環境省・温泉の保護と利用に関する懇談会
第3回懇談会資料
温泉を分析してきた立場から
1.温泉分析を通して
私たちは温泉の成分を分析することから温泉を見てきました。華やかな施設の裏側が日常的な仕事場で、目の前には「温泉の現実」がありました。
温泉を定義づけている「温泉法」と「鉱泉分析法指針」を横に置いて、(温泉法)別表に掲げられている数値をクリアしているか否かを判定するのが私たちの仕事です。
掘削し、湧出したばかりの源泉は実に元気です。源泉だけでなく施主の誇らしげな様子、嬉しそうな表情は格別です。
私たちはいつも内心こう思いながら分析をしています。
「こんな状態がいつまでも続くとは思わないでくださいよ。施設を作るならせめて半年、湧出の状態を観察してから設計を開始してください」と。
最近開発される温泉は、地中深くに源泉を求めています。技術の進歩によって1,500メートルを超える掘削が可能になりましたが、そこに滞留していた源泉の量・温度・成分は掘り当てて初めて計測できるものです。それも、短期間の揚湯試験では十分なデータは得られません。そこで、前述した「つぶやき」になるのです。
2.温泉資源は有限
これまでに、湧出量が次第に細くなり、そのうえ泉温が下がってきた源泉をいくつか見てきました。温泉が無尽蔵でな資源ではなく、有限であることを念頭に置かなければなりません。
環境省が毎年集計している都道府県別温泉利用状況はそのことを明快に語っています。自噴泉と動力泉をあわせた湧出量は、私ども山梨県の場合では平成3(1991)年3月末のデータがピークになっています。
全国の湧出量も平成12(2000)年3月末の数値をピークに以後2年間連続して低下しています。全国的に見て動力掲湯を含む湧出量が限度を超えているという認識が必要であろうと考えます。
利用状況経年変化表から気になるデータを発見しました。四半世紀前(1977年)と比較した源泉数を見ますと、総数で1.51倍になりましたが、利用源泉のうちの自噴の数がわずかながら減っています。これに対して利用されていない源泉の数が、次噴泉・動力泉共に倍増しています。これは地球の恵みであり命の滴(しずく)とも言える温泉が有効に活用もされていないことを示しています。
3.温泉の原点
原点に還って、(温泉)法第二条で言う温泉の定義から考えてみることも必要でしょう。一定の条件(別表二)を満たした地中から湧出する温水・鉱水・水蒸気・ガスと規定されていますが、湧出の一変形として動力による揚湯が湧出の概念に含まれたことで定義は大幅に拡大しました。
温泉の3要素として湯道・温度・成分が上げられますが、湯道が自然現象として開いている場合には、天水の供給とカロリーの蓄積、さらには地殻成分の溶解等のバランスが長い年月を経て成立し、コンコンと湧出しています。
それに対して、人工的に湯道を開けた掘削源泉の場合には、地下におけるそのバランスを崩したことになるわけですから、新たな収支バランスが成り立つまでには、利用する側の徳川家康的な忍耐と地球に対する「遠慮」が不可欠になります。
ところが、現実には湧出したことの慶びが先に立って、枯渇のおそれがあることは忘れがちで、そこに大きな落とし穴があります。
4.温泉分析結果の有効性
また、私たちが実施し判定するデータは、あくまでも現地を調査し、採水したその時点での源泉の様子を示しているにすぎないわけで、未来永劫そのデータを保証しているわけではありません。ここに第2の問題点があります。
温泉法の条文では温泉分析結果の有効期限を限定しておりません。施設側にしてみれば、私たちが行った温泉分析の成績書に示された赤いはんこ付きの数値は貴重でありまして、法の基準をクリアしているとすれば正に宝物です。利用者に正確な温泉データを提供するまず第一の要件としては、分析結果の有効期限を設定する必要があります。巷間言われています源泉・浴槽水の泉質の違い以前の問題といえます。
5.施設管理と正確な情報提供
温泉の掘削に成功して建設された新たな施設で、私たちが分析に赴いた際に源泉を採取する設備がない場合に出くわすことも少なからずあります。
まず、源泉の状況を知る窓口が大切です。温泉の所有者・利用施設としても常時源泉の状態をチェックする必要があるわけですので、源泉の素顔(温度・量・成分)を容易に覗ける装置(蛇口一つでも)が必要です。
新しい大型施設では動力揚湯・貯湯槽・加熱装置・循環装置が組み込まれた設備が、湧出量と温泉使用量のギャップを埋めています。レジオネラによる肺炎事件でこれらの現実が白日の下になり、温泉の原点が問い直されています。
限られた資源を有効に利用することは、特にわが国のように天然資源が乏しい国では重要なことですので、現実に立脚して設備の運用を適切に管理し、そのことによって利用者に対していかなる利点を生じているか、また、注意すべき点は何かといった正確な情報提供をしていくかが大切になってきます。
その際に情報が分かりやすいものであることが重要です。環境省には条文の整備などを通じてご指導をよろしくお願いしたいものです。
6.温泉は生きていてこそ
若干見方を変えますと、温泉の既得権に対する考え方の確立が望まれます。先に述べました温泉分析結果の有効期限にも関連するわけですが、「生きている温泉」が、「息を引き取った」状態で温泉でなくなった際にどのように扱うのか、ここが未だ明確に規定されていないと思います。特に人工的に開発され、それに伴って豪華な施設が建設された場合、源泉の枯渇が致命的です。他方、伝統的な温泉の中で、明治・大正時代の古式ゆかしい分析書が幅を利かせている現実も無視できません。また、さる県の「温泉」で「単純冷鉱泉」と言う泉質名にお目にかかったこともあります。
「ふるさと創生資金」以来、温泉の分布地図が随分様変わりしました。それまで空白地帯であったところに忽然として温泉が出現した様は枚挙にいとまがありません。これらは民間資金でなくいわゆる公的資金の投入によって開発された温泉でして、関係者はその資産に対する認識が薄いことが気になります。
温泉法でも周囲の源泉に影響がない範囲で取水を求めているわけですから、地域全体の財産としての位置づけが必要です。
7.温泉も地下水の一部
地下水の利用は温泉に限りません。生活用水・農業用水・工業用水など法範囲に地下水は利用されています。ところが、国土交通省が毎年発表している「日本の水資源」には、その統計数値に温泉が欠落しているやに見受けられます。そこで私は先の温泉利用状況調査の結果から年間の湧出量を計算して、生活用水などの量と比較してみました。
平成13年3月末の湧出量を年間量になおしますと、14億立方メートルになります。これは厚生労働省が集計した上下水道などの地下水取水量42億立方メートルの1/3に相当します。温泉資源は有用な淡水系の資源であり、地下における水循環を考えるとき決して無視し得ない要素であることがわかります。
8.温泉利用の多様性
最近は温泉の活用方法が多様化しています。源泉近くの浴槽で地下から湧き出したばかりの温泉に浸かっているだけではなく、源泉から離れた場所での利用も増えてきました。「温泉」本来の性格からはかなり無理があるように見受けられます。
次に、大深度掘削によって得られる「地下温水」を全て温泉の範疇でとらえることに無理が生じていないでしょうか。温泉の定義づけを見直すことも必要ではないかと、最近強く感じています。
9.温泉の多面性を忘れずに
温泉を水資源として多角的にとらえ、かつ温泉が有する療養的・保養的効用を最大限に活用すべく、保護と利用を図っていくことが求められていると考えます。温泉資源は法的には私有財産ではありますが、その特性から多分に公共的色彩も強く、適正な保護と有効利用を国民共通の認識にすることが大切ではないでしょうか。
深澤喜延(山梨県衛生公害研究所)