DARLIN' oh darlin'



一般運営の大会の割に本当に人は多かった。ひょっとしたら仙道以外にも知り合いが
いるのではないかと三井は首を廻らしたがそれらしい人は・・・というか若者は少ない
ように思えた。
一人になるとこの大人数の中何をすればいいのかわからなくなる。
微動だにしなく、俺なんでこんなところにいるんだろうと情けなく三井が思い始める頃、
黒のコンバースが砂利を踏んで、しゃがみ込んでいる彼の目の前に現れた。
「ヒマそうすね三井さん」
細い顎を上げた三井の斜め上に長身の体と余裕そうな表情がある。仙道だ。
「お前こそ。敵校のやつに構うほど?」
三井も唇を吊り上げ仙道を見据えた。
「俺は公私混同しない主義なんで。俺が敵じゃないと思えば今は敵じゃない」
「植草に悪いと思えよ」
「そのときになったらちゃんと応援するよ」
三井の隣りに馴れ馴れしくしゃがみ込む彼の手に握られているものを見咎め、三井は
眉を顰めた。
「何持ってんだ?ノート?」
「うん。植草の各地点でのタイムを終ってから記録して、区間の平均タイムを出すんだ」
「今後のために?」
「そう」
「そうか、もう今後か」
始まりの瞬間からもう次が始まっている。忙しい時を生きる仙道と植草に
三井は自分たちの繰り返す、止まったままの時間を反芻した。
幸せ・・・なのだろうか?変わらない日常が。
自分のために尽くす宮城のいる世界が。
「三井さん。一緒に行かない?」
「あ?」
「植草と宮城さ。結構デッドヒートすると思うんだ。おもしれぇじゃん。見に行きましょうよ」
仙道は朗らかに微笑むと、三井の手を引いた。
「お、おい」
仙道の腕の力に躊躇いながらも引っ張られつつ、三井たちはスタート地点である公園を
選手たちより一足先に抜け出した。アスファルトに踏み出す直前三井は宮城の姿を探したが、
小柄で一見華奢な少年の姿は誰かの後ろに隠れてしまったのか、見つけ出すことは
出来なかった。

「植草が勝つよ。あいつ体力あるもん」
しばらく並んで歩いてから、仙道がひょうひょうと言い放った。
三井はどう応えようかしばし躊躇したが、ふっとため息を吐いた。
「・・・仲間を信頼してんだな」
「はっはっはっ。そりゃあね」
何が面白いのか仙道は空に向かって笑い、先ほど公園内で少女たちをときめかせて
いた穏やかな眼差しで三井を見た。
「俺だけじゃバスケは勝てないから。仲間が強くなってくれるのは嬉しいよ。そんで
一緒に勝てると最高だね」
「へぇ?」
もっと自己中心的な奴だと思っていたが、歩きながらノートをチェックしたり
優しげな眼差しで友達を語る仙道は三井に新鮮な驚きをもたらした。
「三井さんもそうでしょう?」
「は?」
「自分のため・・・と思いつつも結局はさ。その喜びが広範囲の方が嬉しいでしょ?」
幸せと土地は多いほうがいいって祖父が言ってました。と仙道は続け、腕のダイバー
ウオッチに視線を落とした。そろそろ選手たちはコースをそれぞれのペースで走り
出している頃だろう。
「お前さ。あんまり悩みとかねぇだろ?」
「良く言われますー。まぁ監督の鬼メニューに付き合ってると悩むヒマなんて
無いに等しいんですけどね」
軽快に笑った仙道に、三井は低い声で返した。
「嘘だ・・・」
「え?」
「俺らに負けたときさ。ヘコんで悩んだろ?」
「そりゃ・・・まぁね」
仙道はあくまで軽く返した。ガードレールと民家に挟まれた街路を縫いながら
ときどきそよ風に誘われるように晴天を見上げる。

「でも」
仙道は言った。
「俺は全力出しましたから。あいつらも監督もわかってくれましたから。
その悩みは俺だけじゃないですから。悩みに入んないすよ」
弱さも強さも臆さずひけらかせる剛毅な性格が三井には羨ましかった。
エースと呼ばれる男を形成する片鱗をなぞった気がした。
「・・・宮城も速ぇし勝負はわかんねーぜ・・・」
「やっぱりね」
仙道はやっと三井から建設的な言葉を引き出せたことを喜ぶように、声の
テンションを少し上げた。
「ですから対策をとらせて頂きました」
「?なんのことだ」
「三井さんを連れ出すことに成功しました軍曹。宮城は三井さんの応援ナシで
頑張ってもらいます!!」
「はぁ〜?」
能天気に笑いつつ仙道は三井の肩を抱いて囁いた。
「三井さん気づいてなかったでしょう?宮城三井さんのことしょっちゅう見てましたよ。
だから俺言ったんです“先輩がスキで可愛いね”って」
―――見透かされたのかと。心臓が止まるかと思った。
でもこの男なら知ってもあっけらかんと笑って「へぇ?」とだけ返すのだろう。
だから自分に一瞬全てをさらけ出した男に敬意を表して、三井もギリギリの台詞を
空に投げた。
「・・・あれでも誇りなんだ。俺らバスケ部の」
俺の。

それから2人はようやく大通りの選手たちの一団を目にし、仙道は植草を、
三井は宮城をそれぞれの視線で追っていった。
彼らはさすがに神奈川トップクラスの運動選手だけあってトップ集団に紛れている。
宮城がときどきあくびして、乱れた髪の毛をだるそうにかき上げるのに三井はガクっと
なった。仙道に連れ出されなくても声を出して応援することなどしたくなかったが、
無意識に叫ぶ。
「本気で走れバカヤロウ!」
スタートライン以外での応援は仙道の策略どおり殆ど無意味だ。
外界を隔てて走る彼らには聞こえても、それが誰の声かを認識することは出来ないだろう。
三井の声は届いたのか他の歓声に混ざって届かなかったのか。それでも宮城は
僅か大きな目を細めるとすいっと身軽に前の2人の選手を追い越した。
「・・・それでいんだよ」
自分はあんなに美しく走ることは出来ない。
三井はそれでも安心したようにふっと笑った。

「えーと第3ポイントのタイムが・・・」
ぶつぶつ呟きながら隣りを歩き、ノートにメモった数字を暗算していく仙道が
珍しく幼く見え三井は余裕げに笑いながら促した。
「そろそろ折り返しだぜ」
無造作に立てられたコーンの奥にちらほらと人影が浮かび始める。道の脇に陣取り
彼らの仲間を待つ仙道がやっとノートから顔を上げて、少し目を見開いた。
「あ。」
「ん?」
同時に三井も気づく。日焼け防止に長めの袖のパーカーを着込んだ腕を、太陽を
さえぎるように翳した。
無意識に呟く。何故か懐かしく、思えた。

「宮城・・・」

今度こそ三井の声が届くはずも無いのに。
宮城はいきなりタンと強くアスファルトを蹴ると、コースをまるで短距離走のような
鋭いスピードで駆け出し始めた。
「あら〜?」
見とめた仙道が本当に珍しく素っ頓狂な声を上げ、三井はきつい鳶色の瞳を見開いた。
周囲にちらほらいる観客もどよめく。
見る間に宮城は恐ろしいほどの速度でトップランナーを追い抜いて、
三井たちの眼前数メートルにせまり、そこで初めて三井は宮城が目を閉じていることに
気づいた。そして気づいたと同時に茶がかった大きな両眼が三井を見据える。
時が切り取られるような瞬間。
そして彼はにやりといつものように唇を皮肉にゆがめて、彼らに指を突きつけ
何事かをサインして、三井の前から身を翻しくるりとコーンを回ってまたダッシュをかけた。

走り去った宮城が、印象的な瞳で射抜いて。
一瞬の閃光のようにひらめかせた指を突きつけたのは、
仙道だったのか三井だったのか。

いや、間違いない俺だ。三井寿だ。

「早ぇ〜。宮城陸上の選手になれるんじゃねぇ?」
「・・・かもな」
低い声と裏腹に、心臓は高鳴ることを止めない。
「かもなじゃないすよ。なれるよ」
なりたいものに。

「でもならないよ。あいつは」
三井は仙道の言葉を笑みで受け流した。仙道も笑う。
「へぇ?あんな凄いのに?」
そうだ。凄いだろ?な?すげぇだろ。
三井は興奮を押し殺しもせずに仙道に勢い良く振り向いた。

「だって仙道、あいつは俺の―――」
俺の宮城なんだぜ?
俺の相棒なんだ。どこにおいても。

「え?すんません。よく聞こえな・・・」
そう聞き返す仙道の声の方が三井には聞こえなかった。瞬く間消えていく、小柄な
背中に三井の感覚の全ては独占されていた。

ただただ、眩しくて。
まるでお前じゃないみたいで嬉しい傍ら切なかった。
あれは確かに力を出し切った本当の宮城の姿だったのに。

でもアレお前じゃねぇだろう?
今日は休日で時間もいっぱいあって、それなのに俺と共にいないお前が
お前であるはずが―――


「三井さん?」

すっと通った眉を寄せて口元を手で押さえ顔を伏せる三井に、仙道は疑問の声を
投げかける。三井は何も聞こえていないようだった。
「三井さん気分でも悪いですか?」
心配げな色を含ませて気を遣ってくる仙道に、三井はようやく顔を上げた。
太陽に透かしたメイプルシロップのような色の瞳が、仙道をまっすぐに捕らえる。

「お前もカッコいいよな」
「は?」
三井の率直な台詞に、仙道もまた素で反応を返す。
三井は構わず続けた。少し照れくさそうに目を伏せた。
「ちょっと分けやがれよ」
仙道には意味のわからない文章を印象的な声で綴り、三井は右手を他校のエースの
前に差し出したので、仙道は思わずそれを握り返した。
この手と握手をするのは初めてだったが、仙道は程よい熱を持った長い指を覚えた。
「・・・サンキュ」
三井はにやりと笑って、一度仙道から離した手をじっと見つめると身を翻した。
微かな初夏の風にのって、携帯電話の電子音が彼から聞こえたのは気のせいだろうか?
仙道が何事かを言う前に、彼は人ごみの中へ長身を紛れさせどこかへ行ってしまった。




「てめぇどこいんだよぉーー!!」

あちこちぶつけまくって傷だらけの携帯電話を片手に握り締めながら三井は走った。
その丘の上の公園には、上空に360度の蒼穹が広がっているにもかかわらず、
誰一人としていなかった。
丘と言うだけあって傾斜が高く、手入れされた芝生の草原が眼下に町並みを広げつつ
自身も無限に広がっている。間断無く、激しくも暖かい風が緑をそよがせていた。
「宮城ーー!!呼びつけたからには、ここにいやがれよ!!」
三井の声はよく通る。それは昔からそうで、彼のその声を聞き取れないものは
いなかった。そしてもう、嫌という程この名前を、名前だけを叫んでいる。
言いたいのは、名前だけではない。
何ひとつ留めるものはないここで。
俺は叫ぶぞ。精一杯で。



「三井サンだ・・・」
前触れも無くあがった声に、三井は酸素を欲しがる肉体ごとそちらに向き直った。
少し背の高い雑草に埋もれて寝転がる、見知った小柄な肉体を認識する。
彼は三井を見て、唇に生意気そうな笑みを浮かべていた。
身に付けている薄手のジャージだけ見慣れない。
「・・・よぉケータイ不法所持脱走選手・・・」
「いいんすよ。大会はリタイアでも。この瞬間はリタイアしたくねーから」
三井の声に宮城は一層破顔して、身軽に身を起こし息を上げた三井の横に並んだ。
「息を切らしてまで、俺に言いたいことが?」
すでにクールダウンしたリストバンドの2つ並べて付けられた腕を伸ばし、宮城は
三井の上気した頬に触れた。ひんやりとした肌の感触が三井には心地よかった。
その手を、三井は薄く骨の浮いた同じもので重ねる。
「会いたかった・・・近くで」
荒い息の混じる声で、三井はそれでもはっきりと告げた。
陵南の英雄にもらった何かを右手に握り締めて。
「そんでずっと言いたかった。仙道にも言いたかったんだ。言えなかったけど」
―――だって仙道。あいつは俺の宮城だ。スゲェだろ?あいつ俺の・・・
「一番好きな奴なんだってさ」
三井は紅潮を保つ頬を更に染めてそう言ったまま黙り込んだ。
宮城も黙って聞いていた。しかし、三井の頬に触れたままの手のひらが、どんどん
熱を吸収していきその伝導に宮城はやりきれなくなる。
「ずっと聞きたかった。安心した。アリガト」
かろうじてそれだけ言って、我慢できなくなって抱きしめた。薄いからだの両脇から
腕を通し、L字型に腕を固める。三井は少し苦しそうだったが、宮城は力を緩める
ことなど出来なかった。
「苦し・・・よ、てめぇ」
「ごめん。後で殴っていいからごめん」
鮮やかな魂とその言葉を、全身で感じさせてくれ。
名誉より賞賛より、もしかして力より、
望んでいた唯一だったんだ。


ただ芝生に鍛えられた体を預けて時の経つのを感じていた。
つかず離れずの距離で、インターハイ選手だとは思えないほどだらしなく寝そべっている。
芝生の柔らかい感触と匂いが時折二人をくすぐり、彼らの反応の無さに
飽きたようにまた身を潜め、されど風のいたずらによりそれを繰り返す。
日に焼けるのも構わず、この自由な時間を何もせずただ自分ともうひとつの
存在だけですごすのは人生で最高の贅沢のように思えた。
「うーっ・・・すっげぇ寝た。熱い・・・かも」
「俺も・・・今何時だ?けっこ太陽斜めってねぇ?」
「えーっと2時半くらい。どします?帰ります?」
「んー・・・だりぃからもうちょっと・・・」
そう言って無意識に甘えるように、身を起こしかけた宮城の服の端を掴む先輩を
彼は愛しげに見遣り、ふっと微苦笑した。
「実は俺も、星が見えるまでいてもいいかって思ったんすよ。」
「む・・・そうもいかねぇだろ」
「でもここ結構夜綺麗なんだ。アンタに見せてやりたかった昼も夜も」
「そのために抜けてきたのか?バカじゃねぇの?」
「酷っ!だって、こんな雲ひとつ無い最高の天気滅多にないすよ」
宮城は愛嬌のある唇を幸せで染めて、ついと視線を空に放った。
三井はその宮城の横顔を黙って見ていた。自分のために動く彼なんて
らしくなくて、自分も照れくさくて逃げ出したいのに、目を逸らせなかった。
人の横顔はレリーフにして、いつまでも保存したいような美しさがある。
英雄の肖像。

「・・・多分俺はお前と共有したかったんだ。最初から、同じ舞台に立って
苦境も栄光も一緒に感じたかった。」
潔い空の色に、三井は素直になれた。
「快楽もね」
素直になりすぎて宮城は殴られた。
こういうくだらないやりとりも、全てが必要だった。
時間が経過した。
殴られた頬をさすりつつ宮城は言った。

「意外と幸せになれることって多いっすよね」
「・・・そーかぁ?」
「そーすよぉ」
だって、俺の宮城だぜ?俺の。ってアンタは仙道に言ってくれようとしたんでしょ?
言いたいのにいえない言葉はまだまだあって、これからの人生の楽しみにそれは
とっておこう。焦る必要はないし、2人の関係以外にも楽しいことはまだまだある。

三井は突然立ち上がると、肩にかけただけのパーカーを突風に靡かせながら
叫んだ。滑らかな唇には不敵な笑みを刻んで。
「全国制覇するぞー!!」
「あっソレ俺もめっちゃ言いたかったのに!」
「カブりはナシだ。恥ずかしいだろ」
「カブってなくても恥ずかしいすよ!こんなこと出来る俺らって勇者っすね勇者」
「バカ英雄だよ英雄。英雄と書いてヒデオと読め」
「?なんすかそれ?」

宮城も面白そうににやりと笑うと三井のそばに立って、遥か下方にいる町並みを
見下ろした。今ごろ自分ではない誰かがゴールラインを割っただろうか。
英雄になり損ねた。
でも、悪いね。俺のゴールラインはそこじゃないもので。

「まずは海南にリベンジだぁーっ!!」
「牧の野郎老け過ぎだコラぁー!!」
「三井サンそりゃ失礼っすよ・・・」
「そんでもって全国の強豪にも絶対負けねぇー!!」
「そぉだ勝ぁつ!!愛和とかー博多とかー大栄とかぁー!!それからー!!」
「長ぇんだよ宮城バカ!!」

風は傾斜を駆け下り、2人の声を溶け込ませ、やがて世界へと羽ばたく。
一瞬の青春のカットを記憶して、鮮明な、愛を。

「山王にも勝ぁーつ!!英雄になるぜぇー!!」
「ぜってー凱旋するぞー!!待ってやがれー!!」
「なんだかこのアホが大好きだー!!」
「あぁ!?言いやがったな!?俺もアンタが大好きだよこのヤロー!!」



どうか、届いて。忘れないで。
360度美しかったこの季節を。




リョ三と初夏と晴天でメシが10杯は食えそうな私です(フードファイター!?)
相変わらずどこか抜けたような御二人さんですが、こんな二人が書くのが大好きです(悦)
ごめんなさい!相変わらず色気がゼロでごめんなさい!(汗)
てゆうか仙道が出張りすぎというか相変わらず仙道なのに地味と言うか・・・(沈黙)
更にリョ三小説なのにキャラ出すぎ・・・
(すいません突っ込まずにはいられない性分なもので!/汗)       020720