DARLIN' oh darlin'



恋愛の難しさを知る。
まるで中世の平民が王族の姫に恋するようなリスクの高さだ。
それくらい平民の俺が彼に出来ることは限られすぎている。
守ってやる必要も無い。
甘い囁きを投げる必要も無い。
もちろん身体をつなげる必要も。
なのに自分はそれを願う。

とうに普通のやり方では幸せになどしてやれない。
彼から男としての悦びを奪うなら、俺が同じものを与えることは義務だ。
だから憧れるものにしてやりたかった。
なりたいものになって。
彼が彼の舞台で英雄になれるために。
自分は彼を全力で好きになる。



「あれですよ三井サン。ワールドカップの決勝戦。激しい接戦で前半後半
0対0のままゴールデンゴールも決着つかず試合は白熱したままPK戦に。
そこでも次々選手はお互いにキメてくが、相手チームの4人目がキーパー
正面でゴールならず。そこで三井サン。チームの最後の選手であるアンタが
登場だ。決めれば英雄スよ。外せば・・・凡人?」

宮城はつらつらと言葉を吐き出しながら、クスクス笑って三井の裸の首筋に
顔を埋めた。直接吹き付けられる熱を持った吐息が、その台詞を三井の脳裏にまで
浸透させていく。全身を束の間はしる官能と羞恥に微かにうめきながら、三井は
閉じていた目蓋をうっすらと開いた。
「・・・そのシーンでてめぇはどこにいんだよ?」
「俺?俺はそのアンタの「瞬間」を、家のテレビでせんべい食いながら見てんだよ」
宮城の長い指が三井の顎の曲線を滑りながら眼球を覗き込んでくる。三井の瞳は
真摯だったが、宮城の大きな瞳は少し悪戯めいた笑いを含んでいた。
「せんべい・・・は嫌いだ。ぱさぱさしててのどが乾く」
「じゃあところてんでも食っときますか」
「なんでそこでところてんが出てくんだよ」
三井は今度は露骨に凛々しい眉を顰め宮城を睨みつけた。普段は空にまっすぐ伸びる
背中をシーツの上に横たえ、薄く筋肉のついた腕を垂直に浮かせる。それは自然、
三井自身に覆い被さる宮城の髪に触れ、柔らかなそれをゆっくりと梳いた。
「色気の無い会話・・・」
そのまま三井が真顔でふてくされたように言う。
「しょーがないじゃん。俺、こうゆうとき何喋ればいいんだか・・・」
宮城は情けない声を出して、再び三井に五感を注ぎ込むことに集中した。
三井はその宮城の背中に頭部から手を回し、熱を持ち出した顔をベッドサイドへ背ける。
暗がりに浮かび上がる見慣れたキャビネットとシルバーのローボード。
つい先刻まで見ていたテレビが視界に入った。
何も変哲の無い自分の部屋でこんなことをしている。三井は複雑な表情を隠せなかった。
ついと横を向いた三井の小顔を宮城の右手が彼と正面から視線を合わせるように
引き戻す。三井は内心の動揺を押し殺し普段の気丈な声で挑んだ。部活時に発している
それとなんら変わらないはずだ。
「・・・んだよ宮城」
「・・・ようするに俺は、アンタが好きなわけで」
・・・真っ向からこんなことを言われて照れない奴がどこにいるとばかりに、
三井は再び、今度は何が何でも視線を逸らした。宮城がそれに慌てて追いすがる。
「う、嘘っすよ!嘘!お願いこっち向いて!」
叫んだ宮城に三井から加速装置をつけた枕で返事がなされる。
「嘘ってなんだよ!やっぱ嫌いなのか!?そうなんだな!?宮城!」
「ちげーよバカ!ああもう俺なんて言えばイイんすか!?」
三井のシンプルなベッドの上で始まった不毛な言い争いは、そのまま肉体を駆使した
戦闘にとって変わられた。抵抗する三井の二の腕に噛み付く宮城の腹に三井が
膝蹴りで反撃する。
「いてぇ!痛いっすよ三井サン!腹・・・吐く・・・」
「叫ぶな!吐くなバカヤロウ!ああかぁちゃんが起きてくるだろ・・・」
そこで三井ははっと気づき、こそこそとベッドからずり落ちかけている毛布を取り、
その中にもぐりこんだ。宮城は腹を押さえて恨めしそうに唸りながら、三井に
怪訝そうな表情を向ける。
「おーい。三井サン?」
「バカ。寝ろバカ。かぁちゃんが下にいるのにこんなことできるわけねーだろバカ。
また今度だ。バカ」
「・・・なんでそう所々にいらん単語を挟むんすかアンタ・・・」
そう吐き捨てつつもすでにすっかり萎えてしまった宮城は、三井のベッドから滑る
ように下りて、フローリングに敷かれた布団にふっと背中から全体重を預けた。
暑い季節なので上は裸体のまま、とりあえず下履きだけ身に付けると、タオルケット
に包まる。そのまま三井のベッドに背を向けるように寝返りをうった。
背後で三井が半身を起こした気配がした。静かな息遣いが少しだけ耳に届く。
「なぁ宮城・・・」
夜の闇のせいか、か細く聞こえる先輩の声に宮城は短く返答した。
「お・や・す・み」
電話のコンセントを抜いたように、それは明確な打ち切りの合図だった。
空間に少しだけ衣擦れの音が響き、再び室内は静寂に彩られた。

おやすみ。と言ったものの大人しく寝つけるわけもなく宮城は三井には聞こえない
ように静かにため息を吐いた。

気づけば自分たちはこんなことの繰り返しで、また朝になれば罵りあいながらも
共に朝の匂いのする坂道へと歩き出し、そして昼にはひとつのボールを追って
詰り合いながらも笑っている。そして自分からしばしば彼の方から夕方、
汗に濡れた艶かしい顔で誘いを掛けて、夜言葉少なに帰路につく。
ぞっとしない毎日だ。規則的なようで不規則な。そのくせ変化など何も無くエンドレス。
今、宮城が煩悶するこの瞬間でさえ、過去同じようなことがあったと断言する
ことができる記憶がある。
軽い気持ちで、笑い飛ばしてくれればと、三井に冗談交じりで禁断を告げてから、
自分は何を求めて何を拒否してた?
三井が聴覚でそれを認識してから、常には無い真摯な表情で返した言葉を・・・
嬉しくなかったとは否定できるはずも無いのに。
それから何一つ自分は踏み込めていない。
「好きだ」以外の言葉を言ってもいないし、ましてや彼から引き出そうとはしない。
とどめは先ほどの英雄の話だ。
まだ真意を言っていなかった。

三井サン。俺にこのとおり出来ることは少ないっすから。
だってアンタは俺が思うよりきっと強いから。
守ることもキスも交接もいらないでしょう。
だからせめてアンタを“英雄”にしてやりたかった。インターハイが近い。
アンタがもうちっと深く興味を持ってくれたなら言うつもりだったんだ。
「アンタはきっと英雄になれるよ」って。優しく笑って。
そしたら今日こそ俺たち、最後までイケたかもしんねぇな。
それは必要の無いことだったのかもしれないけど。

視覚に焼きついた彼の青白い肌と目に見えるような放射熱は、まだ宮城の五感を
めまぐるしく這いまわっている。それを追い出すように宮城は目を閉じ、
眠りの世界に誘われようと静寂に無理やり身を任せた。
嗅覚がこの部屋から、微かな三井の匂いを嗅ぎ取ってくるがそれも無視して。
現と幻の狭間で宮城は、360度鮮やかな色の観客に覆い尽くされた世界の中心に、
長い指でボールを持ち目を閉じて静寂を纏う三井を見た気がした。





「カッコいい男になりてぇよ俺」
言いつつ、目の前の数学のノートにかなくぎ文字で落書きを始めた三井に、
向かい合ったゴリラのような男の鉄槌が下った。
彼の所属するクラスの教室に、軽快な打撃音が響き渡る。
「そんな子供じみた事をしているようでは一生なれん!バカモノ!」
「イテェ!てめっ本気で入れやがったな・・・」
自業自得なくせに恨みがましい三井の視線を、真っ向から受けてたつ巨人の名は
赤木といった。三井が所属するバスケ部の主将で、彼の存在が無ければこの湘北
高校のインターハイ出場はありえなかっただろう。もっともそれは誰一人が欠けても
成し得ないことではあったのだが。
「・・・で、なぜ突然そんなことを?」
几帳面な文字で自分のノートに文字を綴っていく赤木が、視線はその鉛筆の先から
動かさず低い声で問うてくる。
普段突飛なことを言えば80%は無視を決め込む男の意外な反応に嬉しくなって、
三井は無邪気に笑った。
「なりてぇんだよ。誰のそばにいても映えるようなさ。そいつの色には染まらず、
でもそいつを引き立てることもできるよーな・・・って何言ってんだ俺」
「ようするに惚れこんだか何かの相手に、みっともなくいたくないわけか?」
今度は三井が赤木の頬に拳を入れた。
「ななな何言ってやがんだこのゴリラ!惚れこんだって何・・・っ!」
しゅうう・・・と煙を立てるようにして机に顔を伏せた赤木にクラスメートの動揺の
眼差しが集まる横で、三井は必要以上に狼狽していた。
「貴様三井・・・何故殴る!?」
「お前だって殴んじゃねーか!」
復活した赤木の鬼のような眼光に怯みながらも三井は気丈に言い返し、赤木は
それにぐっと詰まって苛立たしく嘆息した。
「・・・こんなことをしているうちには理想は語れん・・・」
「・・・まぁな・・・」
珍しく同調して2人はまた英語のミニテストの勉強に集中し始めた。出席も成績も共に
拙い三井が赤木に教えを請う形でやってきたのだが、彼はあまり赤木を頼らなかった。
正解なのか間違いなのかは気にもとめないように、ただただ筆記の音を止めない。
「・・・期末試験も近いな・・・」
赤木の呟きに三井は静かな声で返事した。
「あー。そうだったな。ノート全然執ってねぇや俺。木暮に見せてもらわねーと」
「・・・三井。お前なんでギリギリまで人を頼らない?」
深く嘆息してじろりと三井を見遣る赤木に、視線に晒された主はシャープペンシルを
チッと指の上で回した。赤木はもう一度いった。
「頼ることが格好悪いなどということはない。要は人に頼る事によってお前自身が
何らかの成長を望めるかが重要なんだ。それが出来たらそれは依存にはならない」
「相変わらず小難しいことを言う・・・」
それでも三井は形良い唇に笑みを浮かべた。
言えやしねぇけど。お前のそう実直なとこ超スキ。
「カッコいいよな・・・」
「お前の基準など理解できん」
三井の口から無意識に漏れた声が、窓から微かに出入りする生ぬるい風に溶けて行った。
何かに向かって迷わず進み、同時に他のこともやり遂げられる。
文武両道な赤木であり、自分に一途な想いをぶつけて来る宮城であり、
三井にはその人種が眩しかった。
そういうものになりたいと叫びたかった。
誰かのために。

しかし現実は望むだけでは上手くいかないものだ。
恒例バスケ部の日常的喧嘩は、いつもは長身の対象的な1年生ズによって行われるが
今日は少しメンツが異なっていた。
「三井サンがやったんでしょー!?」
「っせぇな!!てめぇが唆したんだろうが!!」
「みっともないことには変わらん!上級生の自覚が無いのかバカモノ共が!
連帯責任だ!!」
「げ!マジっすか!?」
いきり立つ主将と細身の長身の少年と対を成す背の低い少年と。
その足元には鏡と思われる物質が、キラキラと体育館の窓からこぼれる光に反射して
輝いていた。しかしその物質はそのように輝くためにあったわけでは無論無い。
「三井・・・大人になろうぜ・・・」
「こっ、木暮まで!!」
副主将である木暮の呆れたようなため息に、さすがに三井はかっと頬を染めて大仰に怯む。
そのそばで宮城がざまーみろという風に爆笑したが、その軽くウエーブがかった
茶色の髪の頂点に瞬く間に鉄槌が振り下ろされた。
「笑っとる場合か宮城!!」
頭を押さえてうめく宮城と木暮に必死に弁解を繰り広げる三井に、赤木は盛大に
嘆息した。そして体育館中に響く声で、ふざけてデッキブラシで格闘して体育館
備え付けの両面鏡を割るというヘマをやらかした2人に言い渡す。
「お前たちに限ったことではないが最近暑さのせいか全員たるんどる!!IHに向けて
精神を引き締め鍛えなおすため、三井!宮城!貴様ら今週日曜K公園で開催されるマラソン
大会に出場して上級生である威厳を見せろ!」
「ええーっ!?」
「んだよそれ!?」
悲鳴をあげる三井と宮城の背後で下級生たちがぼそぼそと会話をはじめる。
「K公園のやつって毎年どっかの自治体がやる大会だろ?公園から始まって
町内20キロ走るって奴」
「でも参加者の人幅広いから本格的なわけじゃ・・・」
「20キロ!?」
佐々岡と桑田の会話を聞きつけた三井が更にかんだかい声で悲鳴を上げた。
そんな距離一度に続けては走ったことが無い。中3のころの自分だったら可能だったかも
しれないが・・・そう思って三井は冷や汗をかきながらちらりと左ひざのサポーターに
視線を遣った。

「俺が走るっすよダンナ。ようはカッコいいとこ見せればいいんでしょ?」

宮城がいつものように皮肉げに染めた声を空気に混ぜた。突然意欲を見せた宮城に
赤木は力強い眉をひそめる。構わず宮城は口角を上げた。
「三井サン体力ねーからかえってへばって肝心なときに使い物にならなくなったら
困るでしょ?だから俺が三井サンのぶんも走ります」
ひょうひょうと言ってのける。三井は安堵しつつも悔しかった。自分だけこんなでは
みじめだ。俺は最上級生でもっと頼られてもいいはずなのに・・・

そんな三井の心中を見透かしたように、宮城の申し出を了承した赤木は彼に告げた。
「・・・その屈辱がお前への罰だ。宮城に礼でも言っておけ。そしてお前の挽回の
チャンスはこれからきっとある。そのときに応えられるように怠るなよ」
深い声に、苛立ちが少し軽くなる。三井は巨体の主将の背を視線で追い、それから
宮城へ移した。

「宮城・・・」
「期待してますから、アンタが全国で活躍するのを。だからコレは俺に
譲っといちゃいかがです?」
アンタのために俺にできることは少ないっすから。
彼がそう言った時の表情に酷似していた。
だから三井はバスケに全力を注ぐしかなかった。

「あ」
赤木が三井と宮城に向かって声をかける。何事かと2人は割れたガラスを
片付けつつ振り向いた。
「言い忘れていたが、その日も練習はあるからな。大会にはお前たち2人だけでいけ」
「えー!?なんすかソレ!?」
「あっ赤木!!俺出ないのに行かなきゃなんねーのかよ!?」
「バカモン!!一日謹慎のようなものだ!!反省しろ!!」
「そんな!!じゃあ俺はどーやって威厳証明したらいいんすか!?」
「三井が責任を持って記録をとれ!それか優勝して地方紙にでも載れ!!」
「んだソレ!?めんどくせー!!」
喧騒を繰り広げる3人に、穏健派の副部長はやれやれと肩を竦めた。
いつもの主役桜木花道と流川楓は彼らにあてられて今日は比較的大人しかった。



そして大会当日―――公式な大会で無いだけあって、そこには老若男女多種多様な
人々がひしめき合っていた。観客も混じって談笑しているだろうその人ごみの
中に、はたして“選手”は何人いるのか・・・
宮城はバスケ部の練習の際着用するそれよりも幾分薄手のジャージとショートパンツを
着用した姿で、リストバンドを腕に通しつつ周囲を見渡した。
「すっげぇウツ。オジサンとかオバサンに紛れて走んの恥ずかしいすよ・・・」
「しゃーねぇだろ。キャプテンのお達しなんだから。キャプテンの。あ、その首の
アクセ外しとけよ」
「めんどくさー・・・」
うんざりと緩慢に屈伸運動を始めた宮城に、にやにや笑いながら普段着の三井は
茶化しをいれる。宮城はそんなガキくさい先輩をこの場で犯してやろうかなどと
不埒なことを考えつつ、苛立たしげに首もとのシルバーチェーンを毟り取った。
「・・・誰のせいで俺がこんな大会に出ることなったと思ってんすか?」
「え?自業自得だろ?」
「ア・ン・タのせいだよ!!」
「でもてめぇが引き受けたんだからてめぇの責任だろうがよ!!」
「むかつく!!アンタなんか庇うんじゃなかった!!」
「いつ庇ったよいつ!?」
罵り合いを始める2人の異色な選手を、周囲の人々は遠巻きに興味深げに見ていたが、
その観客や選手群の中で頭一つ飛びぬけた人物が彼らに近づいていった。

「湘北の・・・宮城と三井さんですよね?」
「仙道!!」
「げ!!」

三井が叫んだ通り、その彼らの眼前に立つ長身の男はまさしく仙道彰だった。
試合以外での姿を見られたくないのか、宮城がすばやく三井のパーカーの背後
に隠れようとする。

宮城たちのライバル校陵南高校は名高いバスケットの名門で、その精鋭チームの中
でもずば抜けた実力を持ったエースが彼仙道彰であった。
その仙道が率いる陵南を死闘の果てに下し、宮城たちは全国への切符を
手に入れたのだ。
「せ、仙道何やってんだお前?」
試合以外では初対面に近い三井が、それでも最年長としての意識を働かせたか、
穏やかな雰囲気を纏う仙道に問い掛けた。
「ああ、うちの部の植草が出るっていうから。今日うち練習休みなんで応援に来たんす」
仙道はそう言って視線で後方を指す。広場に繁った一つの木の幹に、見たことのある
小柄な男がチームメイトだろう少年と談笑していた。
「植草こういうの結構参加してるから体力あるんですよ」
仙道が解説を加える。三井ははぁ・・・と頷きながらちらりと斜め後ろの宮城に
視線を流した。
「陵南の奴が出んのか・・・しかも植草」
おおっ宮城がちょっと燃えている・・・三井が思わず怯むほど宮城はやる気になって
いるようだった。何事にも乗りやすいのは彼の長所であり短所だ。
「仙道。お前は出ないのか?当日申し込みだろこれ」
三井が会話をつなげ、仙道はきょとんと垂れた目を見開いた。そして苦笑する。
「ああ俺今日2日目なんで・・・」
「何がだバカヤロウ」
三井は蹴りを入れかけてから、彼が他校の選手だったということを思い出し踏み留めた。
「で、彼は何でさっきから話してくれないの?」
「いや、別に・・・」
彼とはもちろん宮城のことだ。宮城は仙道に指を指されて少しうろたえた。
仙道は真顔でそんな宮城を見つめていたが、常の如くやがてふっと微笑む。
「可愛いな」
「ぶっ!!」
「な、なんだと!?」
仙道の突飛な台詞に三井は吹き出し、宮城は頬を紅潮させ仙道に掴みかかった。
仙道は鋭い眼光に刺されてもマイペースに笑い、宮城は何を言うべきか沸騰した脳で
考え、三井はその背後で下品に爆笑していた。
が。
「冗談だぜ?怒んなよ」
「アホ!冗談でも言うな!俺だって三井サンに可愛いとまでは言ったことねぇ・・・」
「バカヤロウ宮城!!」
取り繕う仙道に対し宮城が放とうとした台詞の危険性を、三井は敏感に察知し
寸でで宮城を仙道から引きずりはなした。
「てめぇ今何言おうとしたアァ?シャレなんねーしマジシャレなんねーし。な?」
「痛い!三井サン痛い!」
凄まじい力で宮城の首を締めにかかる三井に今度は仙道が引き、慌てて止めに入る。
「三井さん。宮城選手なのに最初から体力使わせてどうすんすか。何か宮城ヤバい
こと言った?」
「あ、いや・・・」
追求されると自ら墓穴を掘りそうで説明できるはずも無く三井は押し黙った。
宮城はふっと息をつき、気まずそうに2人から目を逸らす。
こんな関係でしかないとは、知っていたはずなのに。

「仙道ー!!ちょっと来てくれ!!」
「あ、わりぃ植草!すぐ行く!」
束の間流れた沈黙を割った声に、仙道は珍しく叫んで三井たちに背を向けた。
「よくわかんないけど、仲直りしないと植草には勝てないぜ?」
そう言って挑戦的な視線を一度預け、仙道は走っていった。
「あいつ・・・」
一度話しただけでは全くわからない人物だ。三井の鳶色の大きな瞳がまだ仙道の
背中を追っていることに気づき、宮城はなんとなく面白くなかった。
「三井サン勝つっすよ俺。見ててよ」
「あ?おう・・・」
宮城の言葉の真剣さと、靴紐を結びなおす機敏な動作に茶化すことはさすがに
憚られ、三井は頷いた。
宮城は試合中見せるような鋭い顔つきのまま、そのまま三井を残してそろそろ
選手の集まり始めたスタートラインへ小走りで駆けて行った。
残された三井はなんとなく慣れない一人の空気に、居心地が悪くなって園内の
木陰に移動し、宮城と自分の荷物―――といってもポーチ一つくらいなのだが―――
を乱暴に地面に置いた。自分のはともかく宮城のは軽い。
「あいつケータイ持っていったか?」
規制は無いものの走りにくいのではないか・・・と三井は眉を顰めたが、もしもの時
連絡手段があったらと、自分も携帯電話をジーンズの中に滑り込ませた。


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