宮城リョータがこの日陵南高校のある鎌倉方面へ出かけたのは必然だったが、彼が陵南高校のそばの閑静住宅街の中に位置する公園を通り縋ったのは偶然だった。
「宮城だ・・・」
その静かな狭い公園の内側から。
挨拶でもなんでもなくただ事実を率直に述べただけの男の声を聞き取り、宮城は履いているリーボックのＤＭＸを公園のフェンス前で止めた。サングラス越しの視界をついと声の方向へ移動させる。
そのワイヤーの檻の中でブランコや滑り台には目もくれず、ただ天に向かって伸び上がるバスケットゴールの前に佇む２人の男を認識して、宮城は大きな両眼を少しだけ見開いた。無意識に耳を占領していたイヤーフックヘッドフォンをはずす。
「仙道・・・と、流川」
「うす・・・」
宮城は神奈川バスケットボール界を席巻する２人のスターの名前を呟いた。自分の姿を認め宮城の後輩が頭を僅かに下げ、その彼に隣の仙道が何事かを語りかけている。やがて彼らはこちらに歩き出した。
息を弾ませ近づいてくる長身に宮城は知らず体が強張るのを感じた。２０センチ以上も身長差のある男たちに囲まれる威圧感は、この世界では自分と極少数しか理解できないであろう。
「改めましてこんにちは。陵南高校バスケ部新主将の仙道彰です」
「同じく。新主将の宮城だ。こっちこそ」
汗の光る穏やかな表情で、あの初夏の死闘以来顔を合わすライバル校のエースは親しげに宮城に喋りかけてきた。黒のＴシャツの濡れ具合に、相当な時間ここでプレイしていたのだと窺い知る事が出来る。それは流川も同様で、宮城はいまだ息が荒い後輩に肩を竦めてみせた。
「流川、仙道はこのとーりキャプテンなんだから。あんまり煩わさせんな」
ライバル同士で１ＯＮ１に興じるのも結構だが、肝心の自チームの練習に支障が出るのは常識的に考えてまずいだろう。宮城はそう思って両者に忠告したのだが、２人の美男子は顔を見合わせた。
「・・・どーする？」
「そうだな。宮城も混ぜちゃおうか」
「は・・・？」
流川と仙道はたった二言で意思を疎通させると、状況を把握できず細い眉をぴんと上げた宮城を、両脇から長身を活かして抱えあげた。片方ずつ両足まで救い上げられ、突然かかった浮力に宮城は驚く。
「な、何すんだ！？おろせー！！」
「みこしだみこし。宮城祭りだー」
「・・・祭りだー」
・・・実は全身を焦がす暑さのせいで、２人のエースはかなりキていた。
そして１ＯＮ１は１ＯＮ１ＯＮ１になった。
なんだかんだ言ってノッてしまう自分の流されやすさに宮城は悲嘆する。少し長めの袖をまくり、練習時の感覚とは違うダークグレーのハーフパンツの感触にため息を吐いた。サングラスも襟首にかけておく。
普段宮城と流川は同チームでプレイしているが、このときばかりは公平を規して実質１人あたり２人の敵を相手取るという変形ゲームを３人で設定した。仙道がボールを持てば宮城と流川がすかさず両サイドに張り付き、彼の隙を生み出すためにプレッシャーを与える。仙道は尖らせた唇でひゅうと口笛を吹いた。
「こりゃなかなか厳しい」
そんなことをいいつつも、仙道は宮城の一瞬の隙を縫った鋭利なドライブの余韻を土の地面に散らす。重力に反して立てた髪の更に上、赤いリングをボールはくるっと周り、そして貫通した。
「うっそぉー」
女子高生のような台詞を宮城は悔しそうに唸り、仙道から褐色の煤けたボールを受け取った流川に改めて向き直る。同校の先輩、三井寿とこの男が１ＯＮ１を行っていた場に立ち会ったことはあったが、自身が受けて立つのはこれが多分初回だ。宮城は渇いたのどを唾液で潤した。
「じゃあ、行くッス」
「こいよ流川。１１番オーケイ？宮城」
「・・・湘北１１番オーケイ」
仙道の台詞に嘆息しつつ応じた宮城は、何より彼とのコンビネーションに不安を抱きつつ、ざっと腰を落とした。
流川は緩急を付けたドリブルで小刻みに仙道の様子を伺いつつ、怜悧な視線を宮城に油断無く走らせる。宮城は「もうこいつの眼光でビビり入っちまう奴もいるんだろうな」と思いつつ、仙道に一瞬目配せして自らボールを奪いに行った。仙道が自身で想定したとおりに動く気配を感じた。
「！」
仙道への注意に僅かに重点を置いていた流川は不意を突かれたかに見えたが、宮城の腰より更に低い位置で２、３度すばやいドリブルを繰り出すと、方向転換し宮城から距離を取った―――先の背後には仙道がいた。
「取りっ」「あ・・・」
それでも神業的な瞬発力でボールごと身を翻そうとした流川だったが、長い指の先のボールが僅かに反応に付いて来られず、横から伸びた大きな手のひらにそれは奪われた。仙道が地球儀のように指先で球体を回す。悔しそうな流川の眼光の先、調子に乗って仙道と宮城はハイタッチを交わして見せる。なかなかサマになっていた。
「ちっ・・・陵南のスパイめ」
「あぁ？何か言ったか流川！？」
「なんでもねっす」
仙道が少し距離を置いた先から「一瞬ボールへの注意が散漫になったぞ」と注意するのに、流川は視線だけで応えた。無愛想さに宮城が苦笑し、仙道に向かって片手を挙げる。
流川が言葉でもって愛想を示すのは、今のところ二つ年上のヤンキーくさい最上級生に対してだけだ。後マネージャーとちょっと宮城にも。
「じゃあ残りは俺だな」
ちらりと園内の時計に目を遣り、宮城はこれが最後だと意思表示した。宮城の言葉に２人の長身の男たちは、砂利を足で撫でつける。
見栄を切ったものの、内心かなり宮城は緊張していた。この界隈に知らぬものはいない仙道と流川にダブルチームされる恐怖は、あの山王戦で味わったそれに勝るとも劣らないだろう。
今日、ここで。彼らに出会うことが予想出来ていたならもっと動きやすい服装と、バッシュを携えて挑んだのに。
―――だが、今ここが俺の出番だ。
身体的に不利なら、精神でそれを凌駕してみせるのみ。宮城は手になじませるようにボールを数度バウンドさせると、土ぼこりをさらっと払った。そして、徐々に集中を高める気配を漲らす仙道と、視線の魔力で敵を射抜く流川の奥に鎮座するゴールリングに向かって、ゆっくりシューズを踏み出した。
「なんだこれっ！超厳しいんだけど！」
宮城は息も絶え絶えに叫びながら、伸ばされた仙道の長い腕の下を間一髪ドリブルで通過する。無論休む間もなくその先には流川がいて、宮城は激しい攻防戦を繰り広げた後、何とかボールを死守したまま逃れた。
「ふぅーっ、速いなぁ宮城。そんでＰＧだからかボールキーピングが巧いね。さすが」
仙道の言葉どおり、宮城はもう５分程もボールを死守している。そして午前中からの合戦で体力を減らした２人に、宮城に元から内蔵されている体力はかなり驚異的だった。服装と、２対１というハンデを無しにしても。
「感心している暇があったらさっさと取る！どあほう」
「了ー解。でも俺もう体力かなり限界・・・」
荒い息を吐く仙道より先に宮城に向かって飛び出した流川は、やはり彼も真夏の朝からの連戦に気づかないうちにかなり消費していたか―――
宮城のボールを奪う寸前で転がっていた石に躓き盛大に倒れた。
「る・・・かわ」
彼に向かって手を伸ばした宮城もそのまま崩れるようにその場にへたり込み、そして彼らを遠目に眺めながら仙道もすとんと砂利に腰を落とした。腰の横に手をつき、足を大の字に投げだし、容赦なく照りつける蒼穹の一点に仙道は挑む視線を投げた。
「いー天気過ぎる」
流川は額に当てられた冷たさに目を見開いた。今度は視界いっぱいに物体がちらつかされる。ポカリスエットの缶だった。それを翳す細長い指先とともに。
「・・・大丈夫か？」
更に続いて、よく見知った宮城のアップが流川の前にさらされた。覗き込むような角度に、自分が寝かせられているのだと気づき、緩慢に身を起こす。横に拓けた視界の端には仙道もいた。
「なかなか起きあがらねぇからびっくりしたぜ。３分くらい。水分はちゃんと取れよ。いつかの三井サンみたいになっちまうぜ」
にぃとくせのある口角を持ち上げて、それでも労わる眼差しで宮城はポカリの缶のプルトップを引き上げると、流川の手に握らせた。
「宮城優しいな。今一瞬キャプテンらしく見えたぜ。あ、キャプテンなんだっけ？」
「喧嘩売ってんのか仙道・・・」
剣呑な目つきで仙道を睨む宮城の横顔に、流川は感謝を込めて少し頭を下げた。しかし彼は気づかない様だった。
「宮城は今日なんでここに？」
宮城の眼光をかわして、仙道は少し興味深げに訊ねた。先ほどまで彼らを振り回した物体は彼の手の中にある。
それにちらりと視線を投げて、宮城は少し躊躇しつつも告げた。
「あー、えーと、お前の高校にさ。先週練習試合で行ったろ？そのときに晴子ちゃんが女子更衣室にスコアブック忘れてきたみたいで・・・」
「わざわざ取りに？言ってくれたら監督がきっと送ってくれるぜ」
「そんなもんどあほうに行かせたらいい・・・」
「桜木スコアブックなんてわかるかなぁ・・・それに女子更衣室だし」
好き勝手に喋る仙道と流川に真相を告げることはとてもできず、宮城は気まずそうに目を逸らした。
「でも宮城いいな。いいよ。惚れたよ。俺にくれない？流川」
ギャグの一環なのであろうか。
とんでもないことをいきなりさらりと言い放った仙道に突然背後から羽交い絞めにされ宮城は焦った。
「うわ小せぇ」と耳元で呟かれた台詞も真っ白な脳裏に印刷はされてくれない。
臨時宮城のパパとなった流川は無表情に少し首を傾げた。
「さぁ・・・他の奴らにも聞いてみねぇと・・・」
「俺のドラフトは多数決で決まるのかよ！？」
まだ幼いラインの残る頬を紅潮させ突っ込む宮城は、続いて仙道を身長の割に強靭な腕力で振り解いた。
「つれないな、宮城。モテないぜ？」
痛いところを突かれ宮城は一瞬涙ぐみそうになるが堪え、
「俺はっ！“湘北の”キャプテンなんで！そんで№１めちゃイケポイントガードなんで！！その道に女子供は不要！！」
指を突きつけてそう言っておいた。しかし仙道はにっこりと相好を崩す。
「じゃああの美人のマネージャーさん口説いていいんだな？」
「てめ・・・！どこからそれを・・・」
「・・・三井先輩がこの前の練試の時吹聴してたッス」
「マジかあのヤロウ！？」
怒りの矛先をどこに向ければいいのか分からなくなった宮城は、とりあえず手の中のアルミ缶を力の限りに握り潰した。
そして虚しくなった。
「どうせ俺はモテないっすよ。１０人以上にフられてるし全国大会いったって女の子はコイツかあのヤンキーに惚れやがるしキャプテンになったら忙しくて女の子と遊ぶ暇もないし、忘れ物回収に託けて今日も今日とて遠くのツタヤにエロビ借りに行く始末ですよ。こんな俺を笑えばいいさ」
ダークを通り越してすでに墨汁の域まで達した宮城の纏うオーラに、２人のモテル男は言葉に窮した。流川よりは幾分口達者な仙道が宮城の肩に手を回す。
「宮城はいい男だと思うぜ？明るいし楽しいし話もうめぇし、今日会った最初敵チームの俺にも気遣ってくれたし、ノリもいいし優しく流川介抱してポカリもさりげにやって・・・」
仙道はにこやかな表情を内心で苦笑に染めた。やべぇ、マジでイイトコロしか出てこねぇ。そして彼の短所となる部分も少し見てみたいと思った。今のところそれは切れやすいということだけか？
「えーと、それから女マネの忘れ物取りに行くついでにＡＶ借りるほどエロだし・・・」
「いや、だからそれは・・・」
「言い訳がましいし・・・」
「その・・・」
突然少年の低い声が会話に割り込んだ。
「つまりてめぇが言いたいのは。宮城先輩がとにかくいい男ってこったろ？それだけなのに長ぇ・・・」
流川に―――括られるとは思っていなかった２人の高校２年生は彼を剋目して、同時に照れた。
「うわ～俺ってマジ恥ずかしすぎ・・・」
仙道ははにかんだ様に苦笑すると、視線をそっぽ向けた宮城の背中に語りかけた。
「そういうことだから・・・ま、受け取れよ俺の捨て身の激励」
「まぁ、今日の宮城は本当良かったよ。偶然でもまた来い。お前がどれだけいい男か俺が教えてやるから」
そう言って仙道はふっと笑った。雲ひとつ無い青空によく似合った笑みだった。宮城はまだ膨れたような表情を晒していたが、ふいと身を翻し公園の外に駆けて行った。
「流川、もう一ゲームするか？」
「いや、もう今日は・・・」
流川の双眸の示す先に釣られて仙道も時計を見、それぞれの練習開始時間が近いことを知る。
「もうこんな時間か。今から宮城追おうかな。うちの高校行くんだよなあいつ」
「本気・・・？」
仙道の台詞に流川の容量を得ない台詞が割り込む。たれた両眼を流川に向けた仙道に第２弾が放たれた。
「宮城先輩に惚れたって言った。本気？」
仙道は隣同士にかけたプラスチックのベンチの上、長い足を組みなおすと、流川に微笑んだ。
「男として、惚れたよ」
それから仙道は女の惚れる男と男の惚れる男の違いを流暢に語ってみせたが、それは殆ど流川の頭には
入っていなかった。
流川は自分が２つ年上の男の先輩に向ける感情が、いったいどういう類のものかを模索するのに集中していたので。
「あ～一度男にモテてみてぇなぁ・・・「兄貴」とか呼ばれるの夢なんだ俺」
仙道は渋い舎弟に囲まれ有頂天な自分の姿をイメージし、
「・・・俺も、男に好かれてぇ・・・」
流川は脳内を巣食う俺様男に最後の砦まで占拠されかけつつ・・・
宮城が聞いていたらぶっ殺されそうな台詞を同時に吐いた。
特に必要ない藤原のコメント。
７月７日は仙リョの日！ということで、ＳＤ界内私しかいなさそうなカップリングで祭りを行ってみました。
でもあまりカップリングになってないですが・・・（汗）
・・・誰が楽しめるというのかコレ・・・
相も変わらず突発なので、見直しなんかしてません（爆）
裏テーマが流三（始まりかけ）なので、流三の方に行間を斜め読みして楽しんでいただけると幸いです
（無茶を言うな） そしてやっぱり三井サンがないがしろ・・・（汗）
そしてこれが総統の仙三ゲリラ攻撃の餌食になりました（笑）
詳しくは続きをどうぞ～＊＊
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