよ。あの時は物資を急かされて経路をショートカットし放題でしてね」
「・・・なのに俺を拾ってくれた?」

 存外儚い響きを持つ台詞にミヤギは顔を上げ、数メートルと離れない位置に佇むミツイを眺めた。ファッションブックのモデルでも十分通用しそうな精悍な顔立ちは低い位置から見上げても美しく、ふせがちの二重の双眸はきめやかに銃身の構造を追っていた。
 ミヤギがいい返答を思いつかず黙り込んでしまったので、ミツイは続けた。

「サンキュ」

 そう言って、微笑みの形に唇を引く仕草が同性の壁を越えてミヤギには魅力的に映ったので、慌てて彼は口を開いた。

「仲間を助けるのはこの世界の最も大切な礼儀さ。次にアンタと2人きりで喋るときはもっと楽しい話がしたいな」
 
 どうにも落ち着かず、ミヤギは銃も含め自分の持ち物を抱えると一礼し、ミツイのサンドトラックの前から退散した。

 それから今日まで2ヶ月、誰よりもミヤギとミツイは、衝突しながらも認め合う理想的なチームになっていった。



 ミヤギが割り当てられたテントに戻ると、そこには芋虫形の寝具が所せましとひしめき合っていた。敵襲に備えて火は焚けず簡易ヒーターにも制限があるので、睡眠のための暖を取るには自然冷気の入る隙間を無くすように密着しあうしかない。しかし客観的に見ると萎えるのもまた事実で、実際ミヤギはこの中から自分の寝袋を探す作業も嫌になっていた。

「どっか別んトコ寄せてもらうか。ここよりひでぇトコはそうねぇだろ・・・」

 呟いてまた野外に戻ると、ちょうど別のテントから這い出るシルエットに出くわした。縦に長い人影は、しばらく猫背で密集するテントの隙間を縫っていたが、宮城が先ほど用を足した辺りまで来るときれいに背筋を伸ばして星空を仰いだ。

「ミツイ軍曹?」

 ここまでくるともうその正体は掴めていたので、ミヤギは後先も考えず声を掛けた。その声に想像していたとおりの表情が振り向く。ほんの少し不機嫌そうないつもの顔。オリーブ色のシャツと迷彩のパンツ、地に付けた足は裸足であることを、情報部時代のクセでミヤギはざっと確認した。

「ミヤギ?小便か?」
「違いますよ。つかさっきしましたそこらへんで。多分もっと向こうだったと思うけど」
「マジかよ。危ねぇな。踏んだらどーすんだ」
「こんな寒いときにここまで出てくる奴もあまりいませんよ」

 会話をしながら2人は肩を並べる。身長差のある2人の足元から丁度丘陵が出来ていて、それがまたどこまでも広がる砂の国の一部でしかないことを思い知らせてくれた。

「風がやんでても寒ぃけど、それが気にならねぇ不思議な気分だ・・・」
 淡々と呟いたミツイをミヤギは見遣る。
「確かに。俺たちには慣れない静寂っすよね。砂漠の夜ってのは」
「これを平和というんだろうか」
「それはココの住人に聞いてみないと判定できないっすよ」

 そしてまた静寂が流れ、鍛えた肉体にも冷気が侵食してくるのが手にとるように感じられた。ぶるっと震え、ミヤギはミツイに再度問い掛ける。

「ミツイ軍曹はなんでこんなところに?」
 ミツイはちらりとミヤギに無感情な視線を送るとぼそっと唇を開いた。

「いや、寒くて眠れねーからマスターベーションでもして温まろうと」

「・・・・・・」

 今度はミヤギが沈黙する番だった。なんとなく目の前の青年と、酷薄そうな唇から溢れた性衝動に満ちた台詞が脳裏で噛み合ってくれなかったので。いや、実際昼間の彼はかなり赤裸々な発言もすることはするのだ。それでも彼を取り巻く仲間がいなくなると、気の置けない上官としての彼はなりを顰め、孤独でストイックな暗殺者の面が表層を支配するのをミヤギは何度も目の当たりにしてきた。

「お前は?現地妻持ち?それともヴィーナスひとすじ?」
「・・・オナニーのおかずをのぞけば後者っすね」

 ミヤギはたわいない会話に肩を竦めた。冗談を交し合うにはあまりにもここは寒い。どんなにイかしたホットなジョークでもこればかりは。
 ミヤギは唇を震わせながら、あくまで表面上はこれっぽっちも揺るぐことない三井に提言した。

「ヌくにしてもココは適した場所じゃないと思いますよ。達く前にザーメンが凍っちまう」
 ミツイの秀麗な眉が顰められ、ミヤギの大きなブラウンの瞳に僅かに獣性が煌いた。

「どこか空いてるテントに。アンタが忠告を聞いてくれるなら―――俺が謹んで軍曹にご奉仕させて頂きますよ」






 不器用な狙撃手がミヤギに入るよう促したのは、食料や弾薬、装備品の類が山と積まれた倉庫用のテントだった。暗さと狭さにミヤギはほんの少々辟易したが、それでも数ヶ月ぶりに本格的に主張を始めた性欲を沈めるわけにはいかなかった。
 ミヤギは適当な木箱の上に腰掛けると、まだ佇んだままで所在なげにしている軍曹を凝視した。それこそ視姦でも楽しむかのように。暗闇でも滑らかな項がときおり艶やかに骨を押し上げて揺らめくのを網膜に焼き付ける。

「ハニーとは比べるまでもないけど、俺は結構アンタも好いてるんだよミツイサン。上官として信頼してる。だからさっき疑われたのはちょっとショックだったな」

 ミツイは薄明かりの中ついとミヤギを睨みつけた。

「悪いが“信頼してる”が口癖の奴に俺の部隊は寝首をかかれたもんでね。そうそう同じ轍を踏むわけにはいかねーんだよ伍長」
 突き放したようにミツイはミヤギを階級で呼んだ。馴れ馴れしい台詞に上下関係を思い出させようとしたのかもしれない。しかしそれもミヤギは一笑に伏してミツイの剣呑な視線を浴びることになった。
「俺とそいつは違うよ軍曹。俺は嘘ついたら無敵のヴィーナスにぶっ殺されるから軽い口約束は出来ねぇのさ。差し当たって『生きて帰ってきて』を守るために全力で部隊に貢献してる。持ってるモノをリークしてるヒマなんてどこにもねぇワケ」
 左胸の辺りを抑えつつ放った口上に、ミツイも硬質な雰囲気を緩めクスリと笑った。目ざといミヤギがそれを目に入れてないわけが無く、上官のレアな表情にうっそりと口元を綻ばせた。

「ミツイ軍曹。ちょいと趣向を変えません?俺も温かくなりたくなってきた」
「だぁら別に俺に奉仕する必要はねぇって言っただろさっき。好きなだけオナってろよ。こっちはこっちでする・・・」
「わかってねぇな。独りよりふたりでしょ?」
 言いつつミヤギは身を乗り出してミツイの腕を捕まえた。絡みつくような視線の意味を分からないほどミツイは子供ではない。
「・・・無敵のヴィーナスにぶっ殺されるんじゃなかったのかよ」
「契約事項に性行為への制約は含まれてませんでしたからね」
「それこそ信頼されてんだよ。お前。バチがあたるぜ、後味も悪ィ」
 ミツイは写真の美女を思い浮かべ、端正な顔のパーツを歪ませた。それを整頓する余裕も無く、強い力で引き倒され再び動揺が表情に現れる。

「もちろん、それに俺は応えますよ」
 ミヤギのクセがあるが精悍な顔立ちがミツイを見下ろしていた。弾力のある大袋の上に上官の両腕を縫いとめ、両足で巧みに下半身も征服している。
「待て、じゃあこれはなんだ?盛大に間違ってんじゃねーのか?」
 部下の両足の間の昂ぶりを太腿からの感覚で認めて、ミツイは頬をひきつらせた。
「だから、ここにあるのは性欲だけ。人として生理的な欲だけは何にも縛れやしませんよ」
 ミヤギはゆっくりと視線でミツイの抵抗を封じながら、官能的な唇をミツイの耳元に押し付けた。

「本当にこの行為は溜まった性欲を発散する以外の何物でもないんス。申し訳ないですけど、甘い台詞は嘘でも吐けない」

 年下の伍長は割り切ったお付き合いが得意らしい。不気味なほどに何の感情も宿さない瞳でミツイを見下ろしていた。大きな深い色の瞳孔から伺えるものがあるとすれば―――それは純度100%の獣のような性欲だけだろう。
 バカなほどに冷えている砂漠の空気の真っ只中にいるはずなのに、視線をからめ合う二人の額にはいつしか汗の粒が浮かんでいた。


「ごちゃごちゃ言ったり考えたりする前に―――ここに誘ったのはアンタだ」

「・・・そうだ。誘ったんだ。温めてくれよ・・・ミヤギ―――」








 それからの数時間は怒涛のように過ぎていき、そして後には何も残さなかった。
 全身を蹂躙されたミツイはだらしなくシャツだけを羽織ったまま手近な木箱に突っ伏し、ミヤギもまた食料の袋を背にもたれかかっていた。

「こういうのは野暮だと思うんスけど、」

 と、前置きしてミヤギは唐突に呟いた。ピロートークのように甘くはいかないが、ミツイの精神のもう少し奥に触れてみたいと思った。

「男とのファックは慣れてるみたいっすね。締りが良くて中に出しそうに・・・」
 まぁスキンつけてましたけど・・・と続けようとしたら、相手から射殺すような眼力で照射されたので、ミヤギは両手をあげて降参の姿勢を表明した。
「からかってるワケじゃねぇ。アンタ最高でしたよ。互いに気持ちよく暖を取れた。ねぇ?」
「よく言う・・・俺はそれ以上に痛かった。だいたいあーゆうのはご奉仕じゃなくてご無体っつうんだエロ猿め・・・」
「ひでーなミツイ軍曹。俺のゴールドフィンガーにケチつける気ですか?」
「ゴールドフィンガーはともかく、ディックの扱い方にはまだ改良の余地があるよな」

 ミツイの皮肉にミヤギは子供のように頬を膨らませ、故郷の言葉でか、ミツイには聞き取れない言語で愚痴を漏らした。軍曹はその様子ににやりと笑みを浮かべると、そのまま目蓋を閉じ夢魔に引きずられるように細い首をがくんと折る。
 ミヤギがそれに気付くと慌てて駆け寄った。

「ミツイサン!まだ寝ちゃダメ!服着て寝袋に入らねぇとまた凍えちまうって」

「・・・ぅ」

「え?」

 すでに濃い蜂蜜色の瞳はまぶたの裏に隠され、力を失った体は簡単にミヤギの腕に納まる。ミヤギが散々に喘がせた唇から掠れた声が漏れ、それが何らかの意味を持っているのを聞きとめて、年下の伍長は思わず彼の表情を凝視した。

 薄暗がりの中、青白く映える頬に流星のように雫が伝う。意識は無いだろうにあからさまな悲壮を含んだ上官の美貌に、ミヤギは何も出来ず息を呑んだ。











 砂の国の朝は早い。
 太陽がまだ姿を見せないうちからたちのぼる熱気によって、生き物はすべからく覚醒を強いられることになる。寒さをしのぐために纏った寝袋が数時間後には蒸し風呂と化す事を呪わずにはいられなかったが、隊員たちは不平を漏らす前にきりきりと寝具を纏め始めた。テントが割り開かれ、上官の鍛えられた発声がそういう大方の者の上を通り過ぎ一点に降らされる。

「オラオラいつまで寝てやがるバカヤロウ!!そんなにママの夢が恋しいなら、砂に埋まって××が干からびるまでおねんねしてな!」

 早くもブーツからヘルメットまで装備を整えたミツイが、仲間達の行動にもとんと無頓着に図太く睡眠を貪る寝具の塊を長い足で蹴り飛ばした。カーキ色の芋虫はその衝撃にもぞもぞと動くと、不満そうに上半身を露にした。見覚えの無く若い―異常に端正な顔を、ミツイは片眉を器用に持ち上げて見下ろす。しばらくうつらうつらしていた青年は、一重の切れ長の黒曜で胡乱げに
ミツイを見返した。

「うす・・・」
「ウスじゃねぇキッド。ここはカレッジスクールじゃねぇんだ。時間厳守は当たり前、規則には従ってもらうぜ」
「・・・イエス・サー」

 オリエンタルな美形の青年兵は、従順に返事しつつも何かを探すように辺りに視線を彷徨わせていたので、気の短いミツイは多少苛立った。それでなくとも寝不足なのだ。表面上は普段どおりに振舞っているつもりではあるが。
 ミツイが目の前の、少年と言っても差し支えないほど若い部下の胸元から覗くドックタグを確認しようとする前に、彼は薄い唇をぼそぼそと開いた。長い漆黒の前髪といい、いかにも根暗そうな男だと、ミツイは朝から暗澹たる気分だった。

「サージェント、つかぬ事を伺いますが・・・」
「?なんだ」
「バスケットボール、知りませんか?」

 この場の空気にそぐわない突飛な小道具の名称に、ミツイは思わず拍子抜けした表情で小首を傾げた。珍しいコンビの珍問答に、成り行きを見守っていた同室の連中がどっと沸く。ミツイがいなそうかと振り返る前に、ヘルメット程の大きさの球体が天井すれすれに弧を描き、三井の前の男の手中に収まった。

「ルー、そんなに大事なもんなら蹴り飛ばすんじゃねーぞぉ」
「そーそー、てめぇ寝相悪ぃからしょちゅうこっち来んだよ“カノジョ”。浮気されても知らねーぞ!」

 オレンジ色のボールを放った仲間の冷やかしに、美貌の男はムッとすると指の先で“カノジョ”を回すと大事そうに抱え込む。それに油性のマジックで書かれたらしい単語は、ミツイの位置からは読み取ることが出来なかった。おそらく故郷の親族からの彼に対するメッセージだと思うが。

「すみませんねミツイ軍曹。コイツからバスケ取っちまうと、顔とナイフアットコンバットマーシャルアーツしか残らないんで勘弁してやって下さいよ」

 年長の兵士の言葉にミツイはああと思い至った。アーミーナイフでの白兵戦を得意とする新兵がこの作戦の前に入隊したことを思い出したのだ。もっと筋肉の張り詰めた山のように屈強な男を想像していたので、まさか目の前のムービースターかと見まごう美しい青年がそれだとは思いもよらなかった。名前は確か―――

「ルカワ?」
「イエス・サージェント。階級は上級一等兵、認識番号SH11。所属は・・・」
「あーいい。いい」

 まるで台本を読み上げるように一定の調子で(それもまるで変化しない能面で)続けようとするルカワをミツイは諦めたような顔で制し、続けて告げる。

「それよかとっとと起きて装備を整えろ。ったく、修学旅行じゃねぇんだぞ」
「ウス・・・わかってる。これから向かうのは戦場」
 
 真摯な瞳でミツイを見つめ返し、ルカワは立ち上がって柳のようにするすると準備を行っていった。身長が5.6フィートのミツイよりも若干高い長身は、しなやかなのに若さ以上の威圧感を秘めている。メディカルキットなどを詰め込んだバックパックを縛ると、最後に彼が唯一執着を見せるバスケットボールを名残惜しそうに撫で、そして黄砂の中に埋めた。

「・・・持っていかねぇのか?まぁ、かさばるもんだけどよ」

 すでに大方の隊員は外に出て、テントを畳み銃器の点検をし、ジープに荷物を投げ込んでいる。ルカワのまるで儀式のような仕草にミツイは思わず声を掛けていた。それもどう考えても不可思議な。ルカワは少年らしさを残した顔立ちに僅かに愁いを滲ませると、思案するように長い睫毛を伏せた。

「サージェント、コイビトはいますか?」
「・・・いや」
「いたらわかると思うけど、たいせつなものを連れて行くわけにはいかねぇ」
 当たり前のことを生意気に語るルカワに、ミツイはムっとして言い募った。
「イイ奴がいなくたってそれくらいわからぁ。オンナとボールを同等に語るか?普通」
 ルカワはちらりとだけミツイに目線を送ると溜息をついた。

「・・・ムキになるなよ。底が知れるぜ?」

 それがまたミツイの神経を煽り、さてどうやってやり込めようかと下士官特有の下品な罵声が脳内を闊歩する。それを声帯に乗せる前に、ルカワの長い指が圧倒的な素早さでミツイの細顎を捕らえ、印象的な漆黒の瞳がミツイのそれを真っ向から覗き込んだ。

「オンナと同等・・・?俺にとって“コレ”は何にも比べられない夢なんす。それを馬鹿にすんのは誰であろうと許さねー」
 
 ―――メルコール・ファイア。ミツイが想起したのはどこかで聞いたその単語だった。
 闇色の瞳の中、燃え盛っていた炎が徐々に勢いを失うのを至近距離で見た。
 
「・・・たとえ、叶わなくても」


 上官としての返す言葉を模索するヒマも無く、2人の対峙するテントをめくり上げられ、現れた小柄な身体がそれに見合わない声量で名を呼んだ。砂避けのゴーグル付きのヘルメット下から覗く童顔は、ミツイが思ったとおりの人物だった。

「ミツイ軍曹!アカギの曹長が呼んでますぜ。今日の行軍のルートを確認するそうですが!」
「わかった。ミヤギ、てめぇも来い」
   
 ルカワはまた相変らずの無表情に戻ると2人の上官に軽く頭を下げ、完成された美貌を無骨なヘルメットの下にしまいこんだ。





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