Luxuria




 10月の空。
 日の傾いた校舎。
 オレンジ色の保健室。
 息を絡ませる俺たち。
 
 窓から見える銀杏の木は月色の葉っぱを風に躍らせ、それが結界のように囲むグラウンドでは、健康的な少年の声が走るバッターにエールを送る。こんな美しい情景のただ中で、こんな淫らなことをしている。そしてすでにその自覚すらない。どうしようもない粘着質な水分の音が、2人の前に幻に近い酩酊を運んでいた。

「くっ…、は、え、はぁ…」

 決して女性的でないなめらかな声は、しかし受け手の嬌声となって保健室の厚い壁に反射している。睦みあうベッドにひかれたカーテンも透かして、今や何の意味も持たない。誰に見せ付けてもいいとすら感じる勢いで敷いた男の身体を犯す少年は、身体に纏わりつくシャツをほどいて再び貫く行為に没頭した。ひとつ唇を湿らせて、絶頂を惜しむように耐える。繋がる最中でさえ熱い身体に唇を落とし、それに自分も感じて、俄かに背が汗を浮かべていく。

「いい?三井サン…」

 かすれた色気のある声で、組み伏せた身体に少年は問うた。呼ばれた三井は絶え絶えの息の中辛うじて頷き、プライドの高い男の強がりかにやりと笑って、長い足を少年の腰に両側から絡めた。
「…イイ、ッぅあ…マジいい。イイもん、持ってんな。ハッ、くれよ」
「無茶言うなよ。アンタ専用なんだからそれでいーだろ?」
 象徴を羨ましがる三井に、彼を攻める少年―――宮城は、軽く笑って腰の結合をより深くした。三井の熱っぽい二重の瞳に見つめられると、なんでも言うことを聞いてしまいそうになる。持っていかれては困るようなものまで差し出したくなるので、宮城は目を伏せて考えるのをやめる。
「ひぁ、っ、ハ…ッ宮城ぃッ…!」
 名を呼ぶ声音も困る。薄目を開けて表情を確かめたくなる。その艶やかで死ぬほど綺麗なツラを視界に映す度、終わり方を知らなくなる。
 印象的な目をぎゅっと閉じて、三井は白い腕で宮城の背中をかき抱いた。快楽の住人はもう何度ヤッたか覚えていないに違いない。三井の秘部からぐちゃぐちゃに滴るリアルな白濁が、宮城の理性を辛うじて構成し、もう一度だけそこに解き放って宮城は鍛え上げられた上体を三井の上に倒した。
「ぐぇ…」
 声も無く痙攣していた三井が、その衝撃で蛙の潰れたような声を漏らす。先刻、宮城の精液を飲み込んだ唇でげほげほとむせ返り、宮城は伏したばかりの半身を起こして彼の背中をさすった。
「大丈夫?」
「うェ。いろいろ大丈夫くない。どうすんだってのこれ…」
 まだ赤みが差したままの気だるい表情で、濡れた髪をかきあげ片方の手で自身を指差す。よくもまぁ一人ないし二人の身体からここまでの水分が出るものだと、宮城は少し感動した。
「やぁ…公共の場で少々大人げなかったかな…?」
 どろどろに汚れていても見栄えがする三井におざなりな拍手を送り、学生服のズボンだけ身に付けて宮城はシーツを巻き上げた。せっかちな行動に三井が軽く不服の声を上げる。
 だが、宮城と性交する肉体的ダメージにも慣れた三井は気楽なものだ。すでに鼻歌さえ囀って濡れたタオルで身体をぬぐい、てきぱきと着衣を済ませる。こちらも慣れた手つきで洗濯機を回す宮城の背中に、やや枯れた声を三井は投げた。

「宮城、もう一度しねぇか?微妙に足りねぇ」
「えぇ?腹こわすよ、アンタ」
「昼からお前のしか入れてねぇから平気。なんなら俺がヤッてもいいし」
 渋る宮城に三井は軽い足取りで近づき、身長の有利を活かして宮城の顎を持ち上げる。長い指が、三井の顎傷辺りとちょうど同じ位置ほどの宮城の皮膚を撫でる。
「ボール使い舐めんなよ。お前より巧いかもしれんぜ?」
「ぎゃー!いやー!ゾクッとする」
 普段そうさせる側だということを放棄して、宮城は大げさに身を捻って嫌がり、一回転して返す手のひらで三井の手首を捕まえた。不意をとられて三井は微かにひるむ。
 身長で劣る支配者は、同時にまだ熱い細腰を引き寄せて真剣な眼差しで囁いた。

「…後悔すんなよ」
「…ちゃんとキスからしろよ」

 答えて三井は鮮やかな色に熟れた唇で宮城の首筋を強く吸った。宮城は自分の肌の下が鬱血する感覚を感じながら、三井の身体を軽く背後の洗濯機に押し付け、見下ろす姿勢をとる。申し訳程度に彼が纏ったカッターシャツを胸元まではだけ、うっそり微笑んで三井の鎖骨の下に歯を立てた。
「アッ、」
 反応の良さにやれやれと内心肩を竦めたい気持ちになる。
 どこまで溺れるのか俺たちは。最初に不器用に初々しく始めたキスは、いつどこでしたものだったか。思い出せないほど数多となったセックスの記憶は、2人にとって本当にたいせつなものか。
 スパークする瞬間の白熱の前に、記憶などどうでもいいように思えてくる。いや、実際どうでもいいんだ俺は。宮城は三井の分身を強く高めつつ額を三井の胸の中心に押し付けた。早い鼓動の音が宮城の内部に響く。
「何回目だと…っ、思う?」
 唐突に問いかけられたことに、宮城は顔を上げて獲物の姿を見た。官能的な腫れぼったい瞳で、穏やかな視線で、宮城を見ている。
「今日ヤッた回数?」
「今までヤッた回数。どうよ?…んっ」
 よく動く唇が、耐えるような喘ぎを最後に伴うものの、挑戦的に宮城に聞こえた。そんなの覚えてるわけ無いでしょう。もう意味も持たないくらいどこでも非常識に交わってるのに。そう答えようとしたのに、宮城は目を閉じて左右に首を振るだけで返した。
 三井はそれを見て低く笑うと震える指で無理やり宮城に親指を立てて見せる。
「勝った。俺覚えてる〜」
「はぁあ?なんで?どーやって」
「どーやっても。記憶力はいいんだよ俺。悪いこともいいことも覚えてらぁ。どっちも多い方が得した気分になれるしな」
 淫猥に唇を赤いしたで舐めて、飄々と言い放つ。軽薄な口調に真実が図れない。
 止まった攻めの指に快楽の名残のため息を吐き出して、三井は洗濯機に密着していた背中を僅かに引き起こした。締め切ったカーテンの僅かな隙間から揺れる光の帯が三井の裸体に被さって、宮城がぎょっとするほど陰影が際立つ。

「てゆうか、忘れられねぇよ。最後気絶しても、お前と一つになりながら見た景色とか…」

 三井は行為の最中だということも忘れて、指折り情景を数えていった。どこか楽しそうに。宮城が「そんなところでまでやったのか」と思わず頭を抱えるシチュエーションがあっても。

「10月の空って高いよな。屋上でヤッてたのに近い気がしなかった。夕暮れの教室でもやった。俺が日直でよかったな。おい」
「…もーいいっすよ。俺とてもじゃないけど全部覚えてないわ。これってヤリ逃げに入る?謝りますよ?」
「はぁ?」
 宮城の自嘲に、日常の小生意気な表情で気の強そうな眉を上げると、三井は滑らかな顎に手をやって大人びた仕草で笑みを浮かべた。

「お前は俺だけ見てりゃあいいんだよ。周りなんて見ないでいい」

 ポイントガードに言う台詞かと―――宮城は思ったのだが、優しい笑顔に何も言えなくなった。ああ、俺たちところ構わず正気なんだな。やってて止まらなくなっても、まるで動物でも俺たちは自我がちゃんとそこにあるんだと思うと、意味も無く泣けてきた。

「やっぱりアンタが好きだよ…降参です。はい」
「さっき“勝った”って言ったろ?」

 やっぱり自信過剰に年上の男は二の腕を叩いて、端正な顔を覗き込むように宮城に近づけた。宮城の大きな両眼が何事かと瞬くのに、色香の失せた強い台詞で答える。 

「お前にも思い出をやる。これだけ忘れんな。約束な」

 宮城の小ぶりな頭部を抱えて、三井は彼と唇を合わせ、深く舌を滑り込ませると、そのままで窓際に、倒れるようにその背をつけた。暖色の色彩の文様が窓ガラスに脈うち、視界を染め、それが視界の中で印象的でも、やはり自分には三井しか最後にはいなくなる。それでも宮城は誰に見られるかもわからないそこで、三井とのキスに全霊を傾けた。

 10月のそら。
 校舎の外れの赤い保健室。
 オレンジマーブルのガラス窓。
 あんたしか俺には見えない。





那岐立夏様のイラストからイメージを頂きました。感謝致します。